第91話 凍死寸前
とりあえず、日の向きからこっちかな、と傾き始めた日の方へ向かって歩き出した。道を通り過ぎる車は殆どなかった。漁港には小さな小屋があったが、道に沿って歩き始めると、建物は全く無く、道の片側は灰色の海で、反対側は一面無愛想な草原が延々と続いていた。
ウラジオストクは海に面していたので、海沿いに歩けばウラジオストクまで帰れるというのが、私の見立てだ。
でも、いつまで経っても海岸に沿った道に、建物や人の生活の気配は現れなかった。バス停のようなものがあれば、そこで待ったり、自分の位置の参考になるかもという期待もあったが、そんなものすら無かった。
だんだん日が沈み、薄暗くなってきた。明るい時にすれ違った車に手を上げて、ヒッチハイクするべきだったと後悔した。その時は、ヒッチハイクに対して恐怖心があって出来なかった。
空気が急に冷たくなってきた。
日は山の陰に隠れて、直接日が見えなくなり、ほんのり西の方が明るいという程度だった。
車での移動を前提にしていたから、防寒着など着ておらず、軽い上着だけだった。
寒くて両腕で反対の腕を抱えるようにして歩いていたが、そのうちガタガタ震えてきた。疲れて、岩場のような所に座ると、急に眠たくなってきた。本能的に、今眠ったら危ないと思ったけど、睡魔には勝てず、ウトウトし始めてしまった。
向こうから小さなライトが近付いて来るのが見えたけど、だからどうしようという考えは思い浮かばなかった。
その小さなライトは私の前を通り過ぎていったが、少し先へ行ったところで止まり、引き返してきた。
「Чтослучилось?」
バイクに乗ったまま、私に声をかけてきた。私は意識が朦朧として答えるという判断ができなかった。
バイクから降りて、私の肩を揺らして、もう一度同じことを言った。私はこの人から話しかけられているんだと、やっと認識した。でも、言葉が分からなかった。
私の肩を揺らして話しかけたのは、同じ年くらいの女性だった。彼女は、2言3言話しかけて、次に日本語が出てきた。
「どうしたのですか?」
急に、私の頭が動き出した。
「迷子になった」
「どこに行きたいですか?」
「ウラジオストクのホテル」
「中心街の?」
私はうんと答えた。彼女は中心街までは20km位あるから歩いては無理だと言った。それに夜は冷え込むから、私の服では凍死すると。
バイクの後ろに乗せて連れていってほしいけど、初対面の人にそこまで言うのは厚かましすぎる。私は何と言おうか迷った。
「私の家が近くだから、私の家においで。明日、ホテルに送ってあげる」
彼女はそう言った。ありがたかった。感謝した。立ち上がろうとして、よろよろっと倒れそうになったので、彼女に肩を担がれて、バイクの後ろに乗った。
「しっかり掴まって」
私は彼女の肩を持った。
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