第90話 迷子



私は、四国の給水事業から大宮に戻ると、再び大宮駐屯地の厨房でバイトをした。


広島のゲリラに潜り込んだスパイの水崎さんを確認し、排除したことや、韓国軍の呉への侵攻を防いだことは知れ渡り、自衛隊の情報部に来ないかと誘われた。ただ、私はそういう固い組織の一員になるのが不安だった。絶対そのうちにボロが出て、居られなくなる気がして、断った。


そんな時、知事がロシアへ行くことになり、私に秘書室の一員として随行してほしいと言われた。前に一度断っていたこともあり、再度断る勇気がなかったのと、厨房の皆も行くと聞いて、その要望を受けた。


調印式の3日前に訪露し、調印式とは別の、職員宿泊用の安いホテルに入り、調印式の会場の設置の手伝いなど、まあ、雑用をした。


厨房のみなは、日本食に必要な調理器具があるか、食材が入手できるかなど調べた。地場で有名なものを出したいという、料理長の希望により、カニをメインにした料理になった。


数人の厨房のメンバーがバンに乗り、カニを調達に出かけた。


彼らは朝早く出かけたのに、夕方になっても帰らなかった。携帯もつながらなかった。


ロシアでは日本との条約締結に反対する勢力がいることは聞いていたが、何か事件に巻き込まれたのかも、または単に道に迷ったのかもしれない。


秘書室長から、私は彼らを探してきてほしいと言われた。


「何か危ないことがあったら、決して深入りせずに、すぐに戻ってきて」


私は、分かりました、と言い、ウラジオストク周辺でカニの有名な漁港を聞いた。


ホテルで小さな原チャリを借りた。とても古いもので、本当に動くの?という感じだった。私はガソリンを満タンにして、漁港を回った。


ウラジオストクの近くの漁港には、彼らは来ていなかった。離れた漁港に私は原チャリを走らせた。


その漁港に着いたが、人は全く居なかった。漁港は普通、朝が一番忙しく、夕方は閉まるのが早い。使われている港だとしても、こんな時間には人は居なかった。


仕方がないから、私は帰ろうと、原チャリのエンジンをかけようとしたら、プスンと音がして、エンジンが停まってしまった。ガソリンが空だった。朝満タンにしたのに。


車体の下を見てみると、なんか液体のシミのようなものが見えて、ポトポト雫が落ちている。ガソリンが漏れていた。


携帯は圏外だった。


私は呆然とした。


私は辺鄙な海沿いの小さな漁港に、一人で立っていた。周囲に人はいなかった。


仕方がないから歩いて帰るしか方法がなかったけど、いろいろ回ってきたから、どちらがホテルへ近いのか分からなかった。



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