第2話 土下座します。許して下さい。
『前に会った事あるよね? 受験の時に教室が一緒で、席が隣だった』
『そう……でしたっけ? 緊張で全然覚えて無いです』
元カレ、日向智樹とは大学一年生から知り合いで、三年生から付き合い始めた。
最初は彼の好きな子の話を聞いてるだけの──友人だった。
嬉しそうに幼馴染を語る彼。
そんなに人を好きになるなんて凄いなあ、と関しているのも束の間。彼の一途な気持ちに私の心はあっさり捕らわれ、いつしか恋をしてしまっていた。
自分の恋愛遍歴を見ても、大層なものは何一つ無い。ほんの少しの勇気も持てずに終わった恋がチラホラあるだけ。
羨ましかったのもある。
そんなに想って貰えるなんて、と。それが自分に向けられたらな、なんて……
でも、無理矢理向かせた彼の視線は、やっぱり心からのものでは無かったようで。
優しい彼ならと打算と期待で告白して、暫く困らせてしまった。
けれどもう幼馴染の子を忘れたいからってOKを貰って嬉しくて……
でも今考えたら喜ぶところじゃなかったのかもしれないなー、あれ。
(悪い事しちゃったな……)
二年も付き合った。それで社会人になってすぐ、振られた。
(嫌だったかな? ……でも結果、一番好きな人が誰だか分かったんだからさ……)
申し訳なさと悔しさが、ないまぜになって睡魔と溶けた。
◇
『ごめん、俺やっぱアイツじゃないと……愛莉じゃないと駄目なんだ』
(忘れたいって、忘れたって言ってたくせに……)
恋人だった男の最後の言葉。
ずっと引っかかってた過去の女性。
気にしちゃ駄目だって、そんな事してたら、あの人に不誠実だっていつも言い聞かせてきたけど……
私の勘は正しかった──
(くそう……)
私は過去の女に負けたのだ。
一緒にいた時間は何だったのだろう……
彼が彼女を求める確信の時間だろか。
私は真剣だったのに……
(ずっと私の事なんて見て無かった……)
本当は、付き合ってる時も、時々感じた違和感。
別れたから、今はもう解禁していい気持ちは、向き合うとこんなに辛い。
そんな最悪の金曜日の夜。
ぎゅっと目を瞑る。
腕時計を見れば時刻は深夜を回っていた。
──だから言ったのに
どこかで聞いた事のあるような声が、私の意識に入り込み、ゆったりと暗闇に沈んで行った。
◇
金曜日──
罪悪感と喪失感が無い混ぜになり、仕事上がりにお酒をがぶ飲みして帰った。
自宅の最寄りの駅近の飲み屋だし、歩いて帰れる。
誰に迷惑を掛ける訳でも無いので、一人羽目を外して飲んだ……ような気がする。
(あー、嫌な夢見たわー)
ころりと寝返りをうてば、何だか枕の硬さが気になってしまう……
(あれ? 枕カバー洗ったばかりじゃないんだけどな? なんでこんな肌触りなんだろ?)
疑問に思って半身を上げれば頭がぐわんぐわんと鳴り響く。
「うー」
そして痛む頭を押さえて回る視界をやり過ごせば、ざあっと血の気が失せた。
……知らない部屋である。
元カレのものでも、勿論自分のアパートでも無い。
泡を食って起き上がれば、部屋の端で毛布に包まった見知らぬ男が眠っていた。
……自分は一体何をやらかした?
(自分で言うのも何だけど、真面目で品行方正なこの私が!?)
ええええ! と、内心で悲鳴を上げていると、男がぴくりと反応したので息を止める。
いっそこのまま存在を消したい……
(多分何もしていないと、思うけど……)
自分の服装を見るに、スーツのジャケットは脱いでいるが、その他はストッキングまで着たままだ。……人様の寝床に何だか申し訳がないが。
こういう場合はお礼を言って帰るのが礼儀なのだろうか? 経験が無いので分からない……けど、うん! よく寝てるようだし黙って帰ろう!
そろそろと男の様子を見ながら部屋を移動すれば、唐突にぱちりと開いた瞳とかち合った。
「……」
どっどっどっ
心音である。
口から心臓が飛び出しそうな程、心臓がやばい。
「……おはよう」
「お、おはようございます!」
もう、こうするしか無いだろうと判断した私はその勢いのまま男性に向かって土下座した。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」
私の土下座に男性は驚いた様子だったけれど、吹き出した声が降ってきて思わず顔を上げてしまう。
くすくすと笑う男性は、寝起きながらもなかなかのイケメンさんで思わず固まってしまった。
少し茶色がかった髪に切長の瞳。
眉はきりりと上向いて意思が強そうだ。
(……寝起きドッキリだ……)
ん……でも、この顔どこかで……?
ぽやんと惚ける私をどう思ったのか、少し生真面目な顔をしてから男性は気分はどうだ? と聞いてきた。
思い当たるのは昨夜の飲酒。
……確かに飲みすぎた……気がする。
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