やっぱり幼馴染がいいそうです。 〜二年付き合った彼氏に振られたら、彼のライバルが迫って来て恋人の振りをする事になりました〜
藍生蕗
第1話 嫌な事があったので飲んだだけ
近所に公園が、ある。
──で、駅までの道にそれがね、あってですね……
そこで子供たちが滑ってるのを良く見かけてはいたんですけれども……私はほら、大人なもので……ねえ……? そこに混じって一緒に滑りたいなんて、出来る訳が無いじゃないですか?
何を、って滑り台ですよ。
人生じゃないですよ。
私は地方出身でこっちには親戚がいないですし、小さいお子さんがいるような仲の良い人もいないんですよ。だからね、口実が無かったんです。でもいつも滑りたいって思って見てたんです! それだけなんですよ!
「うん、まあ……そうなんだ……分かったけど……酔ってるの?」
「酔ってません!」
勢いづいて喋る私に、向かいの男は腰に手を当てて静かに首肯した。
「……そう」
ただ酔っ払いは皆そう言うんだよな、って言う目は口ほどに物を言う眼差しではあるものの……こればかりは譲れない、私は酔ってない!
「そもそもですね、あなたのその身分証の方が嘘くさいからねっ、暗くてよく見えないからね!」
「……本物だろ」
低い声で反論してきた相手をじろりと相手を睨む。
私、三上雪子に喧嘩を売ってきているらしい相手は自身を公務員と名乗っている。
何処かで見た事のあるような、写真と名前の入ったそれ。
その写真の男に私は公園で滑り台を滑っていたところ「職質」を受けてしまったのだ。
しかし──何が悪いんだ! と、私は声を大にして言いたい。
私が滑っていたのは昼間は子供たちで列をなす巨大コースターの滑り台。休みの日とかその様を横目に通り過ぎながらも、私だってずっと滑ってみたかった。
それをちょっと遅い時間に滑って遊んでいたからって、「こんなところでこんな時間に一体何を?」って……滑り台滑ってる以外に何してるように見えるんだろうか。
折角人が気分良く滑っていたら、着地点の暗がりで男の人が立って待ち構えてるもんだから、こっちこそ幽霊かと思ってびびったし。
いいじゃないか、夜に滑り台滑ったって? ここの公園は夜に立入禁止になってないもんね。
よし私は悪くない。
うんうんと一人頷き改めてキッと警察官(仮)を睨みつける。
「あー、まあ。別にいいんだけど……もうね、二十三時だから。確かに近所迷惑になるような場所じゃないだろうけど、だからこそ若い女性が一人でいるのは危険だと思った訳で。保護者……とか、ご家族の方は家にいるのかな?」
残念なものを見るような目で見られている気がするのは気のせいだろうか。
けれど家族と言われて私の思考は素直にそちらに向いてしまう。
私は大学入学と同時に上京してきて一人暮らしだ。
保護者という言い方にも引っ掛かるが、そんな気遣いをする多分警察官の科白にぶふっと吹き出してしまった。
「だーいじょうぶですよ。私はね、電車に乗っても痴漢にあった事も無いんですから」
「……そう言う問題じゃないだろう」
「あと親はー、福島にいまーす」
しゅたっと額に掌を翳し、敬礼っぽいポーズで答えてみる。
「……仕方ない、送るよ」
「え? だからいいんですってば! 私はもう少し滑って気が済んだら勝手に帰るんで放っておいて下さい」
「そう言う訳には行かないだろう。家は──」
言いかける確か警察官に私は全力で抵抗した。
「嫌だー! 帰らん!!」
けれど男はじたじたと暴れる私にぴしゃりと言い放つ。
「いい加減にしろ! 大体あと何回滑れば納得するんだ!!」
その言葉に私は不覚にもウルリと来てしまう。
いや、酔ってないですよ。
酔って泣き上戸になってるとかじゃあ無いですよ。
けれどそんな私の情け無い顔に一瞬怯んだ男はチラリと自販機に視線を逃がし、「何か飲むか?」と不本意そうに口をごもる。
……もしかして声を荒げた事を気にしてるんだろうか? 酔っ払い相手にしてれば苛立つのも仕方ない。私は酔っていないけれど……
しかしまあそうですか、つまりこんな夜中に酒カッ食らって無心で滑り台を滑り続ける私の話を聞きたいと! いいでしょう話しますよ! これから話す事があなたの今度に役立つ日がくるかもしれない! いやきっとなる! これからの人生、心の宝箱にしまって家宝にして過ごして下さい男なら!
「やっぱり幼馴染がいいんだそうです」
「あ?」
ずばりと告げれば丸く開けた口から一文字だけ声が返って来た。
──何か段々雑になってきたな、この……警察官……だったっけ? 内心首を捻るも大らかな私は構わずに続ける。
「幼馴染の女に負けました」
「……」
誰だっけこの面倒な話に付き合う事になったただの不憫なお兄さん? 何でこの人は私の話なんて聞いているのかな? しかも心なしか顔が怖い気がするのは、いい加減怒りのボルテージが振り切れたからななかな。
うん? 誰の話が面倒?! 何で私の話を聞くのが不憫なんだー、許さんぞ?
「──なんか頭痛くなってきた……」
「それは俺の科白だ……」
心の底から脱力した声にふと顔を上げる。
(……あれ、この人誰だっけ?)
けれど私が疑問を口にする前に男が僅かに動揺を見せながら口を開く。
「つまり振られたって事か……? それはお気の毒……だけど、まあ……なんて言うか……。
けどな、そーだ。振られたヤケで酒飲んで滑り台で遊んでさ、遊具に吐いたらどうするんだ? 明日子供たちが使えなくて可愛そうだろう。それに別に──」
(があん!)
何か続きを言ってたような気がするが、そんな事より──
(そこまで考えて無かった!)
「わ、私は……なんて事を……」
ぷるぷる震えながら涙を流す私に横が男が急り出すが、それどころじゃない。──吐くってあの吐く? 危うく子供たちの心に言いようの無いトラウマを作ってしまうところだった! しかも「あの滑り台汚いからもう滑らなーい」とか子供が話すところに、もし出くわしたら……無理だ……居た堪れなさすぎる……引っ越しすら考える事案だろう。
私は拳を握りしめすくりと立ち上がった。
「帰る!」
「えっ? もういいのか」
けれど隣から掛かる男の声に私の頭は既に「?」でいっぱいである。
(……私、ここで何してたんだっけ?)
ふと見れば自分の手には水のペットボトルを握りしめられていた。
(酔い覚ましに買ったのかな?)
チラリと見知らぬ男に視線を向けて、良く分からないままに会釈をする。そうしてとにかく帰らなくては……という意思に従い自宅に向けてふらふらと歩き出した。
「お、おい! ちょっ……」
酔い半分、覚醒半分な状態なので、その後を少し離れて男がついて来る事には気付かない。
時々、不用心すぎるとか、禁酒しろとか聞こえて来る小言については、気のせいだと思う事にした。
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