第85話 帰宅せず
翌朝、台所の方からの音で目が覚めた。外はほんのり明るくなっていた。
起きると、友梨が台所で朝食の準備をしていた。私はおはようと言い、何か手伝おうか、と聞くと、もう出来ていると彼女は答えた。
私は居間のちゃぶ台につき、朝食を彼女と二人で食べた。錬太は今日も漁に出るため朝早く食べて出かけたという。祖父は、錬太と一緒に朝早く食べて、今は朝の散歩に出ていた。
錬太のことを聞いてみようかと思ったが、彼女の様子や態度を見て、思いとどまった。彼女はあまり元気ではなく、昨晩の夕食後の雰囲気をそのまま引きづっているように見えた。
朝食後、祖父が返ってきたので、縁側に腰かけて少し話し相手になった。だんだん日が高くなってきた。私はそろそろ帰らなければと思い、祖父との話を切り上げて、友梨に帰ると伝えた。
「分かった。いろいろありがとう」
彼女は少し寂しそうだった。
「私の方こそ、何も役に立てなくて」
それは社交辞令ではなくて、私の本音だった。彼女は、また機会があったら遊びに来て、と言い、私は関東に来る機会があれば大宮に来て、と答えた。
友梨に手を振って、家の柵から出ようとした時、反対に走って来る人とすれ違った。かなり高齢の日焼けした男性だった。彼は私を通り越すと、友梨のもとに行き、何か話していた。私は立ち止まり、二人の様子を見た。彼女の顔が急に険しくなったような気がしたので、彼女のもとにまた戻った。
「どうしたの?」
「錬太がまだ戻ってこない」
普段なら、昼近くには一度帰ってくるという。それが今日はまだ帰ってこなくて、漁港の方で錬太の漁船が見当たらないから、家までこの男性が聞きに来たらしい。
「今日は漁が長引いているとかはないの?」
「普通、漁は朝だけだし。それに今聞いた話だけど、今日は大きなサメか近海に出て漁の網を破るから、みんな戻ってきたって」
漁船とサメでは、漁船の方が強いだろう。サメは心配ないと思う。でも、その男性は今回のサメはとても大きくて頭がよく、網を引っ張り漁船を横転させて、その積み荷の漁獲を食べると言った。
友梨が不安そうな顔になった。漁船が横転したら、錬太も海に投げ出されてしまう。一度漁港に戻ってきた漁船は燃料の補給とか、積み荷の整理とかで、すぐには出港できない。
私はこの男性と漁港へ向かった。彼は錬太の漁師仲間だといった。
港につくと、彼は他の漁師何人かに声をかけた。
「誰も錬太の帰りを見とらんそうじゃ」
私は友梨のために何か役に立つことをしてあげたかった。もし万一錬太が何か事故などに巻き込まれて死んでしまったら、友梨が悲しむ。
それに、琵琶湖で漁船を操船したり、水中に潜ったこともあったので、海でも同じ様に出来そうな気がした。
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