第147話 男気
貨物船が沈みつつあった。
「この船、持たないぞ。逃げよう」
真栄田さんが私の手を取って、船の前方へ走り出した。巡視船は貨物船の後方から近づいてきており、中国兵は後方に集まって機銃掃射をしていたからだ。
甲板が少し傾き前方が高く盛り上がりはじめ、同時に、ギー、ガクーンと、海底の奥底から不気味な音が時々聞こえた。真栄田さんが船の軋む音だと言った。船首に救命ボートが見えた。真栄田さんはそこを目指しているようだ。
でも、だんだん甲板の傾きが急になってきて何かに捕まらないと立っていられなくなってきた。甲板上のコンテナがギギギーときしみ、ロープが切れて何個かコンテナが船尾方向へ崩れていった。
ガギーンと大きな音がして、船体が真ん中で折れ、船首が急に持ち上がり甲板の角度が急になった。船尾は水しぶきを上げながら沈んでいった。船首もほぼ垂直に立ち上がり、真中部分から沈んでいる。
私達はかろうじて手すりに捕まっていた。甲板上の荷物が次々に海面に落ちていった。もう救命ボートまでたどり着くのは不可能だ。
その時、少し船首方向の手すりに、浮き輪がぶら下がっていることに、真栄田さんが気づいた。真栄田さんはそこまで手すりづたいに登ると、浮き輪を私に渡した。
「これを付けて、海に飛び込め。飛び込んだら、大急ぎで船から離れろ。渦潮に巻き込まれるから」
「真栄田さんは?」
「俺のことは心配するな。海の男は沈の1回や2回、なんともない」
真栄田さんが海の男とは初めて聞いたけど、強がりに決まっている。
「でも、、、」
私は真栄田さんに言いたいことがあった。彼に会って、国崎さんとの悲劇を忘れることができた。それに、彼みたいに楽観的に生きても良いということも知ることができた。デリカシーのない、変な人だけど、このまま別れるのは、ちょっと寂しかった。
この数日間だけだったけど、彼と過ごして楽しかった。でも、それをこの状況でたった数秒で伝えることは難しかった。
「死なないで」
彼は親指を立てた。
「子ブタ10匹分の貸しがあるからな。どこまでも取り立てに行くさ」
そう言うと、彼は私を押した。
私は浮き輪を付けたまま海に転落した。
少し沈んでから浮かび上がり、必死に船から離れた。ちょっと落ち着いたときに振り返ると、船は舳先のみが海面に出ている状態で、真栄田さんの姿はどこにも見えなかった。
海面を漂っていると、巡視船が私を見つけ、引き上げてくれた。
私は佐世保まで運ばれて、陸路大宮へ戻った。
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