第63話 遠距離射撃
その後、聞いた話によると、私が襲われた翌日、鍼師は治療院をたたむつもりで大きな荷物を持って治療院を出たところを、何者かに狙撃された。かなりの遠距離射撃で発砲場所がわからず、頭部を一発で貫通され即死だった。プロの仕業とは誰が考えても分かるけれど、警察は他に優先業務があるとして、捜査しなかった。
多賀城駐屯地の人手不足はだんだん解消し、私は大宮に帰ることになった。
まだ新幹線は動いていないから、また幌付きトラックの荷台で帰る。あれ、お尻痛いからあまり好きではない。
荷台で揺られながら、藤原さんのことを考えた。
出発直前に、最後に医務室によった。医務官によると、ごく僅かだが、改善の兆しはあるという。脳も生きているから、再生作用で少しずつどんな傷でも治るという話だった。
でも、私が藤原さんに話しかけた感じだと、そんな様子は分からなかった。
体は生きているけど、意志がない。簡単な会話や受け答えは出来るから、植物人間とは違う。
もし、ずっと多賀城にいるのだったら、私が藤原さんのお世話をずっとしてあげるのでも良かった。なぜか、人の世話をすると、充実感がした。
今まで、そのようなことは意識したことはなかった。人の役に立つことをすると、充実感がするのは、私の個人的な性格なのか、ほとんどの人に共通する性格なのか、それは分からない。でも、一つ、私にも、優しい部分があったんだと気づいた。
同時に、藤原さんと、私の立場が反対だったら良かったかも、と思った。私はベッドに寝たままで、食事を与えられて、時々藤原さんがしゃべりに来てくれて、でも私は意識がなく、何も考えず何も悩まず何の責任も感じない。そして、藤原さんの意志が私の意思になり、藤原さんの思う通りに私は行動する。藤原さんのことだから、楽しい思いを色々させてくれるに違いない。想像すると、魅力的に思えた。
あの鍼師、死んでしまったなー。
やっぱり、私は自分の意志でこれから生きていかなければならないのか。
ちょっとげんなりした。
少しずつ元気になる藤原さんに、また会いに来ようと思いながら、トラックの荷台から、遠ざかる仙台市を眺めた。
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