6.Dead Pan
「ん・・・・・・んん・・・・・・?」
顔にあたる雫で、シンバが目を開ける。気付くと、薄暗くて気味悪い場所にいる。
そして――
「大丈夫か?」
その声にビクッとする。起き上がり、振り向くと、男が立っている。
「ここは・・・・・・?」
「ここは石灰洞。鍾乳洞って言えばわかるかな」
「鍾乳洞?」
「石灰岩や雨水や地下水の浸蝕溶解をうけて出来た空洞の事」
そう言われて、もっとわからなくなるシンバ。
「ところで君はここで何してるの? 服までびっしょり濡れて昼寝じゃないだろうし」
「僕は車で海に落ちて・・・・・・」
「流されて、ここに着いたんだな。D.Pだったから助かったんだよ、良かったな」
シンバは、ハッとして左手を急いで、後ろへ隠す。
「心配するなよ、オレッチもD.Pなんだぜ」
男はそう言って、シンバにD.Pの極印を見せ、ニッと笑った。
「オレッチはトレジャーハンターのチゴル。君は?」
「シンバ」
「よろしくな、シンバ」
チゴルはまたニッと笑い、シンバに手を差し出す。シンバはその手を見て、そして軽く手を握って、二人、握手を交わす――。
「トレジャーハンターってなに?」
「トレジャーってのは宝だよ。ハンターってのは追い求める者! オレッチは宝を追い求めてるんだ。こんな時代に、何言ってやがるんだ、かっちょ悪りぃって思うだろ?」
そう言われ、シンバはそんな事ないと首を左右にブンブンと振る。
「いいんだよ、みんな言うよ。でもそれがオレッチの御主人様の命令なんだ」
「え?」
「もうずっと昔に死んじゃっていないけどね」
「・・・・・・ずっと命令をきいてるの?」
「そうだよ、だって、オレッチD.Pじゃん」
チゴルは、当たり前のように、そう言って、ニッと笑う。
――D.Pだから・・・・・・?
――おにいちゃん、僕はどうして創られたの・・・・・・?
――わかっていた事もわからなくなるよ・・・・・・。
深く被っていた帽子は流されてしまって、どこにもない。
シンバはズボンのポケットに入れた大事な赤い帽子を取り出し、被る。
「おっと、ここはもうすぐ海水で一杯になるよ。急いで上へ行こう」
チゴルは、そう言って、縄のような物を頭上でヒュンヒュン回し、上の方の崖に引っ掛け、登り始める。
「シンバも急げよ」
「でもパインとベルカが――」
「仲間か? シンバしかいなかったぞ? 仲間もD.Pなら、どっかに流れ着いてるよ」
――ベルカ・・・・・・
「シンバ、兎に角急げ! 海水が入って来るぞ!」
シンバは頷いて、崖に登る。登りきった所で、海水が勢いよく流れ込んで来た。
「ギリチョンだったな、シンバ」
「うん、チゴルはここで何してるの?」
「ふふふん、聞いて驚け、ここの奥にな、むかーしむかし、海賊が隠した宝石があると言われている伝説があるのだ!」
「宝石!? それってベルカのかも!」
「は?」
「その宝石、僕も捜してる奴なのかも!」
「げっ! シンバ、お前もトレジャーハンター紛いな事してるのか?」
「違うよ、僕は・・・・・・僕は只のDead Personだよ・・・・・・」
「シンバの御主人様は?」
黙り込むシンバ。
「シンバ?」
「兎に角、僕もその宝石、一緒に探すよ」
「え、でもシンバはシンバの命令を受けた事をやらなくていいのか?」
シンバは頷いて、奥へと入って行く。
「ちょ、ちょっと待てよ、シンバ!」
石灰洞の中は暗くて、妙な音が聞こえ、自分の声も奥へと響き、とても恐い。
それでもチゴルはパイン程ではないが、頼りがいがあり、シンバは安心する。
複雑な迷路じみた場所も、チゴルにはサーチする能力があり、一度通った場所は忘れないのだと言う。ちょっとした風にも反応するチゴル。
――凄いや、僕には能力なんて何にもない。
チゴルはD.Pである事を存分に活用し、能力も伸ばしている。
その為に創られた、その為に存在している、その為にここにいる――。
シンバが初めて出会った、正にD.PらしいD.P。
そして石灰洞の奥の奥――。
光り輝く大きな真珠を見つけた。
「これがチゴルが探していたもの?」
「うーん、海賊の伝説の宝とは違うかもしれないけど、いいものめっけたよ。シンバが探してるのとは違うのか?」
「ベルカが言ってたのは青と赤と無色。だからこれじゃないや」
「そっか、んじゃ、これはオレッチがもらうな。洞窟はここで行き止まりだし、外に出るしかなさそうだな、風があっちから吹いてたから、出口がこっちにある筈だよ」
チゴルは真珠を懐に仕舞う。
そして二人、出口へと歩き出した。
「シンバが探してる宝石はどこにあるんだ?」
「わからない」
「ふぅん。オレッチも一緒に探してやるよ。その代わり、分け前は半分、オレッチにくれるか?」
「僕のじゃないんだ、ベルカのだから」
「じゃあ、その宝見つけて、ベルカって奴に渡して、分け前もらえばいいんだな」
「もらえるかなぁ」
「もらえるさ!」
「ふぅん。じゃあ、その話はベルカを探して、ベルカに逢って、ベルカにしなよ」
「おっしゃー! ベルカって奴探すぞぉ!」
――ベルカ・・・・・・生きていればいいな・・・・・・
やがて、光が差し込むように瞳に入り、石灰洞から外へ出る事ができた。
石灰洞は海に浮かぶ小さな岩山の洞窟で、チゴルが乗って来たというゴムのモーターボートで、そこを離れる。ゴムの為、浅瀬しか移動はできない。
そして、海沿いにあるイーダの山に来た。
モーターは背負われ、ゴムのボートはズルズルと引き摺られ、山を登る。
「この山を超えるとトロイって言う村があるんだ。なんにもない小さな村だよ。Stationもないからね。あ、でも羊いるぞ。シンバ、羊見た事あるか?」
シンバは首を振る。
「ほんじゃ羊見れるぞ! トロイは羊の毛を輸入してるんだ。一杯いるぞ。向こう側の山の麓に行けば、羊飼いの少年が羊を放し飼いで散歩してる頃だ」
「ふぅん」
チゴルは口笛を吹きながら、山を登って行く。
頂上辺り迄来ると、景色が素晴らしく、清々しい気分になる。
「オレッチの御主人様だ」
そう言われ、見ると、そこには、木の十字架が盛り上った土の上に刺してあった。
「御主人様?」
「うん。御主人様はここから見る景色が大好きだったから、ここで眠らせてあげた」
「眠る? 御主人様は死んだんじゃないの?」
「死んだよ、だから、この中にいるんじゃん」
「・・・・・・」
――死ぬってなに?
――死ぬって眠るって事?
ふいに思い出した、あの台詞。
『俺はシンバが、また深い眠りについてしまわないように、毎日、シンバが元気でいてくれれば、それでいいんだ。それが俺の願いだ』
――おにいちゃん・・・・・・?
――おにいちゃんの願いは、どういう意味があるの・・・・・・?
シンバは、死について、まだよく理解できないでいる。それでも生きている事を強く思うのは、やはり、この世に生を宿したからだろう。
例えDead Personだとしても、シンバの感情は、この星で叫びを上げている。
生きていると――。
チゴルは石灰洞で手に入れた真珠を、墓に見せ、祈りを捧げた。
「オレッチの御主人様は冒険家だったんだ。世界を股にかけ、宝を追い求めたり、空洞を探検したり、ジャングルを彷徨ったり、灼熱の砂漠を超えたり、遺跡の謎を解き明かしたり! オレッチは御主人様のパートナーとして、いつも一緒だった。どんな危険もD.Pのオレッチが、御主人様を守った。手に入れた宝は、どんな苦労をして手に入れたものでも、御主人様はトロイの村へ寄付した。オレッチはD.Pだ、御主人様がそうしたいなら、それでいいと思った――」
チゴルは景色を見下ろす。
御主人様が好きだった景色を――。
「シンバ、人間は勝手だよ。だって人間をどんなに守っても、人間は必ず死ぬ。人間の命令しか聞けない者を残して、人間が消えていったら、それは消えなくても、何もできない者であって、無に等しい。オレッチ等D.Pはさ、結局、生きてても死んでるのと同じなんだ、だからDead Personと名付けられたんだ。御主人様が死んで、悟った事さ」
「・・・・・・大好きな人だったんだね」
シンバがそう言うと、チゴルはニッと笑い、
「村まで後少しだ」
と、山を下り出す。
チゴルが、もうそろそろ羊の群れが見えて来てもいい頃なのにと言った時、
「チゴルーーーーッ!!!!」
小さな男の子が向こうから駆けて来る。
「どうしたんだ? 羊は連れてないのか?」
「それ所じゃないよ、D.Pの女の人が壊れて海に流されてたんだ」
男の子は大声で、そう叫んだ。
「シンバ! ベルカって奴かもよ?」
「ううん、ベルカはD.Pじゃないよ、とりあえず急ごう!」
チゴルは頷き、シンバと村まで走る。
トロイの村には子供達が沢山いた。
皆、それぞれ輪になり遊んでいたり、地に石で絵を書いたり。
――あ、あの歌・・・・・・。
誘拐事件の時に、ディアがうたった歌を、うたっている子供もいる。
子供の遊び歌だとパインが言っていたのも思い出す。
子供達はふざけてゴムのボートの上に乗って来る。
そして、子供達はチゴルに群がるが、チゴルは、また後でと、駆け抜ける。
シンバもチゴルに続く。
そして、ある家の中へとチゴルは入って行った。
凄く妙な家だ。
機械のパーツが山程あり、D.Pの腕やら足やらが、そこらに転がっていて、手足が切断されたように見える為、不気味である。
目玉も転がっている始末。
そんな家で、出迎えたのは女性である。手の甲に極印はない。
その女性の事を、チゴルは、
「エンテさん」
そう呼んだ。
部屋の奥で眠っているD.P。そのD.Pを見て、
「ランさん!」
シンバが声を上げた。
「シンバの知ってる奴なのか?」
「うん! ランさん、大丈夫なの?」
シンバは、そう言って、ランが眠っているベッドに近付く。
「大丈夫よ。D.Pはそう簡単にくたばったりしないわ。人間を遥かに頑丈に創られた生物だからね。壊れた部分はパーツを変えて、直せたし、安心して」
エンテが、そう言って、シンバに微笑んだ。
「・・・・・・生物?」
そう聞き返すシンバに、エンテは、
「そうよ?」
と、それがどうかした?という風に答えた。
「彼女はエンテ・エステル。オレッチの御主人様のひぃひぃひぃひぃひぃひぃ?? ひぃ孫? よくわかんなくなっちゃったな。まぁ、兎に角、そういう事!」
「え? ど、どういう事?」
シンバには、「ひぃ」の意味がわからない。
「だから、えっと、まぁ、もう35過ぎたおばちゃんなのに、まだ独身って事」
「こらチゴル! 余計な事言わない! いいかい? 結婚しようと思えば、いつだって出来るの、だってこの美貌だよ? でもねぇ、ご先祖様が造ったこの村を離れたくないんだよ。それに私がいなくなったら、この村の子供達はどうするの?」
「そういえば、この村、子供が一杯いたね。みんな楽しそうに遊んでた」
シンバがそう言うと、
「この村に捨てられた子供達だよ」
チゴルがそう答え、シンバは驚く。
「昔、ずっとずっと昔、ここは森だったんだ。木々が生い茂る迷いの森だった。その頃から、人間は自分の子供を捨てる奴がいた。森へ捨てられた子は、迷って森から出てこれず、死んでしまう。親も捨てたんじゃなく、森で迷ってしまったと、言い訳ができる。オイラの御主人様の先祖、つまり、エンテさんの先祖が、この森に捨てられた子供達の為に、森を開拓した。迷わないように、もうゴミのように捨てられないようにと。だけど、それは反感を買う事になった。森を壊す事は自然破壊だと言われたりしたらしい。でも、ここに村を作り、捨てられる子供達を引き取ったんだ。そしたら反感も治まり、この村は地図にも載らない小さな村だけど、それでも村として扱われるようになった。ずっとずっとずーっと昔の事だよ。でも子供を捨てる親は絶えない、ずっとずっとずっーと昔から――」
シンバは驚く事しか出来ず、何も言えなくなる。
――人間は自分の子供さえも、傷つけるの?
――どうして?
――そこ迄、人間は誰かを傷つける事をするの?
――痛さがあるのに・・・・・・?
「この村の名前、トロイって言うだろ? 昔の言語で、ゆっくりって意味なんだって。ゆっくり時間が流れる優しい場所って意味なんだって。オレッチの御主人様が教えてくれたんだ。御主人様は宝をこの村に寄付し、その金を子供達への養育にしてたんだ。御主人様からの最後の命令は、この村を、子供達を頼むって事だった。だからオレッチは宝を探し続ける。もう大人になって、この村を出た子供達は一杯いるけど、今もまだ子供達は絶えず、ここに来るからね・・・・・・」
「そんなずっとずっと・・・・・・ずっと昔から・・・・・・」
――ずっと昔から、命令を従い続けているの? D.Pだから?
シンバは、思うだけで聞けずに、途中で言葉を飲み込んだ。
「さぁ、チゴルも、帽子のキミも、お腹すいてない? 私は空いたんだけど?」
エンテがそう言うと、チゴルは、
「減った減った!」
と、叫んだ。
「帽子のキミは?」
エンテは、シンバを見て、聞く。
「・・・・・・ちょっとだけ減ってるかも」
そう答えるシンバに、エンテはよしっ!と頷き、
「じゃあ、二人共、買い物、お願いね、パンと魚と蜂蜜! よろしく!」
そう言った。
「ええ!? オレッチ、今帰って来たばかりなんだぞ?」
「でも、お腹空いてるなら行くしかないわよ。このD.Pの女の子も目覚めたら、何か食べさせなきゃ、元気にならないでしょ?」
「ちぇっ。エンテさんはD.P使いが荒いよな。行こ、シンバ」
外に出ると、チゴルは子供達が遊んでいるゴムボートを取り上げた。
この村から北へ出た海岸の浅瀬を通って行くと、ネクタルの街に出るのだとか。
「ランさん、大丈夫かなぁ」
「あのD.Pか? 大丈夫だよ。エンテさんがいるし」
「そうだけど・・・・・・」
「心配しなくても平気だって。エンテさん、ああ見えても腕のいい医者なんだぜ?」
「医者?」
「うん、D.Pのな。ああ、腹減った、急いで買出しだ!」
チゴルはそう言って、ゴムボートを引き摺りながら、走って行く。
村を出て、海岸に出ると、浅瀬をゴムボートで移動し、暫くすると、大きな港街が見え、
「あれがネクタルの街だ」
と、チゴルが言った。
「シンバ、極印は隠しとくんだぞ? D.Pってバレたら何も売ってくれないんだ」
シンバはコクンと頷いた。
ネクタルは港街だけあって、活気溢れている。
ネクタルで有名なものは酒である。神の酒と言われ、それはもう絶品の喉越しなのだとか。
シンバはラオシューを思い出し、チゴルに、小さな瓶でいいので、買ってくれとせがんだ。
「いいけど、シンバ、酒なんて飲むのかぁ? 意外だなぁ」
「ううん、僕じゃないんだ、僕の知ってる人が酒好きなんだ。一杯迷惑かけちゃってる人だから、何かお礼しないとって思ってたんだ。あ、お金は、その内、絶対返すから!」
「大した金額じゃないから、いいよ」
「でも子供達の大切なお金だろ?」
「そうは言ってもオレッチの小遣いだってあるんだぜ? 大丈夫大丈夫」
「ホント? ありがとう」
そして、パンと魚と蜂蜜を手に入れ、村に戻ろうとした時、シンバとチゴルの間を通り抜けようと、小さな男の子が勢い良くぶつかって来た。
派手に転んだ男の子だが、泣きもせず、急いで起き上がり、走って行く。
「くそガキィ!!!! 待ちやがれぇーーーー!!!!」
「金払えぇ、このくそガキィーーーー!!!!」
どうやら追われているようだ。
追ってる者は2人いたが、包丁を振り上げている者もいた。
「あの子、捕まったら、今直ぐにも酷い目に合わされそうだな。よし、助けてやるか」
「・・・・・・うん」
「あれ? 乗り気じゃない?」
「ううん、そうじゃないよ」
シンバは、そう答えるが、チゴルには、シンバが乗り気じゃなく見える。
男の子を捜して走っていると、人込みから離れた路地裏に出た。男の子はそこの行き止まりの大きな壁に追い詰められてた。どうやら男の子は店のリンゴを盗んだようだ。
「リンゴくらいで、そんな物騒な物持って追い駆けなくてもいいじゃないか。相手はまだ子供なんだし。オレッチが変わりに払って、その子に注意しとくから。で、幾ら?」
「このガキはなぁ、今迄も随分と盗みを働いて来たんだ。それ全部は払えねぇだろう!」
と、簡単には許してくれそうにない。しかも、
「さては、お前等、このガキの仲間だな? 一緒にPPPに突き出してやる!」
と、勘違いまで始めた。
チゴルは溜息を吐き、
「仕方ない、手荒い方法でいくしかないかな」
と、呟いた。
「なんだとぉ!? やっぱりテメェ等、このガキの仲間だな!?」
と、店員は包丁を大振りに向かって来た!
シンバとチゴルはサッと交わし、更に向かって来る店員を足に引っ掛け、素っ転がす。
勿論、相手は只の店員。そんな相手に、シンバは剣を抜く訳もなし、チゴルも手加減するが、それでも、店員二人は、敵わないとわかると、手の極印を見た。そして、
「こいつ等、強すぎると思ったらD.Pだ! くそっ!」
と、逃げて行った。
男の子に駆け寄るチゴル。
「大丈夫か? 親とかどうしたんだ? どうして盗みなんてするんだ? そういうのは良くない事なんだぞ?」
そう言って、極印の左手を、男の子に差し出すと、その手はパシッと叩かれ、弾き返された。そして、男の子はチゴルを睨みつける。
「誰も助けてなんて命令してないのに、D.Pが勝手動くなよ! リンゴなんてほしかった訳じゃない。どうして盗みをするかって、スリルがほしいからだよ。わかる? わかんないだろうな、お前等おもちゃには。それが良くない事だって? 人間の気持ちもわからないお前等D.Pが偉そうに言ってくるな!」
男の子は、そう吠えると、チゴルの横を通り、行こうとする所を、
「待てよ」
と、シンバに呼び止められ、男の子は立ち止まり、シンバを睨む。だが、シンバも男の子を睨んでいる。
「蜂蜜、返せよ」
「シンバ?」
チゴルは、シンバの台詞に驚く。
「僕達にぶつかった時、蜂蜜、盗って行ったろ? 返せよ」
本当はシンバはそれを言う気はなかった。
蜂蜜はどこかに落としたのだろうと、チゴルに言うつもりだった。
だが、その思いは消え、シンバを怒りの感情が支配し、言うつもりのない事を言ってしまっている。
「D.Pの癖に人間に偉そうな口聞くな! 大人しく主人の命令だけ聞いてろよ!」
「シンバ、蜂蜜くらい、いいよ。オレッチがまた買って来るからさ」
チゴルはそう言うが、シンバの怒りはもう止まらない――。
「誰かが助けてほしそうだったら、命令じゃないと動いちゃ駄目なのか? 誰かを助ける事に何か理由がいるのか? 只、助けたい、そう思う気持ちで動いたら駄目なのか? チゴルは当たり前のように、〝助けてやるか〟そう言ったんだ! そう言ったんだよ!」
「D.P癖に偉そうに説教してくんな! 蜂蜜くらい返してやるよ!」
男の子はポケットから蜂蜜の入った小瓶を出し、それを地に叩き付けた。小瓶は割れ、蜂蜜がドロっと溢れ出た。
「どうして・・・・・・どうして人間の癖に優しくなれないんだ!!」
シンバがそう怒鳴ると、男の子はビクッとして、走って逃げ出した。
「シンバ、お前迄、悲しい事言うなよ、人間の癖に、D.Pの癖に、そんなの悲しいよ」
チゴルがそう言って、シンバの肩をポンっと叩く。
「だってそうだろ? 人間は痛いってわかるのに、どうして普通の顔して、酷い事言えるの? 人間の癖に、どうして・・・・・・?」
「人間も思ってるよ、D.Pの癖に、痛さわからないんだからってさ」
そう言って笑うチゴル。
――どうしてチゴルも平気って顔して、痛さを受け止めるの?
言葉にして聞けないシンバの問い。
だからこそ、優しさをもっと手に入れたいと願う憧れ。
「やっべぇーーーーっ! シンバ、逃げるぞ!」
店員達がPPPを呼んで来たのだ。
チゴルは高い壁に縄を引っ掛け、よじ登る。
「シンバ、急げ!」
二人、壁を乗り越え、裏通りに出て、再び、人込みに紛れ、市場へと戻り、蜂蜜を手に入れ、トロイの村へ戻った。
エンテの家に着くと、調度、ランが目を覚ました所だった。
「ランさん!」
シンバがランに走り寄る。
「シンバちゃん? ここは?」
「トロイって村だよ。ランさん、一体何があったの? ヴォルフさん達は?」
ランはガバッと起き、
「戻らなきゃ!」
と、言った。だが、シンバに、
「まだ駄目だよ! まだ本調子じゃないでしょ? それに戻るってどこへ? ちゃんと説明してくれなきゃわからないよ」
と、止められる。
ランは、フゥッと深呼吸をし、シンバを見て、話し始めた。
「State PPPでは優れたD.Pが結集してるって情報を掴んだの。それはD.Pがこの世に必要であるって事になるわ。ヴォルフが望んだD.Pが生きる証。その為の事実を手に入れる為、私達は一度潰したS.Rへ、もう一度、何か手掛かりはないか探したの。そして、ある物を手に入れたわ。それはPeaceの者が持っている十字架のペンダント。どうしてS.RにPeaceのペンダントがあるのかと、不思議に思って、ヴォルフが私にシスターに化け、Peaceに忍び込むよう命令したわ。ペンダントは鍵である事が直ぐにわかったわ。Peaceに潜り込んで、色々と調査してる内に、シープってシスターに見つかって・・・・・・」
「ああ、うん、なんか、そっからは大体、想像つくよ」
シンバがそう言うと、ランは俯いた。
「私、D.P失格だわ。人間なんかにやられるなんて。しかも壊された挙げ句、海に捨てられるなんて」
「誰も失格なんて思わないよ。それ所か、みんな心配してるんじゃないかな? ヴォルフさん達は今はどこにいるの?」
「S.Rにいるかもしれないわ。他に何か手掛かりがあるかもしれないから探すって言ってたから。でも、ヴォルフ達にどんな顔して会えばいいの・・・・・・?」
「大丈夫だよ。僕も一緒にS.Rに行くから。ひとりじゃないから大丈夫!」
「・・・・・・パインちゃんは?」
「はぐれちゃったんだ」
「そう・・・・・・。シンバちゃんも色々あるわね・・・・・・」
ランは溜息を吐き、再び、俯いた。
「シンバ、シンバ、オレッチ、寝てた時、わからなかったけど、めっちゃめちゃ美人じゃんか! いいな、いいな、シンバ、こんな子と知り合いなんて!」
チゴルがシンバの傍に来て、はしゃぎながら耳元でそう言った。
小さな声で言ったが、ランには聞こえている。
「ねぇ、チゴルも一緒にS.Rに来てくれるよね? ベルカも探さなきゃいけないし」
「え? あー、うーん、ベルカって奴は一緒に探すって言ったけど、なんか話聞こえちゃったんだけど、やばそうじゃん? オレッチはトレジャーハンターだからさぁ、なんか、こう、野蛮な事に足突っ込むのは違うじゃん?」
「アンタ、恐いんでしょ」
ランがチゴルを睨み、そう言った。チゴルは、目を泳がせ、後ろへ退く。
「トレジャーハンター? そんな恐がりの性格でよくそんな古典的な英雄みたいな事やってられるわね! そんなの今時流行んないのよ! 宝なんて盗まなきゃ手に入らないものよ! それこそ野蛮な事よ! それもわからないで時代遅れの英雄気取りはやめてよね! 私はシンバちゃんと二人で行動するから、アンタは来なくていいわ!」
ランの厳しい台詞――。
チゴルは落ち込んでいる。
「あ、あのさ、チゴルが持っているモーターボートも必要だし、僕と二人で行動するなんて言わないで、三人、仲良く、S.Rに向かおうよ?」
シンバがそう言うと、ランはプイッと横を向いてしまった。チゴルはシュンっとしている。
――ランさんとチゴル。
――パインにディア。
――僕は間に挟まれるのが多いなぁ・・・・・・。
シンバは、その場の空気に苦笑いする。
「さぁさぁ、どっかに行くみたいだけど、食事が出来たから、お腹一杯食べて、ゆっくり休んでからにしなさい? チゴルも冒険するのに、仲間ができて良かったわね」
と、エンテが来た。
エンテの言う通り、食事をして、休む――。
トロイの村を出たのは、満月が照らす静かな夜だった。
チゴルは冒険者らしく大きなリュックを背負っている。
イーダの山を越え、西の海岸沿いに出る。そして東へとゴムボートで移動し、着いた海岸で、ゴムボートは空気を抜き、持ち運ぶ事にした。
ロードに出て、海の公園を抜け、街へ出る。
Stationで、トレインに乗り、途中で何度か乗り換え、タクシーなども使い、S.Rの人工島が浮かぶ湖に着いたのは、出発から数日後の夜明けだった。
草で隠れている湖の淵にある小さな鉄の扉を、ランは手探りで探し、それを開ける。
中にはカードキーを入れる穴がある。
キーを差し込むと、湖を渡る橋が現れた。
それを渡り終えると、橋は消えてなくなり、島の上から地下の組織へと自動ワープした。
「すっごい仕掛けがある場所だな」
チゴルは、そう言って驚く。
組織の中は、バトルをした時のまま、荒れ放題で、誰の気配もない。
一番奥の部屋で、
「ここでヴォルフ達と別れたんだけど、どこにもいないわね」
と、ランが辺りを見回し、そう言った。その時、
「シンバ、壊れなかったのね」
と、ディアが銃を構え、突然、現れた。
「ディア!? どうしてここに?」
「下水道を通って来たのよ。D.Pの秘密の組織に辿り着ける地図のタレコミがあったって、ホークから聞いてね。まさかシンバに逢えるなんてね。さぁ、手をあげなさい!」
シンバ達は手を上げる。
「だからやばい事に足突っ込みたくなかったのにぃ」
と、チゴルが嘆く。
「この組織は潰させてもらうわ! いろんな所に爆弾を仕掛けたから!」
「知らないの? おばさん。この組織はとっくに潰れてるのよ」
ランは、そう言うが、
「騙されないわ!」
と、ディアは、聞く耳さえ持たない。それ所か銃を構え、近付いて来る。至近距離で仕留めようというのだろうか? だが、その時、大きな爆発音と揺れで、皆、バランスを崩し、倒れる。
「嘘!? どうして爆発が!?」
驚くディアに隙を見つけ、その瞬間、ランがディアの手元を蹴り上げ、銃は遠くに飛んでいった。
「シンバちゃん! 逃げるわよ!」
「オレッチの名前も呼んでくれよ」
ランとチゴルが、その場から逃げて行く――。
湖周辺では、ホークの命令で、PPPの者達が爆弾のスイッチを次々と押している。
「ホ、ホークさん、ディア捜査官が、まだ脱出してないのでは・・・・・・?」
「だからどうした?」
ホークは平然とそう言った。そして、
「被害はなるべく小さく、その為の多少の犠牲はつきものだ。それがPPPの考えだろ?」
そう言い切った。そう言われると、何も言い返せず、爆弾のスイッチを押すしかない。
S.R内部では大崩壊が始まっていた。
――ランさんとチゴルはうまく逃げれたかな・・・・・・?
シンバは、頭上から落ちて来る瓦礫で足を怪我したディアをほっておけず、まだそこにいた。ディアは差し出すシンバの手を拒み、動こうとしない。
「何してるのよ! 逃げなさいよ!」
「逃げないよ」
「逃げなさい! このままここが沈んだら幾らD.Pでも壊れるわよ!」
「いいよ、壊れても」
そう言ったシンバに、ディアは、
「いい訳ないでしょ! 逃げなさい! これは人間の命令よ!」
そう震えた声で吠えた。
湖の水が、まだ徐々にだが、少しずつ入って来て、ディアもシンバもびしょ濡れだ。ディアは唇も青く、小刻みに震えている。寒いのだ。
足の踝の辺り迄、水が溜まっているが、ディアは、足を痛めて、座り込んでいる。
その所為で、水に浸かっている体の面積も多い為、体温が低下して来ているのだ。
「僕は逃げないよ。ディアをほっては逃げない」
そう言って、シンバは、ランが蹴り上げて遠くに飛んだ銃を拾い、ディアの手に持たせた。
ディアは銃を手に持つが、今となっては役に立たないと、構えず、ダランと下に落とした。
「あ、水に浸けちゃって大丈夫?」
「平気よ、水の中でも使える銃だもの。それにこんなの心配したって、もう終わりよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・私、一体、何してるんだろ」
もう諦めきったディアの表情。
「私の父は探偵だったの。D.Pと二人で組んで、難解な事件を解決してたの。ある日、父は帰って来なくなった。ある事件に巻き込まれ、死んだの。でもD.Pは壊されず、戻って来たわ。父が、D.Pに逃げろと言ったんですって。それでそのD.Pは素直に逃げたって訳よ。D.Pなんて嫌いよ。命令しか聞かないんですもの。どれだけ父に恩があったとしても、父を見殺しにするんですもの。盾になってでも父を守ってくれたっていいじゃない!」
ディアはそう話した後、フッと笑い、
「逃げなさいよ、シンバ」
そう言って、シンバを見た。
「人間って傷つけ合う癖に、それでも物凄く優しいんだよね・・・・・・」
「え?」
「どうしてディアのお父さんは逃げろって言ったのかな? 助けてじゃなくて、どうして逃げろって? そのD.Pを助けたかったんだろうね。お父さん、自分が傷付くの承知で逃げろって命令したんだろうね。ディアを見てればわかる。ディアはお父さんにソックリなんじゃない? 優しい温かい気持ちが伝わって来るよ」
「勘違いしないで! 私は優しくなんかないわ!」
「どうして? あんなに優しく犬を抱けるのに?」
「犬?」
「ディアと初めて出会った時、犬を優しく抱いてあげたじゃないか。僕はそれを見て、やっぱり人間になりたいと思った。キミみたいに優しくなりたいと思ったんだ。キミみたいに、自分が犠牲になっても誰かを助けたいと思う人になりたい」
ディアは下唇を噛み締める。
「でも僕は逃げないよ。今、ディアの優しさに甘えたら、後悔する。だって、まだ二人で助かる方法はある! 諦めない限り、助かる! だから僕は逃げない! 諦めない!」
「シンバ・・・・・・」
シンバは、ディアに微笑み、手を再び差し伸べる。ディアは、シンバの手を強く握り締め、立ち上がり、シンバの胸に顔を埋め、二人、抱き合った。
「・・・・・・シンバ、温かいね」
シンバの体温が、ディアの冷え切った体も、心も、温めていく――。
「シンバ、助けて・・・・・・。私、助かりたい。まだ生きたい!」
「うん! 助かるよ!」
「どうやって?」
「建物が湖に沈んでいってる。ここも直に水が大量に流れ込む。爆発で、どっかに穴があいてれば、そこから湖に抜け出し、そのまま泳いで行ける! ディア、痛いのは足だけ? 僕にしがみつける?」
ディアは強く頷く。
シンバは赤い帽子を、なくさないよう、ズボンのウエストに挟む。
「でも、シンバ、私を助けて後悔しない? どう刺し違えても、あなたはD.Pで、私はPPPなのよ? 私に銃を持たせたけど、あなたはそれでいいの?」
「いいも何も僕はPPPとかD.Pとかで、ディアや自分を見てない。ディアはディアだから。ディアこそ、そんな拘りがあるのに、D.Pの僕に助けてもらって後悔しない?」
後悔するか、しないか、そんな事を考えてる暇もなく、水がそこらの壁を突き破る勢いで流れ込んで来た。ディアを強く抱きしめたシンバは、水の勢いで、突き飛ばされ、そして水の中、思うよう体が動かず回転する。
それでもディアを守らねばと、ディアの頭を抱き締めている。
力の加減を考えなから、ディアを守る。
シンバの体を瓦礫がぶつかったり、擦ったり、着ている服は破れ、痛々しい。
だが、シンバはD.Pである、痛さは何もない。
ディアを守れれば、それだけでいいのだ。
水の抵抗にもなれ、出口を探す為、S.R内部を泳いでいく。
途中、空気が溜まった場所で、息継ぎをする。
湖の水が流れ込んでいる壁の穴を見つけたが、その穴は小さすぎて、通り抜けれない。
だが、違う穴を見つけている時間もない。
建物はどんどん沈んで行っているのだから。
ディアが、懐から銃を取り出し、壁目掛けて、弾を放った!
すると壁は水の中、崩れ落ちて行く。
再び、ディアはシンバにしがみつき、そして、シンバもディアを抱き、光を感じる上へ、上へと泳ぐ。
服のせいだろう、体が重く、沈んでいるんじゃないかと錯覚する程、前へ進めていない。
シンバが背負っている剣も重いのだ。
だが、助かる事だけを信じて、上へ上へと――。
「ぷはぁっ! ハァ、ハァ、ハァ、ディア、ハァ、ハァ、大丈夫? ハァ、ハァ・・・・・・」
「ハァ、ハァ、ハァ、何とかね、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」
「ハァ、ハァ、ハァ、息、よく続いたよね、ハァ、ハァ・・・・・・」
「ハァ、ハァ、ハァ、私はPPPよ? 鍛え方が違うわよ。ハァ、ハァ・・・・・・」
湖の淵にしがみつき、二人、息を目一杯吸いながら、乱れた呼吸を整わせる。
ディアは、湖から陸へ上がり、
「痛っ!」
と、足首を押さえた。
「大丈夫!?」
シンバも湖から出て、しゃがみ込むディアに駆け寄る。
「・・・・・・シンバ、私をホークの所まで連れて行ってくれる?」
「わかった・・・・・・」
シンバは頷き、ズボンのウエストに挟んだ大事な赤い帽子を被ると、ディアに肩を貸す。
「ホークに事情を聞いてみる」
ディアのその台詞は、まだホークを信じているのだとわかる。そして、それはホークの答え次第で、再び、シンバの敵になると言う事。
だが、シンバは躊躇わない。
肩を貸してと言うディアの為に、肩を貸す。
例え、裏切られるとしても。
ホークは、シンバ達がいる場所から、反対側の湖にいる。
ディアはシンバの肩を借りながら、足を引き摺り、一歩一歩とホークの所へ行く。
びしょ濡れの二人は、服のせいもあり、体が重い。
気持ちも重い。
そして空も重く、灰色の厚い雲が低く、シンバ達へ圧迫感を与える。
雨が降りそうだ――。
ホークの所迄、辿り着くと、ランとチゴルが捕まっていた。
「あれぇ? ディアさぁん、無事だったんですかぁ? 心配しましたよぉ」
ヘラヘラとそう言って、笑っているホーク。
「死ぬ所だったのよ」
そう言ったディアに、
「そりゃあそうですよねぇ」
と、再びヘラヘラ答える。
他のPPPの者達は、ディアが生きて戻って来た事で、責任を問われるのが嫌らしく、さっさと車の中へと待機してしまう。
「このD.Pに助けてもらったの。そこにいるD.P2人は離しなさい。今日のところは見逃すわ。命を助けてもらったんだもの」
「それは出来ませんよぉ」
「これは捜査官としての命令よ!」
ヒステリックに大声を出すディア。
「捜査官がD.Pを庇うような真似していいんですかぁ? ディアさん可笑しいですよぉ?」
「可笑しいのはホーク、あなたよ! 私がまだ建物の中にいるのはわかってた筈よ! なのにどうして爆弾のスイッチを押したの? ヘラヘラ笑ってないで説明してよ!」
「手違いですよぉ」
「手違いで済む話じゃないわ! ちゃんと説明して! ちゃんと説明してくれたら・・・・・・私・・・・・・・」
「面倒臭い女だなぁ」
そう言ったホークから、ヘラヘラした表情は消え失せていた。
「ホーク?」
「だから大人しく湖に沈んどけば良かったんだよ」
「ホーク? 何言ってるの?」
「使えない奴は不要だって言ってんだよ」
「使えないってどういう事?」
「だから、使えないって事だよ。折角捜査官にしてやったのによ、言う通り動いてくれなきゃ意味ねぇんだよ。ナッカルにあるD.Pの組織に入り込んでも爆弾も仕掛けずに、のこのこ帰って来た事もあったし、Peaceのシスターがいるから慎重にタイヤ狙えって言ってんのに、うまくやらねぇし。使えない駒は必要ないだろ」
「・・・・・・捜査官にしてやったって、どういう事? 私は自分の実力で捜査官になったのよ! 難解な事件を沢山解決して来たんですもの!」
「誰が解決してきたって? 事件を解決して来たのは、全て、この俺だ。ない脳みそで、よぉく考えてみろよ。俺がいなかったら解決できなかったろ」
ディアは、今迄の事件解決を思い出す。
そう、いつもホークは一緒だった。
そして、いつもホークは〝ディアさぁん、ディアさぁん〟と、傍にいた。
そして事件のヒントをくれるのは、いつもホークだった・・・・・・。
わからない事もホークがいれば、簡単にわかるヒントをくれた。
そして、ホークは必ず、自分はわからなかったけど、流石ディアさんだと誉めた。
結果、ディアが事件解決をして来たが、本当は事件を解決して来たのはホークだったのだ。
〝ディアさぁん――〟
笑顔で、懐いて来るホークがディアの目蓋に焼き付いている。
「捜査官って立場は面倒なんだよ。失敗したら責任も問われる。部下が馬鹿な事をしただけで、自分にゃあ、関係なくても許されない。下手したらPPPを首になる事だってある。だったら捜査官補佐としている方がいい。だが捜査官が使えない駒なんだから、どうしようもない。使えない奴はPPPには不用だろ」
そう言ったホークをディアは、キッと睨み、シンバから離れ、一歩、二歩、足を引き摺りながら、前に出て、銃を構えた。
銃口はホークに向けられている。
「今迄の事件は、全てあなたが解決して来たんだわ、ホーク。でもね、だからって、私を殺そうとしたのは確かよ! それは犯罪だわ! PPPに不要なのはあなたよ!」
「本当に面倒臭い女だ」
「言う事はそれだけ? 手を上げなさい!」
そう言われ、ホークは手を・・・・・・上げる振りをし、懐から銃を取り出し、撃った!!!!
だが、ディアの持っていた銃が弾き飛ばされただけだった――。
「参ったなぁ、ぼくは心臓を狙ったつもりだったんですが、全然、狙い通りの場所じゃなかったなぁ。やはり銃の腕前はディアさんには敵いませんねぇ。だけど・・・・・・」
ヘラヘラとした表情でそう言ったかと思うと、再び、冷酷な表情に変え、
「こんな玩具、俺には必要ない」
ホークはそう言って、銃を捨てた。
「・・・・・・銃が玩具ですって?」
ディアはそう呟き、震えている。
服が濡れている寒さのせいではなく、恐怖に震えている。
涙を一杯溜め、だが、こぼさないよう、下唇を噛み締め、一生懸命、負けないように、込み上げて来る恐怖と戦っている。
ディアの横で、ずっと黙っていたシンバが、ホークをキッと睨んだ。
「ディアはずっとお前の事、信じてたんだぞ!」
「だから?」
ホークはそう言って、シンバを見る。
「誰に何を言われても、ディアはお前を信じてたんだ! お前はいい奴だって、お前の事、誰よりもいつだって、大事に思ってた! なのに、どうして意地悪するんだ!」
「意地悪? おいおい、そんな言い掛かりよしてくれ、ガキの遊びじゃないんだ。誰も意地悪なんてしていない。駒として動けない以上は邪魔だと言っているだけだ。言っておくが、ちゃんと駒として動いてくれれば、俺も邪魔だなんて思わず、大事に扱ってやったさ」
「そんな考えおかしい!」
「人間がD.Pにして来た事じゃないか? お前もD.Pならわかるだろ?」
「わからない! 僕は駒扱いされた事なんてない! 僕は僕として生まれ、僕として行動する! 誰かを駒にして、自分は何もしないなんて嫌だ! それに誰かを傷つけて、平気な顔してる奴も嫌だ! だから、お前は許せない!」
シンバは剣を抜き、ホークに構えた。
「へぇ、また古典的な武器だなぁ。一つ前時代の武器だ。ねぇ、ディアさぁん、ディアさんも子供の頃は、剣術習ったんじゃないですかぁ? 今の時代の20歳くらい迄の若者は皆、子供の頃、習ってた人が多く、剣術も使える人が結構いますよねぇ? だけど時代も変わり、銃が広まった。Stateが変わったからね。だが、D.Pが武器を持つなんて初めて見る。しかも剣術なんて身についてるのか? まぁ、D.Pは戦闘能力が凄いからなぁ、何をやらせても極めるか?」
「シンバちゃん! そいつ、めちゃめちゃ強いのよ! 絶対に勝てないから逃げて!」
ランが、そう吠えたが、
「もう遅い」
ホークはそう言うと、シンバの目の前に風の如く現れ、顔面を殴った。
「シンバ!」
ディアが、シンバの名を叫ぶ。
シンバは、殴られた衝撃で、顔から飛ばされるが、倒れるのを踏ん張り、首をグリンと元に戻し、キッとホークを睨んだ。
「流石D.P。痛さがないだけタフだねぇ」
怒りの表情のシンバに比べ、ホークは、今度はいつ仕掛けようかと、にやにやしている。
雨が降り出す――。
ポツポツとシンバの頬に当たる――。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
シンバは雄叫びを上げ、剣を振り上げて、ホークに向かって行く、
「なんだ、コイツ」
と、ホークは、シンバの攻撃を交し、腹部へ回し蹴りを与える。
蹴りは、向かって来たシンバの勢いをそのままダメージとして与えた。
「剣術どころか、バトルがなっちゃいねぇ。戦闘能力0! お前、マジでD.Pなのか?」
D.Pである証拠に、どんなダメージを与えられても、シンバは立ち上がり、向かって行く。
痛さが全くないのだ、壊れる限り、止まらない。
どう見ても、このバトルに、シンバの勝ち目はない。
だが、ランもチゴルも、ディアも、シンバが勝つような気がして来ていた。
現にホークに、焦りが見えている。
「なんだ、コイツ。おかしい。D.Pの癖に、なんでこんな人間的な感情の持久力持ってやがる? これでD.Pの基礎と技術(テク)が加わったら、化け物だぞ、コイツ」
シンバの腕や足、胴体、頭部、体中全てから電流がジジジッと音を出し、流れ出し始めている。壊れてもおかしくはない。だが、シンバは立ち上がる。
シンバの呼吸は、もうとっくに乱れきっている。
ホークは、今、呼吸が乱れ始めている。
このままバトルを続ければ、シンバのしつこさに、ホークは、勝機を失うかもしれない!
ホークが呼吸を乱したのは、シンバが化け物かもしれないという恐怖から?
それとも単に動き続けたから?
サンドバック状態で殴り続けられるシンバ。剣なんて、持っているだけで何の役にも立っていない。だが、殴り続けているホークの方が、シンバに圧倒されている。
「もういい!」
ホークはそう吠え、殴るのを止めた。
「バトルは終わりだ。答えろ、お前の主人は誰だ? どういう命令でここにいる?」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」
呼吸を乱し、シンバは只、ホークを睨み、見据えている。
雨はザーッと勢い良く振り出し、皆、びしょ濡れの中、シンバとホークを見ている。
シンバは何度も転がり、泥だらけ。
「答える気がないのか? それとも喋る力さえ残っていないのか?」
そのどちらもである。
「何故、壊れない? お前の何が限界を超えさせている? お前は一体何者なんだ?」
シンバは、剣を構え、まだ戦える姿勢をとるが・・・・・・。
「今日の所は終わりだ。お前に近付いて、お前の体から放出されてる電流でやられちゃあ、たまったもんじゃねぇ。雨に助かったな」
ホークはそう言って、PPPの車に向かって歩き出し、再び、足を止め、
「仲間は置いて行ってやる。決着を何れ着ける為に」
そう言うと、ランとチゴルにかけられた錠を外し、PPPの車に乗り込んだ。
そしてPPPの車が全て行ってしまい、ランとチゴルはシンバに駆け寄る。
バシャっと溜まった水溜りに、シンバは倒れた。
「シンバちゃん! このままじゃ水でショートしちゃう!」
「ショートなんてさせないわ、絶対に壊れさせない!」
ディアがそう言って、シンバを起き上がらせ、自分の背に乗せようとする。
「シンバを背負うのか? だったらオレッチが」
「駄目よ、あなた達、D.Pでしょ? シンバの電流でやられちゃうわ」
「何言ってるの、人間だって、電流が体に流れると大変じゃない!」
ランがそう言うが、ディアは、シンバを背負い、
「いいの。私がもしシンバの電流で死んでも後悔はないわ。私の命はシンバに助けられたから、今度はシンバを助けるのは私だから」
剣も濡れた服も、シンバ自身も、重さが充分あるが、ディアは歩き出す。
「とりあえず、雨が凌げる場所でシンバちゃんを見ましょう。直せる所は直してみるわ。来て!」
シンバが目を覚ますと、そこはセギヌスにあるラオシューのアパートだった。
ラオシューはいない。
「シンバ! 目が覚めたのね! 良かった!」
起きたシンバに駆け寄るディア。
「その女がタクシーつかまる迄、ずっとシンバちゃんを背負って来たのよ。でもシンバちゃんの体を直したのは私。どう? どっか動かし難い所とかある? 私も人間で言う所の掠り傷くらいのものしか直せないから、動かし難くてもどうしようもないけど・・・・・・後は自動回復機能が壊れてなければ、自然治癒する場合もあるから・・・・・・」
「もし動かない所とかあって自然治癒しなさそうなら、エンテさん所へ行けばいいよ! な? シンバ?」
チゴルがそう言って、ぼんやりしているシンバの顔を覗き込む。
「・・・・・・大丈夫そうかな・・・・・・でもまだ眠い・・・・・・」
知っている場所への安心感のせいだろう、張り詰めていたものが消え、シンバは再び、コテンと横になると、スウッと深い眠りに入って行った――。
そしてシンバは、夢を見た。
パインがどこかへ行ってしまう。
追い駆けても、辿り着けなくて、シンバはパインの名前を何度も呼ぶ。
何度も何度も何度も――。
幾度も幾度も幾度も――。
〝パイン、僕だよ! 僕を忘れたの!? パイン! パイン! パイーン!!!!〟
「お前等、何勝手に人の家で寝てやがるぅーーーーっ!!!!」
ラオシューの大声で、皆、目を覚ます。
「ラオシューさん・・・・・・?」
目を擦りながら、シンバは、嫌な夢だったなと、起き上がった。
「寝ぼけてんじゃねぇ! 不法侵入でPPP呼ぶぞ!」
「一応、私、PPPですけど」
ディアがそう言って、PPPのバッヂをラオシューに見せる。
「なっ! 何考えてんだよ! お前等は!」
ラオシューはPPPのバッヂを見て、何を言っていいか、わからず、兎に角、怒る。
「おいシンバ、お前、やっぱりパインと一緒じゃねぇんだなぁ」
「うん? やっぱりって?」
「ああ、実はな、昨日、パインの奴、ひょっこり現れてよぉ」
「本当に!? 良かった、パインも無事だったんだ! ベルカは?」
「いや、ベルカよりも、パインが無事とは言い切れねぇぞ」
「どういう事?」
「しょうがねぇ、只で教えてやるか。俺もあんなパイン見たのは初めてで、おっかねぇから誰かに話してぇってのがあるしな」
「おっかない?」
「ああ、あれは確かにパインだったが、あんなのパインじゃねぇ・・・・・・」
『おい、情報屋、ベルカの居場所を知っているか?』
突然、現れて、パインは、そう言った。
『パイン・・・・・・? か・・・・・・?』
『どうなんだ、知っているのか? 知らないのか?』
『お前、ベルカとは一緒だったんじゃねぇのか?』
『一緒じゃないから聞いているんだ。知らないなら、それなりの情報を調べろ。それが情報屋の仕事だろ。金ならある』
パインはそう言って、袋に入った大量の金を、テーブルに放り投げた。
『お前、この金どうしたんだ? それにお前らしくないじゃないか? 喋り方も変えたのか? 一体、どうしちまったんだ?』
『気にするな』
『いや、気にならない変貌ぶりじゃねぇだろうよ、その変わりようは!』
『死にたいのか?』
『なに?』
『死にたくなければ、俺の事は色々詮索するな』
そう言ったパインの目は、殺人鬼と同じ、鋭い眼力だった――。
『近い内にまた来る。それ迄に調べておけ』
『待て、パイン! お前、シンバはどうしたんだ? 一緒なのか?』
パインは一瞬立ち止まったが、何も言わずに行ってしまった――。
「〝死にたいのか?〟顔色ひとつ変えず、平然とした表情で言った、その台詞が一番パインらしくねぇ。でもなぁ、俺は改めて気付いたぜ。パインもDead Personなんだとな。この俺が恐くて何度も生唾を飲み込んだくらいだ」
これは夢の続きなのかと、シンバは思う。
「信じられないわ、あのパインちゃんが――」
ランもラオシューの話に驚きを隠せない様子。
「確かにアイツっぽくないわね。事故で頭でも打って、おかしくなっちゃったとか?」
ディアがそう言うが、それはないだろう。
「ヴォルフやウォルク、ロボならわかるけど、あのパインちゃんが殺人鬼のような目をしたなんて、絶対に想像つかないし、有り得ないわよ」
「いや、でもあれは確かにパインだった」
ラオシューはそう言って、今でも震えが来ると、身震いする。
「で、ベルカの居場所って?」
シンバがそう聞いて、ラオシューを見る。
「おっと、この情報は只では教えられねぇなぁ、金はパインが置いて行ったから、一杯あるしなぁ」
「そうだ、僕、ネクタルでお酒買ってもらったんだった!」
「あ、オレッチのリュックに入ってるぞ?」
チゴルが大きなリュックの中身を漁る。
「おお、ネクタルだと? いいねいいねぇ、神の酒と言われる味、飲みたいねぇ」
「じゃあ、ベルカの居場所、教えてくれる?」
「ああ、いいだろう。場所は三日月島――」
「三日月島?」
シンバが、なにそれ?と首を傾げると、
「ムーンクラブっていうカジノがある所ね? お金の賭け事を禁止し、コインに変えるよう、PPPが乗り込んで注意したとか聞いた事あるわ。私の担当事件じゃないから、深くは知らないけど、でも確か三日月の形をした島の事よね?」
ディアがそう言った。
「ああ。あそこはムーンクラブを造る為に造った人工島だからなぁ。地図にも載ってねぇし、知らねぇ奴は全く知らねぇだろう。カジノだけなら客集めもするだろうが・・・・・・」
「どういう事?」
シンバは再び首を傾げる。
「ムーンクラブとは表向き。あそこの本当の名はブラックムーン。実態はドラッグのオークション場なんだよ。つまりカジノとは、それを隠す為の仮の姿という訳だ」
「ふぅん、でもそれとベルカがどう関係があるの?」
「シンバ、ドラッグだけならオークションにかけなくても売れるんだよ。だがな、女はあそこでしか買えねぇ」
「女!?」
チゴルは驚いて声を上げた。
「金の持った奴等が、女とドラッグを多額の金で買うんだ。買われた女はドラッグ漬けにされる。奴等は、大量にドラッグを買い、女にそれを与えながら、飼い慣らす。ブラックムーンにとったら、金が山程入るって訳だ」
「そんな事してどうするの?」
「うん? そりゃあ・・・・・・世の中にはお前の知らないイカれた奴等がいるんだよ。趣味も異常レベルになれば、シンバ、お前のような無垢な奴には理解できねぇってもんだ」
「ふぅん・・・・・・。ドラッグ漬けにされたらどうなるの?」
「まぁ、普通の精神状態じゃなくなるだろうな。ドラッグなしでは生きていけないだろうしよぉ。まぁ、ドラッグの為なら何でもやるだろうなぁ」
「ふぅん・・・・・・」
シンバはよくわかってないが、一応、頷いてみる。
「明日の夜、三日月島でグリーンブラックの瞳が売られると情報を得た。ベルカとは限らねぇが、グリーンブラックの瞳の奴なんて、そうはいねぇ。ベルカの瞳はグリーンブラックだったからなぁ、ベルカが売られるんじゃねぇかと俺は思っている」
「ふぅん・・・・・・。その三日月島って所にはどうやって行くの?」
「ダーナって遊楽街があるだろ、その街にある港で、ムーンって船に乗るんだ。但し、月の影という合言葉が必要だ。この合言葉を言えねぇ奴は船には乗れねぇ。つまりムーンクラブだろうが、ムーンブラックだろうが、あそこの島に行ける者は限られて来るって訳だ。船と言っても、金持ちを乗せたフェリーだ。中はディナーやらショーやらクラッシックやらパーティ状態だ。だが、ここでムーンクラブとブラックムーンへの道が別れるんだ。いいか、船に乗ったら、〝ようこそ〟と言われ、数本の色とりどりの薔薇を差し出される。それは迷わず白を選び、胸に差せ。ムーンクラブに着いても、その薔薇は胸から取るな。そして館内をうろつけ。決してカジノには手を出すな。只、意味もなくうろつけ。するとワインを持ったボーイが現れ、〝お客様、赤ワインと白ワインをご用意致しました、どちらに致しましょうか?〟と言って来るから、どちらもいらないが、薔薇の為の月の雫のような水をくれと言いながら、胸にさしてある白い薔薇を差し出せ。すると〝御案内致します〟と案内してくれる、ムーンブラックの場所、ダークサイドのオークション場へな。他に聞きたい事は?」
シンバは首を振り、ラオシューに酒を渡した。
「言っておくが、パインが来たら、同じように教えるからな。金貰ってる事だしよぉ」
「うん、わかってる」
と、シンバは、コクンと頷く。
「シンバちゃん、オークションって意味わかってるの? ブラックムーンに行って、ベルカって子を手に入れる為には大金が必要なのよ?」
ランがそう言うと、シンバは、考え込み始めた。
「いいわ、協力してあげる。ヴォルフ達ともはぐれちゃったし」
「ランさんはお金持ってるの?」
「持ってる訳ないじゃない。でもいい方法があるわ」
「どんな?」
「私とチゴルは船に隠れて乗り込むわ。シンバちゃんはちゃんと堂々と船に乗り込んで、ムーンクラブに行って、オークション場がどこにあるのか、ちゃんと白薔薇を差し出して御案内してもらって? 私はシンバちゃんが御案内されてるのを、気付かれないよう後をつけ、一緒に御案内されるから。会場がどこにあるのかわかれば、後は私が、ベルカと言う子が売り出された時に、ライトを消すから、その間に、シンバちゃんはベルカと言う子を救い出すの。チゴルは船に残って、帰りの隠れ場所を確保しとくの。帰りはみんな隠れて船に乗って戻って来なきゃならないからね」
「ちょ、ちょっと待った! オレッチも一緒にそんな事するのか?」
チゴルが焦った声を出す。
「当然でしょ? アンタ、何の為にここにいる訳?」
「何の為って、オレッチは宝を探す為にいるんだよ。そりゃベルカって子が宝に関係あるって聞いてたけど、なんかヤバくない? それって犯罪っていうか・・・・・・それに、オレッチの御主人様の命令とは違う行動のような気がするし・・・・・・」
「犯罪って、売られてる女を助け出す事は悪くないと思うし、御主人様の命令のついでにしなきゃいけない事と思えばいいじゃない」
「だ、だけどさ・・・・・・」
「なんなの! もう! 気持ち悪い!」
「え、ええ!? 気持ち悪い?」
「うざい!」
「う、うざい・・・・・・?」
「それでもD.P? それでも男? ウジウジとキモいのよ、アンタ! シンバちゃんと仲間なんでしょ? 仲間が困ってたら助けるって命令されてないの? 兎に角! ゴチャゴチャとウザイ事言わないで! 私の言う通りにすればいいのよ!」
ランにそう言われると、チゴルは何も言えなくなる。
「ねぇ、シンバ、私も何か手伝えるかしら? PPPには戻りたくないの。戻らなきゃいけないけど、今はまだ心の整理がつかなくて・・・・・・」
「うん、ありがとう、でもディアはゆっくり休んでなよ。足の怪我もあるし。それに心の整理がついたら、僕がPPPに送るよ。だから今はここで休んでて?」
「シンバよぉ、ここで休んでてって、いい男気取りだが、ここは俺んちだって事忘れてねぇか? お前等の休憩場じゃねぇんだからよぉ」
ラオシューは酒をゴクゴク呑みながら、そう言って、シンバを睨むが、直ぐにほろ酔い気分で気持ち良くなり、ご機嫌な表情になる。
そしてシンバ達は三日月島に向かう事になった。
遊楽街ダーナ。
そこは眠らない街。
港では多くの客船が出航に賑わっている。
大きな黒いフェリー、ムーン。
『ムーンって船に乗るんだ』
その船に並んでいるのは、中年から老人の男性とドレスアップした熟女。嫌でもシンバは目立ってしまう。
出航の合図と共に、船の中に乗り込んで行くが、その前に、皆、黒服の男の耳元で何か囁いて行く。
『月の影という合言葉が必要だ』
黒服の男はシンバの頭の先から爪先までジロリと睨むように見たが、
「月の影」
と、囁くと、ムーンへ招き入れてくれた。
船に乗り込んで直ぐ、また黒服の男が現れ、薔薇を差し出して来た。
「ようこそ」
黒服の男はニッコリ笑う。
『それは迷わず白を選び、胸に差せ。ムーンクラブに着いても、その薔薇は胸から取るな』
シンバは白薔薇を選び、それを胸に差した。
ここまでは順調に事を進めている。
――もうチゴルとランさんは乗り込んでるのかなぁ?
そう思った瞬間、船は動き出した。
――大丈夫だよね? 乗り込んでるよね?
不安が過ぎる。
船の中はラオシューの言った通り、パーティ状態だが、シンバは馴染めずに強張った表情のまま、何度も溜息。
――こんな時、パインがいれば、絶対大丈夫って思えるのに。
一人ぼっちでいる事で、不安から逃げれない。
――ねぇ? パイン、どこにいるの? 会いたいよ。
平然とした表情になれず、怪しまれているのか、黒服の男達とやけに目が合う。
船の中で、シンバは異色のキャラを放ったまま、時間は過ぎ、三日月島へと入港した。
皆、船から下りて行く。勿論、シンバも下りるが、チゴルとランの姿が全く見えなかった為、何度も振り返ってしまう。
――ほ、本当に乗り込んでたんだよねぇ!?
不安が大きくなる一方だが、三日月島に聳え立つ大きな洋館の姿に、更に不安は重なって行く。皆、そこへゾロゾロと向かって行く為、シンバも向かう。
この島には、その建物しかないのだから、そこへ行く他はない。
中はカジノで賑わっている。
『決してカジノには手を出すな。只、意味もなくうろつけ』
シンバは、スロットだろうが、トランプだろうが、ダーツだろうが、ルーレットだろうが、もともとカジノなど、どう遊んでいいのかわからない為、自然と館内をうろついている。
長い時間、うろついていて、もう見るのさえ飽きて来た頃、黒服の男が、ワインを持って現れた。
「お客様、赤ワインと白ワインをご用意致しました、どちらに致しましょうか?」
ニッコリ微笑みながら、男は、赤と白のワインの入ったグラスを持っている。
『どちらもいらないが、薔薇の為の月の雫のような水をくれと言いながら、胸にさしてある白い薔薇を差し出せ』
シンバは、あたふたしながら、胸に差してある白い薔薇を差し出し、
「どっちもいらないから、薔薇の為の月、月の雫のような、み、水をちょうだい!」
噛みながらも、棒読みだが、なんとか言えた。
何か怪しく思われてないか、疑われてないか、そう考えると、呼吸が激しくなり、体中が熱くなっていく。
「・・・・・・御案内致します」
黒服の男がそう答えたのは数秒後なのだが、何分も経ってから答えられたようで、シンバは焦ってしまっている。
黒服の男について行くと、カジノから離れた本棚が並ぶ個室に入った。
――うっ! 密室! 閉じ込められる?
シンバは思わず、背負っている剣の柄を握るが、
「今宵も良い品が揃っておりますよ」
と、男は分厚い本を一冊、奥へと押し込んだ。
すると、本棚が動いて、下へと続く階段が現れた。
シンバは、ふぅっと溜息を吐き、階段を一歩、一歩、降りて行くと、再び、本棚は元に戻り、扉は閉ざされた。
「こ、恐いな・・・・・・」
思わず、そう言ってしまう。
――ランさんは、どこかにいるよね・・・・・・?
そう信じて、階段を下りて行く。
ローカを出て、広い間に出ると、オークションが行われていた。
小難しい名前のドラッグが高額で落とされて行く。
――ベルカはまだ現れてないのかな・・・・・・?
シンバは辺りを見回す。まだ女性は売られていないようだ。
――ど、どうしよう、どうしたらいいんだろう?
――えっと、えっと、ここでベルカが売られるまで大人しくしてる?
――ラ、ランさんはどこにいるのかなぁ。
――うわぁーん!!!! どうしたらいいんだよぉ!!!!
「パイン・・・・・・」
泣きそうな表情で、シンバはパインの名を呼び始めた。
「どうしたらいいの、このままでいいの? パイン、パイン、パイン・・・・・・」
『ええか、シンバ』
「パイン?」
『ランがライト消した時が合図や』
「パイン、どこ?」
『今の内ステージ迄の道を頭に入れとけ。真っ暗でも大丈夫なようにな』
「う、うん!」
シンバはステージへ上がる為に、どう行けばいいか、チェックし始める。
そして、ふと気がつく。
「・・・・・・パイン、僕を導いてくれて、ありがとう」
パインなど、どこにもいやしない。だが、シンバの中にはパインが存在している。
――ここまで僕が壊されず来れたのは、パインがいたからだ。
――パインがいたから、僕は一秒、一秒、刻まれる時間の中にいれるんだ。
――パインはヒーローなんだ、いつだって困った時は現れてくれる。
シンバに落ち着きが戻る。
不安が消し飛んだ所の、いいタイミングでベルカが登場した。
「お待たせ致しました、次の商品です、グリーンブラックの瞳――」
ステージの上、無表情のベルカは椅子に縛られている。
今のシンバは一人でも何でも出来そうなくらいの度胸がある表情をしている。
落ち着いて、ライトが消えるのを待っている。
「150万!」
「151万!」
「200万!」
「205万!」
ベルカの値段がどんどん上がって行く。そして部屋がドンッと闇に襲われる。
まるで夜行性の獣のように、シンバは闇の中走り出す。
そしてステージの駆け上がり、ベルカを縛っている椅子へと辿り着く。
「ベルカ?」
「え? 誰?」
「僕だよ、シンバ!」
「嘘? シンバ? どうして?」
シンバは縄を剣で切る。
拘束が解かれ、ベルカは立ち上がる。
「逃げよう」
シンバがそう言うと、ベルカは、闇でも見えるかのように、シンバの手を握りしめた。
シンバもしっかり握り返す。
だが、その瞬間、部屋のライトが点いた!
「ランさん・・・・・・早すぎ・・・・・・。ヴォルフさん達と同様のリズムでやられても困るよ・・・・・・」
苦笑いと一緒に吐いたその台詞。
黒服の男達が大勢現れる。
シンバはベルカの手を引っ張り、ステージから飛び降りて、猛ダッシュで逃げる。
「追え! 大事な商品だ! 逃がすな!」
そう言った男がいきなり倒れ込む。
黒服の男達は次から次へと倒れる。
客である者達は何が起こっているのかわからず、驚くばかり。
また黒服の男が倒れる。
その男達の首には細くて長い針が刺さっている。
「シンバちゃん、ホント、手がかかるんだから」
と、ステージの影から現れるラン。手には毒針がまだ幾つか持たれている。
どうやら全てランの仕業らしい。
そんな事も知らず、追われていると思い、シンバは必死に走る。
「シ、シンバ、行き止まりじゃない?」
「でもここから来たんだよ、ここの扉を開けるにはどうしたらいいんだろう?」
焦っていて、どうしていいかわからず、シンバは剣を構え、何故か扉に向かう。
その時、扉が開き、
「シンバちゃん」
と、ランが開いた扉から現れた。
「ランさん! ちゃんといたんだ!」
「当たり前でしょ! さ、行くわよ!」
ランの背について、シンバとベルカは手を繋いだまま走る。だが、途中で、手をベルカの方から離した。走りながら、シンバは手を離してしまったベルカを振り向いて見るが、大丈夫なんだとわかり、ランについて行く。
人が多いカジノの方は通らず、違う部屋を通って、外へ出た。
フェリーに乗り込み、チゴルが用意したワイン樽に隠れ、船が出港するのを待った。
出航する前に黒服の男達が、船の中を丹念に調べる。
シンバとベルカを探しているのだろう。
樽は、ワインが入っているか調べられるが、樽に穴が開いていて、ワインを注入される部分には、瓶に入ったワインが設置されていて、正にワインが入っているかのように、うまく外に注入される。
この仕掛け、チゴルが作ったらしく、ランは、
「やるじゃない。本のちょっぴりだけど、見直してあげたわ」
と、チゴルを誉めていた。
そしてバレる事はなく、無事に船は出港し、遊楽街ダーナに戻って来た。
「うまくいって良かったわね、シンバちゃん」
「・・・・・・うん」
フェリーを無事に降りれた事も、ベルカが無事で良かったという安堵もあったが、シンバには気になる事があった。
――パインはどこにいるんだろう?
――オークションの場所でパインを見る事はなかった。
――まだラオシューさんから何も聞いてないのかな・・・・・・。
――でもきっと大丈夫だよね!
――パインはいつだって僕を助けてくれるもん!
――パインの声だって聞こえるくらい、僕はパインを信じてるもん!
――パインの姿だって、ちゃんと見えるくらい・・・・・・
「パイン・・・・・・?」
目の前にパインがいる。
人通りの激しい場所で、皆、行き交う中、4人の前に立ちはだかるパイン。
その表情はまるで別人のように冷めた目をしている――。
それが自身で作られた表情なのか、それとも全くの別人なのか――。
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