第121話 スパイの接触



それ以来、私はどこに出掛けても、いろんな人が話しかけてきた。今までの人生の中でも、こんなに多くの人に注目されたことはなかった。


数日後、ノリの監視の元で出掛け、トイレに入った時だ。私はいつも男子トイレを使っていた。個室から出ると、洗面所で一人の中年の男性が手を洗っていた。私は彼の隣で手を洗った。突然彼が話しかけてきた。


「連合の方ですか?」


いつもの珍しいもの好きな人かなと思い、私は気軽に、はい、と答えた。


「生存者がいらしたんですね」


彼は続けた。


生存者?何のことだろう?


彼は自分が連合から来たこと、自治体連合軍の命令で九州の様子を探っていること、交渉に行った副知事の死亡が確認され、連合では武力制圧の方針に決まったことを話した。


「副知事の船が沈没して、全員死亡と思ってましたが、あなたは生きていたんですね。それに、かなりの人気者にもなって」


彼はただただ感心していた。敵の地域で、自分の身元を明かすだけでも勇気がいるのに、さらに、皆の注目の元で、勝負をするなんて。


私は彼の称賛よりも、武力制圧の方針という言葉が気になった。詳しく聞くと、3日後に、揚陸挺で地上部隊を三方から同時に侵攻する計画だった。


私は反対した。


「ここの人は、みんなに良い人です。みんな、お互い助け合って、親のいない子を赤の他人が面倒見て育ててあげたり、敵である私にも優しくしてくれた」


彼はきょとんという顔をしていた。


「それは私に言われてもどうにもなりません。私は命令でここに来ているだけですから」


それから彼はあくまでも私見だと断った上で続けた。


「九州の人たちが良い人でも、攻め込むことには変わりありません。むしろ、九州の人たちが悪い人だから連合が攻め込もうとしている訳ではないんです。我々の副知事を魚雷で殺害して、交渉が進まなくなったからだと思います。九州の統治機構が幼稚と言いますか、我々とまともに話し合いができないと言いますか。話して分からないから、力に訴えるということだと、私は理解しています」


そう言われても、私は九州の人たちと連合が戦ってほしくなかった。どうとかして戦いを止めたかった。彼に連合を説得してほしいと頼んだが、自分は下っ端で、そんなこと言っても聞いてもらえないと言われた。


私は戦闘を避けるなにか良い方法はないか、彼に聞いた。


「一つだけ、その方法があります」


彼は少し言いにくそうに言った。


「九州が降伏することです。連合は単に自分たちと、文字通り連合さえ組めれば良いと考えています。そうすれば、一切戦闘は起きませんし、九州の人も、そして私達も、全く死者は出ないです」


それは難しい話だった。社長やノリを説得するのは不可能だろう。


「私が得た情報では、強硬に話し合いに反対しているのは、加藤社長という人物です。彼さえ意見を変えるなり、排除されれば、戦闘は回避されます。大部分の人は、連合との闘いを望んでいません。ちょっと前までは同じ日本という国だった訳ですから」


私は社長に会えるかもしれないと話すと、彼は私を見た。


「もし、本当に戦闘を避けたいなら、その時に行動を起こすべきです」


私は彼が言わんとしていることが分かったが、何も答えなかった。まだそこまでの決心ができていなかったからだ。彼は何か武器を持っているか、私に聞いた。私は常に監視下にあるので、武器などは持てないと答えた。彼はもう少し情報を集めると言い、明日もここで会うことになった。


私は先にトイレを出た。時間が長かったので、ノリが訝しがった。私は、お腹の調子が悪かったと答えた。

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