第15話 滑り降りてきた彼女 ※ 貴也視点


 三上さんが、付き合っている彼女よりも幼馴染を優先する日向に違和感が無くなる程、その関係に馴染んでいる。そう思い知る度に気持ちが沈んでいく。

(そんなに日向が好きなんだな……)


 日向はサークルの飲み会でも、またその非常識っぷりを発揮していた。

(……そんな風に思っているのは、どうやら自分だけみたいだったけれど……あと、亜沙美もか……)

 亜沙美がそれとなく三上さんを気遣う姿勢は、日向への不信感も合わさっているように見える。


『つーか、日向ない。河村さっさといけ』

 据わった目で後押しされても、踏み出す一歩が分からない。


 ──いや、だって……告白って……どうやってやるんだっけ?


(仲が良ければ言えるけど、この距離感で言って、引かれないか……?)

 分からない。

 なのに思いだけは募っていく……


(……どうしたら俺を見てくれるんだ?)


 意識して欲しい。

 けど、彼女の視線は相変わらず日向にしか向いてなくて……なんでだよって。飲み会の間もずっとそんな事を考えていたから……


 飲み過ぎて彼女が転んだ時、支えなきゃって思いが確かにあったけど──全てが不可抗力だったんだ、とは言い切れないような、願望もあって。


(凄く……なんていうか……)


 口元を押さえては、にやけそうになるのを我慢する。

(幸せを感じた……)


 けれど、むしろあの接触事故で俺の方が益々意識するようになったので、頭を抱えて。

 かと言って彼氏がいる状態で告白しても、三上さんは絶対に振るし、気まずくなるだけだと思う。


 実際三上さんはあの事故のせいでサークルを避けるようになってしまったし……

 俺は拗らした上に重くなった感情を持て余して潰れそうになってしまい、抱え込むのも辛くなっていた。


『公務員になるらしいよ』


 そんな中、三上さんとたまにコンタクトをとるらしい亜沙美が、その話を聞き出してきてくれたものだから、受験先を詳しく聞き出した俺は一心不乱に勉強した。


 もうそこに掛けるしかない。

 ずっと近くにいればいつかチャンスがある筈だ。

 そうして駄目押しに三上さんの最寄り駅に引っ越した。

 住所は前に、送った時に把握していたから……



 ……流石に気持ち悪いと言われたく無いので、改札口は変えたけど、やっぱり同じマンションか近隣のアパートにすれば良かったと後悔している……全然会えない。


 そんな話を漏らしたら、行動がおかしいと亜沙美からドン引きされた。

 ……放っておいてくれ。


 とにかく、俺は三上さんと同じ職場に受かった。

 三上さんの受験を知ったのが遅かったから、二次募集で受けて、かなり高い倍率の中、根性で受かってやった。そこに日向がいないと知って、かなり嬉しかったのは言うまでも無い。


 ……あいつは幼馴染と同じ会社に入ったらしい。

 もう確信的だよなあと思う。

 好きな相手と同じ場所にいたいと思うのはさ。


 あいつにとっての一番は幼馴染なんだろ。

 ……だったらもう、さっさとその手を、離してくれないだろうか……




 とはいえ同じ職場に勤めてると知ってるのは自分だけみたいで、三上さんは知らない。彼女は相変わらずどこかぽやんとしているし、俺に興味が無い──んだろうな。

 こうなると、もう少し周りに意識を向けてくれないだろうかと思う程、自分が不憫に思えてくる。


(仲良くなりたい……)


 社会人って環境の変化は、慣れ親しんだ学生の身分との齟齬を、身体に疲労という形で溜めていった。

 勤め始めた仕事は面白いとは思うけれど、分からない事だらけで心身を摩耗する。


 定時よりずっと遅くに退社して、重い身体を押して最寄りの駅に辿り着く。

 最近では恒例となった、改札を潜ると迎えてくれる月を見上げながら、何となく溜息なんかを吐いてみた。


「何してるんだろ、俺……」


 真っ直ぐに家に帰るのが嫌で、踵を返した夜の公園に彼女がいた。

 酔っ払った赤い顔で、据わった目をして滑り台を滑りまくっている。


「……」


 ……声を掛けにくいから、今まで無事だったのかもな。

 夜遅くに公園で女性が一人でいるなんて危なすぎだろう。

 それでも会えた嬉しさで仕事の疲れは吹き飛んだし、その後に聞いた彼女の口から、別れたという言葉には雷に撃たれたような衝撃を受けた。


 例えとかじゃなしに、本当にピシャリと……

 暗かったし、三上さんは酔っていたから分からなかったみたいだけれど、多分あの瞬間は俺の方が顔は赤かったと思う。

 

(三上さんに、アピール出来るチャンスがやって来た……)


 俺は間違いなく君だけを見てるから、お願いだから俺の事を好きになって欲しい──


 そうして俺は期待を込めて三上さんの手を引いて、家路へとついた。


 彼女にとって、最高にいい男になる。

 絶対選んで貰えるように。

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