第109話 様々な表現方法

一方、ルッコラはタチアナの元へ着いた。タチアナはルッコラを見ても何も言わなかった。二人の間にしばらく沈黙が流れた。


沈黙を破ったのはタチアナだった。


「私は組織を裏切りました。頭が赤い狼に戻るのなら、この場で私を殺してください。人は同じことを繰り返す。私は多分、今後もなにか理由があれば組織を裏切るでしょう。でも、もし、頭が掟に従って組織から離れるのならば、私も連れて行ってください。赤い狼の連中は当分追ってきません。車のタイヤを全部パンクさせておきましたから。私にとって、赤い狼は頭、いやルッコラ、あなただけで、あなたのいない赤い狼に、私は何の価値も見いだせない」


ルッコラは何も言わずに、小さな軽自動車の運転席に乗り込んだ。タチアナは突っ立ったままだったが、ルッコラが中から助手席のドアを開けた。


「何している?乗れ」


彼女は助手席に座った。その後、車は走り出し、どこかへ走り去った。



私は特戦群の車に乗せられ、ウラジオストクの日本領事館まで行った。日本領事館に入ると、知事がいた。


知事は、市庁舎の襲撃の際に、倉庫前で私が襲撃犯を撃退したと思いこんでいるようだった。私が命の恩人だから、特戦群に依頼して、ロシアの殺し屋に誘拐されたのを探し出し、助け出したと言った。


「いやー、でも本当に良かった。命の恩人を見捨てたとなれば、男が廃る」


そして,私の手を取って何度も、あの時はありがとう、と言った。


日露間の条約は無事に署名されたと聞いた。あとは帰国後、自治体連合の議会になっている埼玉県議会で承認されれば、発効する。


帰国は行きと同じく船だった。


ボーーーッという汽笛とともに、船は離岸した。少しずつロシアの大地が遠くなっていった。


港湾沿いの道をバイクが走っているのを見て、私は訪露2日めにタチアナとバイクをヘルメット無しで二人乗りをして、市中心部のホテルまで送ってもらったことを思い出した。楽しかった。


私はふとタチアナの最後の言葉を思い出した。


「もう、2度とロシアには来るなよ」


決して悪意のある言葉ではなく、タチアナは私のことを大切に思っていて、かけてくれた言葉だ。


彼女は自分のせいで私をトラブルに巻き込んでしまったと、自分を責めていた。このトラブルから私を救うには、彼女から離すしか方法がないと思ったのだろう。


私にとって、タチアナはやっぱり良い友だちだった。もう2度と会えないと思うけど。別れることも友情の一つの表現なんだな、と思った。

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