第5話

 公園まで来た道を今度は下り、突き当たった国道をさらに奥へと進んでいった。そうすると数分と経たずにクリーム色の四角い外観をした建物が見えてくる。

 外壁の塗り直し程度はされているであろうものの、私が覚えている限りの外観のままで町立図書館は今もそこに健在していた。

 入り口を通り抜け、ロビーにいくつか貼られている『皆鹿目町の歴史』と題された小学生たちの学習成果を横目に室内へと進んでいく。

 中は弱めの冷房が利いており、平日ともあってか人も少なく快適だった。

 私は奥にいくつかある学習コーナーの一角を陣取ると、持ってきていたノートパソコンを立ち上げて、調べものをする環境を整えた。


 ここへきた第一の目的は『ちよちゃん』の存在を確かめるためである。その一方で、瑞樹の言う『お姉ちゃん』もまた同様の存在であるとすれば、その存在に近づく手掛かりを得られないものかと期待してもいた。

 私は検索サイトを開き、得ていたキーワードの中から『ちよちゃん』『母親』『失踪』『皆鹿目町』『虐待死』辺りを手当たり次第に入れていく。

 だが、そのすべてに合致するものは無く、『母親』『失踪』『虐待死』辺りで部分的に合致した他所の出来事ばかりが結果を占めている。『ちよちゃん』『皆鹿目町』では一件も当たらず、部分的に合致した事案から県内市内に限定していくつかをピックアップするも、結局どれも被害者の名前からして違う案件のようだった。しかし、単純に『ちよ』という子供の名称でこの町での死者、失踪者の名前で洗っていくのでは時間が掛かりすぎる。いったいどうしたものだろうか。

 行き詰ってしまった思考を解そうと身体を伸ばしてみる。ふと、ロビーにあった小学生たちの成果を思い出し、見に行ってみようと思い至った。


 社会の授業の一環であろうそれらは、学習成果をいくつかのポスター用紙に新聞という形でまとめられており、私にも小学生時代に覚えのあるものだった。

 当時もそうであったのだが、今もどうやらグループ毎に担当する年代が分かれているらしい。そしてあの頃より増えた児童とクラスの分だけ、掲示されている枚数は更に多くなっていた。

 その中から、明治~昭和頃のものが目を引いた。それは、これが気になったという程明確な感覚ではなかったが、得てきて物事の突破口というものはこういう何気ない感覚が切っ掛けとなり、もたらされるものだろうと私は思っている。

 その辺りの年代をつぶさに見ていくと、地名の変遷についての項目があった。

 この皆鹿目町という名は平成初期に改定されたものであり、元は皆瓶(みながめ)、その前は皆甕(みなかめ)と呼ばれていた時期がある。一説には産卵の為に浜へと上陸した亀の群れを指して言った『みなかめ(見な亀)』という言葉が変化していったものとされ、今でもこの辺りを「みなかめ」と呼ぶ高齢者は少なくない、と記事は締めくくられていた。

 これだ、探していた突破口はこれに違いないと直感した。

 すぐさま席まで戻ると、今度は『ちよちゃん』『皆瓶町』でのみ検索を試みる。すると、結果はすぐにでた。

 先に出てきたのは昭和四十三年に発行された地方紙の『……市皆瓶町にて山口千代ちゃん(七歳)が死亡しているのが近隣住民により発見された。千代ちゃんの父親は既に亡くなっており、発見当時は母親と二人暮らしであったが、近隣住民によると最近では母親と一緒にいる姿を見ることは無かったという。死因は衰弱死であり、警察では現在行方不明である千代ちゃんの母親の行方を追っている』との記事だった。

 その数週間後に母親は発見され、置き去りの事実を認めて実刑判決を受けている。母親は当時四十代後半であり、生きているなら現在七十代のはずだった。母親についても後で調べてみることにして、残りの記事を読み進めていく。

 『……警察は千代ちゃんの母親である山口真由子容疑者を交際していた男性宅にて発見。警察によると、父親の死亡した後より交際していた男性と一緒になろうとして当時七歳だった千代ちゃんが邪魔になり置いていった、申し訳ないことをしたと供述しているという』

 真由子が一方的に邪険に感じていたのか、それとも交際していた男とやらもそうだったのかまでは分からなかった。だがいずれにせよ、真由子は男に娘を合わせようとはしていなかったらしく、ならばきっと千代も男の事は知らなかっただろうと思われる。

 もし真由子が出ていくときに男が迎えに来ていたのなら、その時の光景は千代からするとまさに『知らないお兄さんとどっかいっちゃった』ということになるだろう。

 独りぼっちとなってしまった千代は、満足に食事も摂れぬまま衰弱していき、いなくなった母親の帰りを待ち続けてそのまま亡くなったのだ。

 事件後、彼女達が暮らしていた家は取り壊され、更地となった場所は町が買い取っている。

 暫くは更地のまま遊ばせていたそうだが、平成に入ってすぐの頃、災害対策を推し進めていく中であの土地は再び脚光を浴びる事となる。

 そうして出来たのが、瑞樹が『ちよちゃん』とであったあの公園だった。


 千代の衰弱死からその後の公園建設に至るまでを、今現在8歳の瑞樹に知る余地は恐らくなかったはずである。大樹であればその可能性は上がるだろうが、彼が進んで瑞樹に話すとも思えない。

 けれども瑞樹は言い当てたのだ。あの公園が立つ前に起こった哀れな少女の境遇を、その名前すらも。最早『ちよちゃん』が『山口千代』と同一人物である事に疑う余地は無い。

 これまでも信憑性の高いと言われた心霊現象について数多く、とは言えない程だがそれなりに見識を深めてきたつもりだ。それでも、ここまで真に迫ったものは数えるほどしか知らない。

 人が軽々しく立ち入ってはならない領域へと足を踏み入れた緊張感、そして高揚が膨れ上がっていくのを、この時の私は確かに感じていた。

 湧き上がるものを抑えつつ、勢いを殺さぬうちに私はもう一つの問題へと取り掛かることにした。

 千代の存在と同時に現れた、『お姉ちゃん』の証明である。

 この『お姉ちゃん』に関しては、実のところ千代よりも得られたヒントは少ない。 

 瑞樹によると彼女はあまり自分の事を話したがらないらしく、先述した『セーラー服を着た中学生らしき少女』というのが得ていたものの全てであった。瑞樹以外には彼女の外見を見ることが出来ないため、外見から年齢ないし学年の特定や推察も難しい。

 そもそも、皆鹿目町に中学校及び高校は各二校ずつあるも、その制服は学ラン式ではなく男女ともにブレザー式を採用していた。私立学校となると電車で隣町までの距離にしか無いのだが、最も近い学校でも同様にブレザー式である。この街にいる限りセーラー服を着る事などないはずなのだ。

 このように今度は詳細な年齢や所属、名前すら不明なのである。これまたどうしたものかと、私はここで再び行き詰ってしまった。

 またロビーにて小学生たちの力を借りにいこうか、そう思い椅子から臀部を浮かせようとし、そして再び腰を下ろした。『お姉ちゃん』もまた千代と同じなのかもしれないと、思い直したからだった。

 ――平成の皆鹿目町ではなく、昭和の皆瓶町で亡くなった千代。もし『お姉ちゃん』も過ぎ去って久しい過去に生きた人物であるならば。

 だとすると異なる制服の説明も恐らくは付けられる。日本でブレザー式の制服が普及したのは1980年代に入ってからであり、それ以前は当然のように違う制服のはずなのだ。

 私は今度こそ席を立ち、町の歴史関係の書物が収められている書架へと向かった。手当たり次第に本を取りだし、パラパラとページを捲っていく。すると、やはり1980年代に入るまで、町中を歩く学生らの姿が学ランだった旨の記載をいくつか見つけることが出来た。

 だがその詳細までは書かれておらず、写真においては戦時中もんぺ姿を映したものが数枚散見される程度だった。これではセーラー服という瑞樹の発言と矛盾する。

 ここから大樹が通う中学校を訪ねる選択肢も思い浮かんだが、教育や服飾関係でもない男が理由もなく「昔の制服が写る写真か何かを貸してくれ」といったところで了承を得られるとも思えなかった。

 私はあれ程膨れ上がってきていた高揚が落胆で萎んでいくのを感じていた。だが千代の存在は証明できたのだ、それだけでも、瑞樹の奇行の説明になり、彼女がおかしくなったわけではないという証拠として佐々木にも話が出来るだろう。

 とはいえ、『お姉ちゃん』に関しては今以上の手掛かりも無いため、これ以上この場で出来ることは無さそうだった。

 八方塞がりの現状に囚われて思考が大分煮詰まってきていた私は、学習コーナーに広げていたノートパソコンを片付けると、気分転換をしに周辺を散策しに行くことにした。


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