第45話 川口攻防戦

駐屯地はある程度は燃料の備蓄があり、自家発電をしている。


食料は、出入りの業者が来なくなったので、隊員の一部が、郊外の農協に直接野菜などを仕入れに行った。


私も何回か野菜などの買い出しに付いて行った。



いつもどおり厨房で調理の手伝いをしていると、ウーとサイレンが鳴り、全員集合と放送が入った。


厨房の人は集合する義務はないのだが、隊員の家族だろう、数人が興味本位で出ていって、広場の端から覗いた。私もかれらの後に続いた。


広場で隊員が整然と並んで、連隊長が前に立った。


「県から救難要請が来た。武装グループが川口市役所を占領。重武装しており、警察だけで対応困難である。武装グループは現在南浦和あたりを北上し、県庁を目指しているとの情報がある。任務は県庁防衛と、武装グループの排除。32連隊が出動する」


ハッと全員が返答した。


みんな、テキパキと動く。


私は厨房に戻り、調理の続きを行った。


そこへ隊員が一人来て、厨房の料理長と話し込んでいた。


通信隊の一部の隊員が食料の買い出しで不在なので、代わりに誰か参加して欲しいという話だ。


その隊員は、荷物を背負うだけと言うが、厨房には私以外は高齢の料理長と、隊員の奥さんと思われる中年の女性が複数しかいなかった。


みんなの視線が私に集まる。


仕方無しに、私は分かりました、と頷いた。



荷物はランドセルほどの大きさの通信機だった。30cmくらいのアンテナが付いていて、反対側にはグルグル巻のケーブルでマイクがぶら下がっている。


歩兵小隊が作戦行動に移る際の、連絡要員だ。


私も迷彩服を着せられた。


幌付きの大型トラックに隊員たちに混じって乗せられ、トラックの前に装甲車が数台と、その後ろに戦車が付く。


車列は、大宮から南下し、何事もなく浦和の県庁付近まで来た。


「敵、武装グループと遭遇。発砲許可お願いします」


車列の最前部の装甲車から、歩兵小隊長への無線連絡が、私の背負う無線機から聞こえた。


小隊長からの発砲許可の前に、再び装甲車から無線が入る。


「ん、敵は。いえ、敵ではなく、友軍です。自衛隊の装甲車です」


無線から、混乱した隊員の声が聞こえる。


小隊長が状況を聞くが、それより先に、車列前方より、銃撃音が聞こえ始めた。


大型トラックに乗る隊員間に、どうなっているんだ?という困惑した雰囲気が広がった。


こちらからの攻撃はない。向こうは一方的に銃撃を開始し、力ずくで押してくる。


小隊長は決断に踏み切れなかった。


車列前方からの報告は、友軍の装甲車複数から銃撃を受けている、向こうはこちらを友軍と認識しているはずだ、というものだ。


誤解や相打ちではなく、明確にこちらを友軍と認識しているのになぜ?


「発砲許可を」


悲痛な声が無線から聞こえる。


しかし、状況が分からない中で判断を下すのは無謀だ。サイコロを降るようなもので、結果がどうなるか、全くの賭けだ。


銃撃音がしても、意外に私は恐怖心を感じなかった。


むしろ、小隊長がどういう判断を下すのか、興味があった。


「発砲許可。各員散開、迎撃せよ」


ついに小隊長から命令が出た。


装甲車が左右に別れ、付近の建物の影に隠れ、応戦を始めた。


戦車が前面に出て砲撃し、相手の装甲車を撃破。戦車と装甲車では全く破壊力が違う。


相手の車列は装甲車だけで、戦車はなかった。


相手は、形勢不利と判断し、車列の撤退を開始した。


私達の車列が再び動き出した。敵の追撃を始めたのだ。


そのまま、川口市役所辺りまで、敵部隊を押し返した。


市役所前に一台の装甲車が止まっている。銃撃してきたので、戦車で砲撃し撃破。


更に退却中のもう1台の装甲車を撃破。


敵装甲車列は、新荒川大橋を渡って、都内に撤退した。


私達32連隊の警備領域は埼玉県内のみであり、都内に入るには都知事からの要請が必要だ。それが無い以上、ここまでしか追撃出来ない。


私達の車列は、装甲車と戦車が新荒川大橋のふもとに陣取って防御態勢を取り、ひとまず任務完了の報告を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る