第127話 けじめ



しばらくすると、彼女が降りてきて、居間のドアを開けた所で、じっと立ち止まった。


私はお茶を2つ入れて、テーブルの上に置き、私はテーブルの一方の席についた。


「お茶、入れたよ」


そう言って、テーブルの上のお茶のコップを指差した。彼女はテーブルに付いたが、お茶には手を付けずに、じっと私の方を見ていた。というより睨んでいた。


私は彼女の気持ちが分かっていた。スープやお茶くらいでは、ごまかせないことも分かっていた。


「ごめんなさい」


私はぼそっと言った。


「謝って許してもらえるとは思っていないけれど、言わなきゃいけないと思うので」


彼女は無言のままだった。私は続けた。


「私は確かにあなたのお父さんを殺しました。でも、それは大きな戦闘を避けるためで、実際に避けることが出来た。もし、あなたのお父さんが生きていたら、徹底抗戦を主張して、大きな戦闘も起きるし、それがずっと続き、もっとたくさんの人が死んだ。だから、結果的に、私は多くの人の命を助けることができた。私のやったことは間違っていなかったと思っている。でも、あなたにとっては大事な唯一のおとうさんであり、そのお父さんを奪ったのは私なので、あなたには私に復讐する権利があると思う」


私は一気に言葉を吐き出すと、台所の引き出しに仕舞っていたノリのナイフを取り出し、テーブルに戻って席につくと、彼女の前にナイフを置いた。そしてもう一度ごめんなさいと言った。


ノリはしばらく黙っていたが、少しすると口を開いた。


「分かった。じゃ、好きなようにさせてもらう」


ノリはナイフを持ち立ち上がると、椅子に座っている私の後ろに回り、左手で私の顎を押さえ、右手のナイフを私の喉元に突きつけた。


「恨まないでね」


やっと楽になれる。


これが今の私の率直な感想だった。九州から帰ってずっ罪悪感を感じていた。今まで身近で人が死んだことは何回かあったけど、直接的に自分の責任では無かった。もちろん道義的に自分がきっかけということもあったけど、その心理的は負担は今ほど重くはなかった。でも、今回のノリの父親は私が直接的に手を下して毒殺した。それはとても私には重荷となってのしかかってきていた。私は楽になりたかった。


私は全身の力を抜いて、目を瞑った。首筋の血管が切れれば、ほぼ即死だろう。痛いのは一瞬だけだ。


こういう死に方は悪くない。自分のしたことの責任をちゃんと取っているし、私の死体も惨めさを感じさせない。むしろ何か大きな事情があったんだな、と一目置かれる気がした。


自殺だと、自分の死体を見つけた人に、生きているのがつらかったんだなと同情されそうで嫌だったけど、他殺ならそういう同情はされないから、プライドを守れそうな気がする。


なかなか喉元のナイフは動かなかった。もしかしたらすでにナイフで私は首を切られて死後の世界にいるのかもしれない、そんな風に思った。



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