第3話 逃げろ! 無かった事になる筈だ!
「ご、ごめんなさい!」
再び平伏し、謝罪を口にする。
「本当にご迷惑をお掛けしました! ……あの、すぐ帰りますからっ」
申し訳無くて目も合わせられないまま、わたわたとドアを探す。
「三上さん?」
「うぇい!?」
突然苗字を呼ばれて変な声が出る。
ばくばく言う胸を押さえて、相手と目を合わせれば形の良い唇が弧を描き、どきりとする。
「やっぱり三上さんだよね……俺の事覚えてる?」
その科白につい顔を顰めてしまうのは許して欲しい。寝起きの嫌な夢を思い出してしまったじゃないか。
けれど目の前はそんな話、当然知る術もない訳で。首を傾げて薄く笑う。
「俺は河村貴也だよ、大学一緒だったろ?」
「……えーと?」
河村……
「ああ!」
記憶の底に眠るあの男を思い出し、ざわっと警戒心が湧く。
「……ふ、フットサル部の……オフェンスで……」
「うんそう」
満足気に頷く男性は河村貴也、大学時代に智樹が入っていたサークルのメンバーだ。
確か人見知りしない性格で、何度か話しかけられた覚えがあるんだけど……
(智樹は苦手にしてたんだよね……)
何がかは良く分からないんだけど、河村君を智樹は嫌ってた。だから私もあまり親しくしないようにと、癖みたいなものがついてしまっている。
「覚えてくれてて良かったよ。三上さんて日向の事しか見てなかったからさあ……俺も流石に見ず知らずの女性を家に入れたりしないよ」
朗らかに笑う河村に思わず毒気を抜かれ、瞳を瞬かせる。
「あ……それはどうも……ありがとう、ございます……」
……こんなところでこんなタイミングで元カレの縁で助けを受けるとは……
ひょっとして今の状況は元カレのおかげ……いや、せいか?? うぬうと口をへの字にして唸っていると、河村が再び吹き出したのでそちらに顔を向ける。
「別れちゃったんだ?」
「うっ……」
そんな事まで話したのか酔った私よ。とはいえ人の傷口に塩塗るの止めてくれないかな。まだ赤々としてかなり痛いんだけど……?
「仲良さそうだったのに?」
「……上辺だけでしたから」
それに情を持って接してたのは私だけだったみたいだしね。……それじゃあ駄目だったんだよ、恋人として……
「そんな風には見えなかったけどね」
ケロリと返される声に私はぎっと眼差しを強めた。泣かない為に。
「っじゃあ私はこれで! これ以上居座るのはご迷惑かと思いますので帰ります!」
がばりと立ち上がれば河村が目を丸くしたので、少しだけ溜飲が下がる。
「……そう、じゃあまたね。あ、お返しとかはいいから」
澄ました顔で手を振る河村君には無理矢理作った笑顔を向けてやる。
「良かったです! じゃあさようなら!」
ダダっと玄関に向かい、その勢いのまま外に飛び出した。
考えて見れば知らない(いや、少しは知ってるけれど)男性の家に入るなんて、怖い……
私の歩調は段々と早くなり、方向も分からない街中で、気付けば私は駆け出していた。
──そんな雪子の様子を窓から眺めてながら、
「そっかあ、別れたのかあ」
そんなどこか嬉しそうな声は、発した本人以外に届く事は無かった。
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