第117話 大家族



ある日、彼女に連れて行かれたところは、小さめな保育園のような、でも個人宅でもあるような建物だった。個人宅にしては、かなり大きめな家だった。庭が広く、滑り台や、ブランコなどの遊具が置いてあり、数人の小さな子が遊んでいた。


私は不思議そうな顔をしたが、彼女はそのまま敷地の中に入っていった。中から高齢の女性が出てきた。


「おや、まあ、典子ちゃんじゃないの?」


ノリとは、典子の略だったと、私はこの時初めて知った。


そのおばあちゃんとノリは親し気に話していた。


彼女の祖母かな?でも、そんなところへなぜ私を連れてくるのだろう?


すると、他にも小さな子がぞろぞろ出てきた。幼稚園児くらいの子や、小学校低学年くらいの子や、中学生くらいの子も出てきて、ノリの周りに集まってきた。家族にしては、子沢山だ。


「私の兄弟」


ノリはそう言った。


こんな子沢山の家庭は今の時代では、とても珍しい。このおばあちゃんはノリの母かな?


そんな感じに私は思っていた。ノリが親しげにおばあちゃんや子どもたちと話している間、私はぼーっと近くで立って見ているだけだった。


おばあちゃんのお茶のすすめに従い、私達はその家に上がり、居間のテーブルに付いた。


家の中はごく普通だったが、よく見ると、些細な点で少し違っていた。食堂は普通の家と比べてほぼ同じくらいの広さだけど、食卓がすごく大きく、食堂を狭くしていた。それに炊飯器が2つあり、炊事場に洗い終わっておいてある食器の量が尋常ではないほど多かった。


何人家族なのだろう?


私は物珍しそうに、周囲をジロジロ見ていた。


もともと友達の家に行ったことなど無かったので、人の家がどんな風か興味あったが、この家は例外に当たるだろう。


私とノリと、おばあちゃんの3人で、テーブルを囲んだ。私は聞くだけだったが、二人が近況を話し合った。どうも以前は一緒に住んでいたようだ、ということはやはり親子か祖母と孫かもしれない。


ノリは私のことも軽くおばあちゃんに紹介し、私はおばあちゃんの質問に簡単に答えた。おばあちゃんがお母さんは今買い物に行っていると言ったので、ノリの祖母なのだろう。


小学校低学年くらいの子が私のところに来て、手を引くので、私はその子に付いて居間へ行き、本を読んだり、一緒に遊んだりしてあげた。その間、ノリとおばあちゃんは話題も尽きずに話していた。


1時間位経った頃、ノリが帰ると声をかけてきた。私は一緒に遊んでいた子に帰るねと言い、ノリと一緒に家を出た。


「私が昔いた家」


ノリは言った。


「子沢山の家族なんですね」


私がそう言うと、ノリは


「うん。でも血はつながっていないんだ」


私は分からなそうな顔をした。


「私、孤児だったんだ。あの家は昔でいう孤児院」


あの家庭は、もともとは夫婦でそういう孤児を引き取って育てていて、そこにノリも引き取られて、育てられたと言った。さっきのおばあちゃんはその夫婦の親、つまりノリから見ると祖母に当たる。


「父は千里も会ったことあるよ」


私は特に心当たりがなかった。そんな善人にどこで会ったのだろう?


「加藤建設の社長、千里が九州に来て最初に会った人」


えっ、加藤建設の社長といえば、今の九州の事実上の支配者で、確かに私は九州に上陸して、ノリに捕まって、連れてこられた人だ。


あの人がノリの父なのか。


では、ノリは父の元で働いていることになる。そのこと自体は、特に珍しいことではない。家業を手伝うような意味だからだ。でも、今の九州では、加藤建設の社長は九州のナンバー1であるので、ノリは、九州のナンバー2とも言える。


バイクの後ろに、また乗り、アパートまで送ってもらった。彼女は、自分が元孤児だと私に告白してくれた。私は、自分も自分の境遇を言わないと不公平になるような気がした。


アパートで、バイクから降りた時、私は彼女に自分も、ここ半年くらい親がいないと言った。


「あなたに比べたら、僕の場合は、まだ全然短いけど」


ノリは少し意外そうな顔をした。


「てっきり、東京の人って、みんな恵まれているのかと思っていた」


そして、彼女は私に再度バイクの後ろの席を指差した。


「もう少し話そう」


私はバイクの後ろの席に乗り、海岸沿いまで来た。左手に夕日が輝いていた。


「千里の話、もっと聞きたい」


私は生い立ちから話し始めた。結構恥ずかしい生い立ちだけど、ノリが元孤児で少し愛着が沸いたのと、しばらくしたら自治体連合に戻るつもりで、多分その後はもう会わないだろうという気がしていて、その気楽さから、何でも包み隠さず話した。


ノリは、岐阜の衛星制御装置の話と、ロシアの話にすごく食いついて、時々わぁーとか、えーとか、感嘆していた。


「私も、そんな冒険、してみたいなぁ」


ノリの反応に、私は思わず、人の苦労も知らないで、と言いかけて止めた。ここで議論しても仕方ないし、後数日で帰れるつもりだったからだ。


彼女の質問に軽く答えて、その日は帰った。



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