8.Dead spit
「ん・・・・・・?」
「起きた? もう大丈夫よ」
「エンテさん・・・・・・にソックリな人だ・・・・・・」
「あら、本人よ」
「エンテさん本人・・・・・・? エンテさんがいるって事はここはトロイ・・・・・・?」
「そうよ、あなた達が村の外で倒れているのを見つけて、ここに運んでくれたのよ、あのパインってD.Pが」
「パインが!?」
シンバはぼんやりしていた頭も一気に覚め、飛び起きる。
「ああ、シンバ、やっとお目覚めか」
チゴルはとっくに目覚めていたようだ。
「あれ? 僕達、体、どこも壊れてない?」
「運良くワープしたみたいだな、オレッチ等。壊れた場所はエンテさんが治してくれたみたいだ。本当に良かったな!」
「うん! ねぇ、パインは? パインはどこ?」
シンバは嬉しそうにニコニコの笑顔でパインを探す。
「オレッチが目を覚ました時には、もういなかったな」
「彼なら腹減ったって言うからネクタルで買い物して来たら御馳走作ってあげるって言ったら、行っちゃったわ。その内、戻って来るんじゃない?」
エンテがそう教えてくれた。
「シンバ!」
その声に振り向くとディアとベルカの姿。
「ウォルクさんって人が私達をここへ連れて来てくれたの。彼はそのまま行っちゃったわ。多分、ランさん達が向かったPPP本部に行ったんだと思う。大丈夫かしら?」
ベルカが心配そうにそう言った。
「ワープで来たの?」
シンバが尋ねると、
「そうみたいね、一瞬でこんな所に来ちゃうなんて、不思議なものがあるものね」
と、ディアが答えた。
そしてチゴルがエンテに、ベルカとディアを紹介し、何やら世間話のようなものが始まった。ベルカがエンテのセカンドがエステルという事に驚いて、いろいろと質問をしている。
シンバはソワソワとパインの帰りを待つ。
一人あっちへ行ったりこっちへ行ったり――。
「エンテさんのご先祖様はD.Pを最初に創った人なんですね! チゴルさんから少しは聞いてたんですけど、本当にビックリです!」
ベルカの弾んだ声が聞こえた時、
「僕! ネクタルに行ってみる!」
と、突然、シンバが言った。
「パインを探しに行くの? 待ってた方がいいわよ、行き違いになったら面倒よ」
ディアがそう言うが、シンバは首をブンブン横に振り、
「でも僕、待ってられない! だってパイン、元気になったんだよ! 直ぐに会いたいもん! だから僕ネクタルに行く!」
と、鼻息荒くそう言った。
ディアは溜息を吐き、
「仕方ない子ね、一緒に行ってあげるわ」
と、微笑む。
「あ、じゃあ、私も一緒に行きます。パインさんに私も早く会いたいですし」
ベルカも笑顔でそう言った。
「んじゃあ、オレッチがゴムボート用意するか」
と、チゴルも頷く。
「行くのはいいけど、もう壊れて来ないでよ? 全く、どこで何してあんな風に壊れて来るのかしら! パーツもそんなに予備はないからね! 最初から新たに創るには無理がある部分もあるんだから!」
と、エンテに言われ、チゴルは苦笑い。
村を出て、海岸に出ると、浅瀬をゴムボートで移動し、暫くすると、大きな港街ネクタルがある。
4人はネクタルの街に来ていた――。
ディアとベルカはショッピングにはしゃぎ出す。
シンバはパインの姿をキョロキョロ探していると、
「あんまり妙な行動は起こさない方がいいみたいだよ、よっく見てみろ、あちこちにPPPのバッチつけた奴等の姿がある。意味なし気にウロウロしてるようだけど、半径1メートル以内でウロついてる所を見ると、それぞれ配置についてるって事だ」
と、チゴルが耳打ちして来た。
「極秘でお偉いさんが来てるとかなのかなぁ? それとも何かの事件? 万引き防止? とにかくオレッチ等は極印隠した方がいいな」
そのチゴルの意見に、シンバは頷く。だが極印を隠さず、帽子を深く被る。
「顔隠してどうすんだよ!」
チゴルに突っ込まれる。
「極印より僕自身がもう指名手配かなって思ったから」
「そんなお前と一緒にいる自分自身が凄いと思う今日この頃のオレッチ」
笑いながら言うチゴルの背後の、かなり遠くだが、花屋がある。
その花屋に突然シンバの視点が止まる。
そんなシンバの視線を辿り、チゴルは振り向いて見るが、何を見ているのかわからず、
「シンバ?」
と、尋ねてみるが、今のシンバは何の音も聞こえず、物凄い集中力で花屋から目を離さない。いや、花屋で花を買っている人を見ているのだ。
「どうした?シンバ?パイン見つけたのか?」
「・・・・・・おにいちゃん?」
「おにいちゃん???」
シンバの呟きにクエスチョンのチゴル。そして、シンバは花屋まで駆けようとした途端、いきなりPPPに取り押さえられた。
一人、二人、PPPが増え、気付けばPPPが山のようにシンバの周りに現れ、そのせいで青年がシンバの探している〝おにいちゃん〟なのか確認できない。
「おにいちゃぁぁぁぁん!!!!」
「――!?」
「どうなさりました? リオ様」
アルコンが花を買った青年にそう尋ねる。
「いや、誰かが呼んだような気がして・・・・・・」
リオは何度も振り返るが、何やら少し遠くで騒がしいくらいで、誰も見当たらない為、
「気のせいのようだ」
と、花束を抱え直した。
「賑やかな街です、民が大勢ここに集う。沢山の感情が交わり、ぶつかる。その為、何かを感じる事もあるでしょう」
「・・・・・・余り騒がしい場所は苦手だ」
「そうですか。では一刻も早くお戻りになった方が良いですね。その花束はシンバ様にですか?」
「あ、ああ。飾ってあった花が今朝、香りを残し枯れていたんだ」
「そうですか。それで新しい花を? 人間とはない物を手に入れたがる。新しいモノを次から次へと――」
「・・・・・・」
「カルミアとオリーブの組み合わせとは、また変わったものをお選びになったんですね」
「ああ。本に書いてあった花言葉を見てね。気に入ったんだ」
「花言葉? 確か大きな希望と平和でしたか?」
「よく知っているな」
「花言葉の本なら、読んだ事がありますからね」
アルコンはそう言うと、リオに一本の花を差し出した。
「シンバ様に、これもどうぞ――」
リオはそう言われるまま、その花を受け取り、
「この花は?」
そう尋ねた。
「リオ様。その胸の二匹の龍に誓った事をお忘れではないですか?」
「・・・・・・忘れた事など一度もない。俺は誓いを守る」
リオの答えに、アルコンは二ヤリと笑う。そして、
「その花はメリッサ。花言葉は同情です――」
そう答えた――。
「離せ! 離せよ! なんだよ行き成り! なんもしてないだろ!」
暴れるシンバを余計力強く押さえ付けるPPP。
「やめなさい! 一人の少年に力づくで何をしているの!?」
ディアがPPPのバッヂを見せ、ついでに捜査官の手帳も見せながら現れた。
PPPの者達は捜査官の手帳に後退り。
「一体何事なの? こんなにPPPが集っているなんて何か事件でも? あなた達はどこのPPP配属の者? 私は本部の者です。事件なら協力するわ」
ディアが皆を整列させ、そう言ってる間に、シンバは花屋に向かって走った。
シンバの行動に〝あっ!〟と声を上げ、まだシンバを取り押さえようとする者がいるが、シンバはスルリと交わし、走り抜ける。
だが、〝おにいちゃん〟の姿はどこにも見当たらない。
「おにいちゃん? おにいちゃぁん!」
大声で呼び、キョロキョロ探すが、どこにもいない。
そんなシンバの背後に大きな影が現れ、突然、口を押さえつけられ、狭い路地へと引き摺り込まれる。
「パイン!」
驚いたが、大きな影はパインだった。
「よぉ」
「なんだよ、ビックリするじゃないか!」
「いや、PPPが仰山おるなぁ思うてな。隠れとったんや。でも面白いモン手に入れてなぁ」
「面白いモノ?」
「ジャーン! これなんやと思う?」
パインの手にはウォルクが持っていた〝ワープ装置〟が!
「ウォルクさんに会ったの?」
「は? なんでウォルクやねん。これな、腕時計やと思うやろ? でもなちゃうねん。ヒントほしい? ヒントほしいんやな?」
パインはシンバが驚くだろうと、ワクワクしている。
「こんだけPPPがおんのに、飛行機も車も船もない。あいつ等が遠くからゾロゾロ歩く筈がない。なんで来たと思う?」
「ワープして来たんだよ」
そう答えるシンバに、パインは裏切られた気分になり、表情が暗くなる。
「なんで知ってんねん、お前・・・・・・。お前、そこは、お前のキャラで〝なぁに? なぁに? それなぁに?〟って聞くべきやろ。それで俺が〝ワープ装置や〟言うたら、〝ええええ!? ワープ装置!? 凄いな、凄いな、見せて見せて!〟って言う所やろ。それを〝ワープして来たんだよ〟て、お前、なんでそんな大人びた口調で・・・・・・〝ワープして来たんだよ〟て・・・・・・〝ワープして来たんだよ〟て・・・・・・」
「当たりでしょ?」
「・・・・・・〝当たりでしょ?〟て、お前、ちょっと会わん間に随分とスレてしまって・・・・・・〝当たりでしょ?〟て・・・・・・〝当たりでしょ〟て・・・・・・」
「でもどうしてパインがそのワープ装置持ってるの?」
「うん? ああ、なんや知らんガキがな、PPPの懐から盗ったんや。それ目撃した俺が今からそんなんしよったら、ろくな大人にならへんでって説教したったら、こんなんいるかぁ!言うて、これ投げてきよったんや。ほんで俺、PPPにこれ返したろ思うたら、ワープ装置なくした言うて、慌てとるやないか。まぁ、これがワープ装置って俺が理解する迄に時間がかかった事は言うまでもない! お前が理解早すぎや!」
「そうなんだ」
そう言ったシンバを、パインはジッと見る。シンバもパインをジッと見上げる。
そして二人大笑い。
暗くて狭い路地で、二人の笑い声が響く。
「パイン! 元気になって良かったね! 会いたかったよ!」
「俺もや。お前に会いたくて、黄泉から戻って来たようなもんや!」
「本当!? 黄泉はどんな所だった?」
「そりゃお前、俺やで? 天国に決まっとるやろ」
「そっかぁ。じゃあ、天国より僕と一緒の方が楽しいから戻って来たんだね!」
無邪気なシンバにパインは笑う。
「そうやな、お前と一緒におると楽しいよ」
その時、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
再会の喜びを中断する女性の悲鳴に、シンバとパインは動きを止めた。
「ディアの悲鳴だ!」
シンバがそう言うと、
「ほぉらな、もう面白い事の始まりや」
と、パインが走った。シンバもディアの元へと走る。
「離しなさぁい! 一体どういう事なのよぉ!」
ディアは大声を出しながら暴れているが、手を後ろに回され、捕まっている。
ベルカもチゴルもPPPに押さえ付けられている。
その指揮をとっているのは黒服の男。
「State PPP、国家警察や」
パインがその男の襟に輝くバッチ、二匹の龍の紋章を見て言った。
その男はシンバとパインを見つけると、行き成り襲い掛かって来た。
「なんやコイツ行き成り無礼な奴やな!」
と、パインはスルリと避ける。シンバも転げるように攻撃を交わせた。
人々の悲鳴で街は騒然となる。
「おいおい、State PPPがこんな目立った行動に出るもんなんか? 街中で暴れてどうすんねん! 国民の平和を守るどころか壊しとるやんけ!」
男はそんなのお構いなしで襲って来る。まるで感情のないロボットのように。
「壊れちゃったパインみたいだ」
「ちゅうか、俺はD.Pやから有り得るけど、コイツ人間やろ? なのになんやねん、この無感情な破壊力は! 地面割れとる!」
確かに逃げる二人に空振って、地面を板割り状態で叩き、それが地割れしている。
興味津々で遠巻きで見ていた人々さえ、恐れをなして逃げて行く始末。
市場から転がってきた果物に男は滑って、その巨体をアスファルトに叩きつけた!
シンバとパインは考える事が同じで、そのチャンスを素早い動きで、ディアやベルカ、チゴルの元へと動いた。
パインが3人を捕らえているPPPを叩きのめし、シンバが剣で3人の体を縛っている手錠を叩き斬るのに数秒もかからない。
二人の呼吸はピッタリ合っている。
「逃げるで」
「うん、あんなのとマトモに闘えないからね」
走り出すシンバとパインに、合図もないが、つられて走るディアとベルカとチゴル。
勿論、敵は追い駆けて来る。
だが、ここは港街ネクタル。
入りくねった道に、狭い路地は迷路のようだ。人気をなくしたと言っても、影にうまく潜り込めば、わからない。
5人はレストランの路地裏であるゴミ置き場に身を潜めた。
だが、そこから一歩も出られない。PPPが血眼になり5人を探しているからだ。
「一体どうなっているの? PPPがあんな大胆に攻撃してくるなんて! それに事件とかじゃなく、国家の者がネクタルに訪れているので、その為に配置していただけみたいな事を言ってたわ。なのに、どうしてこんな事に? 大体シンバが最初に取り押さえられていたんじゃない! シンバ、何したのよ!」
小声だが、ディアはヒステリックに言う。
「別に何もしてないよ。急に取り押えられたんだよ」
「一体PPPはどうしちゃったの!? 本部の捜査官の私に迄、手をかけるなんて」
ディアは訳がわからず、頭を抱え込んだ。
「これからどうするの・・・・・・?」
ベルカは不安な顔をする。
「私、PPP本部に戻ってみるわ」
ディアがそう言うが、
「どうやって? ここから出たら、速攻で捕まるよ? あ、捕まってPPP本部に行くって手もあるか?」
と、チゴルが言った。
「ここから出るんは簡単や」
パインが自慢気にワープ装置を見せびらかす。
「これはやなぁ――」
「ワープ装置!」
ディア、ベルカ、チゴルが声を合わせ、そう言った。
「なんでお前等知ってんねん!」
そう言ったパインに、シンバは笑いを堪える。
「それでPPP本部に行きましょ!」
ディアがそう言うが、パインは行きたくなさそうだ。
「パイン、ディアだけじゃなく僕達もPPP本部に行った方がいいと思う」
「まぁたシンバ、お前、この女の心配ばっかりしおってからに」
「違うよ!」
そう言ったシンバをディアが、違うってどういう意味よとムッとしている。
「ヴォルフさんがPPP本部に捕まってるみたいなんだ。ウォルクさんも助けに向かったんだと思う。ランさんとロボさんも向かったんだ。だから僕達も助けに行こうよ」
「ヴォルフがPPP本部に捕まっとる!?」
「それにエッグはホークってPPPが持って行ったんだ。それも取り返さないと!」
シンバがそう言うと、
「エッグを持ってる人がPPP本部にいるのなら、私も行きます」
と、ベルカが言った。
「みんな行くなら、オレッチも行くしかないんだよねぇ?」
と、不本意そうなチゴル。
「はぁ、そうなん? みんな行く気満々? あそこは好きやないから行きたないけど、みんなが行く気満々みたいやしなぁ。ヴォルフも気になるしなぁ。エッグ? それもちょっと気になるしなぁ。気になる事は早よう解決した方がええしなぁ」
パインは仕方ないなとばかりに、ワープ装置をいじり出す。
シンバがパインの腕にしがみつくと、ベルカとディアがシンバの服を引っ張り、掴み、チゴルもシンバの肩に手を置いた。
「よっしゃ! 行くで! ワープじゃ!」
パインがそう言い終わるか終わらないか、目の前はゴミの山からPPP本部に変わっていた。
「おお、ほんまもんのワープ装置らしいで、これ」
と、パインは自分で使っておいて驚いている。
「それにしても、どうしてこんな凄い装置が、しかもそんなコンパクトに出来上がっているのかしら。それもPPPが持ってるなんて信じられないわ。私は知らなかったもの。一体何が起きてるのか、ホークの事も気になるし、署長に話してみるわ。シンバ達はヴォルフってD.Pを助けたいなら、非常口から中に潜り込むといいわ。あんまり騒ぎを起こさないでね。見逃せなくなるから」
と、ディアは真正面の入り口から堂々と入っていく。
「署長に何話すねん、アイツ。ホークは悪い奴やて?」
「ディアは信じているんだよ、まだホークって人の事を――」
シンバはそう言って、パインを見た。そして、
「どんなパインになっても、僕が信じていたように」
そう言った。
「ディアにとったら、パートナーやってんもんな。PPPも命賭けとる仕事やからな。相手を信じなできへん仕事や」
「さぁ、僕達もヴォルフさんを探して、助けよう」
シンバがそう言うと、チゴルが、
「シンバ、何か変じゃねっか?」
と、首を傾げた。
「何が?」
「ニオイがするんだ。人間の血のニオイ」
「え?」
「なぁ、オレッチ、PPP本部って来たの初めてなんだけどさ、正面入り口には誰も配置についてないもんなの? 本部って割には警備薄くない? 別に非常口からじゃなくても大丈夫そうだぞ?」
そう言われれば、人気が全くない。
異様な程、シンと静まり返った空気。
4人は正面入り口から、中に入ってみる。
受付にも誰もいない。
「シンバ、血や」
と、パインが壁についた赤黒いものを見て言った。
チゴルが言うように、これが血のニオイだとするなら、それは内部に充満している。
「ディアーーーー!」
シンバが吠えたが、ディアの返事はない。
走り出すシンバについて、皆、奥へと入って行くと、PPPのバッヂをつけた男が重症を負いながらも、ヨロヨロと歩いて来る。
「大丈夫ですか!?」
シンバが駆け寄ると、男は、
「D.Pが暴走を・・・・・・」
そう言うと、カクンと力をなくした。
ディアを探さなくては!
あちこちのドアを開け、ディアを探す。
部屋は荒れていて、人が多く倒れている。確認はしていないが、死んでいるのだろう。
白い壁には飛び散った血が、鮮やかなアートのようだ。
ある部屋で、白衣を着た生きた人間の男を発見する。男は、シンバ達を見て逃げ出す。しかしパインが直ぐに捕まえた。
いや、捕まえたと言うよりも――。
「お前、俺の事、助けてくれた奴やなぁ?」
と、知人のようだ。
「た、助けてくれ。殺さないでくれ」
男は酷く怯えている。
「パインの知ってる人なの?」
シンバが尋ねると、パインは、
「海に落ちて、俺等はぐれたやんか。その時、気付いたら、コイツが目の前におって、ものすっごい眠ぅなって、ほんで・・・・・・そっから記憶ないなぁ」
と、笑った。
「それって、助けてくれたって言わないような気がするんですけど?」
と、ベルカが言う。
怯えた男は、頭を抱え込み、しゃがみ込んだ。
「おい、どないしたんや。気分悪いんか?」
「わ、私は何も悪くない。殺されたくない。死にたくない」
男はブツブツと喋り出し、何を言っているかは、聞き取り難い。
「落ち着いて、僕達にちゃんと話してくれませんか? もしかして、パインを変貌させたのは、あなたがパインに何かしたんじゃないんですか? パインは元に戻りました。だから安心して話をして下さい」
優しい口調のシンバを、男は見上げ、そして口をパクパクと動かし始めた。
しかし、声までは出ずに、只、パクパクと口が動くだけ。
シンバは男の目線に合わすように、腰を下ろし、男の目を見つめる。
すると男の口から、声が出始めた。
「私は只の学者だよ。何も知らない。只、言われるままにD.Pの頭に埋め込むユニットを作っただけだ。感情を略失い、命令に疑問などを思わぬよう、神経プログラムを支配するユニット。だが、それはまだ未完成であり、完璧に感情を失う事もできない。それにD.Pには昔の記憶、つまりメモリーするファイルがある。そのファイルが一杯になれば、古いモノから消えて行くが、ほしいメモリーは感情の方にリンクされ、ずっと消えない。その記憶、つまり「想い出」がある限り、それ等がD.Pを支配し、ユニットの方が破壊されてしまう。だが、あのD.Pにユニットを埋め込んだら、命令をきく所か、勝手に全てを殺し出したんだよ! 私のせいではない! 私のせいではないんだ!」
「・・・・・・あなたは一体誰にユニットを埋め込んだんですか?」
そのシンバの問いに答えられる程、この男の精神は強くないようだ。
頭を抱え込み、〝私のせいではない〟と呟くばかり。
「これだけの人を殺してるんだ。自分のせいじゃないと思い込みたいから、そうやって自己暗示でもかけるように鬱になるしかないよ。オレッチ等で探そう。このPPP本部に、そのユニットを埋め込まれたD.Pがいるから、この男の人も、このPPP本部から逃げずにいたんだろうし。ディアだって探さなきゃいけないんだろ?」
チゴルの言う通りだ。
先ずはディアを探さなければ、心配だ。
シンバ達は、頭を抱え、塞ぎ込んでる男を一人置いて、その部屋を出た。
暫くすると、その部屋のドアが再び開き、男は断末魔の悲鳴を上げたまま、その苦痛と涙で歪んだ首はコロンと床に転がった・・・・・・。
左手の甲に刻まれたD.Pの極印は血塗れている――。
「ディアーーーーーー!」
その声に返事をした声が聞こえた。
「シンバーーーーーー!」
振り向くと、ディアが息を切らせ、走って来る。
「シンバ! 大変なの! 署長も同僚も、みんな、みんな死んでるのよ!」
「うん! ディア、人影とか見なかった?」
「誰も見なかったわ。みんな死んでて、生きてる人なんていないわよ」
パニック状態の早口で、ディアがそう言うと、
「ねぇ、向こうも移動してたら、私達も移動してるから、行き違いとかあるんじゃないかしら? 手分けして探してみる?」
ベルカがそう提案をした。
「いや、みんな一緒の方がええやろ。その方が安全や。ディア、警備室に案内してくれや」
パインがそう言うと、
「そっか! 警備室でモニター見れば、誰がどこにいるか、わかるものね!」
と、ディアは頷き、警備室に案内してくれたが、モニターには何も映っていない。装置は全て壊れているのだ。
「クソッ! 映像が何も映らん!」
パインは苛立って、装置を打っ叩く。
「シッ! 静かにして! 誰か来るわ!」
ディアがそう言うと、皆、静かになり、耳をすませた。
コッ、コッ、コッ、コッ・・・・・・
足音は近付いて来て、警備室のドアの前で止まった。
キィィィィっと、静かに開くドア。
「ヴォルフ・・・・・・」
開いたドアの向こうに立つ影を見て、パインがそう呟いた。
その影が一歩一歩、部屋の中に入って来ると、それはヴォルフだが、ヴォルフとは思えぬ程の顔つきで、手は血で全て濡れている者だった。
元々、冷たい表情と目をしていたヴォルフだが、今迄以上に、温度さえ感じない程に冷たいオーラを身に纏っている。
まるでヴォルフのソックリな誰かが立っているようにさえ思えるくらい別人さを感じる。
「あなたが皆を殺したの!? 一体どういうつもり!?」
そう言って、銃を構えるディアを、シンバは強引に背後に引っ張りこんだ。
「何するのよ! シンバ!」
「ヴォルフさんはヴォルフさんだけど、今はヴォルフさんじゃないんだ。脳にユニットが埋め込まれてるんだよ。とにかく何を言っても無駄だよ」
シンバがそう言って、構えると、パインも構え、チゴルも構えた。すると、
「コロス・・・・・・。ニンゲンハ・・・・・・スベテコロス・・・・・・」
感情のない音声だけが流れるように、ヴォルフの口から、そう聞こえた。
「なんやと?」
パインがそう尋ねた瞬間、気付けば、チゴルを思いっきり殴り飛ばし、ベルカへと手を上げようとしているヴォルフがいる。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
チゴルの体が壁に叩きつけられ、ディアの甲高い悲鳴が響く。
ベルカは平然とヴォルフを見上げたまま。
ヴォルフは振り上げた手を、ベルカに振り下ろさず、ディアへと向かって来た。
「いやぁぁぁぁぁ!!!!」
逃げようと必死のディア。
ヴォルフを止める為、パインとシンバが、ヴォルフに飛び掛る。
「なんやコイツ、PPPの人間だけ狙っとるんか!」
「どうやってPPPの人間とそうじゃない人間の区別がつくの?」
「なんやろ? 見た目がきっつい奴とか、アカン奴とか、バグみたいなんがPPPとかか?」
そのパインの台詞に、
「どういう意味よ! ふざけないで!」
と、意外にも余裕のディア。
それはそうだろう、シンバとパインがヴォルフを押さえつけているのだ。
「ウ・・・・・・ガ・・・・・・・ガガガ・・・・・・」
暴れられず、ヴォルフは妙な音声を漏らす。
「ガガガ言うとるで、おい。声と言うより、口から、どっかの音が漏れとるんか!? コレどないすんねん、治るんやろ?」
「治すのはエンテさんじゃないとね。このままだと、暴れられて、連れて行くのは無理があるよ。壊そう」
チゴルがそう言うと、シンバとパインが、
「壊しちゃ駄目だよ!」
「壊さんでええがな!」
と、声を揃えて言った。
「ああ、違う違う。只、意識を失ってもらうんだよ。つまり、えっと、電源切っちゃうみたいな?」
チゴルの答えに、
「電源切るって言い方どうなのよ」
と、ディアが苦笑い。
チゴルはジーンズのポケットからナイフを取り出した。そして、その刃をヴォルフの後ろの首へと向ける。
「シンバ、しっかり押さえといて。ズレたら大変だから」
そう言われ、シンバとパインは、ヴォルフを更に力強く押さえつける。
全く身動きのとれないヴォルフは、なんとか動こうと、もがき始めるが、チゴルが首の後ろにスッと刃を入れ、中から一本のコードを取り出すと、それを切った。
するとヴォルフはガクンと力を失い、動かなくなった。
ずっと見ていたディアが自分の首の後ろを押さえながら、痛そうな顔をする。
「大丈夫だよ、D.Pに痛さはないからさ」
ニッと笑いながら、チゴルはそう言って、ナイフを仕舞った。
「D.Pの急所って首の後ろなの?」
ディアは、まだ首の後ろを押さえながら、そう聞いた。
「違う違う。いや、違わないかな? オレッチが持ってるナイフは、エンテさんからもらった、D.P手術用のメスみたいなもんなんだ。だから特別で、D.Pの肌の奥まで切れて、コードまで引っ張り出せるって訳。急所って言ったら急所だろうけど、このコードが切れても治るから急所ではないかもしれないし。そんな事言ったら、人間だって、首切られたらヤバいんじゃん? 人間と変わらないよ」
「まぁね」
ディアは、自分で尋ねておきながら、もうどうでもよさそうだ。
「まぁ、しかし、ヴォルフは治るんやな。ほな、良かった」
パインはそう言いながら、静かに動かなくなったヴォルフから離れる。
「エンテさんの所に行こう。このD.Pを治して、情報を得ないと! ランさんがどこに行ったかわからないよ!」
チゴルの言う通りだ。
ランだけではない、ウォルク、ロボの姿が見当たらないのが気になる。
皆、トロイの村にワープする事になった。
トロイの村は相変わらず子供達の無邪気な笑い声が聞こえ、優しい空気を感じる。
パインに背負われたまま、ヴォルフは、チゴルと一緒に、エンテの家へと向かう。
ディアとベルカは、その3人の後姿を見つめながら、別々に村の中へと入って行った。
――ディア。
――ベルカ。
どっちも重そうな雰囲気を背負っているので、シンバは、どちらも追いかけたいが、どっちを先に追いかけたらいいのか、わからず、オロオロしている。
子供達に手を引っ張られ、一緒に遊びに巻き込まれるベルカ。
作り笑いかもしれないが、子供達に笑いかけているベルカを見て、シンバはホッとする。
そしてディアを追い駆けた。
姿を消したディアは、探すと、民家の横に酒樽が並んでいる所にいた。
酒樽の上に座って、俯いているディアに、いつもの気の強さを感じられない。
近付いて、
「ディア」
そう声をかけると、顔を上げ、
「シンバ。どうしたの?」
と、笑顔を見せた。
シンバはディアの隣の樽に凭れながら、
「考え事?」
と、聞いてみる。
「うん。これからPPPはどうなるのかなって思って」
「どうなるって?」
「本部があんな風になっちゃって、私はその事を誰に報告すればいいのかしら。私って捜査官だとか言ってるけど、小さいなぁって思って。何にもできない。どうしたいいのかさえ、わからないの。私はPPPなのよね? PPPとして何をすべきなのかしら? こんな時、ホークなら・・・・・・」
「ホークなら、ディアを導いてくれる?」
ディアは、また俯き、わからないと言う風に首を横に振った。
「ディアはホークを信じてるんだね」
「わからないわ。只、ホークを捜してた」
「え?」
「PPP本部で、同僚達の死体を見ながら、どこかにホークがいるんじゃないかって、探してた。でも死体としてもホークはいなかったの。ホークは今頃どこで何をしているのかしら。PPP本部があんな事になっている事も知っているのかしら。不思議ね。仲良くしていたのはホークだけじゃないわ。でもホークが死んでいないかもしれないと思うだけで、涙さえ出ないのよ。同僚の死体を見ても、悲しみさえ湧かないの」
――PPP本部があんな風になった事をホークが絡んでいないと思ってる?
――まだホークを信じているんだね。
――それがキミの強さなのかもしれない。
――それは僕がまだ知らない人間の感情なのかな。
「ねぇ、シンバ、一人になりたいの」
「・・・・・・うん」
シンバは頷いて、その場を離れる。
一歩、二歩、三歩、そして、振り向いて見る。
ディアは俯かず、空を見上げている。
青く晴れた空を――。
赤い帽子を深く被り、シンバは走り出し、広い場所に出る。
子供達が輪になって遊んでいるが、そこにベルカの姿はない。
キョロキョロ探すと、木陰に腰を下ろし、あどけない子供達を見つめているベルカがいる。
傍に行くと、ベルカはシンバに微笑み、
「可愛いわね、子供って」
そう言って、シンバが木陰に入れるように、自分の腰を上げ、座る場所をずらし、ソッと隣を空けてくれた。
シンバはベルカの隣に座ると、木陰からチラチラ漏れる光を見上げた。
「帽子、取ったら? 日差し、そんなに強くないから木漏れ日が気持ちいいよ?」
「うん」
頷くが、帽子を取らないシンバ。そんなシンバにベルカはふふふと笑う。
「なんかシンバっていいね」
「なにが?」
「なんかね、シンバって太陽みたい」
「太陽?」
「うん。光り輝いて止まない太陽みたい。その赤い帽子、凄い似合ってるよ」
そう言われ、シンバは木陰から出て、太陽を見上げて見る。
眩しくて、顔がしわくちゃになる。そして、また木陰に戻り、
「太陽って赤いかなって思ったけど、赤くないね」
と、ベルカの隣に腰をかけながら言った。ベルカはそんなシンバが可笑しくて笑ってしまう。シンバは何をそんなに笑っているのかわからない。
「で、太陽、何色だった?」
ベルカの意地悪な質問。
「うーん、白かな。いや、オレンジ! あ、でもやっぱ赤いかなぁ?」
と、また木陰から出て、太陽を見上げに行くシンバ。
シンバはディアに何もしてあげれなかった自分が嫌で、そんな自分を隠すように、無理にはしゃいでいる。
「ねぇ、シンバ」
「あ、黄色?」
「私ね」
「あ、でもなんかやっぱり白かもしれない!」
「シンバと同じD.Pなんだ」
「あ、赤だ! 今、赤に見えた!」
シンバはそう言って、ベルカを見た。
真剣なベルカの表情に、
「・・・・・・え? 僕と同じD.P?」
と、改めて確認する。コクンと頷くベルカ。
「ごめんね、今迄、ずっと黙ってて」
人間だけを狙っていたヴォルフが、ベルカを襲わなかった訳――。
昔々の硝子の神殿の神がエッグを持っていた訳――。
シンバの中で、疑問が1つの答えと結び付く。
「極印は?」
「あるわ。でも私の極印はみんなとは違う場所にあるの」
「Dead Person?」
「うん」
「僕と同じ?」
「うん。シンバと同じD.Pよ」
「・・・・・・」
「シンバと同じD.Pで嬉しいのよ、私」
ベルカはそう言って、立ち上がった。そして、シンバの傍に来て、シンバの左手をそっと握った。極印のある左手を――。
「私、ずっと死者として生きて来て、そして、いろんな人に出会って来た。いい人にも悪い人にも出会って来た。催眠術だけじゃないわ。もっと酷い事もされて来たわ。どんなにいい人でも、私は誰の事も信じられなかった。そんな出会いの中で自分から、私がD.Pだと打ち明けたのはシンバが初めてよ」
信じる事を止めないディアと誰も信じれなかったと言うベルカ。
そんな二人を思うシンバは黙り込んでしまう。
「私、シンバに出会えて良かった」
「・・・・・・」
「シンバがシンバで良かった」
「・・・・・・」
「もっと早くシンバに出会えてたら、もっとシンバと沢山一緒にいれてたら、私、自分が生まれた理由に悩まなくて良かったかもしれない。私なんて壊れた方がいいんだって思わなかったかもしれない。シンバは太陽のように、生きている者に生きる力をくれる。私達が草木なら、シンバは光をくれる太陽。折れても、切れても、太陽に向かって、私達は諦めず伸びて行くの」
「・・・・・・どういう事?」
「シンバに出会ってから、私、生きようって思ってるって事!」
「当たり前だよ、そんなの・・・・・・」
「ふふふ、当たり前か。そうね、当たり前よね。生まれたんだもの、生まれた理由なんて関係ないわよね、生きる事に」
「理由がなきゃ生きちゃいけないの・・・・・・?」
「ううん、そんな事ない。そんな事ないんだって、シンバが教えてくれたのよ」
「僕が教えた?」
「うん。いつも一生懸命なシンバ。死者と極印を押されても、シンバは生きて見せてくれたの。シンバは私にとって、強い光り」
「・・・・・・」
「ごめんね。考えさせちゃうような事ばかり言ってるよね。困らせるつもりなんてないの」
「別に、困ってないよ。驚いてるだけ。僕自身の影響力に」
そう言って笑うシンバ。
「おーい、なんや、楽しそうやなぁ。邪魔やったかなぁ?」
そう言いながら、パインとチゴルがやって来る。ベルカはシンバの左手をパッと離した。
「シンバァーーーー!」
向こうから笑顔で駆けて来るのはディア。
一人で考え、答えでも出たのだろうか、ディアの笑顔は作り笑顔には見えない。
シンバの元へ息を切らせ、辿り着くと、
「遊ぼ!」
と、無邪気に言い出した。そんなディアに、シンバも笑顔で、
「いいよ、何して遊ぼうか」
と、無邪気に答える。
「ええなぁ、それ、俺ものった! ヴォルフが治る迄、時間かかりそうやし」
パインもノリノリだ。
「コル・カロリなんてどう? ビーチがあるしさ、バカンスにはもって来いっしょ。そこから都心まで車で1時間程度だし、車をレンタルしてドライブってのもいいよね!」
チゴルがそう言うと、
「コル・カロリ・・・・・・?」
と、ディアが眉間に皺を寄せ、また思い詰めた表情になる。
「なんや、なんかあんのか?」
パインが尋ねると、ディアは苦笑いで首を振り、
「ううん、私もコル・カロリ、賛成!」
と、言った。
「ほな、決まりやな」
パインがそう言うと、チゴルが、
「エンテさんに出掛けると伝えてくるよ。また、買い物頼まれそうだけどね」
と、走って、エンテの家に向かう。
「そのワープ装置って、どこにでも行けるのかしら?」
ベルカがパインの腕についているソレを指差して聞く。
「そうやなぁ、この横についとる小さいボタンで動くんやけどな、どうやら、この国が治めとる、もしくは手を組んどる国にしか行けんようや。しかも驚く事にやなぁ、地図拡大とか出来て、細かい場所まで指定できんねん。例えば、セギヌスの地図拡大で、ベータ街が出て来るやろ、更に拡大で、A-30って指定もできるんや。速攻でラオシューさんのアパートの前に瞬間移動できるっちゅう訳やな。せやけど、流石に建物の中に迄は瞬間移動は無理みたいや」
「そんな巧妙な物を作る技術があるなんて・・・・・・」
ベルカは不安そうに言いながら、しかし、下唇をギュッと噛み締め、それでも顔を上げた。
「大丈夫やて。そんな簡単に俺等D.Pが解明される事はあらへんて」
パインの慰め文句は在り来たり過ぎて、慰めにはなっていないが、ベルカは微笑みを見せる。
チゴルも加わり、皆、パインを掴んだ。
パインがワープ装置をいじると、目の前は一瞬で青い空と広い海が広がる。
「うわぉ! もうコル・カロリだよ! 凄いね、パノラマだよ! 空! 海! 暑い日差し!」
チゴルがこの景色に声を上げた。
「ホント、暑いね」
ベルカは眩しそうに手を額辺りに置き、目に影を作る。
ベルカの瞳がキラキラしていて、とても奇麗だ。
――あれ?
――ベルカの瞳ってグリーンブラックだ。
〝ああ、それにな、お前、その瞳の色、ヘーゼルだな。D.Pはブラウンと決められてるんだ。お前のような瞳の色のD.Pがいる筈がない〟
ラオシューが、シンバにそう言った事があった。
シンバはそれを思い出し、
「ねぇ、ベルカ、どうして――」
どうしてD.Pなのに瞳がグリーンブラックなの?と言おうとしたが、
「水着なんか買っちゃおうかな」
と、微笑みながら、ベルカが言うもんだから、
「水着!?」
と、驚いて、聞こうとしてた台詞が出なくなってしまった。
「オレッチは先にエンテさんに頼まれたモノを買いに行くよ」
チゴルはそう言うと、ショッピングに向かった。
「俺はレンタカーでも手配しとこか」
パインもそう言って行ってしまう。
「じゃあ、私はナンパでもされちゃおうかな」
と、笑いながら、ディアも行く。
「私は水着は冗談だけど、海を散歩して、貝殻集めなんてしてみようかな。シンバは?」
「え、僕? 僕は・・・・・・」
何して遊んだらいいんだろうか?とシンバは悩む。
元は、ディアが遊ぼうと言い出して、まさか、こんな所に来るなんて思ってもいなかったなどと思いながら、行ってしまうディアの後姿を見ていた。
「ねぇ」
「ん? 一緒に貝殻集める?」
「いや、あのさ、あっちって人気なくない?」
「え?」
シンバが指差す方を見て、
「あ、そうね、住宅街方向よね」
と、ベルカは答えた。
「住宅街? 住宅街でナンパされる?」
「ディアが心配?」
「え?」
「大丈夫じゃないかな? 一人になりたいって時があるんじゃないかな。いろいろあったんだし」
「・・・・・・そうかな」
――そうだろうか?
――確かにトロイの村で一人になりたいと言っていた。
――だけど遊ぼうと言い出したのもディアだ。
――それは今はいろんな事を忘れたいからなんじゃないか?
――忘れる為にはしゃぎたいんじゃないか?
――なのに、わざわざこんな所迄来て、一人になるのか?
「僕、ディアが心配だから行ってみるよ」
シンバはそう言うと、住宅街向けて走り出した。
「やっぱり行くと思った。だってシンバ、本当に太陽みたいなんだもん」
笑顔で、ディアは独り言を言いながら、太陽を見上げる。
「心の闇を持ってる人を照らそうとしてくれるのよね、シンバは」
ベルカのグリーンブラックの瞳がキラキラと光った――。
ディアを追い駆けて来たはいいが、ディアの姿は既に見当たらない。
左右に分かれ道を、どちらへ行けばいいのか。
石段となった道にシンバの影が揺れる。
「あれ? シンバ? 何してんだよ?」
「あ、チゴル! ディア見なかった?」
「見てないよ、そっち行っても何もないよ? こっちなら、まだ店があるけど」
「店?」
「うん、エンテさんにお土産、コル・カロリ名物ナッツチョコ!」
「チゴルは、店がある方に行ってたんだよね? それでディアは見なかったって言うなら、こっちだ!」
「おい! シンバぁ! そっち行ってもマジでなぁんもないぞぉー!」
シンバは更に住宅街の奥へと向かう。
また分かれ道。
勘で進んで行くシンバ。
もうディアとは擦れ違いになったのだろうと思う程、探し続けても見つからない。
高い坂道を目の前にして、一旦、海辺に戻ろうとして、ふと坂道の上を見た。
「ディア?」
トボトボと俯いて歩いて来るディアの姿。
「ディアー!」
その声に、ディアは顔を上げた。
駆けて来るシンバの姿に、ディアはぶわっと涙を流した。
「ディア? どうしたのさ?」
急に涙を流すディアにシンバは驚く。
「シンバ、ホークが・・・・・・ホークが・・・・・・」
「うん?」
「ホークが別人なの!」
「え?」
「コル・カロリは、ホークの故郷なの。私、ホークの履歴見た事があって、住所を思い出して、ホークの実家を訪ねてみたのよ。でもホークはPPPに配属が決まって直ぐに死んじゃったんだって! だからPPP本部に勤める事もなく、この世を去ったって言うのよ! ねぇ、私が知っているあのホークは誰なの? ねぇ、教えて、シンバ! ホークって誰なの? 私は誰を信じていたのよ!」
「・・・・・・ディア、落ち着いて」
「写真も見せてもらったわ、ホークよ! ホークだったわ! 教会にも行ってみたわ。本当にホークの名前を刻んだ十字架のお墓があったわ。ホークが死んでいるって事なの? でもホークは生きているわ! ずっと私はホークと一緒に事件を解決して来たんだもの! シンバだってホークが生きているのは知っているわよね!?」
「・・・・・・ホークはもしかしたら」
「もしかしたら?」
――言えない。
――ずっと思って来た事がある。
――でもディアには言えない。
「おい! お前等こんなとこにおったんか! なんや知らんが、あっちこっちに黒服の男が警備に立っとんねん!」
パインとチゴルが、シンバとディアを見つけて、走って来た。
「あれ、State PPPじゃないかなぁ。ちゃんとは見れなかったけど、胸に龍の紋章バッチがついてたような気がしたし」
チゴルがそう言った時、ディアが、
「そうよ、そうだわ、State PPPに話してみるわ」
と、フラフラと歩き出す。
「待って、ディア!」
「離してよ!」
「待ってってば!」
「シンバ、私はあなた達の事を話す訳じゃないの! だから離して!」
「離さない! だってディア! もっとディアらしく考えてみなよ! State PPPに話して、何かが解決する事なの? それよりもどうしてState PPPがここに現れたの? 僕達に関係があるんじゃないかって思わない? この国に何かが起こっているんだよ!」
「そんな事知らない! 私は私がこれからどうするべきか、State PPPに報告をして、指令をもらうだけよ!」
「・・・・・・わかったよ」
シンバはディアの手を離した。ディアは離してもらえたのに、行こうとせず、泣きそうな顔でシンバを見ている。
「行きなよ。もう止めない。誰もがみんな、そうだよね、誰かに命令されなきゃ生きれない。ディアがそれをわかってくれただけでいい。D.Pと人間、何も変わらないって思ってくれるだけでいい」
「・・・・・・さよなら」
「バイバイ」
シンバが手を振るのを見て、ディアは走り出した。
「おい、シンバ、ええんか?」
「うん、多分、戻って来るよ」
「偉い自信やなぁ」
「だって、ディアが一番信じてた相手、D.Pだもん」
「ホークって奴の事か?」
パインがそう尋ねると、シンバはコクンと頷き、
「多分ね」
と、答えた。
「やっぱ、そうやろうなぁ、D.Pの俺等より強い奴が人間な訳あらへん」
パインに驚きはなく、納得するだけだった。
「ベルカ!」
突然、チゴルが声を上げる。
「シンバ! ベルカは? 心配じゃない?」
「うん! ベルカは海辺にいると思う! 行こう!」
「あほぅ! 迂闊に海辺まで走って行けるか! State PPPが何を目的にここに来たんか知らんけど、こういう時はワープや」
パインがそう言うと、シンバとチゴルは頷き、パインに掴まった。
ワープ装置をコル・カロリに合わせ、更に地図拡大で、絞込み、海辺に針を合わせる。
一瞬で海辺に着いたはいいが、目の前に、アルコンの姿!
ワープがいいと判断した事が裏目に出たようだ。
アルコンの背後には、黒服の者達が数人いる。
皆、胸に二匹の龍が向かい合ったバッチをしている。
その龍は青い龍で、聖龍を表している国家のバッチだ。
「不思議な事もあるものだ。空間を捻じ曲げて、ガラクタ同然のD.Pが現れるとは。そういえば、瞬間移動盤がひとつ失われたと報告があったが、キミ達は盗み迄しているのか?」
アルコンがそう言い、シンバ達を見ている。
――ワープ装置、瞬間移動盤って言うのかぁ。
などと、シンバが思っていると、
「全く、ガラクタはやる事もゴミ同然だ」
と、見下すアルコンの発言に、
「そういうアンタは誰なんだよ! ウロチョロと何者なんだよ!」
と、チゴルが噛み付いた。
「彼の名はアルコン。私と対で創られたDead Personよ」
シンバ達の背後から、ベルカが現れ、そう言った。
「Dead Person!?」
ベルカがD.Pだった事にか、アルコンがD.Pだった事にか、そのどちらもなのか、パインとチゴルは揃って驚きの声を上げた。
「私達はこの世で一番最初に生まれたD.P。言わば、試作品よ。この世に多く普及されたD.Pが完全体ならば、私達は完全ではないの。私達は私達を生み出したエステルと言う人間の下、アンドロイドの研究を続けたわ。どうしたら人とアンドロイドが差別なく暮らせるか。どうしたら愛を育てられるか。どうしたら平和が来るのか。ある日、アンドロイドを戦争に使えるようにと、国家から命令を受けたの。私はこの国だけがアンドロイドを使ってしまえば、戦争に使われてしまうと思い、アンドロイドのデーターを世界中に流したわ。あっという間にアンドロイドは世界中で生まれた。そのデーターは小さなチップに込まれていて、それを解読しようと、チップを解体する学者は世界中にいたようだけど、それを解体し、理解できるのはエステルだけだった程の難しすぎるチップだった。その為、チップはコピーして使われ、コンピューターから大量生産されたアンドロイドだから自動的に人間の命令は絶対である、戦闘能力に優れいているなどがインストールされたわ。私が流してしまったデーターは、エステルが、戦争用に考えたものだったから・・・・・・」
海風が強くなって来た。
だが、誰も何も言わず、まるで時間が止まったように、ベルカを見ている。
「知らなかったの、戦争用に考えたアンドロイドのデーターを流していたなんて。悔やんだわ。だけど、エステルは私に、それも完成度の低いものだから大丈夫、いつバグが起きても不思議じゃない。アンドロイドには感情があるのだからと言ってくれたわ。幸い、世界中でアンドロイドが生まれた結果、戦争は免れたわ。只、それぞれの国でアンドロイドを使った犯罪が増えるようになったの。やがてアンドロイドは人殺し迄するようになり、人間は、アンドロイドを操った人間を恨まず、アンドロイドを憎み出すの。アンドロイドは痛さがない為、どんなに痛めつけてもいいと言う条例も出され、人間とアンドロイドの区別をつける為に死者の極印を手に押される事になったわ。その内、そんな理不尽な攻撃に、アンドロイドは人間の手から離れ出した。いいえ、人間を憎むアンドロイドの心を利用した人間もいたわ。結局、アンドロイドは命令でしか動けないから・・・・・・」
ベルカの瞳にはアルコンが映っている。
アルコンだけを強い眼差しで見つめている。
これは全てアルコンへの言葉なのだろう。
「エステルは只一人アンドロイドを解明できる人物として、様々な国の研究所への誘いを受けたわ。エステルには子供いた。なのに、エステルはどの国でも重宝される程に、どの国へ行かれても困る存在だった。だから暗殺された。暗殺命令を受けたD.Pに。そうよね? アルコン。あなたは国と手を組んで、エステルを殺したのよね!」
「強くなりましたねぇ、ベルカ。まるで別人のようだ。ベルカにソックリな誰かって事はありませんよねぇ?」
「私は変わったわ! シンバに強さを教えてもらったの。もう逃げない! 逃げても、いつかは解明されてしまうなら、私は立ち向かうわ! 確かに私は世界中にアンドロイドのチップを流したわ。私がして来た事で、どんなに罪を感じ、私さえ余計な事をしなければとずっと思って来た。どうして私は生まれたのかと泣いた日もあったわ。でも世界中にアンドロイドを創ってくれた御蔭で、シンバに会えた! 今はそう思えるの。エステルに私を創ってもらえて感謝してるわ。アルコン、あなたはエステルを殺した罪を感じてるの?」
「遠い昔の話過ぎて、何の事やら」
「とぼける気?」
「いいえ、本当に覚えていないんですよ、私自身、D.Pである事も。私は人間じゃないんですか? でも覚えている事もある、あなたが鍵だと言う事を」
「・・・・・・」
「エステルは誰に殺されたのか、本当に覚えていませんが、殺される事を知っていたんでしょう、殺される間際、アンドロイドの解体全てを闇に葬る為、この国の研究所のある部屋に全てを葬った。その部屋は抉じ開けようものなら、中のコンピューターが自爆するよう仕掛けてあり、面倒な事に、鍵でしか開けられないようになっている。そのコンピューターへのアクセスも外部からはできない。その研究所が今どうなっているか知っていますか? 少しの揺れでもコンピューターが自爆してしまうのではないかと、今では只の廃墟ですよ。国の紋章も昔のままだ。鍵ではないと駄目なのです。ベルカ、あなたにその鍵となるよう、エステルは、あなたの瞳に死者の極印を入れたんじゃないですか?」
「・・・・・・そうよ」
「そして、あなたは逃げた。どこまでもどこまでも。よく逃げ切れましたよね。いや、逃げ切れた訳ではない。鍵の謎を解くのに時間がかかっただけだ。そして、今、ベルカを迎に来たと言う事の意味はわかるかな?」
「ちょっと待てよ! 迎に来たって、どうしてベルカがここにいるってわかったんだよ!」
シンバはアルコンを睨み、そう聞いた。
「いい質問だ。こちらも話やすいよ。あるD.Pに発信機付きのユニットを頭に埋め込んだんです。暴走するのはわかっていました、そのD.Pがキミ達の仲間だと言う事も。無論、ほしいのはベルカだけではない。ユニットを簡単に取り外せる技術を持った者の存在だ。キミが壊れずに動いていると言う事は、そういう存在がいると言う事だろう?」
アルコンはパインを見て、フッと鼻で笑い、言った。
「村でオレッチ等の居場所を聞いたって事か!? エンテさんに何かしたのか!? 子供達は無事なのか!?」
チゴルが大声で問う。
「エンテと言う女は技術者として、こちらも必要だ。D.Pを解明できて、それを理解出来る者がほしいからね。その点では安心したらいい。あの女は無事だ。だが、子供達はベルカが大人しく我々と共に来てくれれば、無事に返してあげてもいいんですが・・・・・・」
「俺等の事をガラクタやのゴミやの言う割には、アンタも充分、ゴミが腐ったような卑怯な手口で来たもんやな」
パインが吐き捨てるように言うが、アルコンは無反応だ。
只、ベルカをじっと見ている。
「私が行けばいいのね?」
その台詞を待っていたとばかりに、アルコンは微笑する。
「駄目だ! 行っちゃ駄目だよ!」
シンバがベルカを止めるが、
「シンバ、トロイの村の子供達が心配なの。私なら大丈夫よ」
と、ベルカは言い、一歩、一歩、アルコンに近付いて行く。
「待って! 待って、僕も! 僕もベルカと一緒に行くよ!」
そんな事を言い出すシンバに、ベルカは驚いて足を止めた。
「悪いが、余計な者はいらない。キミ達も心配する必要はない、ベルカは大切な鍵だ。何もしやしない」
アルコンはそう言うと、ベルカに手を差し出した。
「・・・・・・アルコン、私が鍵だと言っても、私一人では開かないわ」
「ええ、勿論です」
アルコンは頷き、ベルカに差し出した手を一旦胸倉へ入れたかと思うと、3つの宝石を取り出して来た。
「それはPPPのホークとPeaceのシスターのシープって奴が持ってる筈!」
シンバがそう言うが、宝石は確かにアルコンの手の中で輝いている。
青い色をした宝石エステル。
赤い色をした宝石イー。
無色の宝石エッグ。
ベルカは顔を強張らせたまま、一歩一歩、後ろへ下がり出した。
「ベルカ、逃げるなら逃げてもいいが、キミが逃げた所で、何人の者が血を流すか考えるんだ。それに私は力尽くで拉致・・・・・・などと言う事はしたくないんだよ。わかるだろう?」
その時、
「ベルカが素直にあなたについて行ったとしても、それは脅しとなり、誘拐となるわ!」
と、ディアが現れた。
「私はPPP本部の捜査官です! 今、ここであなたを捕まえる事もできます!」
と、言いながら、手錠出す。
「PPPか・・・・・・。そんな組織もありましたね」
「なんですって!?」
「お嬢さん、何か勘違いしているんじゃないでしょうか? これは事件ではありません。国を変える力、世界を手にする力、大いなる力の源となる話です。まだ発表はされていませんが、世界は私達の手で変わるんです。もう小さな組織を動かす事など、必要ない」
ディアは銃を構えたが、ベルカが、
「やめて! もういいの! 私、アルコンと行くわ」
と、アルコンへと再び歩き出す。
そして、アルコンの目の前で止まり、
「あなたは間違っているわ」
悲しそうに言った。
「そうですか、私は間違っていますか。だから何なんですか?」
そう問うアルコンも悲し気に見える。
「お前達はこの者を捕らえよ。ベルカと私は研究室へ向かう」
アルコンは手首にはめているワープ装置、いや、瞬間移動盤を動かし、ベルカの肩を掴んだ。
ベルカが振り向いて、シンバ達に優しく微笑む。
今、アルコンとベルカの二人の姿が消える。
「・・・・・・やっぱり行っちゃ駄目だよーーーーっ!!!!」
シンバは空間の歪みに飛び込んだ!
シンバの姿も消える。
「シンバ! あほが! どこへワープしよったんや!」
「アルコンやベルカとは違う所で落とされてるか、体が次元に挟まってしまっているか、分解されちゃうか・・・・・・」
チゴルが小さい声で、そんな事を言い出す。
「・・・・・・神様はなぁ、ええ子にそんな仕打ちはせぇへんって決まっとんねん。恐らく、どっかで落とされとるな。ここを片付けたら、俺等も行くか」
「行くってどこへ?」
「ヴォルフが気になる。一旦、トロイへ戻る。んでもって、二匹の獅子に心当りあるんや」
「二匹の獅子? 龍だろ? あれは国家の紋章だぜ?」
「あほぅ、前の国の紋章忘れたんかい!」
「オレッチ、あんまりそういうの気にしないで生きてたからなぁ」
「お喋りしてないで、サッサとやっつけちゃいなさいよ! この黒服共を!」
ディアが叫んだのを合図に、パインとチゴルは戦闘態勢に入った!
シンバはパインの言う通り、只広い野原に落とされていた。
ムクっと起き上がり、辺りを見渡す。
広い広い草原。
草が、風で、同じ方向へ皆、流れて行く。
「僕ってすっごい頑丈じゃない?」
どこも壊れていない自分に、独り言。
「でもここ、どこなんだろう?」
帽子が風で飛ばされた。
帽子が飛んで行く方向に、石が積み重なって出来た建物を発見する。
帽子を追い駆けながら、そこに近付いて行く。
まるで遺跡のようだ。
足元に落ちている帽子を拾い、被って、建物を見上げる。
二匹の獅子が向かい合った紋章がある。
「僕の剣の柄の所にあるのと同じだ!」
その時、背後から誰かが来る気配に、シンバは振り向く。
それはウォルク!
そして左右からも誰かの気配に、向くと、ランとロボの姿。
建物の中からは、ホークとシープが出てきた。
「黙って去るなら見逃してやってもいい」
そう言ったホークをシンバはキッと睨んだ。
「また変なモノをウォルクさん達の頭に埋め込んだのか!? お前達も本当はD.Pなんだろ!? どうしてこんな事するんだよ! 僕達は同じD.Pなんじゃないのかよ!」
「ほぉ、俺達がD.Pだとわかったのか。一生懸命に健気に頑張るだけが取り得の鈍い馬鹿な子供だと思っていたが、それなりの頭の回転の速さを持っているみたいだな」
「私達はパーツを取り替えられた人間の登録書を持っているD.Pですの。シープと言う人間が大聖堂のシスターとしていたんですのよ。そのシープを殺し、そのシープそっくりな顔に造った面となるパーツを顔に嵌め、D.Pと極印された左手を極印のない左手に変えれば、私達の出来上がりって訳ですの。私達はそうして国家研究所で容易く創られた人間の登録書を持ったD.P。パスポートもあるんですのよ」
「そして、俺達は国家の頂点を簡単に動かしているアルコン様の下で働いている。アルコン様の命に従い、ここは一歩たりとも、誰も通す訳には行かない」
「・・・・・・ここにアルコンがいるのか。なら、通るっきゃないじゃん!」
シンバは、剣を抜いた。
「フッ、少し、このガキと遊んでやれ」
ホークが、ウォルク、ラン、ロボに、そう命令し、その3人がシンバ目掛けて来た!
だが、シンバはサッと避け、ホークに突進!
まさか、シンバが3人の攻撃を避けられるとは思わず、ホークは驚きの余り、逃げ遅れる。
「お前が僕と遊んだらどうなんだよ! 高見の見物なんてしてないで、少しは自分で動いたらどうなんだ!」
シンバは、そう吠えながら、剣を振り上げた!
ホークはそれを腕で受け止める!
剣が腕にバキッと言う音を出し、減り込んだが、痛さはない。
ジジジッと電流が溢れ出る。
「少しはやるようになったじゃないか、だが、わかってないな、早く剣を抜け! このまま、俺の腕を切り落とす前に、電流が剣に流れて、お前がショートするぞ」
「僕の心配してるの? でも自分の心配したら?」
怖くなる程の、余裕あるシンバに、ホークは、なんだコイツ!?と、顔を歪める。
ホークとシンバの距離が近すぎて、ウォルクもランもロボも、シンバへの攻撃ができず、ホークの命令待ちとなる。
ホークはシンバを突き飛ばそうと、足で何度も蹴り付けたが、その蹴りにも負けず、シンバは剣を離さずに更に力任せに腕を切り落とそうとしている。
その根性に勝てそうにない。
「コイツ!?本気か!?」
シンバは本気で、ショートしてもいいと思っている。
「俺の腕を落とした所で何も状況は変わらないぞ!!」
それでもいいと思っている。
「嘘だろ!!?おい!!離せ!!なんだコイツ!!?打たれ強いにも程がある!!」
ホークがどんなにシンバを殴ろうとも、蹴ろうとも、シンバは剣を離さない。
シープは腕を組み、にやにや笑いながら見ているだけで助けてくれそうにない。
「何をしている! コイツを壊せ! 俺に多少なら攻撃が当たってもいい!」
ホークは堪らず、ウォルク、ラン、ロボに、そう命令をする。
3人はシンバを取り囲み、ボコボコに殴る蹴るの攻撃。
「はーっはっはっはっは、馬鹿が! そのまま壊れてしまえ! よぉし、そのくらいでいいだろう、そろそろ動かなくなったんじゃないか? 剣を抜くから、お前等は離れていろ」
3人は、その場を離れる。
シンバは剣を握ったまま、動かない。
「はーっはっはっはっは! この身の程知らずが! 馬鹿は考えなしに動くから怖い! はーっはっはっはっはっは・・・・・・」
ホークの馬鹿笑いが止まった。
服もボロボロになり、電流も漏れて、体中に光が走っていて、壊れたかのように思えたのに、シンバの瞳がキッと動き、ホークを睨んだからだ。
「お、お前、こ、壊れてないのか・・・・・・」
「どうかな、人間みたいに血は出ないけど、電流が溢れているし、でも生憎、痛さを感じないんでね、なんともない。戦闘能力もないけど、どうやら、打たれ強いみたいだ。次からは一生懸命に健気に頑張るの他に、頑丈ってのも取り得に入れといてよ」
そう言ったシンバに、ホークはゴクリと唾を飲み込み、シープを見る。
「やめてよ、そんな目で見られても困るわぁ。あなたが敵わない相手、私が敵う訳ないじゃないのぉ」
「・・・・・・ふ、二人で闘うんだ!」
「二人で? 二人でって私とあなたって事? 無理でしょお? だってチームワークないでしょ、私達。チーム組ませたら、その3人でしょお? それで敵わないんじゃあ無理でしょお」
「じゃあ、どうするんだよ! 俺の腕がなくなったら、バトルも満足にできないだろ! バランス悪くなるんだし!」
「吠えないでよ。あなたの事はここで足止めを頑張ったって伝えておきますわ。運が良ければ、また新しい腕でも付けてもらえるでしょ。では、さようなら」
シープはそう言うと、建物の中へ入って行った。
「くっ! あの女!」
「どういう気持ちだ!」
「なに!?」
「どういう気持ちだよ! 仲間に見捨てられるっていうのは!」
「・・・・・・」
「ディアを手駒にしたお前自身も手駒だったって訳だ。反省するなら許してやる!」
「・・・・・・許してやるだとぉ!? この俺がお前のようなガキに何の許しをもらわなきゃならないと言うんだぁぁぁぁ!!!!」
ホークはそう叫ぶと、自分から腕をもぎ取った!
シンバの剣に減り込んだままの腕は、もうホークから離れ、ホークの肩から腕はなく、電流が激しい音を鳴らしながら溢れている。
「腕がほしいならくれてやる。お前のようなガキには調度いいハンデだ」
「それはどうも」
シンバはそう言うと、剣に減り込んだままのホークの腕を、刃から外そうとして、なかなか外れず、ガチャガチャ音を鳴らしながら、なんとか引き抜き、そして腕をゴミのように捨てた。腕は地に転がると、電流が流れ出し、光り出し、焦げたニオイを出す。
腕がなくなると言う事は、体の保ち方が今迄と違い、バランスを崩す。
ヨロッとしながら、ホークはシンバに一歩近付いた。
シンバは、そんなホークに剣を構える。
「優越感を感じるだろう? 今なら、確かに俺は赤ん坊より弱いだろうなぁ。お前にも簡単にやられてしまうって訳だ」
「だからなに? お前なんかに同情なんてしないよ」
そう言ったシンバに、ホークは舌打ちをする。
「どんなに哀れに思っても、可哀相って気持ちよりも怒りが止まらないんだ! お前は顔のパーツを変え、ホークっていう人間そっくりになって、PPPに入り込み、ディアの気持ち迄も弄んだ! ディアは今もまだホークって人間を信じてる! お前がホークって人間にならなければ、ディアは、本当のホークって人に出会えてたかもしれない! 騙される事もなく、傷付く事もなく、行き場を失う事もなく!!!!」
「・・・・・・くっくっくっくっく」
ホークは喉の奥で笑いを堪えている。
「なんだよ! 何が可笑しいんだ!」
「あーっはっはっはっは!」
もう堪らず、大声で笑い出すと、にやっと微笑し、シンバを見て、
「いいぞ、俺を斬り壊せばいい」
と、抵抗はしないと言う風に、片方の腕を広げ見せた。シンバは眉間に皺を寄せる。
「俺はお前が哀れでならないよ。そうだろう? 俺にそんな事を言うと言う事は、自分を本物のシンバだと? まぁ、お前の正体を知ったのは俺も最近の事だ。だが、知った時は、俺はお前とは仲良くなれる気がしたんだ」
「何言ってんだよ!」
「くっくっくっくっく・・・・・・」
ホークは喉を鳴らしながら、ヨロヨロとシンバに近寄って来る。
そして、構えたシンバの剣の先を、自分の腹部へと招き入れた!
ジ・・・・・・ジジジッ・・・・・・
ホークの腹部から電流がジワッと溢れる。
「な・・・・・・何して・・・・・・!?」
「もうすぐ会えるよ・・・・・・」
「な、なんだって!?」
「本物のお前に・・・・・・」
「本物の僕!?」
「その時、お前は自分がどんなに哀れか知るだろう・・・・・・。どんなに生きる理由などなかったか知るだろう・・・・・・。自分が創られた、くだらない理由に怒りが止まらないと言う恐ろしい感情を知るだろう・・・・・・」
ホークの口から電流が漏れ始める。
「お、おい! もういい! 剣を抜くから離せ!」
そう言っても、ホークは自ら、シンバの剣を腹部に差し込ませ、離れる気はない。
「お前は俺と同じになるんだよ・・・・・・」
「何言ってるんだよ!」
「自分がされた仕打ち、運命、与えられた物が、どんなに屈辱か、それを誰かに知ってもらう為に、お前も誰かを傷つけ、喜ぶんだ。痛さをわかってもらえるなら、それでいい。そうだろう? 痛さがわかる人間を傷つけなきゃ、どれだけ痛いのか、わかってもらえないじゃないか・・・・・・」
ホークの声はどんどん小さくなって行く。
「お前はいつか俺に言ったな。〝僕は駒扱いされた事なんてない、僕は僕として生まれ、僕として行動する〟と。馬鹿が、何も知らないだけだ。もうすぐお前が真実を目にし打ちのめされる事を想像すると、安らかな気持ちになれるってもんだ・・・・・・」
そう言うと、殆んどの力はなくなって機能停止状態になる一歩手前で、
「お前等!!!! このクソガキを壊れない程度に遊んでやれ!!!! 壊れちゃあ、これから知る、コイツの運命がつまらなくなるからなぁ!!!! 俺と一緒に腕くらいもぎ取ってやれ!!!!」
と、最後の力で、そう吠えると、今度こそ、カクンと跪き、ホークは壊れた。
ウォルク、ラン、ロボが、最後のホークの命令に動き出す。
シンバはホークの体から剣を抜いている暇もなく、建物の中に逃げ込んだ!
影に潜み、ウォルク、ラン、ロボの3人が通り過ぎて行くのを見て、シンバはホッとする。
そして3人が行った方向とは逆へと進む。
「・・・・・・ベルカがこの建物のどこかにいるのかなぁ」
壁も床も全て石で出来ている、この建物はひんやりと空気が冷たく沈んでいる。
ドアというものは、元からないのか、それともなくなったのか、どの部屋も丸見え状態だが、どこも暗く、シンとしている。
部屋によっては黴臭かったり、異臭がする所もある。
暫く歩いていると、声が聞こえ始めた。
「何故だ! 何故なんだ!」
と、それは怒っているような、途方に暮れ、困っているような、そんな吠えている声。
上と下に繋がる階段があり、声のする方向は下だった。
シンバは、ゆっくりと階段を下りて行く。
地下は明るく、壁についた蝋燭が灯っている。
そして、シンバは、アルコンが頭を抱え、背を丸くし、しゃがみ込んでいる姿を目にした。
「何故だ! 何故開かない!」
そう言いながら、髪を振り乱し、宝石を床に叩きつけている。
その横で、ベルカは左手で左目を押さえ、座り込んだまま――。
「・・・・・・ベル・・・・・・カ・・・・・・?」
シンバが恐る恐る声をかけると、ベルカは左目を押さえたまま顔を上げた。
「ベルカ・・・・・・左目・・・・・・どうかした・・・・・・?」
アルコンが握っている宝石をよく見ると、それはグリーンブラックの目玉だ。
「・・・・・・ベルカ? ベルカ! 目、見せてみなよ!」
シンバは、そう言いながら、ベルカに駆け寄り、左手をどかそうとして、
「嫌! やめて!」
と、拒まれる。
「・・・・・・ベルカ、左目、もしかして・・・・・・」
「・・・・・・扉が開かなかったの。それに逆上して、私の目を鷲掴みして・・・・・・。大丈夫、痛くないわ。只、目のない私を見せたくないだけ。ほら目をとられた時に、繋がっていたコードとかが切れて、そのまま出ちゃってるから・・・・・・見ないで・・・・・・」
そう言うと、ベルカはまた俯いた。
シンバはアルコンをキッと睨む。
アルコンは扉がどうして開かないのか、そればかりで、シンバなど、視界にすら入っていない。
「エステル(Esther)汝等(Ye)卵(Egg)の順じゃないのか? エステル、イー、エッグの順じゃないのかーーーー!?」
アルコンがそう大声を上げた時、
「それで合ってたよ」
と、その声に振り向くと――。
「・・・・・・おにいちゃん・・・・・・?」
シンバはそう呟く。
アルコンは取り乱していたのが嘘のように、スクッと立ち上がり、
「リオ様、それはどういう事ですか? 合っていた・・・・・・とは、どうして過去系なのですか?」
と、問う。
「それは昔の鍵だって事だ。鍵は付け替えた」
「付け替えた!? 馬鹿な!」
「鍵をなくして扉が開かないなら、新しい鍵に付け替えるのが普通だ。その扉のメインコンピューターに鍵を変えるようアクセスしただけだよ。宝石は庭に落ちていた石を3つ代用した。そして、その石に反応するEye Typeを創ればいいだけの事。確かにコンピューターにロックがかかってて、扉を壊す恐れがあり、誰もアクセスしなかったけど、扉が壊れても知ったこっちゃないと思ったからね、爆発して死んでしまうとしても、それでも良かったし。そしたら、意外にも簡単にアクセスできた。やはり昔のコンピューターだ。大した事はない。もう2年前の事だ」
「2年前・・・・・・。リオ様が私達から姿を消した頃ですね」
「・・・・・・そうだね」
「宝石を単なる石に代用していたなんて、思いもよりませんでしたよ。そんな大胆な性格だったとも知りませんでした。で、創った瞳は?」
アルコンがそう聞くと、リオは、チラッとシンバを見た。
「まさか、このガラクタに、その鍵となる瞳をとり付けたんですか・・・・・・」
溜息混じりに、アルコンはそう言うと、やれやれと言う風に額を押さえ、首を左右に振った。シンバは、どういう事?とオロオロするばかり。
「それでこの部屋の中身は!?」
アルコンが大声を出す。
「・・・・・・そこにいるじゃないか」
「そこ?」
「アルコン、お前が言う、そのガラクタが、その部屋の中身だよ」
リオにそう言われ、シンバは僕?と、またオロオロするばかり。
「なんだと!? このガラクタはあなたがシンバ様に似せて創った、あなたの願望だっただけじゃないと!?」
――シンバ様?
――なんで僕に様ってつけるんだ?
「意外と頭悪いんだね、アルコン。俺を温室育ちの世間知らずだと、よく言っていた癖に、その俺が工場にパーツが残っていたとしても、D.Pなんて創れると思う訳? この事実は直ぐにバレると思っていたのに、ここ迄、隠し通せたなんてね。その部屋の中には素人でも充分にD.Pを創り上げれるだけの情報量があった。今迄にないD.Pも創れる。アルコン、お前は、この世を変える為には戦争を起こし、全てを一度リセットしないと駄目だと言っていた事があったな。その部屋に眠っていた情報を手に入れれば、この世を全て焼き尽くすD.Pを誕生させる事も可能だろう。お前は自分の命令だけ忠実に従い、考える力を生まない為の感情のない、そういうD.Pを創りたかったんじゃないか? だから、その扉を開ける事に拘り続けた」
「・・・・・・リオ様も世界を変えたいとおっしゃっていたではありませんか。リオ様は何故このD.Pを創ったんですか。このD.Pは今迄のD.Pとどう違うのでしょう。あなたはこのD.Pを創った事で世界を変えれたんですか?」
「まだ目に見えて変わったとは言い切れないが、多分、変わる筈だと信じ、俺はシンバを創り上げた。革命を起こすに相応しい人物に、似せて」
――似せて?
――僕は誰かに似てるの?
「アルコン、確かに俺は世界を変えたいと言った。願いもアルコンと同じかもしれない。だが、手段が違う。お前は平和な世界を創り上げる為に、全てを殺すのだろう? 俺は平和な世界を創り上げる為に、全ての命を生かしたいんだ! 皆と手を取り合い、握り合う為に! ゼロからじゃない、今までの失敗も受け入れて、傷つけあって生まれた不安も悲しみも全て乗り越えて、人間もD.Pも、みんなで世界を創りたい」
リオがそう言うと、アルコンはフッと笑う。
「リオ様、この星にどれ位の国が存在すると思いますか? 我々の国と条約を結んでいる所もあるが、そうじゃない国もある。未だ戦争を止めない国もある。D.Pが地雷を外す役目をしている国もある。D.Pさえ存在せず飢えに苦しむ国もある。かと思えば、豊かな国もある。それでなくても、それぞれの国で存在しているD.Pと人間の対決は止まない。それ等を全て排除しないで、どうやって綺麗事のまま、生きていけるのでしょうか?」
アルコンは言いながら、オロオロしているシンバを見て、更に鼻で笑う。
「このガラクタは、世界を救う為に生まれたと?」
「ガラクタじゃない! シンバはヒーローとして創った」
「ヒーロー? 何を言い出すかと思えば。ここは笑う所でしょうか?」
「冗談で言ってない。シンバは命令なく、自分で善悪を判断する心がある。そして、優しくて、弱い者の味方になる性質を持ち、それはシンバの傍にいるD.Pには伝染する」
「伝染!?」
「シンバの中にはウィルスがある。そのウィルスは、D.Pとコンタクト、つまり会話をするだけで、感染する。感染しても直ぐに症状は出ない。感染されたD.Pは徐々に心を持ち始める。そして、そのウィルスに感染したD.Pは、更に他のD.Pにウィルスを撒き散らして、また別の者へと感染し、やがて、いつか全てのD.Pはシンバと同じような心を持つ」
「バグを起こそうと言うのですか」
「バグじゃない、本来のあるべき姿に戻ってもらうんだよ」
「・・・・・・わかりました」
「わかってくれたか!」
「先ずはウィルスを撒き散らされては困りますからね、もしかしたら私も既に感染してるかもしれません、だから、このアンドロイドを壊して、感染を阻止します。このアンドロイドと接近したアンドロイドも全て壊し、ウィルスを除去しましょう。アナタがこのアンドロイドに全てを託したモノは、このアンドロイドが――」
「アルコン」
「なんですか? 私の話はまだ途中ですが?」
「お前の話を聞いても意味がないんだ、だって、シンバを壊したら、全世界にいるD.Pが壊れるから」
「はい? 今、何と?」
「だから、シンバを壊したら、全てのD.Pが壊れる。シンバにはD.Pにはない筈の心音がある。その心音は電波として、全てのD.Pと繋がっている。シンバの心音が消えたら、全てのD.Pも壊れるんだ。そう設定した。だからシンバを壊して、シンバを調べる事もできない。つまり、シンバに手出しは絶対にできない」
「・・・・・・」
「アルコン、わかってくれないか?」
「わかりましたよ」
「本当にわかってくれたか?」
「ええ。リオ様にとって、わたしが悪と言う事がね」
「いや、そうじゃない、そうじゃないよ、アルコン・・・・・・」
「いえ、もうわかりましたよ、わたしとアナタは敵同士なんです。そして、アナタにとって、わたしは悪という存在なのでしょう。アナタと考えが違うと言うだけで」
「アルコン・・・・・・」
「確かに全てを殺すと言えば、悪に聞こえる。だが、こんな世で生きる事が果たしてそんなに大切な事でしょうか? ましてや生きるとは死ぬ迄の暇つぶしです。その暇つぶしさえ、苦しむ者がいるのです。それを守るあなたが正義だと言うのなら、わたしが悪だと言う事です。それもいいでしょう。わたしは考えを変える気はない。そして新たな計画が出来ました。あなたの、このガラクタへの想いがヒントとなり、今は、全てをリセットできる確信さえあります」
「・・・・・・アルコン・・・・・・何をしようと言うんだ・・・・・・」
「リオ様こそ、その胸の二匹の龍に誓った事をお忘れになったんじゃないですか?」
「・・・・・・」
リオは黙り込んだまま、俯いた。
コツ、コツ、コツと足音をたてながら、アルコンはリオに近付き、
「リオ様、わたし達は敵となっても運命共同体ですよね?」
そう言いながら、リオの横で立ち止まり、
「わたしはアナタの敵でしょうが、わたしの居場所は、この地位に変わりありませんから、アナタの命令で、そして、わたしなりの平和で、貴方に忠誠を示してみせましょう。今迄通りにーー」
そう言うと、階段を上り、行ってしまった。
シンと静まる――。
リオは無言で、階段の方へ行こうとして、
「おにいちゃん・・・・・・」
シンバに呼び止められ、足を止める。
「・・・・・・その女の子、目を何とかしなくちゃね。上に連れておいで」
ベルカは左手で左目を押さえたまま、右手だけで、床に転がっている宝石、エステル、イー、エッグ、そして自分の目玉を掻き集める。
シンバは目玉以外の宝石を拾うと、ベルカは目玉だけを右手の中にぎゅっと入れ込むように握った。そして、シンバはベルカを立たせ、リオについて行く。
階段を登り、リオに付いて行くと、そこには研究所みたいな部屋があり、今も使われている雰囲気があった。
「あら? キミ達」
と、そこにいたのはエンテ。
「エンテさん、どうしてここに?」
「長いストレートの黒い髪の、グリーンの瞳をした、黒いスーツ来た人に無理矢理つれて来られて」
アルコンの事だ。
「下のフロアの狭い部屋に閉じ込められたんだけど、開いちゃったのよ、扉。逃げようとしたんだけど、ここって、研究所だったのかしら? 興味湧いちゃって、歩き回ってたの。キミ達は? どうしてここに?」
「僕達は・・・・・・あ!それよりベルカの目が!」
「なぁに? どうかしたの?」
エンテは俯いてしまっているベルカに近寄って来る。すると、
「はじめまして、シンバの知り合いですか? 俺はリオ=ディップス=スティツです」
と、リオがエンテに握手を求め、そう言った。
エンテは、その手を快く握る。
「私はエンテ・エステル。アンドロイドの医師をしています。最も自己流ですが。失礼ですが、スティツって、この国の王族と同じセカンドですよね? その胸にあるエンブレムは国家の紋章。そうですよね?」
「・・・・・・アンドロイドの研究者ではなく医者ですか。調度いい、シンバ、彼女の瞳は、この方に診てもらった方がいいだろう。幸いここには、アンドロイドのパーツを創る材料もあるし、電流もある」
リオはエンテの質問には何も答えず、そう言った。
シンバは心配で、ベルカの傍から離れそうにない。
ベルカも、ますます俯くばかり。
「ベルカ、俯いてちゃ、エンテさん、診れないよ。手をどかして左目見せてごらん?」
そう言ったシンバに、リオが、
「シンバ。彼女はシンバに、多分・・・・・・今の顔を見せたくないんだよ、だから俯いてしまっているんだ。おいで、シンバに会ってもらいたい人がいるから」
そう言った。
「会ってもらいたい人?」
「ああ。それからエンテさん、ここの研究所、好きに使って下さい。D.P用の医療品なら、そこの棚に揃ってると思います」
そう言うと、リオは、奥の部屋へと行ってしまう。
深刻そうなリオに、シンバは妙な高鳴りを感じている。
想い描いた再会とは全然違ったのだ。
こんな重い空気の中で、体さえ、うまく動かない状態で、胸に何かに突き刺さっているような感覚。
会う迄、ずっと心にあった〝おにいちゃん〟の笑顔。
なのに再会してから、その笑顔が思い出せない。
もう難い表情しか思い出せない。
話したい事が沢山あった。
聞きたい事が一杯あった。
あった筈なのに、今は何も浮かばない。
怖いという感情だけがシンバを縛っているのだ。
だが、何が怖いのかさえ、全くわからない。
確かめる為に、怖さと戦いながら、シンバは奥の部屋へ向かった。
石の壁と床が続くローカは光が入り込むように、窓がある。
その奥は木の重い扉で閉ざされていた。
ノックをするが、返事はなく、そっと開けると、四角い部屋で、やはり天井も壁も床も石作りだ。
真ん中にはベッドがある。
所謂プリンセス・プリンスベッドと言われるモノで、フワフワのカーテンが天から落ちていて、全体をそのカーテンで包んでいるようなベッドだ。
そのベッドサイドの小さなテーブルには花瓶に入った花がある。
今、花びらが一枚、落ちた――。
シンバは中に入り、扉の動かす音を出さないよう、ゆっくり静かに閉める。
リオは窓の傍に立って、外の景色を見ている。
「・・・・・・おにいちゃん?」
シンバがそう呼ぶと、リオは振り向いて、
「ごめんな」
そう言った。
どうして謝っているのだろう?
ベッドの布団が膨らんでいる。
カーテンが邪魔をして、誰が眠っているのかハッキリとは見えないが、シンバはカーテンの隙間をジッと見つめる。
「おにいちゃん・・・・・・? 誰がベッドにいるの・・・・・・?」
黙ったままのリオに、覗いてもいいのだと知り、シンバはベッドにゆっくり近付き、そっとカーテンをどかし、見た――。
「・・・・・・僕?」
そこにはシンバにソックリな少年が眠り続けていた――。
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