第97話 ホテル爆破

私はホテルに入ると、時計を見た。ちょうど7時だった。昨日は7時半に知事が宿泊する高級ホテルへ貸し切りバスで出発した。昨日と同じスケジュールなら、みなは食堂で朝食を食べているはずだ。


私は食堂へ向かった。恐る恐るドアを開けると、厨房のみなが朝食をとっていた。


「千里がいた」


誰かが声を出し、みなが私の方を見た。


「ごめんなさい」


私を探しに、今日、これから出かけるところだったと、彼らは言った。私は親切な人が家に泊めてくれたと話した。


「とにかく、事件じゃなくて良かった」


私は、それから皆と一緒に2度めの朝食を食べた。


その後、条約締結の調印式を行うウラジオストク市庁舎へ向かい、会場の設置の手伝いを行った。


翌日も市庁舎で準備をして、昼近くに知事がウラジオストクに来たと聞いた。


知事は宿泊先のホテルに直行し、明日この市庁舎で調印を行う予定だ。知事の泊まるホテルは市庁舎のすぐ近くにある。


私はその日の午後も、日本とロシアの職員と一緒に、明日の調印式の準備をしていた。机や椅子を並べたり、注文していた飾りを備えたり。


夕方、5時近くなった時だった。ドカーンと外で大きな音がした。皆が窓に近寄って外を見た。私も後に続いて窓から外を見た。少し離れた所から、モクモクと真っ黒な煙が上空まで上がっていた。火元はここからは他の建物が邪魔をして見えなかったが、かなり近そうだった。


しばらくすると、消防車のサイレンが無数に聞こえてきて、私達のいる市庁舎の前を何台か消防車が通り過ぎていった。


私達はまだ今日中にしなければならないことがあるので、すぐに仕事に戻った。会場の準備もほぼ終わり、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時に、職員の一人が走って部屋に駆け込んできた。


彼は、知事の泊まっているホテルで爆発があったらしく、知事や随行の職員と連絡が取れなくなっていると言った。


さっきの爆発で狙われたのは、埼玉県知事だったの?でも、そうすると、私達もその仲間だと思われているから、狙われる可能性があるかもしれない。


私達は、早めに準備を切り上げると、急いで宿舎のホテルに帰ることになり、マイクロバスに乗って、急いで知事の泊まる高級ホテルとは別の、職員用の安めのホテルに向かった。


マイクロバスの中で、秘書課課長の携帯がなった。彼が携帯に出て話込み、終わると安心したように言った。


「知事は大丈夫だったようだ。今は日本領事館にいて、滞在中はずっとそこにいることになった」


そして、ことの詳細をみなに説明した。


知事がウラジオストクに到着直後に、宿泊予定のホテルに爆弾が仕掛けられたという情報を得たため、急遽日本領事館に滞在することに変更になったこと、明日の調印自体は予定通り行うこと、そして、爆発があったのは知事が泊まる予定の部屋で、予定通りにそのホテルに宿泊していれば、知事が爆死していたこと。


マイクロバスのバスの中は、シーンとなった。今まで知事が直接命を狙われたことは無かったし、命を狙われるほど人から恨まれるようなことを、知事も、その知事の配下の私達もしている覚えはなかったからだ。私達はロシアと仲良くしたい、日露友好、単にそういうことしか思っていなかった。なぜそれが人から恨まれるのか分からなかったし、ロシア人は私達とは全く価値観が違うのかも、という疑念が生まれた。


まもなくバスはホテルに到着した。安いそんなにきれいなホテルではないのに、ホテルの前にロシアの警察が警備に付いていた。朝はいなかった。


私達はホテルに入ると、翌日のスケジュールの説明を聞いて、各自に部屋に入った。

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