自治体連合
第43話 憲法停止と第3次世界大戦
自宅に戻ると、どうしても以前を思い出してしまう。そして、私が働いている駐屯地を含む自治体連合とは何なのだろうという漠然とした思いが浮かんだ。
西園寺会長は中国軍のスポンサーだった。今は自治連合に付いているけど、敵味方って、そんなに簡単にコロコロ変えられるものなのだろうか?
私はソファーにドサッと沈み込むと、自治体連合が出来るまでを回想した。
大宮駐屯地でバイトを始めた頃、市内はまだ停電と断水状態だった。
でも、駐屯地内は、自家発電で電気が使えた。
水は貯水タンクの備蓄があった。更に雨水を浄水装置で濾過して、飲料水以外に使えた。
駐屯地でも、一番の問題は食料だった。
通常は食堂の運営は外部の業者にアウトソーシングしているが、隊員が体育館に閉じこめられて以来、運営が止まっていた。業者に連絡も取れず、隊員自らが家族も加わり、交代で食事を作っていた。
しかし、隊員は隊員で本来の業務があり、家族に頼るのは限度がある。慢性的に食堂は人手不足だった。
私のバイト内容は、食堂で、食事を作ったり、食器を洗ったり。つまり、炊事だった。
私はもともと口数が少ない方で、よくおとなしいと言われる。
食堂の厨房で作業をしていると、苦手な無駄話をしなくていいし、気が楽だった。
このバイトは私に合っている。
多分、そのうちに馴染めなくなったり、役に立たないと思われて、居づらくなるだろうな、とは何となく思っている。
その時は、バイトを辞めて家に帰るつもりだ。
数日後、厨房で食事の盛り付けをしていると、誰かが走ってきた。
「大変なことになっている」
みんなで、その人のあとに続いた。食堂の吊りテレビの前に大勢集まっていた。
テレビが映るというのが驚きだった。放送局は停電していないのだろうか?
画面には、机の向こうに座る制服姿の軍人が中央に映り、その隣に女性の通訳が立っていた。軍人は何語かわからない言葉で声明を読み上げ、それを通訳が訳した。
・中国軍が日本を占領した。
・日本政府は中国軍との降伏文書に署名した。
・各政府機関は、中国軍の指揮下に入った。
・日本国憲法は停止した。
ここ大宮で、何か今までと変わることがあるのかな?
私はあまり実感がわかなかった。周りで一緒にテレビを見ていた人も、あまり何がどう変わるか分からなそうだった。
どっちみち自分には関係ないことだし。
一緒に食堂でテレビを見入っていた人の中の1人が、ラジオで言っていた話をし始めた。彼は最初ラジオの内容がどこまで本当か信じられなかったので口外しなかったけど、今のテレビ放送で確信が持てた。
「第3次世界大戦が起こったらしい」
彼は言った。みなが一斉に、えっーと声を上げた。
「アメリカ、中国、ヨーロッパ、ロシア。世界の殆どの大都市は核攻撃で壊滅した。最初の1発は中国の原潜からワシントン向けだったらしい。その報復にアメリカから中国に対して核攻撃が行われた。それに対して中国はさらに世界各地の米軍基地に向けて核攻撃を行った。アメリカ大統領は専用機で逃れたけど、それもフロリダで原爆の爆発に巻き込まれて墜落し、アメリカは無政府状態。ヨーロッパ、ロシア、中国もほぼ同じ」
食堂が静まり返った。
それから、みな、各職場に戻っていったが、駐屯地内の雰囲気は急に慌ただしくなった。
外国で戦争をしていても、ここ大宮にいると全く分からない。嘘のようだった。
私のバイト内容は、昼食と夕食の調理補助と配膳、およびその後の食器洗いだ。
10時に出勤して、19時に退勤。
駐屯地内のシャワーを使えることがわかり、シャワーを使わせてもらってから帰るようにしたので、家には20時頃に帰る。
20時はすでに真っ暗だ。
大宮はかつて、駅前の繁華街が夜でも煌々と明るかったから、夜空の星を見た覚えがない。
でも、今は市内の大部分が停電で真っ暗だ。
空が今にも落ちてくるのではないかというくらいに、圧倒的な迫力で全天面に星が輝いていた。
帰り道に、夜空の星を眺めるのが、私は好きだ。覆いかぶさってくるような満天の星を見ると、とても私がちっぽけな人間に思えて、細かいことはどうでも良いや、とちょっと気持ちが大きくなる。
もともと無口な方で、人付き合いも苦手だから、バイト中も必要最小限の会話しかしなかった。
仕事の合間は、休憩して良い。
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