おまけ②

 

「じゃあ、こう言うキスも、初めて?」

「んんっ!?」


 口の中に入って来た異物に混乱して声を上げたが、その声ごと飲み込まれた。

 いつからか力が抜けた身体を労わるように、ベッドに横になっていて、その上に貴也がいる。


 押し返そうとする舌が絡み合って、変な感触に身体がさわざわと泡立った。

 息苦しさも合わさって眦に涙が溜まる。

 両手を貴也の胸の前に置き、押し返そうとする力が入らない。へなへなと抜けていく力が、まるで貴也に吸い取られていくように感じた。


「雪子……」

 やっと少し離れてくれた貴也をぼんやりと見上げる。

「うん……」

 呼ばれてるのが分かったから、返事らしきものを返したけれど、意図は汲んでいない。

 近くにある表情は、酷く悩ましげだ。


「どうしよう……」

 そう零す貴也に小さく首を傾げる。

「何、が……?」

「我慢、出来ない、かも……」

 それは、多分……例の、あれの話だろうとは、流石の雪子も察したけれど、同時に疑問も抱いた。


(婚約者なのに……駄目なのかしら?)

 何故、彼はそう思っているのだろう。

 両家に挨拶を行い、同棲の許可も得た。親の考えが古風とは言え、現代の男女関係において、雪子は自分が些か遅れているとすら思っていた。


 だからこそ、貴也のこの反応は不思議で……


「我慢……?」

 疑問をそのままに呟く雪子に貴也は困ったように笑ってみせた。

 その様子に雪子は恥じらいを感じる。

(な、なんだか強請っているみたいっ)

 そんなつもりは、ないのだけれど……


 視線を彷徨わせる雪子の頬を、貴也は優しく撫でて、目を合わせた。

「バージンロードをさ、歩きたいかなあ。って」


 歩きたいけども──


 それは多分……純白なままで……という意味なのだとは、すぐ察せられた。から……


「ええっ?」

 なんて驚く。

「あー、やめてー」


 焦る雪子に、貴也は雪子の肩口に顔を埋めて話し出した。

「可愛い顔されると、ますます自制が効きませんっ」

「……っ」


 ──首元で話すの止めて欲しい。

 掛かる息に動揺が増してしまう。


「し、してませんっ、元々、こういう顔なの!」

「じゃあ普段から俺のこと誘惑してるんだ」

 してないよ!


 けれど叫びは喉の奥に引っかかったまま出てきてくれず。代わりに、というか、雪子に出来るのはぷるぷると震える事だけだった。


「し、してないったらっ」

「分かったから、泣かないでよ」

「泣いてないよ!」


 けれど首筋に落とされる唇に、再び羞恥からか涙が浮かぶ。身動ぐ度にこちらの様子を窺う貴也と目が合えば、どうしていいか分からなくなる。

 赤らんだ顔で目尻に涙を溜めた顔は、どう見ても泣き顔にしか見えないだろう。


 はあっと、今度は悩ましい溜息が落とされる。

「本当どうしよう」

 言いながらどこか確信めいて触れてくる貴也の手に、指に、抗える自信なんて、皆無で……


 どうしよう……


 式は多分、年内の、冬になる前。

 慌しい時間が始まる中で、これ以上貴也に、夢中になっていいのかな。


 どうしよう。は、こっちの科白だよ。


 意を決して貴也を見据えて口を開く。

「私は貴也を、もっと好きになるからね。それでも──」

 良ければ、は声になる前に貴也がまた、飲み込んだ。


 真っ直な眼差しを向けながら、貴也はやはり切なそうに、雪子を見た。

「雪子、一足先に、俺と、愛を誓ってくれる?」


 それはプロポーズみたいな言葉。

 震えたのはその身か、心か。

 ずっと見出せなかった、自分だけに向けられた、それ。

 嬉しいと、湧き上がった感情はそれだけで。

 だから、


「はい」


 ああ本当にどうしよう。

 今が一番幸せなんじゃないだろうか……

 幸せを噛み締めれば、今度は涙が溢れてきた。


 こんな形で泣く事になるなんて思わなかったよ。


「今が一番幸せだって──」

「え?」

「これから何度も、感じさせる」

「うん」

 誓い何度も合わさる唇が、胸まで温めてくれて。


 嬉しくて、幸せで。

 

 だから、溢れる涙はそのままに。


「私も、貴也に、そう思って貰えるように、努力します」


 だから、


「一緒に幸せに、なろうね」


 そうして幸せなキスを沢山して、後は……


 幸せな時間を、一緒に過ごした。

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