第42話 この人と一緒に②
うちの両親はやっぱり結婚前の同棲は嫌だったらしい。
けれど叔父さん夫婦から元カレが自宅に押しかけてきた話を多少誇張されて聞かされていたようで。
私が一人暮らしをしている事に不安を覚えていたみたいだった。
結果、東京と福島、いざ何かあった時に側にいてくれる、頼りになる相手がいた方がいいと判断し、同棲を認めてくれた。
何より、今現在お付き合いしている家の実家に転がりこんでいるとは、両親も申し訳なかったようだ。
それに、事情があるとはいえ、挨拶をすっとばして一緒に住む事をしなかった河村君に誠意を感じたようで、両親は河村君を会った時から気に入っていた。……これはどちらかというと、河村君のお母さんの功労だけれど。
玖美ちゃんと仲良くできて嬉しいし、ご両親にもとても良くして貰ったけれど、流石にこの状況を長引かせるのは忍びなかったので、両家へ挨拶をして「婚約」という形を早めさせる事にした。
お付き合いの期間は短いけれど、「これも縁ね」と、笑って受け入れてくれた河村君のお母さんが胸に響いた。
そうして私たちは両家に挨拶が済んで……
「これで正式な婚約者だね」
嬉しそうに笑う河村君に、熱くなる頬を誤魔化しながら急いで頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく」
河村君も丁寧に礼を返す。
「それであの……お願いがあるんだけど……」
「え? 何?」
どこか申し訳無さそうに口籠る河村君に首を傾げれば、何故か赤らめた顔を隠して視線を逸らす。
「名前で呼んで?」
「え」
ぽつりと呟くように告げられても、低く聞き取りやすい声は耳に届いた。
「な、名前で呼んで欲しい……雪子」
河村君の言う意味を理解して、かあっと顔に熱を持ち、喉の奥で声が詰まる。
「た、貴……也」
もごもごと口を動かしてやっと言葉にすれば、何とも気恥ずかしくて堪らない。
(苗字呼びが、長かったからっ!)
智樹の事はずっと名前で呼んでたのに。
そういえば、あっちはもう馴れ馴れしく呼ぶ事は控えるようにしないと。
冷静になる為にどうでもいい事に思考を巡らせていると、河村君は少し難しい顔でこちらを覗き込む。
「あと、これからは俺だけ見て……欲しい」
ひくりと、一瞬身体が引き攣れたように強張ったように感じた。けれどその言葉が身体に浸透すれば、どっ、と何かが一気に決壊したような……そんな感覚が全身を駆け巡り、今度は固まってしまう。
上手く身体を動かせない私にはこくこくと頷く事しか出来なくて。
「うん、勿論」
やっと返事をする始末。
だって、多分、河村君は初めて私を見てくれた人なのだ。
好意を持って貰えるという事は、こんなに見てくれるものなんだなあと、初めて知った感覚に胸が高鳴って仕方がない。
しかも私も河村君が大好きで、つい見てしまうから、いつも視線が絡んで、その度に笑顔が返ってきて──あああもうっ、幸せなのです……
ぷしゅーと頭から湯気を出しながら、すっかり慣れた河村君の大きな手に包まれて歩き出す。
これから二人で住む物件探し。
「これから暫く忙しいけど」
「?」
振り仰ぐ私に河村君は悪戯っぽい笑みを返す。
「住むところ探さしながら、式場も探さないとでしょ?」
当たり前だけど、プロポーズをされたという事はそう言う事で……
「う、うん」
「早く二人だけでゆっくり過ごしたいね」
「河村君、ちょっともう私は限界が……」
頬を押さえながら白旗を上げる私に河村君は容赦無い。
「駄目駄目、ずーっと我慢してた俺の重たい愛をこれからたーっぷり教え込んであげるから。もう呼び方も戻ってるしさ。照れてもいいけど逃げないでね。逃がさないけど……」
逃げるも何も……
果たして私に逃げる場所なんてあるのだろうか、とはたと気がつくも……急いで首を横に振る。
家族ぐるみで囲い込まれているなんて、偶然だ。職場も一緒で……そうだった。付き合ってる事になってるんだった。
そうせざるを得なかったのだけれど、今となっては都合の良すぎる展開となったものだ。なんて、首を傾げるも……まあ……逃げる気なんて勿論無い訳で。
チラリと顔を見上げれば、ふわりと返る河村君の笑顔が眩しくて、何となく覚えた悪寒は気のせいだろうと片付ける。
「貴也、大好き」
だから唐突に言ってみる。
河村君は一瞬虚をつかれたような表情を見せたが、直ぐに蕩けるように笑ってくれて……
(うんっ)
私はこの気持ちに従って行こうと、決めた。
◇おしまい◇
読んで頂いてありがとうございました!
おまけ三本用意しました。
良かったらお付き合いください。
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