第105話 違和感の正体



翌朝、私は再び袋に入れられ、皆の前に運ばれた。手と足を縛られたまま椅子に座らされた。


昨日のメンバーが全員揃っていた。皆がアレクセイの方を見ていた。1時間程、そんな状態が続いた。突然携帯の受信音が鳴った。アレクセイの携帯だった。彼は携帯を操作し、メールを読んだ。イワンが私に近寄って来て、すぐ隣に見下ろすように立った。


「シロだ」


アレクセイが言った。


「軍や政府の関係者じゃない。ビザから調べた。まあ、日本側が丁寧に偽装してたら分からないが」


ミハイルが口を挟んだ。


「まあ、見た通りの結果になったな。直感的に、こんな小娘が軍に関係あるようには見えない」


ルッコラが立ち上がった。


「じゃ、解放しろ。ミハイル、お前、明日、隣町まで買い出しへ行くだろ?その時、この女を連れて行け。この町で解放すると、アジトがバレる」


ミハイルは、分かった、と答えた。イワンは少し不満そうだったが、しぶしぶ元いた位置まで戻り、座った。


その時、アンドレイが恐る恐る手を上げた。20才くらいで男の中では一番若い。


「提案なんだけど、この日本人を人質にするというのはどう?今回の仕事で、僕らはオルグを失った。それに仕事の代金も、前金しか手に入っていない。トータルマイナス。だから臨時の戦利品を換金するのは悪くないと思う。殺すわけじゃないから掟3にも違反しないし」


皆がアンドレイの顔を見て、次に頭のルッコラの顔を見た。ルッコラは返事をしなかった。


マクシムが私に聞いた。


「お前、親はいくら位出してくれる?100万ルーブルくらいか?もっとか?」


私はルーブルの金銭感覚が分からなかったが、それ以前に私には身代金を払ってくれる親がいなかった。私は少し考えて、口を開いた。


「無い」


一瞬ポカーンという雰囲気になった。


言葉が通じなかったのか?と彼はつぶやき、誰か日本語うまいやついないか?と皆に声をかけた。アレクセイが手を上げて、私の方を向いて言った。


「お前の親は金持ちか?」


私は素直に答えた。


「私に親はいない」


隣で聞いていたマクシムが身を乗り出してきた。


「じゃー、どうやって食ってる?」


「働いている」


しばらく沈黙が続き、またマクシムが聞いた。


「歳、いくつだ?」


「17」


マクシムが、小声でおー、とため息を付いた。全員の雰囲気が少し変わった気がした。警戒感から憐れみの目になった気がした。それは私にとっては心地よいものではなかった。


マクシムが身を起こすと、腕を組んだ。


「昨日から感じていた違和感の正体がやっと分かった。こいつ、誘拐されてんのに、全然怯えてねーんだよ。場慣れしてるというか、落ち着いているというか。苦労してんだろ」


私は特に答えなかった。


「日本に帰りたいか?」


それは難しい質問だった。4日前、タチアナに一緒に働こうと誘われて、正直迷った。それと同じ意味の質問だった。私は答えあぐねていると、


「そこ、迷うとこじゃねーだろ。即答しろよ」とマクシム。


普通は帰りたいと答えるだろう。でも私は帰っても誰も待っていてくれる人がいない。


マクシムがルッコラの方を向き、手を上げた。


「頭、提案なんだが、俺が親代わりになって責任持ってこの子を鍛える。だから、俺らの仲間に加えてやってほしい」


しばらく間があったが、ルッコラは答えた。


「ダメだ。俺らはアルメニアの同郷の者しか入れない」


「しかし、オルグが殺られて、その前のウクライナではエゴールとニコライが殺られて」


「部外者の前で仕事の話をするな」とミハイルが口を挟んだ。


「以前よりかなり人員が減ってる。ここらで人員補助も必要じゃねーかと。この子は肝っ玉も座ってる」


ルッコラは無言で首を振った。


「そこをさー」


と、マクシムが続けると、アンドレアが


「掟2、頭の命令は絶対。反論は1回のみ」


マクシムは黙った。


私はまた袋を被せられて、狭い個室へ運ばれた。


今度は固いパンを1個与えられたので、それで腹を満たすことができた。



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