第10話 一途な思いに打ちのめされて


『あの……智樹と会ったりしてないよね?』

 思い詰めたような、咎めるような口調の、彼女の第一声はそれだった。


「……会ってませんけど……」

 当惑しながらも正直な返事が口から溢れる。


 愛莉さんは突然何を言い出すのだろう?

 だって別れてまだ二週間だ。こんな早々に寄りを戻すような別れでは無かったし、振られた側の私だって会いたいと思わない。

 その理由──


 その当人から突きつけられた理不尽に苛立ちを覚えるのは、私が狭量だからだろうか。


 会場からそっと抜け出し、人の邪魔にならない場所を探し歩きながら、唇を噛む。


『ずっと付き合ってきたけど……』


 え?

 言葉になったかと思ったそれは、けれどよく頭に響いて木霊して……


『何か最近様子がおかしくて……』


 ???


 何だろう……?

 愛莉さんの科白にどこか違和感を感じる。

 二週間を、ずっと、と言うだろうか。

 それともただの聞き間違えだったか。

 嫌な考えが頭を過ぎる。


「あの……お二人っていつからのお付き合い……でしたっけ?」

 聞かなければいいのに──

 この科白に自身が一番当惑しているのは、頭の奥がじんじんと痺れるように感じるのは、気のせいだろうか……


『え? 二年前くらいだけど、もしかして親友なのに忘れちゃったの? あなたたちが付き合ってすぐに別れちゃって、それからずっと付き合ってるわよ』


 ──気のせいじゃない。

 私の頭では今、硝子入っていた亀裂が、ばりんと大きな音を立てて、バラバラになった。


 ……二年……?

 私たちが付き合い始めた時期。それは合っている。けれど、別れた時期は大分違う。

 私は電話の向こうから聞こえてくる愛莉さんの声に呆然と耳を傾けた。


『やっぱり働き始めてからかなあ……ごめんなんか、こういうのって誰に話していいか分からなくて。雪子さんなら智樹の親友だし、それに一瞬でも彼女だったなら、なんか分かるかなって、つい……ごめんね……』

 

 憂鬱そうな溜息が聞こえてくる、けど……気遣えない……


 ……私たちって二年付き合ってたんじゃないの?

 それとも実は付き合ってたと思ってたのは、私の妄想だったのかな? 


 いや待て待て、私は確かに先週振られた筈、だし……でもあれってもしかして、友達付き合いの事だったのかな? え? 私、友達無くしただけ? いや、それだってダメージはあるけど、それとこれとはやっぱ違くて……え、でもつまり……そういう事だったの??


 混乱する私が口にしたのは、いつも頭にあった、あの言葉だった。


「ともっ、……日向君は愛莉さんを、ずっと一途に大好きだったから……だから何も、心配する事は無いと……思います。」


 自分で吐いた科白がブーメランになって胸に刺さる。

『ずっと好き』

 そう。智樹は愛莉さんを語る時、常にそう言っていた。

 彼にとって愛莉さんこそが唯一の人で、今更だけどポッと出の同級生なんかが叶う筈が無かったのだ。




 ……私は、何を喜んでいたんだろう──

 がくりと頭を落とす。


(付き合うって何だろう……)


 もう電話を切りたい。

 唇を噛み締めていると、そうね。と、吐く息と共に納得した風の言葉が返ってきた。


『智樹が急に大人になったから、焦っちゃったのかな? 私……』


 電話の向こうから戯けた風な、だけど自信に満ちた声が聞こえる。


 ──だって智樹はずっと私に夢中なんだから。


 きっと、通話越しの彼女はそんな科白が合うような……そんな表情をしているのだろう。


 もし智樹から連絡があったら教えてねと頼まれて、分かったとか何とか返事をし、通話は終わった。


 がくんと膝から崩れる。


(うわあ……)


 一途な人はずっと一途であった訳で……

 私は二股を掛けられていた挙句の、本命では無い方だった。


 智樹のあの、たった一人を望む視線が自分に向けられたら……って思って、付き合った時、そうなれたんだ、ってただただ喜んでいたけど……


(私の目は本当に、節穴だったんだなあ……)


 振られた時の事を思い出す。

 振られた事に憤りながらも、智樹を振り回していた時間を確かに悔やんだ。


 好きだったから。一緒にいてくれた時間を嬉しいと思ってたからこそ、きっと悩ませただろう事を、申し訳ないとさえ思ったのに。


 じわりと目に涙が滲んだけれど、飲み会の最中だったと思い直す。流石にこんな場で泣き顔で戻るのは恥ずかしすぎて無理だ。


 ふるりと頭を一つ振って、立ち上がる。

 もう今日は体調不良でいいだろう。

 会場の誰かに声を掛けて帰ろうと踵を返せば、難しい顔をした河村君が立っていて私ははっと息を飲んだ。

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