大宮

第47話 佐野さん

駐屯地外の町中は、相変わらず停電で、夜中は真っ暗だった。駐屯地もだんだん燃料がなくなりつつあった。


埼玉の電力は、東京電力の新潟発電所からの送電が大部分だ。副知事が交渉を任された。東京電力へは、電話も通じないし、都内は武装グループがいて行けない。また、福井には石油備蓄基地があるので、そこにも交渉する必要があった。副知事は直接新潟、福井まで交渉に行くことになり、課長の運転する車でまず新潟に向かった。



佐野さんという20代中頃の隊員と雑談するようになった。一戸さんと話しているところに加わるようになった。佐野さんはいい人だけど、お世辞にも見た目は完全なブ男だった。スタイルも太っていて、顔もナマズみたいだった。


佐野さんは一人の女性と一緒に写っている写メを見せてくれた。私と同じくらいか少し年上で、今まで見たこともないような美人で可愛くて、西洋人形みたいだった。私みたいな平凡な外見の人と比べると、別世界だと諦めを感じたけれど、その後ごく微弱だけど、ふつふつとジェラシーが湧いてくるような子だった。


「なじみの店の、お気に入りなんだ」


佐野さんは言った。


よく行くキャバクラの嬢で、ロシア人とのハーフだという。性格はいい子で、親が居なく生活のために否応なしに、夜の仕事をしていると言った。


「彼女、俺にぞっこんなんだ」


私はまだ子供だし、夜の仕事のイメージとか事情とか全くわからないけど、佐野さんが騙されているのは分かった。でも、それを指摘するのは野暮だし、よけいなおせっかいだし、怒られそうで黙っていた。


佐野さんは、駐屯地内での生活の仕方やルールをいろいろ教えてくれた。時々、一戸さんも一緒に3人で、車で買い出しにでかけた。日用品が不足し、出入りの業者も止まったからだ。なかなか空いている店や在庫のある店はないけど、あちこち探して調達した。物自体もないので、値上がりがすごく、トイレットペーパー1パックに5000円とかして、言い値で払った。


「女は人生、楽でいいな」


佐野さんはよくそう言った。男に食わせてもらえるし、今の男が気に入らなければ、次の男にすぐに乗り換えられるからだという。


私は全くその感覚が分からなかった。私も女だけど、そんな良い思いはしたことがない。確かに中学の隣のクラスにまあまあ可愛い子が居て、男子に人気だったけど、その程度で、それが今後どのくらい有利になるかはわからない。なったとしても、それは外見に恵まれたごく一部の女の、ごく一部の時期だけだと思う。


むしろ大部分の女は、平均すると、男子より窮屈な人生になると思っていた。少なくとも自分はそうだった。

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