第92話 タチアナ

バイクは走り出した。


暫く走ると、草原の中にぽつんと一つの建物が見えてきた。宿屋のようだった。バイクはその宿屋の裏に回ると停まった。彼女はバイクから降り、私の肩を担いで、裏口から建物の中に入入り、廊下を少し歩き、階段を2つ登り、屋根裏部屋に入った。ストーブに火をつけた。私は彼女の渡してくれた毛布にくるまり、ストーブの前にしゃがんだ。


だんだんストーブは暖かくなり、私の意識もはっきりしてきた。


「はい」


彼女が私の前にマグカップを差し出した。湯気が出ていた。コーンスープのようだった。


私はカップを手に取り、ゆっくり飲んだ。体の隅々まで暖かさが行き渡り、生き返るような気がした。


意識がはっきりしてくると、周囲の様子が見えてきた。


この建物はかなり古い木造で、多分2階建てで、ここはその上の屋根裏部屋だった。部屋にはストーブがあり、煙突がついていて、部屋の中を上に伸びて斜めの天井から外へ突き出ていた。天井から小さな電灯がぶらさっがっていた。部屋には小さなテーブルとベッドが一つずつあり、壁際の棚にはいくつか飾りなどの置物が置いてあった。


シンプルな部屋だった。私の大宮の家の自分の部屋と比べても、物が少なかった。


壁に窓があり、外は真っ暗だった。


「ありがとう」


私はカップを食卓に置きながら言った。コーンスープと、助けてくれたこと、両方に対しての意味だった。


彼女は再び階段を降りていった。しばらくすると、お盆に何か2つの器を載せて、階段を登ってきた。シチューだった。器をテーブルに載せると、私に食べるように勧めた。私はテーブルに着き、シチューを食べた。


彼女はタチアナといい、18才で、この宿屋兼レストランで住み込みで働いていた。日本のアニメで日本語を覚えたと言った。


「市の中心部なら、ここからバイクで行ける距離だから、明日朝送ってあげるよ」


彼女はそう言った。


私も自己紹介した。千里という名で、16才で日本から来た。もともとは日本でバイトしていたけど、職場ごとちょっとだけロシアに来ることになって、カニを買いにきた仲間を探しに来たと話した。


「一人足りないのに、気付かないのかな?」


私は印象薄いから、気付かれなかったのかもしれないと答えた。


宿泊ホテルの場所を聞かれて、私はホテルの住所も電話番号も名前も知らないことに気付いた。


「住所や、ホテルの名前はわからないけど、近くに行けば、景色で分かると思う」


私はホテルの周りのおおよその景色を説明した。


「多分、あのホテルか、あのホテルだと思う」


タチアナはおおよそ見当がついたようだった。

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