第96話 ロシア式挨拶
翌朝、物音で目が覚めると、タチアナが着替えていた。
「おはよう」
ベッドから起きると、一緒に2階へ降り、小さな賄い部屋みたいな所に入った。小さなテーブルがあり、壁際に台所があり、コンロには鍋がかかっていた。
なにか手伝おうか、と聞いたけど、良いよ座ってて、と言われたので、テーブルに着いた。
2人分のパンとスープを彼女はテーブルに置いて、二人で食べ始めた。
私の泊まっているホテルの場所の話をしていると、若い男が部屋に入ってきた。20才くらいで、ロシア人だろう。タチアナとロシア語でちょっと会話した。かなり目が鋭く、怖そうな感じだった。
二人の会話の様子から、タチアナが、彼に私のことを聞かれて、友達と答えている感じだった。その若い男は飲み物を冷蔵庫から持っていくと、すぐに出ていった。
「彼はオレグ。私達の仲間。見た目は怖いけど、いい人よ」
食べ終わると、私たちは宿の裏口から外に出た。昨日は気付かなかったけど、数台のバイクや車が止まっていた。タチアナは私に防寒着を貸してくれた。
私はそれを着ると、彼女に手招きされて、バイクの後ろに乗った。バイクはすぐに走り出した。二人共ヘルメットをしていなかった。空気が口の中にすごい勢いで入ってくるので、ぎゅっと口を閉じた。
道の左側には一面オホーツク海が広がり、右側は草原が広がり、そのちょっと向こうにはがなだらかな丘が続いていた。オホーツク海の向こうから太陽が上り始め、海面でキラキラ反射して綺麗だった。見渡す限り周囲には民家などの建物がなく、昨日こんなところを歩いて帰ろうとした自分が、ものすごく怖いもの知らずだったと思った。
バイクは風をきるように走り、小さい道から少し大きな道に合流した。その道は海岸から離れ、草原の真ん中を突っ切った。時々大型トラックとすれ違った。しばらく進むと、ぽつりぽつりと工場や倉庫が道の周りに出てきて、車が増えてきて、向こうの方にウラジオストクの町並みが見えてきた。
今日初めて、信号があった。いくつか信号を超え、ウラジオストク市街に入った。道の両側は2,3階建てのビルになった。いくつか角を曲がり、見たことあるような店や景色が表れた。それから、バイクは4階建てのレンガ作りの建物の前で停まった。私の泊まっていたホテルだった。
「あっ、ここ」
私はタチアナにありがとうと言って、バイクから降りた。彼女がバイクに跨ったまま、手を差し出した。
握手かな?
私も手を出して握った。彼女はきゅっと手を引っ張って、倒れそうになった私を一瞬抱いた。ロシア式の挨拶なんだろうけど、ちょっとびっくりした。
「昨日の件、気が向いたら連絡してね」
そう言うと、彼女は音を立ててバイクで走り去っていった。彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、私はずっと立ったまま彼女を見送った。
楽しかった。昨日迷子になったのが、もっと昔のことのように思えた。今まで、外国に留学する人の気持ちやその意欲の理由が分からなかったけど、今は分かる。
でも、いつまでも感傷に浸ってられなかった。
昨日私が居なくなってみな心配しているだろう。はやくみなに私の無事を知らせなければ。
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