9.Dead march

「俺の大切な弟だ」

「・・・・・・」

シンバは言葉を失う所か、思考さえ、わからなくなっている状態だ。

「シンバ=ディップス=スティツ。弟の名だ。弟は俺とは血は繋がっていない。もう前のプレジデントになるが、バーシ=ディップス=スティツの本当の息子なんだ。俺の本当の親はいない。孤児だったんだ。バーシプレジデントは奥様との間に子供が授からないと思い、俺を養子に迎え入れた。俺は次のプレジデントとなる為に養子になったんだ。だが、その直後、シンバは生まれた。俺はStateで用無しとなった。まだ赤ん坊のシンバと、まだ7歳の俺。そんな幼い二人の間に生まれたのは嫉妬、妬み、屈辱、そういった気持ちだった。最も、俺だけがそう思っていたんだ。俺が孤児だった頃、両親というものに憧れ、温かい家庭を夢見ていた。バーシプレジデントに貰われ、俺は全てを手に入れる事を許されたと思っていた。シンバが生まれる迄は――」

リオは、眠っているシンバを見ていられないのか、それともシンバそっくりのD.Pの真っ直ぐな瞳が辛いのか、背を向け、また窓の外を眺め始める。そして再び話し始めた。

「小さなシンバは俺にとっても懐いてくれた。俺はプレジデントの命により、シンバの教育係となった。シンバに剣を教えたりもした。シンバの前で俺は楽し気に笑っていた。笑っていたが、心の中では、どうして俺が教育係なんだと怒りで一杯だった。本当は俺がシンバの立場だった筈なのにと! 〝おにいちゃん、おにいちゃん〟そう懐いて来るシンバに俺は苛立ちを隠せなくなっていた。そんな時、公使のアルコンが俺に言ったんだ。次なる王の暗殺命令をと・・・・・・」

リオはぎゅっと拳を握り締める。

「何故プレジデントの下、信用され、国の為に働く公使が、俺の心を見抜いたのか、俺にはもう何もわからなかった。シンバさえいなくなればと思い続けた事の罪を消す事で頭が一杯だった。誰に何をどう命令すればいい? 俺の立場はどうなる? 俺はどうなりたいんだ? 何もかも見失った答えが頭を過ぎった。俺はプレジデントになる為、シンバを殺すようにD.Pに命令を下したんだ・・・・・・」

リオの台詞に悔やんでも悔やみきれない、後悔ばかりの脱力感を感じる。

「そしてバーシプレジデントとシンバは事故で亡くなった・・・・・・。アルコンが俺に言ったよ。〝この国を共に変えましょう。今迄の獅子ではなく、青き龍に忠誠を誓い、共に戦いましょう。あなたと私は共犯者、つまり運命共同体なのですから〟と。俺はプレジデントの地位を手に入れ、二匹の獅子の紋章を捨て、龍の紋章に誓った。だが、実際は俺の意見なんて何も通らない。毎日、書類に印を押すだけで、世界を変える事なんて俺にはできない。アルコンの言いなりにしか動けない。俺はこんな事がしたかったのか? こんな事の為に、俺は自分の手を血で汚してしまったのか? その罪さえ購う事もせず、俺は只、屍のように生きていた。思い出すのは懐いて来るシンバの事ばかりだった。赤いキャップ帽子を被って、俺に駆けて来るシンバ。俺はシンバと仲良くやっていた筈だった。なのに何が不満だったんだ? どうして俺はシンバを殺さなきゃいけなかったんだ? シンバが幼いながらに言った〝プレジデントになったらD.Pも人間も大人も子供も、みんなが笑う世界にするんだ〟って言葉で、どうしてシンバがプレジデントになる事を、この国の民として、心から願わなかったのかと、俺は俺を何度も責めた――」

今も責めているのだろう、リオの歯が食い縛る音がギリっとシンバにも聞こえた。

「ある日、事故で亡くなった筈のシンバが小さな田舎町の診療所で保護されていると情報が入った。シンバは意識がなく、眠っている。発見された時には体中、重症を負っていたらしいが、もう体には何の異常もない。脳波も正常だ。目覚めてもいい筈なんだ。だが、シンバは目覚めない。医者に、このまま安楽死させた方がいいとも言われた。これでは死んでいるのと同じだと。そんなシンバを誰も余り寄り付かないここへと運んで来た。もうここだけなんだ、二匹の獅子の紋章がある場所は。バーシプレジデントは二匹の獅子に何を想い、誓ったのだろう。そしてシンバは何を想い、誓う筈だったのだろう・・・・・・」

そしてリオは黙り込んだ。

シンと静まる部屋。

長い沈黙に思えたが、再び、リオは話し出す。

「毎日、ここに通ってた。今日はシンバが目覚めるんじゃないかと思いながら、ここへ来るんだけど、シンバは目覚めない。シンバが眠っている間、俺はこの建物を調べたり、コンピューターをいじったりしていた。そして扉を開けてしまった。D.Pの解体データーなど、興味なかったが、もしも、弟を殺すよう命令した、その俺の命令を間違っていると、D.Pが言ってくれていたら、弟はこんな事にならなかったんじゃないかって、勝手にD.Pのせいにしたりして、D.Pを恨んだ。そして眠り続ける弟を見ながら、俺は弟を創ろうと思った。弟がよく被っていた赤いキャップ帽と、D.P解体データー、金、衣類、そういうものをリュックに詰め込んで、俺はStateを出た――」

そしてリオは、あの古い工場跡地に辿り着いたのだろう。

「弟は生きている。生きているんだ。事故なんてなかった。地位、名誉など関係のない世界。俺達はこの何もない平和な世界で二人で生きていけばいいんだ。そう何度も自分に言い聞かせるように、アンドロイドを創り上げていった。俺は自分の罪を消す為に、自分の気持ちが楽になりたいが為に、お前を弟の変わりとして創ったんだ。眠っている弟を置き去りにしたままの癖に、弟が目覚めたら、お前を壊せばいいと思いながら。俺はどこまでも卑劣で汚い男だろう?」

――僕はこの人が目覚める迄の変わり?



〝その時、お前は自分がどんなに哀れか知るだろう・・・・・・。どんなに生きる理由などなかったか知るだろう・・・・・・。自分が創られた、くだらない理由に怒りが止まらないと言う恐ろしい感情を知るだろう・・・・・・〟



ホークの台詞がシンバの脳裏を何度も繰り返し通り過ぎて行く。



〝自分がされた仕打ち、運命、与えられた物が、どんなに屈辱か、それを誰かに知ってもらう為に、お前も誰かを傷つけ、喜ぶんだ。痛さをわかってもらえるなら、それでいい。そうだろう? 痛さがわかる人間を傷つけなきゃ、どれだけ痛いのか、わかってもらえないじゃないか・・・・・・〟



〝お前はいつか俺に言ったな。〝僕は駒扱いされた事なんてない、僕は僕として生まれ、僕として行動する〟と。馬鹿が、何も知らないだけだ。もうすぐお前が真実を目にし打ちのめされる事を想像すると、安らかな気持ちになれるってもんだ・・・・・・〟



「シンバ、でも俺はお前を創りながら感じたんだ。お前はもしかしたら、本当にこの世界を変えるんじゃないかって。そう感じたんだ、お前を創りながら。だから俺は最後までお前を創り上げた――」

「なにそれ・・・・・・? つまりそれは僕の中にあるウィルスとか言う奴の事・・・・・・?」

「いや、そうじゃない、勿論、ウィルスもあるけど、そうじゃなくて、シンバ自身に感じたんだよ。だからこそ、俺と違い、お前には正義であるように、育ってほしいと思い、短い期間だったけど、そう接してきたつもりだ」

「おにいちゃん」

「ん?」

「この人が起きたら、僕はどうなるの?」

「え?」

「やっぱり壊しちゃうの?」

「・・・・・・起きないよ、シンバは・・・・・・もう起きない・・・・・・」

「でもおにいちゃんの中でシンバはコイツじゃないか!!!!」

突然、大声で吠えたシンバに、リオはゴクリと唾を呑む。

「結局、僕には名前さえないんだ! 僕はおにいちゃんに会いたくて会いたくて! でもおにいちゃんは僕じゃなく、コイツばっかり想ってたんだろ! コイツが起きたら、僕はどうしたらいいんだよ! 僕は何の為に生きて来たんだ!!!!」

こんな大声を出しても、ベッドの中の少年はスヤスヤと眠っている。

「シンバらしいないなぁ、そんな台詞」

ドアが開いて、そこにはパインが立っている。

「・・・・・・パイン?」

誰だ?と言う風にパインを見ているリオに、パインは軽く頭を下げると、部屋の中へ入って来た。手にはシンバの剣が持たれている。

「シンバ、お前、ほんま強うなったなぁ。外に、この剣が刺さったホークが転がっとった。お前が倒したんやろ? ほんま、お前、強うなったなぁ」

そう言うと、パインはシンバに剣を持たせた。

そして、ベッドで眠っている少年を見る。

「・・・・・・ほんまソックリやなぁ」

「・・・・・・」

「でもなぁ、シンバ、俺にとったら、シンバはお前や」

「え?」

「あほが、泣きそうな顔すなや。俺なぁ、お前と出会う為に生まれたんやわ。そう思うねん。お前は俺と出会う為に生まれたんや。ベルカやディア、チゴル、みんな、お前の仲間やろ? お前に会う為に、みんな生まれたんや。ええやないか、それで。お前には俺がおる。せやから、〝おにいちゃん〟は、〝本物の弟〟に返したれ。な?」

シンバの頭をポンポンと軽く叩くパイン。

「でも・・・・・・」

「あのな、シンバ、お前は本物の弟やなかったけど、俺にとったら、お前は正真正銘ほんまもんのパートナーや」

「パイン・・・・・・」

「それやったらアカンか? それやったら不満か? お前の存在意義」

「アカンくない・・・・・・不満もない・・・・・・ないけど・・・・・・」

そう言って、落ちそうな涙を我慢しているシンバ。

「あの・・・・・・あなたは?」

リオがパインに尋ねる。

「D.P、Dead Personです。あなたがシンバを創ってくれたから、俺は縛られる日々から抜け出せて、楽しい毎日を過ごしてるんですよ。だからあなたには感謝してます。シンバと二人になりたいんですけど、ええですか?」

「あ、ああ。じゃあ・・・・・・」

リオは、俯いて、リオに対して顔を上げないシンバに、何も言えず、部屋を出て行った。

「ウォルク等におうたよ。向かって来たから、適当に壊してしもうたったけど、なんや、エンテさんがおってな、3人共、預けたら、シンバが奥の部屋におる言うから・・・・・・」

黙り込んでいるシンバ。

「俺なぁ、お前に謝らなあかん事あんねん。実はな、お前の剣の柄についてる二匹の獅子の紋章、知っとってん。昔のStateの紋章やって。まぁ、誰でも知っとるやろうけど、俺はここの研究所も知っとった。昔の紋章の入った建物は全て壊された中、ここだけは壊されてないって事をな。ラオシューさんもな、この紋章の事で何か思い出そうとしとったやろ? それで思い出したって事もあってな、もしかしたら、お前はここで創られたんちゃうかって話もしたんや。俺が、もしここの事を言うたら、お前の探しとる〝おにいちゃん〟にも会えるかもしれん、そう思った。ラオシューさんは、はよ言うた方がええって言うたんやけど、でも言えんかった。お前と一緒にいたかったんや。お前がおらんようになってしまうんが嫌やったんや。ごめんな」

シンバは俯いたまま、首を左右に振る。

ここに辿り着いても、知りたくない現実に、シンバは打ちのめされるだけだったのだ。

だったら、ここに辿り着きたくはなかったと思うのが普通である。

「お前は、居場所っちゅうもんを失って、今はダウンしとるやろうけど、俺は嬉しいねん。お前に帰る場所がなくなったっちゅう事は、俺と仕事できるっちゅうこっちゃ」

「・・・・・・仕事?」

顔を上げるシンバに、パインは笑顔で、デコピンをした。

「お前、俺が変になった時、言うたやんか、〝また一緒に仕事しようよ。助けを呼んでる人に、D.Pだって左手の甲見せてさ、正義の味方で、助けてあげようよ。僕とパインで!〟ってな。言うた本人が忘れるかぁ?」

「・・・・・・」

「助け呼んどるやろ?」

「え?」

「お前、ずっと助けてって悲鳴聞いてたんちゃうんか」

「え? 誰がたすけ・・・・・・」

誰が助けてと言っていたのだろう、それはリオだ。

――おにいちゃんが助けてって言ってる・・・・・・?

――助けてって心の悲鳴が聞こえる・・・・・・?

――どうして僕は、あんなに傷付いているおにいちゃんに怒鳴ってしまったんだろう。

――僕は・・・・・・馬鹿だ・・・・・・。

――僕をヒーローとして創ったと言ってくれていたのに。

――なのに僕は誰かの変わりなんだって拗ねてイジケて。

――大事なおにいちゃんを傷付けた・・・・・・。

「パイン! 依頼、受けていいかな」

そう言ったシンバに、パインは笑顔で、

「ええよ」

と、頷いた。

シンバは、自分そっくりの男の子を見て、

「お前、目覚めなきゃ駄目だよ。おにいちゃんが待ってるんだから」

そう言うと、剣を背中の鞘に収め、その部屋を出た。

パインもシンバの後に続き、部屋を出て、ドアを閉める。

シンと静まる部屋で、今、少年の手がピクリと動いた――。



「ベルカ!」

ベルカの左目は眼帯をしている。

ディアもチゴルも、ベルカを痛々しそうに見つめている。

床にはウォルク、ラン、ロボの3体が、横たわっている。

ベッドがない為、冷たい石の床に置くしかないようだ。

「ベルカの左目どうなったの?」

シンバがそう問うと、

「ごめんね、どうやら、パーツが普通のD.Pと違うようで、目の回線がわからないのよ。でも切れた線は繋げて、中に入れて、目を閉じたの。だからショートしたりはないわ」

「・・・・・・もう左目は開かないの?」

「ええ、ごめんね、本当に」

申し訳なさそうに謝るエンテに、

「エンテさんが悪いんじゃないから謝らないで下さい」

と、ベルカは言う。

――奇麗なグリーンブラックの瞳だったのに・・・・・・。

――真っ白い眼帯が痛い・・・・・・。

「シンバ、私、大丈夫だから、そんな顔しないで?」

微笑むベルカをシンバは抱き締めた。

そんなに身長が変わらない二人は、まるで子供のように抱き合う。

「僕が守ってあげれなかったからだ。もっと早くベルカの元へ辿り着けてれば」

あの時、ホークとのバトルに時間をかけなければ、ベルカの瞳はこんな事にならずにすんだかもしれないと、シンバは悔やみ、ベルカを強く抱き締める。

「二人共、D.Pなんだから、痛くないから、加減がわからなくて壊れちゃうわよ」

と、エンテさんに言われ、シンバは、ベルカを離す。

「おにいちゃん、僕、強くなるよ」

何も言わず、そこにいたリオに、シンバはそう言った。

「今迄、弱くてもいいって思っていた。誰かを傷つけるなんて出来ないって思っていた。でも大切な人達を守るには強さがいるんだ。誰かを傷つけなきゃ生きていけない時もあるんだ。それがいい事なのか悪い事なのか、全然わからないけど、例え悪だとしても、守り抜かなきゃいけない事がある。そう思う・・・・・・」

「シンバ・・・・・・。お前は変わったな。成長した。剣の稽古をあんなに嫌がってたシンバとは思えないよ。お前はもう俺の手から離れたんだな。いい仲間にも巡り会えたんだな。もうお前は自由だ。俺を気にしないで、生きていけばいい。だが、もし生活に困ってるなら、俺にできる事は何でもしよう。お前を創った責任を放棄する訳じゃないから」

「僕はおにいちゃんを助けてあげたいんだ」

「俺を?」

「おにいちゃんが今の生活に困ってるんじゃないの?」

「・・・・・・」

「元に戻したいんでしょ?」

「ああ、戻したいさ。でも時間は戻らない。無理なんだよ」

リオが投げ遣りな言い方をした時、

「そんな事あらへん。Stateを前のように戻す手段はあるよ」

と、パインが言った。

「一旦、前の獅子の紋章のStateに戻したらええ。そっから、変えるんは、アルコンやない、アンタや。いや、アンタと、あの眠っとるシンバっちゅう奴の仕事や」

「そんな事無理だ。今、Stateはアルコンの指示で動いているんだ。俺は名ばかりの王だ。Stateから逃げ出し、もう誰も俺の意見なんて耳も貸さない。俺もアルコンの言いなりで生きているようなもんだ。もうStateを元に戻す事も、変える事もできないよ」

リオの諦めている口調に、

「クーデターを起こしませんか?」

と、ここに来て初めてディアが口を開いた。

「多分、パインがStateを元に戻す手段と言うのは、アルコンを倒す事だと思うの。その仕事は私達、力のない人間には無理だわ。相手もD.Pみたいだから。でも民を集め、クーデターを起こし、今の国に対しての不満をぶつけるのはできるわ! 国だって民あっての国だもの! PPPという組織を前のように戻し、国ではなく、民の平和を守っていた、あの頃の国に戻しましょうよ!」

ディアの意見に、チゴルが頷きながら、

「そうだよな、前も人とD.Pは対立してたけど、前の方が良かったよ。このままじゃあ、D.Pであるとか、人であるとか、そういう前に無差別に理由なく争いが始まりそうじゃん? 国が国を守る事、いや、国の権力者達である自分しか守ろうとしない奴等の国は混沌に堕ちるのが目に見えてるもんな」

と、言うと、

「アルコンは全て殺すって言ってたよ。アイツ、誰も守らないよ。何もかも全部壊す気だ。そんなの阻止しなきゃ駄目に決まってる! それにベルカの目をこんなにした事、許せないし! 謝ってもらう!」

と、シンバが怒りを露わにして言った。が、最後の謝ってもらう発言で、皆、笑い出す。

なんで笑うの?と、シンバは、皆を見回す。

「でも、キミ達だけで、危険だよ。アルコンを侮ったら駄目だ。アルコンは新たな計画が出来たと言っていた。何かやらかす気だ。俺は、キミ達を巻き添えにしたくない」

そう言ったリオに、シンバは左手の甲のD.Pの極印を見せた。

「大丈夫、僕はD.Pだ。これはヒーローの証として、誰かを守ったり助けたりする極印だから! 巻き添えじゃない! おにいちゃんの依頼、僕が引き受けたいだけなんだから!」

死者と記された極印を堂々と見せ、誇り高く、己の命に自信を持っているシンバ。

あの日、押したくなかった極印を押すしか出来なかったリオは、シンバの台詞に、押した事の後悔をなくさせる優しさを感じ、思わず、涙が溢れ出す。

「私達も巻き添えなんて思ってないわ。自分達の国がおかしな事になろうとしているのを黙って見てるなんて出来ないだけよ。それに、もう居場所を失いたくないだけ」

ディアがそう言うと、リオは俯いたまま、コクンと頷いた。

「シンバとパインはアルコンを倒すの?」

ベルカが小さな声でそう尋ねる。

「・・・・・・話し合おうと思う。話し合ってどうにかなるなら、それでいいと思う。だけど、向こうが戦おうと言うなら、戦って勝ち取らなきゃいけないと思う。みんなの平和を!」

シンバがそう答えると、ベルカは再び口を閉じた。

「ほなら、シンバと俺はStateへ!」

パインがそう言うと、シンバは強く頷く。

「チゴルはエンテさんと一緒に、この壊れたD.Pを修理して、この人達が元気になったら、事情説明して、シンバとパインの応援に向かわせて。私とベルカはクーデターを起こす準備よ。PPP本部があんな風になって、様々な組織で、事情を知らない人達や、おかしいなって思う人達が多くいると思うわ! 私とベルカはそういう人達を集めましょ! Peaceって組織をよく知っているのはベルカだわ。それにベルカの優しい雰囲気と、その目は武器になるわ」

と、ディアはベルカの左目を指差し、

「この際、同情でもなんでも、使えるものは使わないとね!」

と、ウィンク。そんなディアに、ベルカは少し微笑んでみせた。

「そして、クーデターを起こす指揮をとるのはリオさん、あなたよ」

ディアがリオを見て、そう言うと、リオは険しい表情で、硬直した。

その時、建物の中だけに突然ボリューム高音量で曲が流れ出す。

「な、なんや?」

「バムドの交響曲第二楽章〝英雄〟・・・・・・」

リオがそう答えると、

「葬送のための行進曲よね?」

と、ディアが言う。

「バムド?」

「なんや、シンバ知らんのか、昔の音楽家や。バムドっちゅう音楽家が作った曲や。まぁ、俺もバムドは音楽家っちゅうのしか知らんけどな。曲もあんまり聴いた事ないし」

「ふぅん、そのバムドって人の曲がどうして流れてるの?」

シンバはコテンと首を横にし、誰に尋ねる訳でもなく、聞いてみる。

「国家である組織中に流してるんだろ。ここも一応国家の研究所だったんだ、放送として流れても可笑しくはない。これは全ての命を葬送すると言う意味なのかもしれない」

リオがそう答えた。

「でも沢山ある葬送行進曲の中で、どうしてこの曲だったのかしら?」

ディアがそう聞いて来た。

「それは・・・・・・シンバがヒーローだから、挑発してるのかもしれない」

リオは言いながら、拳をぎゅっと握り締め、

「もう時間がないのかもしれない。アルコンは何かやる気だ」

そう呟いた。

「ほな、俺等は行こか」

パインがそう言って、シンバが頷き、二人、部屋を出て行こうとして、

「あ、待って、パイン! ちょっと待ってて!」

と、シンバはリオに走り寄り、

「僕の中にあるウィルスって、パインとかベルカとかチゴルとか、みんなに感染したの?」

小声で聞いた。

「どうかな、感染したかもしれないし、してないかもしれない。人間の風邪も、一緒にいて、うつる人、うつらない人っているしね。そろそろD.Pにバグが起きてもおかしくないって言われてるから、もともとシンバと同じような心があったのかもしれない。どちらにしろ、そのウィルスは感染しても人格というか、性格というか、本質まで変えるものじゃないから。只、違う事は違うと思える、考える、そして、行動に出すかどうかを自ら決めれるようになるってだけで・・・・・・」

「ふぅん・・・・・・。じゃあ、僕の心音って言うのは?」

「あぁ、あれは嘘」

「嘘!?」

「だって、あぁでも言わないと、アルコン、今にもシンバを壊しそうだったから」

と、苦笑いするリオに、

「なんだよ、ちょっと怖かったよ、自分の存在が! 僕が死んだら、みんな死ぬのかなって! もー! ホントにビビったんだから!」

と、シンバは、怒り口調ながらも、直ぐにリオと笑い合い、リオが、笑顔のシンバに、

「久し振り、シンバ」

そう言った。シンバは一瞬、真顔になったが、また直ぐに笑顔に戻り、

「久し振りだね、おにいちゃん」

そう言って、2人、微笑んだ。

「じゃぁ、行って来るよ、おにいちゃん」

「シンバ・・・・・・」

リオが不安そうな顔で、シンバを呼ぶ。

「大丈夫だよ、おにいちゃん。なにもかもうまく行くよ。きっとあの眠っている人も起きるから。アイツが僕なら、僕そっくりなら、きっと起きる。眠ったまま終わるような奴じゃないよ!」

シンバはそう言うと、部屋を出て行った。

シンと静まる中、ディアが、リオに手を差し伸べた。

「一緒に私達も戦いましょう」

と――。



シンバとパインは、壊れたホークを足元に、建物の獅子の紋章を見上げていた。

「大仕事やなぁ」

「D.Pだもん、怖い仕事も怖くないよ、だって痛くないから」

「そうやな、銃で打ち抜かれても、痛くはないなぁ。でも恐怖があるやろ」

「怖くないよ。だってパインと一緒だもん」

そう言ったシンバに、パインは笑いながら、シンバの頭をポンポンと叩いた。

赤い帽子が、その所為で少しズレる。

「Stateへは真正面から乗り込むか、裏から忍び込むか、どないする?」

「堂々と真正面から行こう!」

「そう言うと思うたよ、お前、ほんま強うなったもんなぁ」

「あ、言い忘れてたけど、ホークを倒したのって、僕だけど僕じゃないよ?」

「は?」

「ホークが勝手に自滅したの」

「なんやて?」

「だから僕、別に強くはなってないと思う。なったとしたら、ちょっと強くなったくらいかな?」

と、人差し指と親指で、ちょっとを見せて笑うシンバに、

「そんなんで大仕事すんな・・・・・・」

と、パインは溜息を吐きながら、腕についている瞬間移動盤を動かした。

シンバとパインは一瞬にして、この国のStateへと辿り着く。

灰色の細長く高い塔が幾つも並ぶ。

そして灰色の門には、待っていましたとばかりに、State PPPが並んでいる。

バムドの交響曲第二楽章〝英雄〟は更に音が大きく鳴り響いている。

「おい、お前等か、反逆者と言うのは。たったの2人で何ができるんだ? 聞いてはいるが、強いんだってな? どれだけ強いか試すとするか」

State PPP達は、シンバとパインをジロジロと見ながら、余裕の笑みを見せる。

「残念やなぁ、お試し期間はもう過ぎてもうたわ」

「どういう意味だ?」

「俺等の方が強いっちゅう意味や。そんな俺等相手に、何試すっちゅうねん。逆に試されんように気ぃつけや」

パインの挑発的な台詞は、State PPP達に怒りを煽った。

「僕達をアルコンの所に案内してくれたら、何も試さないで済むんだけど?」

シンバのその台詞が、余計に怒りとプライドに火をつけたらしく、戦闘態勢に入られた!

それならと、パインも拳を構える。

そして、今、シンバが、獅子の紋章の剣を抜いた――。



State PPP相手に暴れているシンバとパインを塔の上の部屋の窓から見下ろしているアルコン。

「やはり来たか。あの調子では、ここに辿り着くのも時間の問題だな」

そう言ったアルコンの隣にいるのはシープ。

「しつこいですわよね。リオ様の差し金かしら? もう国家を追い出された使えない者の癖に、しぶといわ。人間ってみんなああなのかしら? だとしたら不気味」

「不気味か・・・・・・。人間じゃなくて良かったと?」

「いいえ、人間でもD.Pでもどちらでも宜しいですわ、使える者ならば」

「お前は使える者となるか?」

「ええ、お使い下さいませ、例え、この身が壊れて動かなくなったとしても、私はアルコン様の為になるのなら、何も恐れる事はありません。私は御主人様となる者に忠実な僕であるD.Pですから」

「本来D.Pとはそういう者ではない。だが、世に広まったD.Pは人間達の下僕として生まれた。いや、正確に言えば、人間でなくとも指揮をとれる者の下僕として生まれたのだ。シープ、お前が生まれ、最初についた主人はどんな者だったんだ?」

「覚えていませんわ。そんな遠い昔の事――」

「そうか。もうメモリーファイルは更新してしまったか。当たり前だな」

「アルコン様は覚えていらっしゃるのですか?」

「・・・・・・ああ。どうやら脳内コンピューターに大切に保存してあるようだ」

アルコンは空を見る。

ビルの最上階の窓から見る空は、見上げなくても良いのがいい。

青空がどこまでも広がっている。

「人間が長い歴史をかけ、アンドロイドが創られた理由は知っているか?」

「理由なんてあるのでしょうか。あるとしたら、私達は生まれながら戦って来たのですから、戦う為に創られたのではないでしょうか」

「戦争、飢え、病、自殺者の増加、星の温暖化、砂漠化、人間達のそういった様々な危機を手助けする筈だったのだよ。だが、考えてみろ、そんなもの、押し付けられる為に生まれても目を覚ます筈がない」

「ふふふ、そうですわね、重すぎて、目を開けられないでしょうね」

「だからシンバ様は目覚めない。シンバ様は利口だ。結局、人間の始末も、アンドロイドの始末も、王が片付けなければならぬのだからな。アンドロイドが創られた理由は、アンドロイドを与えられた人間達の為だったのだろう。これだけアンドロイドが溢れた今でさえ、平和はやって来ないのだから」

「でもアルコン様は、たったお一人で、この国を、いえ、この世を平和に導かれるのでしょう?」

「そうだ。全て壊して、全て失えば、何もない世界になる。無、それこそ平和だ」

「アルコン様はこの世を平和にする為のアンドロイドとして、お生まれになったのですわね」

そう言ったシープを見て、アルコンは笑った。

「俺は、理論も技術も完璧に揃ったからと、試しに創られた、只の試作品だ」

「・・・・・・」

「お前等はまだマシだ。どんな主人であろうと、その主人の為に生きた。誰かの為に生まれる事は素晴らしい事だ。Peaceにいたお前なら、神の御加護を聞いて来ただろう」

「・・・・・・ええ」

「試作品に呆れたか?」

「いえ、試作品があるからこそ、私達D.Pが存在するのですわ。アルコン様の命は、今ある全てのD.P達の親であると言っても過言ではありません」

「・・・・・・シープ、お前は本当に死者なんだな」

絶対服従のシープに、アルコンはそう呟いた。

そして、アルコンは、大きな机に向かって、コンピューターをいじり始めた。

「人間もD.Pも殺す簡単な方法があったんだ。これで全て終わる」

そう言って、コンピューター画面に向かうアルコンの横で、シープはコクリと頷く。

「どうして今迄気付かなかったのだろうか。D.Pの脳内はコンピューターだ。アクセスする方法は幾らでもある筈なんだ。そう、命令をきかせるなどはできないが、病を引き起こす事ができる! 人間にも少しばらまけば、感染し、終わりだ」

「ウィルス・・・・・・」

シープがそう答えると、アルコンは二ヤリと笑う。

「私をアルコン様の手で一番最初に平和へと導いて下さいませ」

それはウィルスコンピューターをD.Pの脳内に送り込めるか、試す事だった。

葬送行進曲、バムド交響曲第二楽章〝英雄〟は流れ続ける――。



シンバとパインはエレベーターで最上階に向かっていた。

「大丈夫?」

パインの片腕が壊れて動かない。

ダランとしてるだけの腕を見て、シンバが不安そうな顔をしている。

「大丈夫やて」

「僕を庇ったりしたから」

「たまたまやろ。たまたま、お前が後ろにおったからや。気にすんな。これくらいやったら、エンテさんに直してもらえるて。それにしても上に向かうに連れ、大音量やなぁ、曲」

「うん」

エレベーターが止まり、扉が開いた。

すると、そこにはシープが立っていた。しかも明らかに様子がおかしい。

瞳を爛々と光らせ、口からは液体を垂らし、フーッ、フーッと鼻息が異様に荒い。

そして、何も言わずに行き成り襲い掛かって来た!

シープが、振り上げた腕で宙を掻くと、エレベーターの中の壁が、爪で引き裂いた跡を残し、エレベーターの電気が暗くなる。

シンバもパインも、攻撃をうまく避けれたが、思った以上のパワーとスピードだ。

「シンバ、お前、行け!」

「え?」

「ここは俺に任せて、お前はアルコンのとこへ走れ! アイツ、この女に何したかわからんけど、頭にユニット埋め込んだんとちゃうやろ、全く思考ないやんけ! これ以上何しでかすかわからん! 行け! シンバ!」

シンバはコクンと頷いたが、腕が動かないパインを置いて行っていいのか迷う。

シープをシンバの方へ行かせないように、パインはシープを自分に惹き付ける大きな無駄な動きをしている為、攻撃を避けるだけで精一杯だ。

シンバは歯を食い縛り、走った。

赤い絨毯が敷かれた一直線のローカを全速力で、走る。

今、パインを助けに戻っても、何の助けにもならない事をシンバは知っている。

自分の力量を把握できる程、シンバは成長した。

交響曲第二楽章〝英雄〟、この長い長い曲も終わろうとしている。

この曲が何故か、目覚めた頃を思い出させる――。

あれから僕はみんなと出会った。

パイン、ディア、ラオシューさん、ベルカ、ヴォルフさん、ウォルクさん、ランさん、ロボさん、チゴル、エンテさん。



パイン、会った頃は困らせてばかりだったよね。

でもそんな僕を誉めてもくれたよね。

こんな僕を信じて、ついて来てくれて、僕を引っ張っていってくれた。

まるで、おにいちゃんがいるみたいで、全然寂しくなかったんだよ。

パインがいたから、僕は強くなれた。

パインがいたから、駆け回る日々も楽しかった。

パインがいたから、僕は今、ここにいる。

ありがとう、パイン。



ディア、キミがD.Pを嫌いなのが、どんなに辛かったか。

でもディアはいつでも僕を壊せる状況にあったのに、壊さなかった。

きつい口調で、直ぐに怒るけど、本当は凄く優しいんだって知ってる。

いつか、子犬の抱き方、教わりたかったな。



ラオシューさん、部屋を勝手にたまり場みたいにしちゃってごめんなさい。

ラオシューさんは左腕がないけど、未だにD.Pなのか、人間なのか、わからないな。

でもD.Pにしては年齢がオヤジ過ぎかな。

どっちでもいいや、人間でもD.Pでも、ラオシューさんを好きな事には変わらないから!



ベルカ、初めてキミを見た時、なんて綺麗な子なんだろうってドキドキした。

催眠術にかけられていたキミは、それでも宝石の謎を言わない芯の強さがあったね。

綺麗な瞳を1つ失ったけど、きっとキミなら、強く生きていける。

僕は常に思っていたよ、キミのような強くて優しい人ばかりならいいのにって。



ヴォルフさん、いつもカッコ良くて、憧れの存在でした。

時々、微笑む顔に、何故か僕は嬉しい気持ちで一杯になっていました。

ヴォルフさんとパインの関係は、とても深い所で繋がっているんだなと思っています。

だから僕はヴォルフさんになれたら、パインともうまく仕事をこなせると思って、ヴォルフさんのようになりたいと思ってきました。

でもヴォルフさんのようにカッコ良くないので、これは誰にも言えない事でした。

今でも憧れの存在です。



ウォルクさん、最初、僕の名前を呼んでくれた事、覚えていますか?

なんだかウォルクさんに認めてもらえたようで、凄く嬉しかったです。

やってらんないねって言う口癖、やる気がなさそうな雰囲気、けだるそうな感じ、だけど熱い気持ちがある、誰よりも情に脆い、それだけじゃないウォルクさんの事、もっと知りたかったです。



ランさん、キュートで強くて、仲間想いで、頼りがいのあるおねえさんで、女性なのにカッコ良くて!

僕はランさんにとっては、頼りない男として思われていただろうな。

もっともっとランさんと一緒に話とかしたかったです。

少しは頼りがいあるんだってトコ、見せたかったし、思われたかったです。



ロボさん、本当に何言ってるのかわからなくて、ごめんなさい。

大きな体で、いつも僕を見下ろすロボさんは、言葉のせいか、誰よりもクールで、仕事を忠実に完璧にこなす感じがしていました。

だけど時には不安を感じ、仲間を頼っているロボさんに、微笑ましくも感じていました。

ロボさんは僕をどう感じていたんだろう?



チゴル、キミに会えて、世界が広がったよ。

キミのD.Pらしい考えや行動は、僕に影響を与えたくらいだよ。

痛さがないD.Pでも、こんな優しい気持ちを持てるんだと、教えてもらえたんだ。

キミに会えて良かったよ。



エンテさん、あなたのD.Pへの扱い、世界へ広めたいです。

あなたの知識や技術は、これから先も誰かに受け継がれるんでしょうか?

これからある未来、僕達はどうなっているのか、全く予測できなくて、検討できません。

だけど、あなたのようなD.Pの医者がいるなら、僕達D.Pは安心です。



おにいちゃん、あの工場で一緒に暮らした数日間。

もう遥か遠い昔のようです。

おにいちゃん、僕は頑張ります。

必ず、僕はアルコンを阻止します!

だから、おにいちゃんも――。

僕を信じて下さい!



今、シンバは大きな扉を開ける。

そこにはアルコンが窓の外を眺めていた。だが、扉の開く音で振り向き、

「一人か? シープをもう一人のD.Pに任せて来たのか?」

そう聞いた。黙っているシンバに、

「シープの脳内コンピューターがウィルスに犯され、暴れているだけだ。その内、アイツは力尽きるだろう」

と、シープがおかしくなった説明をした。

「話し合いに来たんだ。だけど、シープさんを見て、話し合う事なんて何もないとわかった。僕はお前を倒す事にする」

シンバは剣を抜き、構えた――。

「お前のデータ―があればお前もウィルスを送ってやれるのだが、お前のデーターは存在しない。つまり、お前はこの世に存在しないという事だ」

「だから?」

「今迄創られたD.Pは全て各国で登録されている。コンピューターで調べれば、直ぐにデーターが手に入る。今現在、この国に存在するD.P全ての内、必要としない者に、このコンピューターから、ウィルスを送る」

「なんだって!?」

驚くシンバに、アルコンはコンピューター画面を見せた。

25%、26%、27%・・・・・・

「この数字が100に達した時、ウィルスの準備が整い、役にたたないD.Pに送信される。ウィルスにやられたD.Pは狂いだし、やがて止まる。終わるんだ。そして選ばれたD.Pだけが残る。カウントダウンだ」

「・・・・・・100になる前にぶっ壊してやる!」

「悪いが、そうはいかない」

アルコンは懐から銃を取り出し、シンバに向けた。

「何せ、私も試作品だ。バトルはできないが、この至近距離で、キミが弾を避けれるとも思わない」

68%、69%、70%・・・・・・



リオはシンバそっくりの少年が眠るベッドの横で、少年の寝顔を見ていた。

〝そしたら、シンバは、何を願う?〟

〝・・・・・・僕、痛さを下さいって願うよ、神様に会ったら、僕に痛さを下さいってお願いするよ〟

工場跡地で一緒に暮らしていた頃、そう言ったシンバを思い出す。

〝おにいちゃんは? おにいちゃんは何をお願いするの?〟

〝俺はシンバが、また深い眠りについてしまわないように、毎日、シンバが元気でいてくれれば、それでいいんだ。それが俺の願いだ〟

あの頃を思い出し、涙が頬を伝う。

自分の愚かさ、弱さ、信頼感のなさ、無謀さ、全てが溢れ出すように体が震え出す。

「リオさん!」

ノックもせずにディアが勢いよく部屋に飛び込んで来た。

リオは涙を見えないように拭い、振り向いた。

「沢山の人々がミラクの大聖堂に集ってます! ベルカもシスターとして、教えを導いてます。後はリオさんの一声が必要なんです!」

「・・・・・・」

「チゴルやヴォルフ、ウォルク、ラン、ロボと言うD.P達も、無事に修理され、シンバとパインの応援に向かってます!」

「・・・・・・今更、D.Pと人間が共に戦うと言うのか?」

「戦わないんですか? アルコンの思い通りになってもいいんですか?」

「いや、俺だけ戦わない訳にはいかない。シンバが頑張ってるんだ。シンバを信じて、俺もやらなきゃいけない!」

「はい!」

ディアは笑顔で頷いた。



今、シープの動きが止まり、パインはシープを人差し指でツンツンしてみる。

「な、なんや、コイツ、俺、何もしとらんのに壊れたんか? 曲も静かになったなぁ」

その時!

バキューーーーン・・・・・・

銃声が鳴った。次の瞬間、

ガシャーーーーン・・・・・・

何か硝子のようなものが割れる音がした。

パインの顔が強張る。

嫌な予感が掠める。

「・・・・・・嘘やろ?」

何が嘘なのだろう、だが、誰に問う訳でもなく、そう呟く。

「シンバ・・・・・・? シンバァァァァ!!!!!」

パインが叫びながら、走り、思いっきり扉を開けると――。

バサバサと沢山の書類が宙を舞っている。

窓硝子が割れていて、風が容赦なく入って来ているからだ。

高い高い塔の上の窓ガラスが割れると言う事は、余程の事。

「・・・・・・シンバ?」

一歩、一歩、部屋へ入るが、誰もいない。

目の前を飛ぶ書類が邪魔をするが、獅子の紋章がキラリと光る。

それはコンピューター画面に突き刺さったシンバの剣だ。

画面は99%で止まっている。

「・・・・・・シンバ? おい、どこにおんねん?」

他に扉は見当たらない。

足元に赤い帽子が落ちているのに気がついて、パインは拾い上げる。

帽子には穴があいている。

それは銃で撃たれた跡――。

「・・・・・・シンバ?」

再び、キョロキョロと辺りを見回し、パインは、

「嘘やろ・・・・・・落ちたんか・・・・・・?」

割れた窓硝子から下を覗いて見る。

遥か下で、多くの人々の姿を目にする。

この国の民が集結し、それをリオが引き連れているのだ。

真下迄は体を乗り出さなくては見れないが、この高さじゃ助かる訳がない。

「・・・・・・シンバ?」

落ちた訳じゃない、この部屋のどこかにいるんだ、パインはそう思い、再び、部屋の中を見渡すが、誰もいない。

風が壁にかけてある絵を悪戯に落とす大きな音に、パインは過敏な反応をみせる。

バンッと扉が開き、

「パイン!」

「シンバ!?」

いや、違う、それはヴォルフ。

「シンバがどうかしたのか?」

「おらんのや」

「何!?」

「お前、どっから来たんや、下から登って来たんか? 下にシンバおったか!?」

「いや、きっと先に行ったんじゃないか?」

「行くてどこへ!? こっから俺がおった所を通らなどこにも行かれへん!」

「落ち着け、パイン! ここは爆破される」

「なんやと?」

「俺はお前等を迎えに来たんだ! 早くここを出よう」

「爆破ってどういう事やねん!」

「ランが見つけたんだよ! お前等が倒したState PPPの中の誰かが、最後の力振り絞ったみたいだな。もう時間がない。爆弾を止める手段を考えてる暇はないようだ。この建物はもうすぐ崩れる!」

「シンバどないすんねん!」

「・・・・・・諦めろ」

「アホ言うな!」

「じゃあ、どうするんだ、もう時間がないんだぞ」

「お前だけ逃げろや」

「お前はどうするんだ?」

「俺は・・・・・・俺はシンバ探すよ」

そんなパインに溜息を吐き、

「勝手にしろ」

と、行こうとするが、アルコンは、足を止め、

「俺はこの下の階を探してやる、お前は、他を探せ」

そう言って走った。

パインも走る。

「シンバーーーー!? 返事せぇ!!!!」

だが、建物内は容赦なく爆破され、大きな建物は上から簡単に崩れて行く。

外では崩れる建物に巻き込まれないよう、皆、避難していた。

ウォルク、ラン、ロボは建物が全て崩れ落ちる前に、脱出していたが、ヴォルフが出て来ない!

シンバとパインも!

そしてアルコンの姿もない。

大地が震え、地鳴りがし、土煙が舞い上がり、凄まじい音をさせ、塔が崩れ落ちた。

そして、嘘のような静けさ――。

「ほんま、お前凄いわ」

「馬鹿が! お前こそ、よくこんな非常時にあんな身のこなしができるもんだ」

「何年振りやろ、お前と組んだんわ」

「体が覚えているもんだな。お前の動き、自然に読めたよ」

「俺もや。意外にええコンビネーションやったなぁ」

「意外か?」

そして二人の笑い声――。

瓦礫をどかしながら、顔が汚れ、服が破れたパインとヴォルフが笑い声と共に現れる。

土煙がまだ舞っていて、炎が舞い上がっている場所もある。

人々が炎を消す為に水を運んで来ている。

「なんや、偉い騒ぎになったなぁ」

「いいんじゃないか? これで一件落着だろ」

「シンバが一人でなんもかんも片付けよったからなぁ。後始末はみんなでやれってか?」

パインはそう言って笑う。

結局、シンバの姿はどこにもない。

「・・・・・・パイン、お前、これからどうするんだ?」

「ん?」

「俺と組まないか? また昔のように」

「・・・・・・お前にはもう仲間がおるやないか」

そう言って、パインは指を差した。その方向にはヴォルフの無事に安堵の笑みを浮かべるウォルク、ラン、ロボがいる。

「お前も一緒に来ればいいじゃないか」

「アホか。お前の手下みたいな奴等と一緒におれるか! 俺には俺のパートナーがおるからな」

「・・・・・・シンバか?」

パインは、何も答えず、瓦礫の上を身軽に飛び跳ね、みんなの所へ走る。

ディアとベルカとチゴルは、人々と一緒になり、火を消して回っている。

なんと、ラオシューが、火を消すよう指示を出している。

「あのおっさんも来とったんか。まぁ、ネタになる話の所には、どこにでも現れるからなぁ」

探すと、リオも一緒に消火を頑張っている。

「律儀なお偉いさんやなぁ」

そう言いながら、リオの傍に行き、シンバの赤い帽子を渡した。

「シンバは?」

「アイツ、あんたの依頼だけキッチリやって、行ってしもうた」

「どこへ?」

「さぁ?」

そしてパインも手を上げ、行ってしまった――。

この国のStateが崩れた事や、クーデターを起こす所だった事は、世界中でニュースとなった。

そしてStateは新しく生まれ変わる。

二匹の獅子が向かい合った紋章のStateに――!

それは、その日の内に直ぐに、この国にいる民達で決められた。

人もD.Pも、この国の民として、Stateが蘇る事を望んだ。

リオが全ての書類に目を通し、これから立て直すStateの報告に少年の元へ戻ったのは、もう夜中だった。

シンバが被っていた帽子はボロボロで、汚れきっている。

だが、リオはそれを大切に扱う。

〝――おにいちゃん〟

シンバはどこへ行ったのだろう?

これだけ大きな奇跡を起こし、どこへ消えたのだろう?

いや、今日の出来事も全て夢なのでは――?

〝――おにいちゃん〟

シンバの声が聞こえる。

「――おにいちゃんってば」

「え?」

ふと、ベッドで眠っている少年を見ると――。

「おにいちゃん」

「・・・・・・シンバ?」

「おにいちゃん」

奇跡が二度も起きたこの日――。

いや、まるで、少年が目覚めるのを知って、D.Pであるシンバは消えてしまったかのようだ。

シンバは二人いらないと――。

そして、リオとシンバの幸せの為にいらないと判断されたアルコンと共に――。

葬送行進曲を聴きながら、消えてしまった――。

リオの瞳から溢れて止まらない涙。

ボロボロの赤い帽子をぎゅっと抱き締め、声を上げ、泣き叫んだ――。

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