第74話 一人二役

それから長い間、ガタガタと揺られて、基地らしき所に着いた。トラックから降ろされて、龍峰さんはここが海田市駐屯地だと分かった。


海田市駐屯地は、中国軍の配下になっていた。呉海自基地の攻撃の最前線だが、呉側は海上から基地防衛のため攻撃してくるので、海田市の戦力だけでは不足していた。


私たちは、倉庫のような狭い部屋に閉じ込められた。


「心配かけて、すまない」


龍峰さんは私に言った。私は不安で仕方なかっった。


敵の基地の中で、味方は一人もいない状態で、どう考えても勝ち目はない気がした。


部屋の上の方に小さな窓があり、そこから外の明かりが差し込んでいた。日がだんだん傾き、夕方になり、夜になった。


突然ドアが開き、出ろと言われた。廊下へ出ると、さっきの包帯男と中国兵の二人が居て、私たちは作戦指揮室に連れて行かれた。


そこでは、領域内での部隊の配置などが透明ボード上に表示されていて、各部隊に指示を出していた。中央に男が背中をこちらに向けて座っていた。包帯男が私たちを彼のすぐ後ろに連れていき、さきほど話した自治体連合軍の脱走兵です、と言った。


「君たちは、中国軍に入りたいのか?」


龍峰さんが、そうです、と答えた。理由を聞かれたので、彼は答えた。


「自治体連合軍の待遇は悪く、その割に任務がきつい。もううんざりです」


後ろ姿の指揮官は無言だった。龍峰さんは更に続けた。


「一緒にいるこの少女は、尾道のゲリラの長と仲がよく、ゲリラを牽制するのに使えます」


えっ!なんてことを言うんだろう。


龍峰さんは指揮官に取り入るために言ったのであって、本気ではないと思ったが、それにしても、私はそういう風に見られていたのか、と意外だった。私はそんなつもりは全然なかった。


「ふうーん」


指揮官はそう呟いた。


「彼は、そんな趣味は無いと思う」


そして、指揮官は回転椅子ごと、くるっと振り返り、こちらを向いた。


私たちはその顔を見て、びっくりして目を疑った。


指揮官は水崎さんだった。


周囲には普通に中国兵がうじゃうじゃいるのに、水崎さんは堂々と中国兵に指示を出している、つまり彼は中国軍側の人間であるということだ。


そして、私たちのうそや演技は、とっくにバレていたということだ。


私は全身から力が抜け、頭がクラクラし立っているだけで精一杯だった。


龍峰さんが思わず聞いた。


「なぜだ?何であなたがここにいる?」


水崎さんは 私達をバカにしたように答えた。


「ビジネスだよ。中国軍と自治体連合の解放ゲリラの両方を演じ、両方から援助をもらう。紛争をダラダラと長引かせれば、その分援助も増える。そして、支配地域の治安が悪ければ、麻薬ビジネスも捗る。この辺りは昔からケシ栽培が盛んでね。戦後は禁止されていたが、今また再び潤っている。需要があるから、供給しているだけさ」


龍峰さんが苦虫を押しつぶしたように吐き捨てた。


「本当に、クズだな」「機を見るに敏。社会の変革期のみが成り上がるチャンスなんだよ」


「いつから二重スパイだった?」


「もともと第3次世界大戦が始まってすぐからチャンスを伺っていたんだ。だが、具体的には偵察衛星奪回作戦の後、ここ尾道に流れ着いてからさ。作戦執行中にはぐれて見捨てられて、過去のしがらみから吹っ切れた。自分の身は生命だけでなく財産も自分で守らなければならないってね」


「情けない、惨めなやつだ」


「どうとでも言うがいいさ。負け犬ほどよく吠えると言うからな。後で尋問する。連れて行け」

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