第120話 決闘



翌日、アパートから出ると、大勢の人が家の周りに集まっていた。私が昨日の男子と決闘すると知れ渡っていたようだ。多分、彼が言いふらしたのだろう。


皆がこっち、と道案内や手招きした。ノリがいつものように、家の前にいた。


「あんなの放っておいて。まともに相手しないで」


「私は大丈夫。特に気にしていないから」


実は私は少し自信があった。ロシアや四国での経験もあったし、彼の話の聞かなさとか、向こう見ずなところが幼く見えた。それに私は背が女子にしては高い方だった。反対に彼はそれほどでもなく、私と同じ位か少し低い感じだった。そんなことから、なんとなく勝てそうな気がした。


ノリは制止したけれど、周りの群衆が一斉にこっち、こっちと手招きするので、人混みに流されてしまった。


そうして人混みに流されて、近くの河川敷に来た。


河川敷はほとんど雑草で覆われていたが、いくつか地面がむき出しのグランドがあった。地元の少年サッカーや野球チーム向けのものらしい。


その中で一番大きなグランに連れて行かれた。グランドの真ん中に1本の石灰の白線が200mくらい引いてあり、一方の端に原チャリが置いてあった。


「これに乗って、白線を進んで」


近くの誰かが言った。


それ、すごく簡単じゃない?


ずっと子供の頃、多分幼稚園とか小学校低学年くらいの自転車に乗れるようになったばかりの頃に、自分の中で、道路の側道の白線から落ちないように自転車に乗るという遊びをしたことがあった。多分それをしろということなのだろう。


私は原チャリに乗った。


すると、遙か向こうの白線の終点で、私を恋敵と勘違いしている男子も、こっちを向いて原チャリに乗るのが見えた。


つまり、二人が一本の白線上で200m離れてお互いに向かい合った。


私が走り終わった後に、今後は彼が逆方向に白線の上を走り、白線から落ちなかった方が勝ちというルールかな?


「準備良い?」


近くにいた子が私に声をかけた。私はうなずく。


向こうの方でも、誰かがOKの合図で手を振った。


ノリが心配そうに私を見ている。


「大丈夫だから」


と言うと、


「チキンレースだよ」


とノリは答えた。


「チキンレース?」


「先に白線から降りたほうが負け」


白線から降りないければ良いのだったら、そんなに難しくはない。


なんでノリがそんなに不安そうな顔をするのか分からなくて、そのうちに、バンっと音がした。走れという意味だろう。


私は原チャリを発車させた。


すぐに白線の反対側の勘違い男子もこっちに向かって走り出したのが見えた。よく見ると、彼のは原チャリではなく、バイクだった。


このまま走ると、正面衝突する。


やっと私はチキンレースの意味が分かった。先に避けた方が、つまり白線から退いた方が逃げたということになり、負け。


ただの、原チャリの運転技術競争かと思っていたけれど、全然違う。命かけた勝負だ。


何も考えずに受けてしまって、私もバカだなあと後悔したけど、向こうのバイクはぐんぐん迫ってくる。


白線から離れれば衝突は回避される。でも、意気地なし扱いで負けだ。


こんな遠くまで来て、みんなから馬鹿にされるというのは嫌だ。


それに、私は滋賀の菅浦集落に行った時に、かなり高い崖から落ちた経験があった。あの時、一瞬痛かったけど、大した怪我ではなかった。


今回正面衝突しても、空中に投げ出されれば、下は更地のグラウンドで大きな岩もないので、地面に落ちても大した怪我はしないだろうと、とっさに思った。


むしろ、バイクのタイヤに巻き込まれたほうが危険だろう。だから、空中に投げ出された方が安全だ。


そう思うと、私は原チャリの上で、立ち乗りの姿勢をとった。ぶつかった瞬間にジャンプするようなつもりだ。


相手のバイクがぐんぐん迫ってくる。私はジャンプするタイミングを見定め始めた。


「危ない」


後ろで、ノリの声が聞こえた気がした。


あっ、衝突する。ジャンプしなきゃ。


と思った瞬間に、勘違い男子のバイクがパッとハンドルを切り、白線から逸れてしばらくよろよろっと進んで止まった。


私は止まって良いか分からずに、白線を最後まで進んだ。


「連合の勝ち」


大勢の人がそう言った。


ちょっと意外だった。彼らにとって私は敵だからだ。でも、素直に嬉しかった。


もう帰っても良いのだろうか?


それを聞きたくて、ノリはどこかなと、周囲を探すと、少し離れた所に立っていた。私と目が合うと、少し複雑そうな顔をした。まあ、そうだろう。私は彼女にとって敵側だし、彼女は何となく私にきつく当たってたから、私を嫌いなのだろう。


でも、その後、一瞬だけどニコッとした。



理由は分からなかった。珍しいこともあるんだな、くらいにしか私は思わなかった。

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