7.Deadly

「その娘を渡してもらおうか」

パインはそう言い放ち、鋭い眼力で、シンバ達を見ている。

「・・・・・・パイン?」

――パインだけど、パインじゃない?

パインからはいつもの豊かな表情は全くない。

いつもの軽快な雰囲気もない。

いつものふざけた笑い声もない。

声さえ、別人に聞こえるくらいだ。

ジリッとパインの足が動き、シンバはベルカを背に隠し、

「渡さない! ベルカは渡さない!」

と、パインをキッと睨んだ。

その一瞬、10センチの間もない程、近くにパインの顔が現れ、気がつけば、シンバは飛ばされている。

回し蹴りがシンバの胸辺りに入って、その衝撃で飛ばされたなど、全然気がつかない程に素早い動きで、チゴルもランも唖然とする。

ベルカは飛んで行ったシンバに駆け寄り、

「シンバ! 大丈夫?」

と、手を貸す。勿論、痛さなどない為、どこも壊れていない限り、シンバは平然と起き上がる。シンバにぶつかって倒れた人の方が心配だ。

シンバは下唇を噛み締め、帽子を被り直し、パインを見る。

パインはベルカと離れてしまった為、ベルカを探す為にラオシューから情報を得た訳ではないのだと、シンバは悟る。

「ちょ、ちょっとパインちゃん、冗談やめてよ、笑えないわよ?」

そう言って、パインに近付くランが倒れる。

パインの動きが速すぎて、ランに何をしたのかわからない。

チゴルが怯えながら、ゆっくりパインに近付いて、倒れたランを背負い、

「逃げるぞ、シンバァァァァ!!!!!」

と、吠えた。

人混みを駆け抜けるランを背負ったチゴルとベルカの手を引くシンバ。

「兎に角、こんな人混みでどうしようもない! 被害が増えても困る!」

「うん」

「それにアイツ強すぎ! 有り得ない!」

「だってパインだもん」

「バカ! 自慢してどうする! 敵だろうが!」

「敵? 敵じゃないよ、パインは仲間だ! 僕の一番の仲間だよ」

「アイツから逃げながら言う台詞か? それにアイツはD.Pじゃない。戦闘マシーンだ」

「戦闘マシーン?」

「聞いた事があるんだ。戦闘マシーンというものがD.Pから出来る脳内コンピューターがあるって。戦闘能力を抜群に高められ、内面から変えるもので、生まれ変わる事ができ、それはD.Pとは違う。戦闘マシーンに感情の違いや個性などない。戦う事が全て。壊れる事も恐れない。しかもパワーとスピードは並外れ、いや、桁外れだ。それだよ、アイツは!」

「パインはD.Pだよ。もともとパワーもスピードも凄かったもん。だってパインだよ?」

「だよ?って言われても知らないよ! オレッチは初めて会ったんだから」

「本当のパインはあんなんじゃないんだよ。でも強いのはあんなもんだったけど」

「っていうか、戦闘マシーンじゃなかった時も強かったって事は戦闘マシーンとなったアイツは無敵じゃないかよ!」

「だから戦闘マシーンじゃないってば! もともとパインは無敵だもん」

「無敵が更に無敵か!? そんな奴から逃げれる訳ないだろ!」

「うん、そうだね。スピードもかなわない・・・・・・」

シンバとチゴルの前に立ちはだかるパイン。

辺りに人気はないが、誰かが被害を受けるなど考える余地はなさそうだ。

絶体絶命――。

「その女を渡せ・・・・・・」

パインは呟くように低い声で、そう言って、一歩、近付き、シンバ達は一歩下がる。

「D.Pは一度創られたものを改造する事はできないのよ、脳内にコンピューターを新たに入れる事もインストールし直す事もできない筈よ! 人間の脳と同じで、誰かの手で、記憶を消す事も書き換える事も出来ない! それに今となってはD.Pの一番複雑で一番細やかな脳を創る事もできない筈! 技術があっても知識の全てを闇に封じたんだもの!」

「ベルカ?」

「私がここにいる限り、扉は開かない筈なのよ! なのに、なのに、これはどういう事!?」

「ベルカ? 落ち着いて? 逃げ道、考えるから。きっと助かるから」

「助からないわ・・・・・・」

後退りしていたベルカの足が止まった。

「今、助かっても、もうどこにも逃げ場なんてない。平和なんてもう来ない。奇跡は起きないんだわ」

「何言ってるんだよ、ベルカ!」

シンバはベルカの手を引っ張るが、もう動く事もせず、立ち止まったまま、ベルカは全てを諦めている。

「なんだよ・・・・・・なんなんだよ!」

シンバはベルカの手を引くのを止め、怒り出す。

「シ、シンバ、キレてる場合か? 逃げた方がいいって。そのベルカって子、抱き抱えろ。オレッチはランさん背負ってるからシンバがやるしかない! ここは逃げた方がいい!」

「もう逃げない!」

「シンバ? 正気か? オレッチの言う事、よく聞いて判断しろよな!」

「僕は逃げない! 諦めたらそれで終わりなんだ! 奇跡が起きないなら、僕が奇跡を呼び起こす!」

「何言ってるんだよ、シンバ! オレッチは逃げるからな!」

そうは言うが、チゴルは逃げない。いや、逃げれない。

パインからは逃げれない、逃げる気力を失ったベルカと、逃げないで立ち向かうシンバを置いて、逃げる事はできない。

シンバは背負っている剣を抜き、それをパインの目の前で捨てた。

「なんのつもりだ?」

そう言ったパインの声と口調に、シンバは悲しくなる。

「僕は戦う気はない。パインを傷つける事はしない。言ったろ? 僕は戦う為に剣なんか抜かない。これは傷付ける道具じゃない。守る道具だ! 僕はパインを守る為に剣を抜く! パインを傷つけるなら剣はいらない。勿論、剣を持ってても、パインには掠りもしないだろうけど、でも約束したろ?」

「約束?」

「僕は変わらないって」

「!?」

「僕はずっと出来損ないだよ。ずっと何も変わらないまま、僕はパインと一緒にいたい」

そう言ったシンバに、パインの動きは一瞬止まったように思えた。が、シンバの服を、吹っ飛ばないように持ち、パインは右でシンバの顔面を殴り続ける。しかし、その攻撃は酷いようで、然程、凄まじくはなく、シンバを壊す気は全くないとわかる。やがて、服が破れ、シンバは殴られた勢いで倒れるが、直ぐに起き上がる。

蹴りが飛んで来るが、シンバはうまく避ける。

スピードにもキレがない。

シンバが軽く避けれるくらいだ。

それに3分の1の確率で、攻撃がミスり始める。

「パインらしくないよ! パインは正義の味方なんだから!」

シンバは攻撃を受けながら、吠え始める。

「いつだって僕の力になってくれる! 僕が倒れてたら、拾ってくれて、僕を直してくれた! 何もわからない僕に色々教えてくれた! 僕が組織のスパイだって追われる身になったら、パイン迄、一緒に追われる事になって、僕の傍にいてくれた! 僕が何もできないから! 僕が何も知らない馬鹿だから! 僕一人じゃ何もできなかった! パインがいてくれたから、僕は生きてこれたんだ!!!!」

パインの動きが完全に止まった。

「ちゃうやろ・・・・・・」

「・・・・・・パイン?」

「お前がおったから、俺は・・・・・・」

「パイン? パイン? パイン!!!!」

シンバはパインにしがみ付く。するとパインは額を押さえ、よろめいた。

「パイン! 大丈夫!?」

「誰が戦闘をやめろと命じた?」

その声で、シンバは背後に誰かいる事に気がつき、振り向いた。

「ベルカを手に入れろ、邪魔な者は消せ、壊れる迄、命令は聞くんだ」

その男はシンバの知っている男――。

「アルコン・・・・・・」

シンバはそう呼んだ。

だが、その男と緊迫した重い空気を味わってる暇もなく、パインが、

「う、うぅ、うが、ガァァァァァァァァァッ!!!!!」

と、頭を抱え、悲鳴を上げ始めた。

「パイン! パインどうしたの!? 苦しいの? 痛いの?」

「馬鹿が。D.Pに痛いも苦しいもない。ソイツの脳裏にある過去の映像が狂い始めたのだ。面倒だ、メモリー機能など、くだらない物がある事で、こうも簡単に壊れてしまう。人間もそうだが、思い出など、生きて行く上で必要ないだろう、今を生きてるのだから。なのに過去に捕らわれ、生きている者は壊れる。死者と名付けられた以上、死者らしいD.Pに生まれ変わらせてやったのにも関わらず、この始末」

「なんなんだよ、お前! パインに何したんだ!」

「もうソイツは役には立たない。壊れた只のマネキンだ」

「なんだと!」

シンバは剣を拾い上げ、アルコンに向けるが、アルコンは鼻で笑う。

「ベルカ、現代の力を持ってしても、D.Pを生まれ変わらせる事は難しい。D.Pの全てを解明できれば、D.Pを操る事も、いや、全ての人間やD.Pを、この手の中に入れる事も可能だろうがな。だが、よく考えるんだ、ベルカ。お前の仲間がこうしてまた実験紛いに使われ、消えて行く事をな。お前はそれにいつまで堪えれるかな? また、逢おう? ベルカ」

「待てよ! 待て! パインに何をしたんだ! おにいちゃんを何所へやったんだ!」

行こうとするアルコンに、シンバがそう吠えると、

「おにいちゃん?」

と、アルコンは足を止めた。

「パインを元に戻せ! おにいちゃんを返せ!」

「君はD.Pだろ。D.Pに肉親はない」

「おにいちゃんは僕のおにいちゃんだ! 工場跡地で一体何があったんだ! 僕の手の甲の極印は何故つけられたんだ!」

「ああ、お前はあの時のD.Pか。そうか、興味がなくて顔を見てなかったが、よく見れば、シンバ様じゃないですか」

「・・・・・・シンバ様?」

「ははははは、本当に面白いD.Pがいるもんだ」

「なんだよ! 嫌な奴だな! わかるように説明したらどうなんだ!」

「説明? 君が知る必要のない話だ。君は何も知らず、いつか眠るように壊れてしまえばいいのだよ、そう、そうだ、そういう演出をするのも面白いかもしれないねぇ」

嫌な笑いを浮かべるアルコン。

――コイツに何を聞いても、何も教えてくれないんだ。

――コイツは小さな者を自分の手の平で転がして喜んでいるような奴なんだ。

――コイツにだけは、絶対に負けない!!!!

アルコンの胸元に光る二匹の龍の紋章。

――僕の剣の柄の先端にある紋章と似てるけど違う・・・・・・。

シンバの剣の柄の先端にある紋章は二匹の獅子が向かい合う紋章。

アルコンは、只、睨むしかできないでいるシンバに、二ヤリと笑い、クルリと背を向けた。

そして行ってしまう――。

「パイン!」

シンバは、頭を抱え跪いているパインに駆け寄った。

「・・・・・・シンバ・・・・・・か・・・・・・?」

「うん! パイン、大丈夫!?」

「めっちゃ眠い」

「うん」

「寝てもええかな」

「うん、いいよ! 僕がパインを運ぶから安心して眠ってて!」

パインはコクリと頷くと、目を閉じ、ガクンと力を失った。

シンバは自分よりも大きなパインを背負う。

シンバの表情は、今まで見た事もない恐い顔で、チゴルもベルカも声をかけれず、黙って、ついて行く事しかできない。

倒れている者を背負っているのが二人もいるだけで目立つ。

タクシーやトレインには乗らず、セギヌス迄、ずっと歩いた。

休む事なく、只管、歩いた。

ランを背負っているチゴルもベルカも、シンバの思いのまま、何も言わずに歩き続ける。

やがてランが目覚め、一体何があったのか聞こうとするが、聞ける雰囲気ではなく、一緒に歩き続ける。

「シンバ、今度はオレッチが背負おうか? 疲れたろ?」

チゴルがそう言って、手を貸そうとしたが、シンバは首を振り、拒んだ。

「パインは僕が運ぶ」

シンバが、あれから始めて喋った台詞はそれだった。

日が落ちても、日が昇っても、一時も休む事なく歩き続ける。

背中で眠り続けるパインの呼吸音。

――きっと助けるから!

その想いは疲れさえ感じさせなかった。

セギヌスのラオシューのアパートに着くと、皆、ホッとしたのか、疲れきったのか、ペタンと座り込んだ。

ディアはまだ足が痛いらしく、ソファに座って、足を冷やしていたが、パインの為に、場所をあけてくれた。

パインをソファに寝かせ、シンバはベルカを見る。

ドキッとするベルカ。そしてベルカは目を伏せる。

「・・・・・・説明してくれるよね? ベルカ」

俯いて口を開こうとしないベルカに、チゴルが、

「ま、先ずはゆっくり休んだらどうかな? シンバも疲れてるだろ? あ、お前、疲れるって感覚がわかんないんじゃないか? 思考がぼんやりしないか? D.Pだって疲れるんだからな? 休まなきゃ壊れて動かなくなるぞ?」

と、明るい口調でそう言った。

「ベルカ、アルコンと知り合いなんだろ!? どうなんだよ! パインがどうなってるのか、ベルカはわかってるんだろ!? ちゃんと説明してよ!」

シンバは、チゴルが言った事など聞いちゃいない。

「僕もあの男、アルコンには一度会ってるんだ。僕が探してる人に逢える手掛かりになる事かもしれないんだ。パインだって、このままにしとけない。だけどそれだけじゃない! 僕はベルカの力にだってなりたいんだ!」

ベルカは顔を上げ、そう言ったシンバを見る。

シンバは相変わらず、恐い表情のままだ。

「・・・・・・オレッチの御主人様が言ってた。冒険とは常に死と背中合わせ。だが仲間という者は死の淵から助けてくれる。本当の宝とは目に見えない絆だってね。ベルカちゃん、シンバとは仲間なんだろう? その宝を自分から手離すような事はしちゃ駄目だよ」

そう言ってチゴルはベルカに、ニッと笑いかける。ベルカもゆっくり頷いた。

「アルコンは・・・・・・宝石を手に入れようとしてるの・・・・・・」

「宝石って、あの宝石?」

シンバがそう聞くと、ベルカは頷いた。

「エステルとイーとエッグ。それには意味があるの。エステルは歴史に残る人物の名前。イーは汝等。エッグは卵。〝汝等はエステルの卵である〟そういう意味なの。それはある扉の鍵になってて、その扉の向こうには、エステルの卵があるの」

「エステルの卵?」

シンバは首を傾げた。

「エステルって人を知らない? 歴史に名を残した有名な人物を――」

ベルカがそう言うと、

「オレッチの御主人様の遥か昔のご先祖様だ」

チゴルがそう答え、ベルカは驚く。

「そういえば、チゴルの住んでるトロイの村にいたエンテさんだっけ。あの人、エンテ・エステルって言うんだよね?」

シンバがそう聞くと、チゴルは頷いた。

「うん。その歴史に残ったエステルって名前の持ち主はD.Pをこの世に生み出した人だ。だけど、直ぐに暗殺されたんだ。自分が生み出したD.Pの手によって。エステルが生み出したかったものは、人殺しや争いの道具になるものじゃなかった。なのにD.Pは間違って扱われてしまった。アンドロイドが生まれた意味は様々あったが、どのアンドロイドも殺し合う道具になってしまうのが多かったんだって聞いてる・・・・・・」

チゴルがそう話すと、ベルカが、その話の続きのように、話し始めた。

「エステルは、自分が暗殺される事を悟り、D.Pの全てを解明できる解体データーを全て闇に葬ったの。だからエステルが消えて、その後、生まれたD.Pは結局、争いの道具になる能力のディスクをインストールされたD.Pしか生まれなかったの。それは人が創るのではなく、その創り方をインストールしたコンピューターがD.Pを創ったから。コンピューターから大量生産されたD.Pは、皆、バトルに優れ、皆、当たり前のように強さを身に付け、皆、それが普通だったの。そして、人間には逆らえないとインプットされていた。だけどD.P達には学習能力があり、感情もあり、この世界で生きて行く為には、インプットされた事でも、バグり始める者が現れる。そのバグを直せるのはエステルしかいない。つまり、エステルが持つD.Pの全てを解明できる解体データーがない限り、バグは直せない。バグを直す為だけに、その解体データーがある訳ではないの。解体データーを手に入れる事ができたら、今いるD.Pを自在に操る事も可能だわ。それだけじゃなく、新しくD.Pを創る事もできる。戦闘マシーンを創る事だってできるわ」

「戦闘マシーン・・・・・・」

シンバはそう呟き、ソファで眠っているパインを見る。

「エステルの卵っていうのは、D.Pの事よ。D.Pの全てを解明できる解体データーの事よ。私、今迄、何人もの死を見て来た。幾人もの死を見て、戦いを見て、人が殺され、D.Pが壊されるのを見て来た。誰も力なんて手に入れる事を考えちゃいけない、そう思うの。でも扉が開けられ、エステルの卵を手に入れる者が現れるんじゃないかって毎日が恐いの」

「でもベルカ、言ってたじゃないか、宝石が揃っても扉は開かないって」

「ええ。でもアルコンも言ってたでしょ、〝現代の力を持ってしても〟って。その内、扉を開けられるくらいの力は手に入れられてしまうんじゃないかしら・・・・・・?」

ベルカはそう言うと俯いた。

「扉所か、D.Pを解明する事だって、その内できちゃうんじゃないか? どっかの国家の秘密科学班とか凄い優れてるって話聞いた事あるし。やっぱりそれぞれの国では、他の国に負けないように力を手に入れようとするんじゃないか?」

チゴルがそう言うと、ベルカは涙をポロポロと床に落とし出した。

「うわ、違ッ! ごめん! うわうわうわっ! シンバ、どうしよう!」

ベルカの涙にチゴルは焦る。

沈黙だったランが、ベルカの傍に寄り、

「大丈夫よ、そんな簡単に解明されてたまるもんですか。私達には心があるんだから」

そう言った。そして、

「兎に角、3つある宝石の1つを探して手に入れたらどうかしら? 一つでも鍵である宝石があれば、安心するんじゃないかしら?」

と、言った。

「その前にパインの事だけど・・・・・・」

シンバがそう言うと、ずっと何も言わないで、只、見ていただけのラオシューが、

「さっきから気になってたんだがよぉ、パインの奴、呼吸停止が多いなぁ。コイツは寝てるだけじゃねぇ。脳の回線がショートしたか、神経ユニットに傷がついたかで、体を動かすという脳からの命令が、うまく伝わらず、寝る事しかできねぇんじゃねぇか?」

そう言って、シンバを見た。

「それってどういう事? パインはどうなるの?」

「言い難いんだがよぉ、パインは・・・・・・」

「ほなら言わんでええ」

と、パインが起き上がる。

「パイン!」

まるで懐いた子犬のように、シンバはパインに駆け寄る。

「なんやシンバ、その顔。久々にちゃんと逢おた言うのに辛気臭いやんか。もっと笑えや」

そう言って、パインは笑う。

「パイン! どっか痛いとか苦しいとかない?」

「あほ。D.Pにそんなんあるか」

言いながら立ち上がるパインは、フラッと倒れるように、再びソファに座り込んだ。

「パイン!?」

「でかい声出すな。心配ない。痛くもないし、苦しいもない。目がボヤけとるだけや」

「だが、壊れてきてるって事だろ、パイン。お前はその内、完全に呼吸停止し、動きも止まる。パイン、お前、もう終わりだ・・・・・・」

ラオシューは何もない壁に目を向けたまま、そう言った。

沈黙と、今にも泣き出しそうな表情のシンバ。

「あほ。シンバの前で変な事言うな。まだガキやから泣かれたらかなわん」

パインはヘラヘラと笑った顔でそう言うが、シンバは首をブンブン左右に振り、もう涙が溢れ出そうで、込み上げて来る想いと闘っている。

――泣かない! 泣かないで笑うんだ!

――パインに見せるのは笑顔がいいんだ!

そう思っても、涙を止める事はできず、ポロッとシンバの頬を大粒の涙が伝う――。

――ヤバイ! 大声上げて泣いてしまいそう!

落ちた一滴の涙は次から次へと涙を誘うように溢れて止まらなくなる。

帽子を深く被り、涙を隠そうとする。

「泣くのは早いぞ、シンバ」

チゴルのその台詞に、シンバは帽子を上げた。

「言ったろ、エンテさんはD.Pのお医者さんなんだ。まだ扉が開いてないと言う事は、エステルの卵はまだ扉の向こうにあって、誰の手にも入ってないって事だろ? それはD.Pの全てを解明してないって事だよな? だから今の技術で、D.Pをいじったって事で、D.Pをいじったのは今の技術。だとしたら、今の技術で直せるかもしれない。D.P専門の医学を持ってるエンテさんならさ!」

「でもアンタ、こうも言わなかった? 〝どっかの国家の秘密科学班とか凄い優れてるって話聞いた事ある〟って。パインちゃんが、その優れた所で改造されてたらどうするのよ」

「ランさん、オレッチがどこでその話聞いたと思ってるの? エンテさんはね、そういう組織の研究所に来てくれないかって言われる程の実力、技術、能力のある人なんだよ。でもエンテさんは、あの村を出たくないから出ないんだ。理由はそれだけじゃないけどね。やっぱり善良なD.Pの医者としてやっていきたいんだよ。科学じゃなく、医学として。ランさんだって、エンテさんに直してもらっただろ? 兎に角、行って診てもらおうよ」

チゴルがそう言って、パインに手を差し出した。

「・・・・・・お前は?」

「紹介がまだだったね。オレッチはトレジャーハンターのチゴル。同じD.Pだよ。シンバの仲間はオレッチの仲間だ。だから安心していい」

「シンバの仲間か・・・・・・ほなら安心やな・・・・・・俺はパイン。よろしゅうな」

パインはチゴルの手を握った。

「じゃあ、どうやってトロイの村まで行くかだけど」

チゴルはパインの事を考え、ここからトロイ迄の道程を悩む。

「車は? シンバちゃん、車どうしたの?」

「え、あれは、海に落ちちゃった」

「海に落ちたですって!? 全く! じゃあ傷病者運搬車を呼ぶとか。ほら、調度、PPPがいるじゃないの。傷病者運搬車を呼ぶとPPPも一緒になって来るけど、傷病者運搬車を呼んだのがPPP本人ならいいんじゃないかしら? それに彼女もPPP本部で探してるんじゃない? こんな所でグズグズしてるより、どこにいるかハッキリしとけば、無理に探される事もないんじゃないかしら? 彼女に足を痛めたのでセギヌスに来てくれと連絡させるの。勿論、PPPだって事を名乗り、PPPの負傷なんて名誉に欠ける事なので秘密で来てほしいって言えばいいのよ。PPP本部に連絡とられても、本当に彼女はPPPなんだから嘘じゃないわ。運搬車が来たら、乗り込んでトロイ付近まで運んでくれるように言えばいいのよ。PPPの命令を聞かない訳いかないから運んでくれる筈よ」

ランはそう言って、ディアを見た。

「・・・・・・いいわ、私が傷病者運搬車を呼んでも」

ディアは素直に頷いた。

「ちょっと待て。なんでディアがおんねん。それにやなぁ、ランも何してんねん。ウォルク等はどないしたんや」

「パインちゃんは自分の事を心配してればいいのよ。じゃあ、作戦開始!」

ランの作戦通り、ディアがセギヌスの大通りに傷病者運搬車を呼んだ。

PPPが一緒に来ていないのを確認し、ディアはPPPのバッヂを見せ、パインに肩を貸したシンバとチゴルを乗せる。

ディアの役目はここまで。

一緒には乗り込まない。

もしもPPPが絡んで来て、厄介な事になるのを考えて、ディアを偽った誰かが傷病者運搬車を呼んだと言う事にする為である。

トロイの村は地図に載っていない為、チゴルが場所を説明すると、イーダの山付近に行くには、車では行けない為、一旦、傷病者運搬ヘリポートへ向かい、ヘリコプターでの移動となった。それにヘリの方が時間も短縮できるからである。

シンバはヘリコプターに乗るのは初めてだ。

だが、空を飛ぶ事に浮かれている場合ではない。

パインが直ってくれる事だけを祈るばかり――。

トロイの村に着き、パインはエンテの家に運ばれた――。

エンテは突然の患者に驚く。

奥の部屋でパインは検査され、シンバはウロウロとローカをうろつくばかり。

エンテが来ると、シンバは見た事もない素早い動きで駆け寄った。

「頭を、つまり脳となる部分を撮影したんだけどね。何か埋め込まれてるわ。これ見て」

見てと言われたモノは、パインの頭の中にあるモノで、それには、あからさまに何かの妙な影が映っている。

「これを取り外す事ができれば大丈夫だと思うんだけど」

「それって直るって事だよね?」

「何とも言えないわ。脳神経ユニットなど、頭には少しの傷もつけちゃいけないものが沢山あって、複雑な構造になってるのよ。少しでも傷がついたら、彼は死んでしまうの。かと言って、このまま放置する事もできない。この影が邪魔で、何れ神経ユニットがショートしてしまうわ。しかも無理に捩じ込む感じで、埋め込んだみたいだから、既にこの周囲のコードはダメになってるかも。確実にナノ単位の線は死んでると思う。だからやれるだけやってみるけど、時間のかかる手術になりそうよ、それにその時間にいつまで脳が堪えれるか。とても難しいわ。だから、それなりの覚悟をしておいて・・・・・・?」

「・・・・・・今、パインに逢えますか?」

「あんまり時間がないわ、取り掛かるなら直ぐにオペした方がいい。その準備をする間に、彼に会ってきて」

シンバはコクリと頷き、奥の部屋へと向かった。

パインはベッドで横になったまま、

「よぉ、シンバ、俺、直るて?」

と――。

「うん、大丈夫だって。バッチシ直してくれるってさ」

シンバは精一杯の笑顔を見せた。

「そうか。ほなら、イースターの卵に祈らんでもええなぁ」

「え?」

「俺等で言う壊れるて死ぬって事やろ? でもなぁ、生まれ変わって、またシンバには逢いたいなぁって思てな。俺、お前に逢えて良かった思うてんねんで。お前は今迄逢ったD.Pと違い、出来損ないやない。本物やったと思うてる。本物の完璧なD.Pや。俺の中ではダントツや。こんな・・・・・・こんな優しい奴に逢おうた事ない・・・・・・」

――パインは知っている。

――イチかバチかって事、知っている。

――でも不安にさせちゃ駄目なんだ。

――僕は何も知らないフリしなきゃ駄目なんだ。

「何言ってるんだよ。照れちゃうよ。僕もパインに逢えて良かったよ? パインは僕の中で一番だよ。こんなカッコいい奴に逢った事ないもん。だから早く直って、また一緒に仕事しようよ。助けを呼んでる人に、D.Pだって左手の甲見せてさ、正義の味方で、助けてあげようよ。僕とパインで!」

パインはフッと笑顔を見せると、ゆっくりと目を閉じた。

「パイン?」

呼吸をしていない。

「エンテさん! エンテさん! パインが! パインがぁ!!!!」

シンバの叫び声に、エンテが部屋に勢い良く入って来た。

「ねぇエンテさん! パイン大丈夫だよね!? 大丈夫なんだよね!?」

「邪魔よ! チゴル! 彼を向こうへ連れて行って!」

エンテに纏わりつくシンバを、チゴルは押さえて、その部屋から引き摺り出す。

再び、シンバはローカをウロウロし始める。

「シンバ、大丈夫だよ、エンテさんの腕は確かだよ。後は運だけ」

「運が悪かったら? 悪かったらどうなるの?」

「落ち着けって」

「落ち着いてなんていられないよ!!!!」

大声を出すシンバ。だが直ぐに弱気なか細い声を出し始めた。

「チゴル、僕はパインを助けたいんだ。僕のパーツで何か役に立つなら、あげたっていい。助けてあげたいのに、何もできない。僕はどうしたらいい? 情けないよ・・・・・・」

「シンバ、少し休んだ方がいいよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・祈りにでも行くか」

「え?」

「ミラクって街の大聖堂にさ。ここでウロウロしてたって仕方ないだろ? 休まないなら祈りにでも行った方がいいだろ?」

シンバは思い出す。

〝神様は、願いを叶えてくれる。祈りが届けば、その想いを叶えてくれるんだ〟

――おにいちゃんがそう教えてくれた。

「うん! チゴル、大聖堂に祈りに行こう!」

シンバは強く頷いた。

イーダの山を越え、西の海岸沿いに出る。そして東へとゴムボートで移動。

ロードに出て、海の公園を抜け、街へ出る。

Stationで、トレインに乗ると、席が空いていて、座って流れる景色を見ていると、シンバは眠ってしまった――。

「腹だって空いてるだろうにな。シンバ、お前って奴は本当にいい奴なんだな。オレッチ、お前と知り合えて良かったよ。お前みたいなD.Pがいるって、世界中の生きている奴等に知らせたいよ。お前と知り合えた事は宝を手に入れたのと同じくらいの価値だよ・・・・・・」

シンバの寝顔にそう話かけるチゴル。



ミラク、大聖堂Peace――。

ベルカの件以来、ここがどうなったのか全くわからない為、中には入れない。

「シンバ? どうしたんだ? 早く祈りに行こうぜ?」

と、何も知らないチゴルはそう言うけれども――。

――うーん、ここでウロウロしてても捕まっちゃうのには変わらないかな。

――でも中に入って、神父や、あのシープってシスターがいたら・・・・・・?

シンバが扉の前で、中に入るかどうか悩んでウロウロしていると、大きな扉は開き、中から体の大きな人影が現れた。

「ロボさん!?」

そう、その影はヴォルフ達といつも行動を一緒にしている一人、ロボである。

「Simba!」

発音は違うが、確かにシンバの名前を呼んだ。そして、

「・・・・・・I are searching after the missing Run」

「え? なんて言ってるかチゴルはわかる?」

「わかる?ってお前、D.Pだろ? 言語学システムくらい作動してるだろ? D.Pなら何ヶ国語でも脳内で訳されるんだから自分でわかるだろ」

「そうなの? ふぅん」

――そっか、だから言葉が違っても一緒にいて不自由しないんだ。

「じゃあ、チゴルは何て言ってるかわかるんだね? ロボさんなんだって?」

「・・・・・・ランさんを探してるんだよ。コイツ、ランさんのなんな訳?」

チゴルはムッとしてそう言った。

「ロボさんはランさんの仲間なんだよ。そっか、ランさんを探してるのか。ねぇ、ロボさん、ランさんなら、セギヌスのラオシューさんのアパートにいると思うよ。僕達もパインの事を伝えに戻るつもりだから、一緒に行く?」

「・・・・・・Yes!」

ロボがそう頷くと、チゴルの顔は余計ムッとする。

ロボは大きな体で、大きなエアーバイクに跨った。

「うわぁ! これエアーファイアーボールLLXじゃないかぁ!」

チゴルのムッとしていた顔が急に嬉しそうに変わる。

「エアーファイア?」

「エアーファイアーボールLLX! エアーバイクの種類の名前だよ。オレッチ、エアーバイクにはちょっと詳しいんだ。好きだから。このファイアーボールの類は大きくて、かなり速いんだ。LLXは海だって川だって走れるんだぞ。底から吹き出す空気は通常の大きさのバイクと変わらないから燃費もかからないのに、機体の重さを無視した浮き上がりを見せるんだから!」

「へぇ、凄いね」

「凄いってもんじゃないよ! オレッチ、このバイクほしかったんだよねぇ。これさえあれば、もうゴムボートなんていらないもんなぁ」

チゴルはバイクに惚れ惚れしている。

大きなバイクは後部にシンバとチゴルが二人乗っても軽々と拍動し始める。

ドッドッドッドッドッ・・・・・・

生きているような拍動と叫び。

ドゥオオオオオオオオン!!!!

そして物凄いスピードで走り出し、シンバは驚いて、ロボの体にぎゅっとしがみ付く。

シンバの後ろでチゴルは、

「イャッハァ!!!!」

と、嬉しさの余り狂った声を上げている。

ふと、シンバは思う。

――この機械も僕達と同じなんだろうなぁ。

――痛さがないけど、生きているんだ。

――人間と同じなんだ。

ラオシューのアパートに到着すると、

「ロボ! ヴォルフ達はどうしたの!?」

と、ランがロボの姿に駆け寄って来た。

何故か、それが気に入らないチゴル。

「シンバ、パインは?」

ベルカがシンバに駆け寄って尋ねる。

「大丈夫だよ、きっと、大丈夫」

シンバは自分にそう言い聞かせるように言った。すると、

「そうね、大丈夫よ、だってアイツがそう簡単にくたばる訳がないわ。嫌な奴程、長生きするものよ」

ディアが笑顔でシンバを励ますように言う。その時、ランが、

「シンバちゃん!」

と、大声を上げた。

「どうしたの?」

「ヴォルフがPPPに捕まったって」

「え? あのヴォルフさんが? まさか」

「ロボは力任せに逃げたらしいんだけど、ウォルクはヴォルフを助ける為にPPPの条件をのんだって」

「条件?」

「エッグの宝石とヴォルフは交換だって。それでウォルクは一人で硝子の神殿へ向かったって!」

「硝子の神殿?」

「オレッチ、知ってるよ、Pacific Oceanに浮かぶ島の中にある神殿だろ。森の中には神殿だけじゃなく小さな集落もある。硝子の神殿には森の守り神である宝石が眠ると言われてるんだ。オレッチ、お宝の匂いがしてる場所は調べ済みって訳」

チゴルが得意げにシンバとランの会話に入って来た。

「知ってるなら話は早いわ。アンタ、シンバちゃんと二人で硝子の神殿に行って来て」

「ええええ!? なんで!?」

「私とロボはPPPに行くわ! ヴォルフを助けられるかもしれないし。それにエッグは必ず手に入るとも限らないし、それにそのお嬢さんも必要な物なんでしょ?」

ランは言いながら、チラッとベルカを見た。

「どうせ行動起こすなら、オレッチ、ランさんと一緒がいいよぉ」

「気持ち悪い事言ってんじゃないわよ!」

ストレートに酷く傷付く台詞を当たり前のように言うラン。

チゴルにとったら、致命的で、胸にグサッと来る痛みを押さえていた。

「じゃあ、僕とチゴルはその硝子の神殿って所に向かうよ。ウォルクさんを探して、エッグを手に入れて来る。それからディアとベルカはここにいて? もしかしたらパインが良くなって戻って来るかも!」

シンバがそう言うと、ディアもベルカも、申し訳なさそうに俯いた。

何も出来ない自分に苛立ちも感じているのだろう。

「ロボが乗って来たバイク、シンバちゃん達が使っていいって。私達はまた違う乗り物でも探すわ。シンバちゃん、ウォルクをよろしくね」

「う、うん」

――ウォルクさんの事はいいんだけど・・・・・・

――違う乗り物でも探すってどういう意味だろう?

――まさか、あのバイクも人様の物を奪ったのではないだろうか?

ちょっと心配になるシンバだが、チゴルはエアーファイアーボールLLXを運転できると大喜び状態。

ディアがPPPのバッヂをシンバに手渡す。

「持って行って? 必要でしょ? もしそれが私の物だとバレても落としたって言えば平気だし。だからシンバの責任として、使いたいだけ使うといいわ」

そう言われても、PPPに行くのはランとロボなのだから、その二人に渡せばいいのにと思うシンバ。



ランとロボはPPP本部へと向かう。

ディアとベルカに見送られ、シンバとチゴルはバイクに跨る。

ラオシューの姿はないが、情報屋としての仕事に出かけたのだろう。

いつの間にか、ラオシューのアパートが起点となっている。

「シンバ、飛ばすぞ」

チゴルがそう言って、ハンドルをまわすと、バイクは吠える。

複雑に入り込んだ細い道の街中を大きなバイクが自由自在に駆け抜ける。

そうして着いた場所は――。

「D.Pの極印はシールを貼って隠しなよ」

「ねぇ、チゴル。ここが硝子の神殿?」

「バァカ! そんな訳ないだろ。ここは空港。飛行機で行くんだよ」

「ええええ!? そうなの!? そんな遠いの!?」

「パスポート持ってないだろ?」

「パスポート?」

「旅券。普通は必要なんだよ、だけど身分証明できないD.Pのオレッチ等には、ちゃんとした御主人様がいない限りパスポートなんて取れない」

「じゃあ、どうするの?」

「シンバ、PPPのバッヂ貸してもらったじゃないか。それを使うんだよ。PPPの捜査に向かうって言えば、PPPのバッヂがパスになるって訳」

「へぇ。そうだったのかぁ」

シンバはバッヂをポケットから取り出し、手の平に置いて見つめる。

「さぁ、行こうか」

シンバの手の平からバッヂを取り、チゴルはそう言って、受付カウンターへと向かう。

チゴルはPPPのバッヂを見せ、トラベルサポートはいらないだの、普通席じゃないだの、個人的のルートだのと、カウンターの向こうの女性と話している。

シンバはチゴルの背後で、何故かドキドキしている。

航空券が取れたのか、チゴルがその場から離れる。その後ろに着いて歩くシンバ。

大きな飛行機に乗り込む列に並ばず、いきなりポートに出た・・・・・・。

「あれに乗るんじゃないの!?」

大きなジャンボ機を指差して、シンバが聞くと、

「お前、どこかに旅行にでも行く気か!? 俺達は航空券を取りに来たんじゃないんだぜ? ヘリを貸し出してもらったんだ。操縦士付きで」

「ヘリ?」

「俺達が行く島には旅行する人達なんていないんだよ。つまり飛行機は飛んでないって事。なら、飛んでもらわないとね。ここから5時間くらいは飛ぶかな」

「5時間!? そんなに飛んで行くの!?」

「5時間もヘリでだぜ? 疲れるよなぁ。オレッチ、寝るからよろしくな」

そう言うと、ヘリコプターに乗り込むチゴル。

――よろしくって何を?

冷や汗が止まらないシンバ。

機内は思ったより狭い。操縦士も乗り込み、いざ空へ!

飛んだはいいが、慣れない空の景色と、回る羽の騒音に、休まる気がしないのに、チゴルは鼾を掻いて眠っている。

――世界って広いんだなぁ・・・・・・。

5時間も飛ぶと言う事に、改めて、そう思わされる。

――これから見る世界はどんな風に広がっているのだろう。

――おにいちゃんには会えるのだろうか・・・・・・。

ぼんやりと考え事をするシンバも、やがて眠りにつく。

そして気が着けば、ヘリは砂浜に着陸していた。

二人、操縦士に起こされ、ヘリコプターから降りると、またヘリは空へ舞い上がった。

「・・・・・・え? 帰りは?」

シンバの疑問に、チゴルは、暢気に欠伸。そして伸び。

「うひゃー、見ろよ、シンバ、海が青いなぁ」

「いや、だから帰りは?」

「大丈夫じゃん? なんとかなるなる。冒険とはそういうもんだ」

――どういうもんよ?

チゴルと二人で来てしまって、不安だらけのシンバ。

――あれ?

――僕はこんなに慎重派だったっけか?

――どちらかと言うといつもチゴルのように・・・・・・

――ああ、そうか。いつも一緒にいたのはおにいちゃんやパインだったからだ。

――僕が何も考えなしでも、僕を導いてくれてたからだ。

――おにいちゃんは僕にとってパインであり、パインは僕にとっておにいちゃんだった。

「シンバ、何してんだよ、こっちこっち!」

木々が生い茂る中、チゴルがシンバを呼び、進んで行く。

「こっちって、道がないけど大丈夫なの?」

「ああ、この島に道なんてものはない。観光地じゃないしな」

「まるでジャングルだね」

「あはは、本当のジャングルよりはマシさ。磁石だってきいてるしね」

本当に大丈夫なのかと言う不安を抱きながら、シンバはチゴルについて行く。

同じ景色が続くように思える。

背の高い木は日を遮り、辺りを暗くする。

腰の辺りまで来る草。

目の前を邪魔する大きな蜘蛛の巣。

聞いた事もない獣らしき泣き声。

来た道を振り向いても、もうどの方向から来たのかわからない。

信じて進むしかない。

暫くすると、木々が減り、草も足のくるぶし辺りに雑草達がからみつくようになって来た。

そしてどこからか聞こえる水の音――。

「シンバ、あれが硝子の神殿だ」

チゴルが指差した方向に、白い建物が浮かび上がった。

「硝子の神殿・・・・・・」

思わず呟くシンバ。

白い建物の扉に彫られた怪しげな文字。

〝γδζυψχριθπτξβα――〟

「何か書いてある。何て書いてあるの?」

「〝我が神殿に近付き、足を踏み入れる者、災いあれ――〟」

チゴルがそう読み上げ、シンバはゴクリと唾を呑んだ。

「こういうものはどこにでも書いてある文句だよ」

チゴルはそう言うと、躊躇わず、扉を開けた。

中は広く、壁の白さが光りに反射して輝いて見えた。

中に入り、グルリと見回す。

礼拝場という感じで、幾つもの柱が目に付いた。

柱は真ん中が硝子で出来ている。

どの柱にも硝子が間にある。

その硝子の中には、どの硝子にも、宝石が入っている。

その宝石は硝子と同じくらい無色で、硝子に溶け込んでいて、よく見ないと、あるのかないのか、わからない。

シンバが、ひとつの柱にソッと触れようとした時、

「やめろ」

そう声が聞こえ、振り向くと――。

「触るな。少しでも硝子がズレると、建物が潰れる。一つ一つ、どの柱も、この建物の支えとして必要な造りになっている。つまり宝石を手に入れたら屋台崩しになるって事だ。こんなもの、よく考えたもんだぜ、やってらんないね、全く」

「ウォルクさん!」

「シンバ、お前、ここで何をしている?」

「ランさんがウォルクさんをよろしくって。僕に」

「・・・・・・馬鹿じゃねぇのか、ランの奴。こんな邪魔な奴よこされても、どうしようもないじゃないか。それに俺はパインのように面倒見がいい訳でも・・・・・・パインはどこだ?」

「パインは今は一緒じゃないけど、いつも心は一緒にいるよ」

「はぁ!? 意味不明。役に立たないから捨てられたんじゃねぇのか? それとも捨てたか?」

「そんなんじゃないってば。それよりエッグは?」

「・・・・・・まだ謎は解けていない」

「謎?」

「俺は謎を解くため、ここにワープして来た」

「ワープ?」

ウォルクは腕時計のようなものを、シンバに見せた。

それは小さな世界地図が書かれている。

「好きな場所にボタンを押せば、そこにワープできるらしい」

「すっごいなソレ」

チゴルがウォルクの腕についているソレを覗き込み見る。

「・・・・・・おい、誰だコイツは」

「あ、オレッチ、シンバの仲間のチゴルってんだ。よろしく」

チゴルは笑顔でウォルクに手を差し出した。

だが、ウォルクはその手を無視し、

「Stateの奴等が手にしているテクノロジーはこんなもんじゃない」

と、話し出した。差し出してしまった手をチゴルは苦笑いで、自分の頭の天辺に置き、仕方なく自分の頭をポンポンと叩いた。

「俺にこんなものを手渡して、俺が逃げないのを嘲笑ってやがる。飼い犬扱いって訳だよ、この俺が! はっ! やってらんないねぇ!」

段々、怒りを露わにした口調になるウォルク。

「世の中が考えもつかない科学技術、夢のような装置に、永遠さえ手に入れそうな感じの奴等が、宝石ひとつに血眼だ。エッグを手に入れ、奴等に持って帰らなければ――」

「オレッチ等D.Pが創られる時点で、科学技術は極めてるからねぇ。よく考えれば、ワープ装置なんて当たり前かもしれないね。どんどん科学は進んでるんだろうし」

チゴルの台詞に、

〝――アルコンも言ってたでしょ、〝現代の力を持ってしても〟って。その内、扉を開けられるくらいの力は手に入れられてしまうんじゃないかしら・・・・・・?〟

ベルカの言った台詞が思い出された。

「エッグを探そう」

シンバがそう言うと、チゴルもウォルクもコクンと頷いた。

「この神殿の先に集落がある。そこにはエッグを持っていた神の話がある。行こう」

ウォルクがそう言って、神殿を後にする。シンバとチゴルもついて行く。

――それにしても、どこから水の音が聞こえているんだろう?

「ここの集落に名はない。だが、民をラスアルゲチと言う。跪く者の頭という意味だ。昔々、神がそうつけたらしい」

「意地悪な神様だね」

シンバがそう言うと、ウォルクは、鼻でフッと笑った。

「神と言っても人間だ。ある金持ちが、金の力で、神となっただけの事。ラスアルゲチは見ての通り、自給自足で独自の文化を築いている。だから言葉も随分と違う。そんな民を跪かせるのに、そんなに時間はかからないだろう。シンバ、教えといてやる。金、権力、地位、名誉、そういうものだけで、神になれるんだ、誰でもな」

「ふぅん・・・・・・。じゃあ、その神様に早く会いに行こうよ」

無邪気なシンバの返答。

ラスアルゲチ達は、シンバ達を興味津々でジロジロと見ている。

独自の民族衣装を身に着けたラスアルゲチ達にとって、シンバ達が着ている服など、珍しいのだろう。

「これが神だ」

ウォルクがそう言って見上げる古い建物。

「神・・・・・・様の家・・・・・・?」

シンバが尋ねると、ウォルクは、

「いや、墓だよ」

そう答えた。

「墓!? 神様って死んでるの!?」

「ああ、昔々の話だって言ったじゃねぇか。神は人間だったんだぜ? そりゃ死ぬだろ」

「昔々って、だって、エッグ持ってたんだろ!?」

「ああ」

「・・・・・・じゃあ、ベルカは一体どれだけ生きてるって言うんだよ」

シンバのその小さな呟きは独り言として、誰の耳にも届いてない。

さっきから黙りこくっているチゴルは墓の建物の柱などに触れ、材質を調べているようだ。

「エッグはあの硝子の神殿にあるとPPPの奴等が言っていた。だから俺はここにいる。恐らく神殿の中にある柱の硝子の中にエッグはある。柱は全部で9つ。間違えるとエッグは二度と手に入らないとも聞いた。勘で動いたとしても9分の1の確率。外れる可能性の方が高い」

「ふぅん。ウォルクさんが言っていた謎って言うのは、本物のエッグがどれかを見極められない謎って訳だね?」

シンバがそう言うと、ウォルクはチッと舌打ちをし、頷いた。

「神がエッグを持っていたと言うのなら、どのエッグが本物なのか、神にしかわからないだろうと思って、神の墓に来たんだよ。だが死んじまったもん、どうしようもねぇなぁ。これじゃあ、吐かせるのに、脅す事も殺す事もできない。ああ、どの道、殺したら吐かないか。いや、もう死んでるんだ、吐く訳がない」

「ここの建物の材質、硝子の神殿と同じ材質で作られてる。つまり同じ木で作られた建物って事なんだけど・・・・・・」

チゴルは、ブツブツとそう呟きながら、あちこち見て回る。

「・・・・・・中に入ってみる?」

シンバがそう言うが、墓荒らしをする気はないのか、それとも、少し遠くからシンバ達を伺っているラスアルゲチ達の手前、怪しい事はできないのか、チゴルもウォルクも何も答えない。

「ん? 何か書いてある」

チゴルが建物の壁に文字を見つけた。

「木々の間に日が差せば、背に輝く月は消える・・・・・・」

チゴルが文字を読み上げ、シンバが首を傾げた。

「これ、硝子の神殿の扉にあった文字とは違うね」

「この文字は遠くの島ジパンの文字だ。ここの民の文字じゃない。神様ってのは、お金を沢山持って、ここへやって来た人間なんだろ? て事はだ、神様はオレッチ等と同じ外部の人間って事だから、ジパンの人間だったって事も考えられる。だとしたら、これ即ち神の言葉!」

「つまり、神が残した遺言ってとこか?」

ウォルクがそう言うと、チゴルはニィっと笑い、

「お宝はこの遺言の謎を解けば、手に入る可能性あり」

そう答えた。

シンバ達は、再び、硝子の神殿に戻る。

そして中に入り、他に何かヒントになりそうな手掛かりを探し始める。

「屋台崩しになるって事はさ、頑丈なオレッチ等D.Pが、どれか1つを手に入れる為、柱をぶっ壊してさ、9つ共、手に入れてみるって事はできないのか? ほら、オレッチ等なら、屋台崩しにあっても、そうは壊れないんじゃん? 無理かな?」

「俺もそれは考えた。だが、Stateの奴等は俺に謎を解き、本物を手に入れろと言った。本物を手にしなければ、エッグは二度と手に入らないと。もしも屋台崩しだけならば、俺に、どれでもいいから取って来いと、俺が壊れようが関係なく、そう命令するんじゃねぇか? つまり偽物を手にすれば、エッグは二度と手に入らないような仕掛けが起こるんじゃねぇか? そんな事になったら、ヴォルフはどうなる・・・・・・。俺は本物のエッグを手に入れ、PPPに渡さなければならない。絶対に!」

「・・・・・・そうだよなぁ。それに神は人間だったってならさ、屋台崩しに合わずにエッグを手にする事ができた筈だよなぁ。だってさ、この神殿、木で出来てんだよ、それってさ、火事になる可能性だってあるんだよ。その時にさ、持って逃げるにはさ、屋台崩しに合わないようにしなきゃならない訳じゃん? でもさ、どの柱も同じ仕掛けなんだよなぁ。どれ見ても、絶対に屋台崩しになっちゃうんだよなぁ。どういう事だぁ?」

チゴルは頭を抱え込み、そう言う。ウォルクも舌打ちをする。

「チゴルはさぁ、トレジャーハンターをしてて、硝子の神殿の事も知ってて、どうしてここに来た事がないの?」

シンバの素朴な質問。

「え? ああ、それはここ迄来るのに金かかるから。今回はPPPのバッヂがあったけどさ、普通ならヘリ借りるだけでも大金がいるんだよ。大金かけて迄、宝を追い求めても、元がとれなかったら意味ないからさ」

「ふぅん。そっかぁ。でもワープできる奴があれば、どこでも行き放題だね」

「だけど、それは多分、上の連中の、しかも選ばれた者しか使えない道具だろうな。みんながそれを持てたら、色々と面倒になるだろうからさ。ほら、指名手配されてる奴等なんてワープで何所にでも逃げれちゃうしさ。そんな事よりシンバ、エッグの事は考えてるのか?」

「うん。考えてるよー。ねぇ、どっかから水の音聞こえるよねー?」

まるで考えてなさそうなシンバの台詞に、チゴルは溜息。

シンバは神殿の外に出てみる。

――川が近くにあるのかなぁ?

だが、水の音はどこからシンバの耳に流れてきているのか、全くわからない。

井戸を見つけるが、乾いていて、水は全くないようだ。

ウロウロしているシンバに、チゴルが、

「シンバ、腹減らない? そろそろ昼じゃん?」

と、神殿から出てきて、そう言った。

木々の間から差し込む日の光。

「今、お昼頃なの?」

そういえば、最近、時間の概念がないと、ふと思う。

シンバは、木々の間から差し込む光を眩しそうに見つめる。

そして〝木々の間に日が差せば、背に輝く月は消える〟その神の言葉を地面に書いてみた。

「ねぇ、チゴル、この文字ね、〝させば〟って読むんでしょ? だから〝木〟って文字の間に〝日〟って文字を刺して、〝背〟って文字の〝月〟を消したら、こんな文字ができる」

と、シンバが地面に〝東北〟と書いた。

文字を知らないので差すを刺すと思った事。

そして無邪気な子供の目線で見つめれば、とても簡単な事。

「北東!」

チゴルが、シンバの作った文字を読み上げた。

「そっか、〝差す〟を〝刺す〟か! シンバすっげぇぞ! お前、答え出したんだよ! そっかぁ、木の間に日を差したら東! 背に月を消したら北! ジパンの言葉で、それは北東だよ! 答えは北東の位置にある柱にエッグがあるんだ!」

喜ぶチゴルの声が、大き過ぎて、ウォルクの耳にも入ったのだろう。

「それは当っているのか? もし間違っていたら、二度とエッグは手に入らないんだ。間違える訳にはいかない」

そう言いながら神殿から出てきた。

「間違っていたら、エッグは二度と手に入らないんだよね? でもヴォルフさんを助ける為にはエッグが必要なんだよね? だったらさ、もしエッグが二度と手に入らないなら、僕も一緒にヴォルフさんを助けに行く」

「シンバ・・・・・・」

「エッグは二度と手に入らないのなら、入らない方がいいのかもしれない。それにエッグを誰かの手に渡す事はできない。でも僕もヴォルフさんは助けたい。だって僕、ヴォルフさん、好きだから」

「・・・・・・」

ウォルクは言葉を失い、〝好き〟という言葉をサラリと使うシンバに魅入ってしまう。

「どうしたの?」

「いや、別に。お前、好きって意味わかって使っているのか?」

「わかってるつもりだけど? ウォルクさんもヴォルフさんが好きだから助けたいんでしょ? 僕も同じ気持ちだよ」

「お前が俺と同じ気持ち・・・・・・?」

「うん! ヴォルフさんを好きって気持ちと同じ!」

「好き・・・・・・? 好き・・・・・・あぁ、そうなのかもな、好きなのかもな・・・・・・」

ウォルクは突然わからない感情で一杯になる。

ウォルクにとって、ヴォルフを助ける事、それは自分の使命だと思い、一生懸命、只、動いていた。

それだけだと言えば、それだけだった。

ヴォルフといれば、何をしたらいいのか、どうしたらいいのか、言われるまま動ける。

それが楽でもあり、苦でもあったが、D.Pの運命には逆らえないだけなのか、それがいい事か悪い事なのかさえ、考える迄もなく、日常の事だった――。

「シンバ、お前には生きた感情があって、いいな」

「え?」

「いや、なんでもない。そうだな、いつまで考えていてもしょうがない。ヴォルフなら助けなくとも自力でなんとかできそうだ。それでも駄目なら、助け合えばいい・・・・・・のかな・・・・・・」

「うん! 助け合えばいい! 僕も一緒に助けに行くよ! 僕が役に立つのかわからないけど・・・・・・」

「シンバが手を貸したら、足引っ張るだけだからやめとけって」

チゴルが笑いながらそう言うと、シンバはムッとして、

「そんな事ないもん」

と、頬をプゥっと膨らませた。

そんなシンバを、ウォルクは決心を固めた表情で見つめる。

そして3人は硝子の神殿に入り、北東の位置の柱を目の前にする。

「この柱の硝子を壊しても、屋台崩しにはなると思うんだよね、この造りからして」

チゴルが天井まで続く柱を見上げながら言う。

「そう考えるとさ、これが本当にエッグなのか微妙だなぁ。やっぱりエッグがある柱を壊しても屋台崩しには合わないようになってるんじゃないかなぁ」

柱をグルリと回りながら、ブツブツと言い続けるチゴル。

「考えてても始まらない。シンバが答え出したってなら、それ信じるだけの事」

ウォルクはそう言うと、柱の硝子を打っ叩き壊した!

まさか、いきなり叩き壊すとは思わず、チゴルもシンバも驚く。

硝子の破片が散る中、ダイアモンドのような宝石を発見。

ウォルクはエッグをゲットした。

ゴゴゴゴゴゴと低い音を出しながら、神殿が震え出す。

神殿が落ちる!

逃げようとするが、揺れる中で足が縺れてしまう。だが、そんな3人の足元の床が落とし穴となり、3人は闇へと落ちて行く。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」

気が付くと、3人は洞窟のような暗闇の中にいた。

チゴルが小さなライトを出し、辺りを灯す。

「道がある。行こう」

チゴルが闇の奥へと歩き出す。

ずっと行くと、光が見えた。その光は上から落ちていた。

「あ、ここ、井戸だ! 井戸の中だ!」

シンバは光を見上げ、そう吠えた。

チゴルはロープを出し、それを井戸の上へ向けて投げた。

「随分と準備がいいな」

ウォルクがそう言うと、チゴルは、

「オレッチはトレジャーハンターだからね」

と笑顔で答えた。

うまく引っ掛かったロープで、3人は井戸の中から出る事ができた。

地上に出ると、驚く事に神殿は見事に壊れてなくなっている。

なんと神殿の下は激しい川が流れていた。

川に落ちた神殿の重い瓦礫などさえ、この激しい流れに全て流れていく。

「そうか、エッグではない柱を選んだ場合、エッグはこの川に落ち、全て流れてしまうと言う訳か。二度とエッグが手に入らなくなるというのは、そういう事か」

ウォルクが言いながら、激しい川の流れを見つめている。

「水の音が聞こえてるなぁって思ってたんだ。下にあったとは思わなかったよ。僕達が選んだエッグは本物だったんだね。だから井戸へと通じる落とし穴に落とされ、僕達は助かったんだよね」

シンバがそう言うと、ウォルクはエッグを手の平に置き、本物の輝きを目に映している。

そして――

「シンバ、お前なら、これをどうする?」

「え?」

「お前なら、これをどうするんだ?」

ウォルクはエッグをシンバに見せながら問う。

「僕なら?」

エッグは手に入った。

ヴォルフはPPPに捕らわれの身。

エッグと引き換えにヴォルフは助かる。

だがベルカの言うように、宝石を渡してはいけない。

エッグは川に落ちた方が良かったのかもしれないが、今、エッグはウォルクの手の中――。

「僕なら・・・・・・僕ならそんな宝石、捨てるよ・・・・・・」

そう答えると、シンバは俯いてしまった。

「そうか。なら、俺から奪ってみろ」

「え!?」

「奪って、お前の好きなようにすればいい」

「何言ってるのウォルクさん?」

「俺はやはりD.Pなんだろうな。命令でしか動けない。俺はこれをPPPに渡し、ヴォルフを助ける。それがいい事なのか悪い事なのか、俺にはわからないんだ。この宝石の輝きを目にしても、欲も湧かない。だが、お前なら違うんじゃないか? シンバ、お前なら、これをどうすればいいか、お前自身、考えつくんじゃないか?」

そう言われても、シンバは首を横にブンブン振るしかできない。

「俺から奪うんだ、シンバ」

「ちょ、ちょっと待って、ウォルクさん。だって考えてみてよ、僕がウォルクさんに敵う訳ないじゃん! 奪えないよ!」

「お前には仲間がいるじゃないか。2人掛かりなら、俺相手になんとかなりそうだろ」

それはオレッチの事か?と、チゴルが頭を掻く。

「ウォルクさんだって僕の仲間だよ!」

大声で、そう訴えるシンバに、ウォルクはフッと笑みを零したかと思うと、シンバに殴りかかってきた!

咄嗟に避けれたシンバだが、ウォルクは攻撃を止めようとはしない。

チゴルが止めに入ろうとするが、ウォルクに蹴飛ばされ、倒れる。これはもうバトルしかないとチゴルは判断するが、シンバは剣を抜こうとはしない。

「シンバ、どうした! 俺を壊せ! そうでなければ、俺がお前を壊すぞ!」

「どうして僕がウォルクさんを壊さなきゃいけないんだよ!」

「俺を壊さなければエッグは手に入らないんだぞ!」

「だったら、そんな宝石いらないよ!」

「俺がPPPに渡してしまう前に、お前がエッグを奪うんだ!」

「だからってウォルクさんを壊したくなんかないし! 壊せる訳ないよぉーーーー!」

ウォルクの拳から逃げながら、シンバは半泣き状態で吠える。

チゴルは一生懸命ロープをウォルクに投げ、ウォルクの動きを封じようとするが、ウォルクの動きの方が速く、なかなかロープで捕らえられない。

その時!

「何をじゃれ合っているんだ? ウォルク」

現れたのは、あのホークという男。ウォルクはシンバへの攻撃を止め、立ち尽くす。

「神殿が消えたと報告を受けたが、エッグは手に入れたんだろうな?」

何も答えないウォルクに、

「おいおい、手に入れなきゃヴォルフと言うガラクタがどうなるかわかってんのか? お前D.Pなんだろ? 命令は忠実だろ? 手に入れたんだろ? ん?」

と、嫌な口調で近付いて来る。

「僕が!」

突然シンバが吠えた。

「エッグは僕が持っている!」

驚いてシンバを見るウォルクとチゴル。

エッグはウォルクの手の中にある筈。だが、シンバはホークを睨み、剣を構え、

「お前になんか絶対に渡すもんか!」

勇ましく吠えた。ウォルクに半泣き状態だったさっき迄のシンバとはまるで違う。

敵が変われば、こうも豹変するシンバに感情の豊かさを知る。

「お前はあの時のガキじゃねぇか。相変わらず古典的な武器を使ってるんだなぁ。しかし、どこにでも現れる奴だ。それともお前の御主人様の狙いが俺達と同じなのか?」

「うるさい! お前なんかと一緒にするな! 僕達は僕達の為に動いてるんだ!」

「笑える事言うじゃねぇか。D.Pが誰の命令なしで動けるとでも? バグったD.Pの反乱とでも言うのか? ウォルク、そのガキを壊してしまえ」

ホークがそう言って、嘲笑うような表情で、シンバを見ている。

ウォルクはそんな命令を受けると思わず、驚いて、ホークを見る。

「どうした? ウォルク。お前がこのガキとじゃれていたのはエッグを奪う為だったんだろう? お前ともあろう者が、このガキにどうやってエッグを奪われたのか、その失態は後で聞いてやる。今はそのガキからエッグを奪い取る為にも、そしてD.Pは命令なしで生きられないとわからす為にも壊してやるんだ。最も、わかった後で壊れてしまえば意味はないが、見せしめくらいにはなるだろう」

ホークはそう言うと、銃をチゴルに構え、

「バグったD.P共にな」

と、嫌な笑いを浮かべている。

至近距離で撃たれれば、致命的だろう。チゴルは動けなくなる。

「お前なんか大嫌いだ」

シンバが剣を構えたまま、ホークに向かって呟く。

「光栄だね」

と、余裕のホーク。

ウォルクはどうしたらいいのか、考える時間さえなく、表情が歪む。

「どうした? ウォルク。早くそのガキを始末しろ」

そう言ったホークに、ウォルクは拳を構えた。

「ウォルク?」

「もう、やってらんないね、こんな事! 命令なんてクソ喰らえだ。俺は俺の信じた道を行く!」

「・・・・・・ヴォルフがどうなってもいいと言うのか?」

「ヴォルフなら、自分でなんとかするだろうよ。俺の助けなんてなくてもな!」

ウォルクがそう言うと、

「今頃ランさんとロボさんが助けてるかもしれないしね」

と、シンバが勝ち誇った表情を見せ、言った。

「馬鹿が。俺に敵うと思ってんのか。ウォルク、お前はもう少し利口だと思ったんだがな」

ホークはそう言うと銃を懐に仕舞い、拳を握り構えた。

銃口が向けられなくなったチゴルはホッとして、だが直ぐに真剣な表情でホークを睨む。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

最初に大声で威嚇し、向かって行ったのはシンバ。

剣を大きく振り上げ、ホークに落とすが、空振る。

更に横に剣を振るが、斬るのはホークの影。

ウォルクの拳も蹴りも軽く交わすホーク。

チゴルの攻撃もロープも、ホークを捕らえる事はない。

まるで遊んでいるか、ダンスでもしてるようなステップで、3人の攻撃を軽く交わして行く。

「人間がD.Pに敵う訳がない! オレッチ等D.Pより強い訳ないんだ!」

チゴルが言い聞かせるかのように吠える。

「世の中D.Pだろうが、人間だろうが、獣だろうが、強い者が勝つ。それだけの事もわからないお前等は、やはり名前通り死者だな。そろそろぶっ壊れて名前通りになってみるか?」

嘲笑うホークの台詞。

「Dead Personをなめんじゃねぇぇぇぇーーーー!!!!」

ウォルクが、そう吠えながら捨て身の攻撃に出た。だが飛び掛かったウォルクの体はいとも簡単に背後へ吹っ飛んだ。

「誰もD.Pをなめちゃいねぇよ。お前等を馬鹿だと思っているだけだよ」

もうウォルクもチゴルも体中に電流がもれ始め、動かなくなっている。

シンバもガクンと倒れ、ホークは笑う。

ホークがシンバの体を蹴り、ゴロンと仰向けにさせた。

虚ろな目に映るのはホークの笑い顔。

ホークはシンバの服のポケットなどを調べるがエッグが見当たらない。

「チッ、どこやりやがった」

舌打ちしながら、ウォルクの所に行き、見つけてしまう。

「コイツ、エッグ持ってんじゃねぇか? だったらなんでじゃれてたんだ?」

凡そ、ホークにはわからないだろう。複雑な感情故の縺れだった事など。

「まぁいい。エッグは手に入ったんだ。コイツ等もまだ完全に壊れちゃいないみたいだが、ほっとけばその内壊れるだろうしな」

ホークはそう言うと行ってしまった。

「待て・・・・・・」

そんなシンバの小さな声など、ホークの耳には届かない。

「くっ・・・・・・!」

――体が思い通りに動かない・・・・・・

――視界が暗くなる・・・・・・

――動きが重い・・・・・・

――痛さがないからわからない・・・・・・

――これは壊れて来てるの・・・・・・?

シンバはそれでもゆっくり立ち上がり、倒れているチゴルを揺さぶってみる。

「チ・・・・・・ゴル・・・・・・」

返事もない。

シンバはそんなチゴルを背負い、倒れているウォルクの傍に行く。

「ウォルクさん・・・・・・起きて・・・・・・アイツ・・・・・・行っちゃう・・・・・・」

そう言った後、シンバはチゴルを背負ったまま、ウォルクの上に倒れてしまった。

その衝撃で、ウォルクの腕にはめられていたワープ装置が作動する。

ウォルクに重なったシンバとチゴルも一緒にその場から消えていなくなる。

致命的な傷を負ったまま、ワープした場所で、手を差し出して来る者は敵か味方か――

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