第48話 駆け落ち



ある時、佐野さんがぼーっとしていたから、他の隊員から注意を受けていた。佐野さんは深刻な顔をしていた。


「彼女が仕事辞めようか迷ってるんだ」


私が具合を聞くと、そう答えた。


「良かったじゃないですか」


夜の仕事を長く続けるのは、一般的に良くないと思われていると、私は思っていたので、ごく普通にそう答えた。


「でも、彼女、店に借金があるんだ」


こんな不安定な社会でも、キャバクラなんていう職業が成り立つのが意外だった。暴動や略奪がちょっと前までは普通にあるような時に、借金を律儀に返しているという人がいるのが驚きだった。でも、私とは別世界だから、そういう論理で動いている世界があるのかもしれない。


「借金があるから、好きでもない仕事をずっとやっていたんだけど、もう限界って言ってたんだ。もともと出勤中も、そんなに楽しそうでなかったし、薄幸そうなところがあって。俺、それで助けてあげたいなと思ってさ」


私は返答に困った。佐野さんはどうするつもりだろう?


その話はその時は、それで終わりだった。



それから数日、佐野さんを見かけなかった。私は特に気にもせず、炊事仕事をし、食事をもらって、家まで自転車で帰り、両親が帰ってないので、また駐屯地に戻ってきた。



一方、佐野さんは、ロシアハーフの嬢、ソフィアと駆け落ちを考えていた。アフターで決行日と待ち合わせ場所を決めた。


当日、最小限の荷物と、有り金すべてを持って、車でソフィアの社宅前に迎えに行った。ソフィアが出てきた。が、同時に数人の男が出てきて、彼は車から引き釣り出された。


駆け落ちがバレていた。店のケツ持ちの半グレと店長だった。


佐野さんは何回か殴られて、車に乗せられて、郊外の産業廃棄物処理場にソフィアとともに連れて行かれた。


店長は佐野さんにソフィアの借金を代わりに返せと要求したが、佐野さんにはそんな金はない。


佐野さんは粉砕されたゴミの廃棄場の大きな穴に、手足を縛られて、放り込まれた。


「このまま、ゴミの海に沈め」


ソフィアには、まだ働いてもらうと言った。


店長は、佐野さんの車をあさり、通信子機があるのを見つけると、ゴミの穴の底に転がっている佐野さんのところへ持ってきた。


「誰か他に借金を立て替えてくれる人がいれば、許してやる、これで助けを呼べ」


と、意地悪なチャンスを与えた。


風俗にハマる人に金を貸してくれるほどのお人好しは普通いないので、その不甲斐なさを笑い飛ばすためと、万一いたら、回収の手間が省けるから、どちらにしても損はないからだ。


佐野さんは通信子機で、親機を呼び出した。



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