第70話 運も実力
彼が衛星制御装置の作戦の話を聞きたがるので、私は彼と川ではぐれた後の話をした。最期に張本さんが中国のスパイだったことまで話し終えた。
「彼女がスパイだったのか」
私は張本さんがスパイとは言ったが、死の間際に私に張本さんの分まで幸せになってと言われたこと伏せた。それは任務とは関係のない話で、私個人に対して言ってくれたことだから、口に出したくなかった。
それから彼は、自治体連合軍が日本のどの程度まで支配しているかや、東京を攻略したかとか、知りたがったので、知っている範囲で答えた。
「君は強いね」
彼は言った。私は何でそんなことを言うのか分からなかったので、首を少しかしげた。
「普通はそんなに激務が続くとPTSDになるものだけどね」
PTSDとは何か、彼が説明してくれた。精神的ストレスが心にダメージを与え、似たような状況になると恐怖を感じると。私は恐怖を感じるという感覚が分からなかった。確かに、銃撃戦の中とか、激しい車の事故に巻き込まれると、本能的に死にたくないと思うことはあった。そして、そのようなことが起こる状況には遇いたくないと思う。でも、それは普通の人の、普通の考えで、別にPTSDではないだろう。
私は左腕を見せた。リストカットの痕がいくつか残っていた。引きこもっていた頃はいつも死ぬことばかりを考えていた。当時の希死願望の感覚は今でも思い出せる。多分私がPTSDにならないのはそれが原因だろう。生を諦めているから、死を忌み嫌わない。
むしろ、私は人の視線が怖かった。なぜか?その理由は分からない。多分、高校に入って、その時のクラスの雰囲気が悪く、なじめなかったから。そしてその視線は自分に似たような種類の人からのものが嫌だった。
だから、自衛隊でバイトを始めて、自分と全く違う世界の人たちといると気が楽だった。激しい任務も、精神的には苦に思わなかった。むしろいろんな人と出会えて、新しい発見ができた。それは世の中は意外と正常だという発見だった。そして、いかに今までの自分の周りの環境が異常だったか、自分が不運だったかを改めて認識した。
彼は黙って聞いていた。それからおもむろに口を開いた。
「でも、結果的に生き残ったわけだから、運が良いんだよ、きっと」
それは自分では何とも言えない。生き残ることが良いのかどうかも分からない。
「運も実力のうちだ。努力しても、運が悪く花開かない人もいる」
彼は、大きな流れに逆らわず身を任せるべきだ、と続けた。
水崎さんは、ゲリラに加わり、そこで指揮する立場になり、中国軍に対して抵抗運動をしている力のある人と思っていた。でも、その割には、流れに身を任せるべきとは、根本の部分で意志の弱さを感じた。
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