第9話 え、このタイミングで?


 それから河村君は、職場で私たちの噂を勝手に広めてくれやがった。

 

 私に彼氏がいたと知ってる同僚には、「上手く」説明してくれ、ついでに何故か応援されるようになっていった……


(たった二週間しか経っていないのにっ)


 そんな河村くんを恨みがましく見上げては、ふいと顔を逸らす。

 だって彼は、なんだかんだで良い人なのだ。


 仕事は一生懸命、女性に対してチャラついた雰囲気もなく紳士的。誰に対しても公平でありながら一歩距離を置いた付き合いを徹底している。


 学生時代を思い返せば、彼はいつもにこにこと明るくて、人懐こい人っていう印象だったけど……そういえば、河村君は学生時代から人気があったよなあ、なんて記憶が今更ながら思い返す。


(フットサル部には女子部員が多かったっけ)

 その子たちの全員が河村君を好きだったとは言わないけれど、でもまあ……多かった、と思う。


 河村君の彼女とか、恋バナは誰かがこっそり話しているのを聞いていただけだけど。サークルにお邪魔している身だったから、邪魔にならないように端に寄っていたのだ。そうすると小さな話し声を耳が拾ってしまって……


 まあ、これだけのイケメンだし、モテ男で当然だろう。


(とはいえ、今日で研修おしまいだし……いいか)


 今後は同じ建物で働いてるからって、会うタイミングなんてそうそう無い。

 そもそも河村君が同じ省庁を受験してたなんて知らなかった。


(取り敢えず一息かな)

 ほっとする気持ちに、一抹の寂しさを覚える自分にふと首を傾げる。


 胸に手を当て不思議がる私に、例の科白が襲い掛かった。


「飲み会行く人ー」


 一人ぎくりと身体が強張る中、女子は皆、はいっ、と可愛く挙手している。そんな姿を横目に、私はそそくさと部屋の隅に寄って空気に馴染む。

 

 研修生の飲み会は、研修終了時だけ行う慣わしがある。

 なので今回が最初で最後。なんとかやり過ごしたい私に、爽やかな河村君の声が刺さった。

 

「席は彼女の隣がいいです。仕事が忙しくてあんまり会えないんで」


 河村君は社会人になって、人懐こい笑顔から爽やかな笑顔に昇華したのだな。

 そんなどっちも素敵な笑顔に、ぎゃーっていう悲鳴が聞こえた気がする。きゃーかもしれないけど……


 困った風に笑う河村君に頬を緩ませた美夏が、「じゃあ雪子も参加ね」と出席簿に丸を付けてくれた。なんか皆、彼の掌で転がされていないかなっ?


 とは言え、この状況で断れる胆力は私には無い、ので……せめて、


 絶対お酒は飲まないぞ。


 固く誓う私なのでした。




 ◇




 しかし飲み会の時間中、いや開始前から私は気が気では無かった。

 何故なら智樹の幼馴染、愛莉さんから会いたいと連絡があったからだ。

 

 実は愛莉さんとは一度だけ会った事がある。約二年前、智樹に恋人が出来たなら会ってみたい、という彼女の要望に基づいての事である。


 どうする? と智樹に聞かれ、付き合い出したばかりの私は、嫌とは言えなった。智樹は愛莉さんを大事にしているって知っていたから……

 

 それで智樹を含めてランチを一緒にして、LINEを交換した──んだけど。

 今の今まで連絡を取り合った事なんて一度も無かったのに……

 何でこのタイミングで……?


 ……とは言え私は会う気は無い。

 電話で済みませんか? と返信をして、仕事上がりに連絡をするつもりでいる。


 家に帰ってから彼女と話すのが何となく嫌で、だから飲み会のどさくさに紛れて席を外して、少しだけ話そうと思ったのだ。


 そうして私は河村君の隣というのをやんわりと断って、出来るだけ出入りしやすい位置を確保し、ソワソワしながらスマホが鳴るのを待っていた。

 

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