第11話 ふっきれました
「誰と話してたの?」
真っ直ぐに向けられる眼差しに、何故か怯んでしまう。
「……知り合い」
思わず視線を逸らしてしまったのは、自分の惨めな姿を見られるのが恥ずかしかったから。
「……日向?」
「っ、違う!」
問われた名前に弾けたように顔を上げて、咄嗟に出てきたのは否定の言葉。
その名前を、今は聞きたく無かった。
僅かに目を見開く河村君と目を合わせながら、それでも智樹を拒絶する言葉を口にする自分自身に驚いて、視線を彷徨わせる。
そっか。と落とされた河村君の言葉を耳が拾って。
表情を和らげ、気遣うようにこちらを覗き込む河村君に胸が詰まってしまう。
「何かあった?」
優しい表情に泣きたくなるけれど、そんな甘えはおかしいと自分に言い聞かせて、出来るだけの笑顔で答える。
「別に何もないよ、大丈夫。あ、今日はもう帰るね……って、送別会の主役にそんな事言ってごめんね」
それだけ言って急いでその場を去ろうとする私の手を、河村くんが掴んだ。
「じゃあ送るよ」
その笑顔に驚く。
「ええっ? いいよ! 皆楽しんでるのに悪いよ!」
彼女持ちの設定とは言え、河村君にお近づきになりたい女子は多いのだ。
「普通さ、彼氏は彼女を送るものだろ? しかも体調が悪そうなら尚の事……心配だし」
真剣な眼差しを向けられ、閉口する。
体調が悪い訳では無いけれど、それならば明らかにおかしなこの様子を、何と説明すればいいのか……
悩んでいる間に、河村君は迎えに来た誰かに自分たちは先に帰ると告げてしまい。私は河村君に手を引かれながら、お先に失礼させて貰う事になった。
「智樹の幼馴染さんからだった……」
黙々と歩いていく中に何か圧力を感じたから。
或いは身体に溜まった何かを吐き出したくなったからなのかは分からないけれど、気付けば私はそう口にしていた。
けれど言葉にすれば、その存在感はずしりと重みがあるのだから堪らない。
幼馴染の愛莉さん──
思わず唇を噛みしめれば、怪訝な顔をする河村君が視界に入り、やっぱり余計な事を言ってしまった、と失言に眉を下げる。
「何? 日向がどうかしたの?」
私は僅かに逡巡して、けれど言い始めたのは自分だったと答えを返す。
「……その、二人は付き合ってるんだって……」
その言葉に河村君は眉を
「……まあ、そうだろうな。で? 別れたんだから、もう関わるな、とか?」
「……」
そう言ってくれた方が良かった。
私は今、どんな顔をしているんだろう……
「どうした?」
眉間に皺を溜めながら、けれど優しいその声音に耐えられなくなりそうになる。
「別に、それだけ……でも……ああやっぱりなあって……思った、から……」
口をへの字に曲げる。
二股かけられてたなんて事は、河村君には関係ない事だ。
そもそも送ってくれてるのだって……いやまあこれは、河村君の都合の延長上にあるのだから、仕方がないか。
「まだ日向が好きなんだね……」
ぽとりと落とされた科白に反射的に顔を上げる。
「もう好きじゃない!」
さっきよりびっくりと驚く河村君の顔を見つめながら自分の言葉が頭を反芻しては、はっきりと確信する。
──もう好きじゃない。
付き合ってるって……恋人だと思ってた。けど一途な人だからって、幼馴染が大事だからって、何をしてもいい訳じゃ無い。
一途な人は好きだけど、その為に自分の存在を
今になって悔しくて、唇を噛み締める。
振られた瞬間、どこか自分にも非があるように思っていた。好きになった相手が悪かったとか、自分の魅力とか努力が無かったからだ……って。
でも、そうじゃない。
私の告白を受けながら、愛莉さんとも付き合っていた。
好きになれなかったとはいえ、「恋人」に対する誠意を欠いていた人に、私が私の価値観でいくら反省しても、きっと無意味なんだ。
──お互いの見ているものがずっと違ったんだから……
今はもう、長く片想いだった愛莉さんと結ばれた理由すら、もしかして私を当て馬にした成果だったんじゃないの。なんて、穿った見方すら芽生えてしまう。
(でも、それならもっと、早く振って欲しかった)
どうして私と付き合い続けていたんだろう……
「……酷い別れ方をして直ぐに忘れられるなら、良かったといえなくもないけど……」
ぽつりと零す河村君に顔を向けたまま、今度は自分の意思で、はっきりと口にする。
「忘れられるというより、もう忘れたいわ、あんな奴」
言い切る私に河村君はポカンと口を開いた後、ぶはっと吹き出して笑った。
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