おまけ①


 触れるだけのキスをした後、間近で見つめ返す眼差しが、切なげで。胸が痛くなった。

 けれど、だからこそ羞恥が込み上げ、慌てて視線を逸らす。

 

 もう何度も来ている貴也の部屋で、いつもと違う事をしてしまい、居た堪れなくなり、指先が落ち着かない。

 お尻の下のクッションをいじりながら、熱を持ち始める顔を背けた。


「雪子?」

 戸惑うような声音に改めてそちらに視線を向ければ、すぐ近くにある貴也の瞳が不安そうに揺れている。

「あ……」


 口元を押さえていた手の甲をどかし、雪子は視線を彷徨わせた。

「違うの」

「違うって何が? 嫌だった?」


「違う……」

 言いかけて、違うしか言ってない自分に気付いて項垂れてしまう。

 嫌じゃない。

「そうじゃ、なくて」

「言って、雪子」


 そう言って貴也は雪子の両手首を掴んだ。

 辛抱強く待つ眼差しで、けれどどこか、言わねばならない意思を見せながら。雪子を見据える。


「──多分……初めて、というか……」

 いや、智樹とキスした事はあるのだ。

 一度だけ、だけど。


 けれど、その時彼は悔恨に満ちた眼差しで雪子を見た。から、

 雪子も後悔した。

 まだ智樹には、愛莉さんがいるのに……

 流されるような雰囲気になった自分を叱咤した。


 気まずい沈黙の後は、お互い無かったように振る舞うのが精一杯で。


 そんなファーストキスの思い出が蘇っては、あの時と違う状況に胸の鼓動が止まらない。そんな自分に戸惑っているのだ。嬉しくて。

「幸せな、キスでした……」

 そんな理由で、どうしていいか、分からない。


 そろりと視線を向ければ口を開けたまま貴也は固まっていた。

 聞こえなかったんだろうか、と首を傾げれば、貴也ははっと我に返り、「え? 日向とは? しなかったの?」と捲し立てた。

「あ、ええと……一回だけ……でも嫌だったみたいで……その、んんっ?」


 再び重なる唇に身体を強張らせる。

「じゃ、俺二回」

 唇を僅かに離して、すぐそばの真剣な眼差しが告げる。熱心なその瞳を受け止め切れなくて、つい現実逃避を起こし、真面目に返してしまう。

「……えっと、正確には、三回目、かと……事故チューが、あるから」


 その言葉に貴也は固まり、少しだけ不満そうに顔を顰めた。

(あ、情緒もへったくれも無かったかしら……)

 後悔が込み上げる雪子に、貴也は迷いなく首肯する。

「分かった」

 何が?

 ぱちくりと瞬きをする間に、もう一度。唇が合わさって、目が合って。

「数え切れないくらいする。幸せなキス」

「……っ」

 

 それはとても、嬉しいけれど……そう言う事でもないような? それに……

(私の心臓、持つかしら……?)


 けれど、再び合わさる唇が胸の鼓動と相まって。

 心地よさに身を任せて、貴也に掴まれたままの両手をゆっくりと持ち上げた。

 意図を察した大きな手が離れて、雪子の背中に回される。

 雪子もまた、その両腕を貴也の背中にそっと置いて。温かい身体に支えられて、二人で幸せを享受した。

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