第129話 嘘つき



私は彼女の気持ちが痛いほど分かる。以前、今よりもっと死を身近に感じていた時、どういう風に死にたいかいろいろ考えていた。希望の死に方もあったし、嫌な死に方もあった。


「千里、一つお願いがあるんだけど」


「何?」


しばらくの沈黙の後、


「私を殺して」


えっ。


「そんなこと、私には出来ない」


とっさに、そう言ってしまった。ノリは泣き続けていた。


彼女が私をそんなに信頼しているとは思わなかった。九州にいた時に、一度告白されたことがあったけど、それは私が男の格好をしていたからだと思っていた。だから、今私は普通の女子の格好をしているので、彼女の好意の対象ではないと思っていた。


あの告白は今でも有効なんだ。だったら、彼女の希望を叶えてあげたほうが良いのではないか?


でも、それは本当の殺人になってしまう。ノリの父親は、大勢の人の命を救うためという大義名分もあるが、その前に自治体連合軍からの命令だった。だから、私は全く法的には何の咎も受けなかった。


今回は、そういうのはない。単純にノリから頼まれただけで、嘱託殺人になる。


私は迷った。


ノリを励ますべきではないか?でも、私にノリを励ます権利はあるのだろうか?ノリの今の不幸をもたらしたのは私なのだから。


ちょっと前まで私はノリの父を殺した責任をとって、ノリに殺されても良いと思っていた。それだったら。その責任をとって、ノリの意志通りにノリを殺して、私が殺人で捕まるのが筋ではないか?


私は、ノリの意志に従うことにした。


「分かった。良いよ」


ノリは涙を拭いながらゆっくりとこちらを向いた。真正面から見るノリは普通の女の子だった。九州では威張って、私にあれこれ指図したのが嘘みたいだった。


私は彼女の首に手をかけた。


この感覚、どこかで経験ある。


あ、思い出した。四国でイノシシを逆さ吊りにして、首を押さえていてと頼まれたときだ。


イノシシの首はゴワゴワした硬い毛並みに覆われていて、もっと筋肉で固くて、太かった。それに比べてノリの首は、全然柔らかくて細くて、脆かった。


こんな弱い人だったんだ。


私はその時初めて気づいた。


ノリは涙を拭っていた手をだらんと下ろして、目をつむった。私は手に力を入れて、ノリの首を絞めた。


ノリの顔色が段々赤くなり、その後、すこしずつ薄黒くなっていった。


後30秒で、一つの命が私の手のひらの中でなくなる。親子2代私が殺してしまう。


なんとも言えない絶望感を感じたけれど、手の力は抜けなかった。


突然ノリが口を開いた。


「私、の、夢、覚え、てる?」


んっ、何のことだろう?


「孤、児、院」


ノリがいつか語っていた夢のことを思い出した。私はうんうんと頷いた。


「代わ、りに、やっ、て」


ノリを安心させるために、私は頷いた。


「本、当?」


そう確認されると、自信がなかった。どうやってやるか分からないし、それ以前にそういう意欲がない。私は何と答えようか迷い、顔にもろにそれが現れてしまった。


突然、ノリが私の胸を片足で押し蹴りし、私は浴室の壁に体を叩きつけられ、ひっくり返った。当然、手はノリの首から離れた。


ノリは片手を浴室の壁について、少し屈んでゼーゼーと洗い息をしていたが、息が落ち着くと私の方を睨みつけた。


「うそつき」


そう言うと、彼女は浴室から出ていった。私は呆然として、ひっくり返ったままだった。


しばらくして、私は浴室から居間の方へ行くと、ノリの姿はどこにもなかった。


私はノリを殺さずに済みホッとした反面、彼女の意に添えず申し訳ない気がした。でも、彼女には孤児院を作りたいという夢があり、彼女は死の直前にそれに気づき、生きているからその夢を実現できる。そう考えると、私が彼女を殺さなくて本当に良かったと思った。


それにしても、私は本当にだめだな。ノリの希望すら叶えられず、つくづく自分が嫌になった。



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