第21話 荒ぶる狼男

「おー、怖ぇな。でけぇ図体のくせにロボばっか作ってやがるから見かけ倒しかと思ってたが、なかなか強そうじゃねぇか」


 豹変して荒々しい表情になったウルリッヒを見てハンニバルは一瞬動揺するが、同時に血が騒いでいた。

 ハンニバルは昨日の殴り合いでジェフに負けてからは、戦う時の立ち回りを考え直していたのだ。

 パワーで押し切るだけでなく、時には回避に回ることも大事だと。

 ハンニバルはジェフにリベンジするような心意気でウルリッヒに立ち向かう。

 ウルリッヒはハンニバルに向かって飛び掛かり、引っ掻くような手つきで殴りかかってくる。

 ハンニバルも拳と拳のぶつけ合いには負けない自信があるので渾身のパンチで対抗する。

 互いの拳がぶつかり合おうとしたその時、ウルリッヒの爪が長く伸び、その鉤爪がハンニバルの右手の拳に食い込んだ。

 ハンニバルの拳から血が流れるが、それでも彼は怯まずに蹴りを繰り出す。

 ウルリッヒも即座に蹴りで対抗し、互いの足に強い衝撃が走る。その衝撃のおかげでハンニバルは拳に食い込んだ鉤爪を外すことが出来た。


「いてて……見た目通りパワーもなかなかじゃねぇか。まさか爪が伸びるなんて予想外だったけどな」


 ハンニバルは流血した拳を抑えつつ、持ち前の再生力を活かして傷口が塞がるのを待つ。

 ウルリッヒは雄叫びを上げ、今度は乱れ引っ掻きでハンニバルに襲い掛かる。

 ハンニバルはこのまま殴り合っても自分が不利だと感じたのか、敵の攻撃を回避しつつ攻撃のチャンスをうかがっていた。

 ハンニバルは右手の拳の傷が回復したところで、かつてのジェフの戦法を見習ってカウンター攻撃を仕掛けようとしていた。

 ハンニバルはウルリッヒの攻撃をしゃがんで回避し、その直後にウルリッヒの腹部目掛けてパンチを繰り出す。 

 しかし、ウルリッヒはその攻撃を瞬時に後転回避で避け、回避と同時にハンニバルの足元に手榴弾を転がした。

 攻撃を空振りして隙が出来たハンニバルは手榴弾の爆発を避けることが出来ず、大きくふっ飛ばされてしまう。

 ハンニバルはすぐに起き上がろうとするが、ウルリッヒは素早く後を追いかけ、ハンニバルに飛び掛かって地面に押さえつける。

 ウルリッヒの巨体が重くのしかかり、ハンニバルは身動きを取ることが出来なかった。


(なんて化け物だ……。これじゃまるで本物の狼男ウェアウルフじゃねぇか。肉体改造や遺伝子操作で人間はここまで変わるのか……)


 熟練の兵士として磨き抜かれた技術と、獣のような荒々しさと伸縮可能な鉤爪を併せ持ち、更にハンニバルをも上回るパワーとスピードを持つ怪物相手に、ハンニバルは今までに無い恐怖を感じていた。

 ウルリッヒは馬乗りになりながら、冷や汗を流して怯えているハンニバルの顔をじっと見つめている。

 その表情はまるでこれから獲物を貪り食おうとする狼のようなものだ。

 

「ハンニバルと言ったな、小僧。この俺をここまで楽しませてくれたことを感謝してやろう。そして貴様は俺の血となり肉となるのだ! ありがたく思え!」

「……あ? てめぇ今なんつった? それってどういうことだよ!?」


 ウルリッヒの「血となり肉となる」という言葉に、ハンニバルは思わず耳を疑った。


「貴様をズタズタに引き裂いて殺した後に食ってやるということだ。人間の肉は良いぞ。特に女子供の肉はな」

「てめぇ人間食ったことあるのかよ!? 言っとくけど俺なんか食っても美味くねーぞ? そんなことより俺達の基地に極上ステーキを作ってくれるシェフがいるからよ、オヤジも一緒にステーキを食おうぜ! な?」


 ウルリッヒが人食いという衝撃の事実にハンニバルは驚愕した。ハンニバルは遠回しに命乞いを始めるが、ウルリッヒは構わず鉤爪を立てる。


「俺はただ美味いものを食いたいのでは無い。俺が人間を食らうのは支配欲と征服感を満たす為だ。だから貴様も俺の養分にしてやると言っているんだぞ」

「趣味悪すぎるだろ! この変態オヤジ! てめぇの養分なんかに誰がなるか!」


 ハンニバルが反抗的に返事を返すと、ウルリッヒは容赦なく鉤爪でハンニバルを斬りつけた。ハンニバルの胸からは血しぶきが激しく飛び、彼は大きく悲鳴を上げる。


「があああああっ!! て、てめぇ……やりやがっ……!!」

「ハッハッハッ! こんなに楽しいのは久しぶりだ! さぁ、もっと悲鳴を上げろ!」


 その後もウルリッヒはハンニバルの胸だけでなく、腕や顔といった部位も斬り続け、ハンニバルが流血し悲鳴を上げて苦しむ様子を楽しみながらいたぶり続ける。


(俺は……死ぬのか……? マティアスの奴、来るの遅ぇな……早く来てくれ……)


 ハンニバルはジェフとの戦いでマティアスを待たせてしまい、殴られたことを思い出した。

 マティアスもこんな風に敵の猛攻に必死に耐えながら、自分が駆けつけるのをずっと待っていたのか、と痛感していた。

 もうここまでかと思っていたその時、ハンニバルを斬りつけていたウルリッヒの動きが止まった。


「これ以上、私の親友を傷つけるな!人狼ウェアウルフ!」


 ウルリッヒの背後からマティアスの声が聞こえた。マティアスがライフル銃に装着された銃剣をウルリッヒの背中に突き刺したのだ。

 さすがにウルリッヒの強靭な肉体の上から心臓を突き抜くことは出来なかったが、ウルリッヒの動きを少しの間止めることに成功した。

 マティアスは反撃を食らう前にすぐに銃剣を引き抜き、ウルリッヒから距離を取る。

 そしてウルリッヒが怯んでいる隙に、ハンニバルは自分に馬乗りになっているウルリッヒの顔面を強く殴った。

 ウルリッヒは声を上げながら後ろに転倒し、ハンニバルはようやく馬乗り状態から解放される。


「遅かったじゃねぇか……危うく殺されるところだったんだぜ……」


 ハンニバルは上半身が血塗れの状態で立ち上がった。あと一歩遅れていたら、ハンニバルといえど殺されていたかもしれない状態だ。


「すまない、待たせたな。あのロボたちを始末した後に探し物をしていたんだ」


 マティアスは自分で傷の手当てと休憩をしていたのか、体の傷はほぼ回復していた。そして、どこからか持ってきた銀の弾丸をハンニバルに差し出す。

 マティアスはウルリッヒに聞こえぬように小声でハンニバルに話しかける。


「あの科学者達が使っていたテントから掘り出してきたものだ。人狼は銀が弱点だと聞いたことがある。西洋の言い伝えだから奴に通用するかは分からないが、チャンスが来たらお前のパワーで、その銀の弾丸を奴の心臓に打ち込んでやれ」

「ああ、分かったぜ」


 マティアスの言葉を聞いたハンニバルは、小声で返事をし、銀の弾丸を受け取った。

 銀の弾丸は西洋の信仰において、狼男や悪魔などを射殺できるとされているものだ。

 だが、ウルリッヒの強靭な肉体の前では普通に銃で撃っても傷一つ付けられないのは明らかだ。

 マティアスが銃剣でウルリッヒの背中を突き刺しても急所には届かず、僅かなダメージしか与えられなかった。

 ウルリッヒの身体を貫くにはハンニバルのパワーが必要だと判断したマティアスは、ハンニバルに銀の弾丸を託した。

 もっともウルリッヒは伝説上の生物の人狼では無く、人工的に生み出された改造人間に過ぎないので、銀の弾丸が弱点という確証は無いが。

 戦う体勢を立て直した2人は、再びウルリッヒの方へ向く。

 ウルリッヒは立ち上がると、今までの獣のような荒々しい雰囲気から一変、鉤爪は引っ込み、元の落ち着いた表情に戻った。


「そこの金髪の小僧はマティアスと言ったな? 生身の人間のくせになかなかやるじゃないか。今度はこの姿で2人まとめて相手してやる。掛かって来い!」


 ウルリッヒは再び機械仕掛けの剣を取り出し、左手で鉄の球体をばら撒き、それらを機械仕掛けの剣で遠隔操作して小型の戦闘ロボに変形させた。

 ウルリッヒはタイマンでは人狼スタイルが強力無比の強さを誇るが、攻撃範囲ではメカニックスタイルの方が上だ。2人同時に相手をするには後者の方が都合が良いのだろう。

 2つの姿を使い分けて戦う人狼ウェアウルフとの戦いはまだまだ続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る