第93話 スカウト

一晩、外泊してしまうことになったけど、これで帰れると思うと安心できた。彼女は私に働きに来たのかと聞いた。ロシアでも16才で働く人は少なくて珍しいのだろう。


私は親とはぐれて、食費のためにバイトしていることを話した。


「日本も大変なんだね。ロシアも、モスクワやペテルブルグは核攻撃を受けたと聞いた。ウラジオストクはそんなに大きな都市じゃないから狙われなかったけど」


彼女はモスクワの中央政府は崩壊して、各地で軍閥が勢力を張り合っていると話した。


「でも、私達にはどこが統一しようと関係ないけどね」


それは私も全く同意だ。今はたまたま自治体連合軍でバイトをしているけれど、主義主張に共感しているわけではないし、もともとそういうものが自治体連合にあるかも知らない。


彼女も両親について、話した。


「物心ついた時には、すでにいなかった。ここの支配人が親代わり」


「じゃ、働いているというより、家業の手伝いみたいなんだね」


この宿屋で働いている従業員は、みな住み込みで、家族同然だと言った。


確かに、この屋根裏部屋に来るまでに、客室っぽくない部屋や廊下の電気は付いていたし、人の気配がした。


「勝手に部屋に人を入れていいの?」


私の疑問に、彼女は大丈夫と答えた。


「私たちは、困っている人の味方だから。支配人もいつもそう言っている」


私は再び彼女にありがとうと言った。彼女に助けてもらわなければ、今頃凍死していただろう。


それから、私たちはいろいろな事を話した。彼女はこの付近の出身ではなくて、もともとは西部の出身で、支配人たちと一緒にこの地に数年前に来て、宿屋を開業したこと、宿屋の前は運送業とか別の仕事をしていて、その仕事も数年毎に変わっていたこと、仕事が変わっても支配人以下同じメンバーがいつも一緒なこと。


本当に家族みたいなものなんだね、と言うと、


「そう、私にとっては、これが唯一の本当の家族」


と彼女は真顔で言った。そして、どこか思いつめたような顔だった。国が違うから、表現方法が違うのかな、と最初は思った。例えば日本で、仲の良い家族にそう指摘しても、謙遜して、いえいえ時々ケンカしますとか、答える。でも彼女はそうではなく、自分に確認するように言った。血がつながっていないから、本当の家族になってほしいという自分の希望を言ったのかもしれない。なんとなく、彼女に、苦労しているのかもという印象を持った。


ここは外国だから、そしてタチアナが外人で日本とは価値観が違うという安心感があったからかもしれない。私は自分のことを詳しく話した。高校中退して引きこもっている時に第3次世界大戦が起こり、食べ物に困り最初は窃盗で食べていたこと、その後、自衛隊の食堂でバイトを始めたこと、そしていろいろな事に巻き込まれたこと。


仙台での集団発狂や、岐阜での衛星制御装置の奪還作戦、広島でのゲリラからの脱出や韓国軍の壊滅作戦、四国での中学生夫婦など。


彼女は興味深そうに聴き込んでいた。私は一通り、今まで経験して来たことを話し終えた。すると、彼女はやっと口を開いた。


「私達と一緒に、働かない?」

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