5.Dead heat

シンバはベルカに、大聖堂での事を話した。ベルカは、

「良かった」

と、ホッとしたように言った。

「良かったって?」

「みんな無事で良かったです。エステルの事は気になさらないで? 私、シープさんに返してくれるよう、お話してみますから」

ベルカはそう言ってニッコリ笑った。

グリーンブラックの瞳が、とても奇麗で、優しくて――。

――みんな、ベルカのようならいいのにな。

シンバはベルカに見惚れてしまう。

ベルカを見ていると、あんな風に優しくなりたいと憧れ、やはり痛さを手に入れ、人間になりたいと強く思う。

――優しくなりたいから・・・・・・。

「シープっちゅう女、只者やない。話してアッサリ返してくれるとは思えん」

パインは冷蔵庫を開けながら、そう言った。

「勝手に冷蔵庫をあけるなぁ!!!! そして中見て舌打ちをするなぁ!!!!」

吠えるラオシューを無視し、パインはペットボトルに入った水を出して、飲み始める。

「勝手に飲むなぁ!!!!!」

「パイン、僕にも水」

パインはペットボトルをシンバに投げた。

「勝手に回し飲みするなぁ!!!!! しかも直接飲むなぁ!!!! せめてコップ使え!!!! っていうか、いい加減にしろぉ!!!!」

「あのシープっちゅう女、一体何者なんや」

「無視するなぁ!!!!」

そう吠えられても、皆、ラオシューを無視して、話始める。

「私の知っているシープさんは、とても優しい人でしたよ?」

「尚更恐いっちゅうねん。エステルはとりあえず諦めた方がええ。エステルの他の宝石を捜した方がええかもなぁ」

「でもイーもエッグも、ずっと昔に売っちゃったから、今、どこにあるのかわからないの」

「ずっと昔て、ベルカ、お前、年齢幾つやねん」

パインの問いにベルカは黙った。年齢がわからないのだろうか――?

「女の子に年齢聞くなんて最低!」

ディアがそう言って、パインを睨む。

「お前に聞いとらんやろ。早よPPP本部に帰れや」

「私だって早く帰りたいわよ!」

パインとディアが喧嘩を始める前に、シンバが、

「明日! 明日の朝、ディアをPPP本部に送り届けるって事で、今日は疲れたし、もう休もうよ!」

そう言った。

「ここで休むなぁ!!!!」

ラオシューは最後まで吠え続ける。

その真夜中――。

「寝たら?」

ソファに座り、目だけ閉じているパインに、ディアは声をかけたが、パインは目を閉じたまま、動かないし、無言のままだ。

「私が眠る迄、起きてるつもり?」

パインは黙っている。

「安心していいわよ、私は眠っているD.Pを襲って壊そうなんてしないわ。だから寝たら? D.Pも疲れるんでしょう?」

パインは動かない。

「あっそ。私を信じる気はないって事ね。勝手にすればいいわ、じゃあ、私は寝るから」

ディアは溜息混じりに、そう言って、床にゴロンと寝転がり、毛布を被った。

パチっと目を開けるパイン。

ゴロゴロと転がる寝相の悪いシンバに、フッと笑みを零し、再び目を閉じた――。

次の日――。

「PPP本部はヴォールの街にあるの。ここからだとカーロードを通って、国境を越えないと駄目ね」

ディアがそう言うと、

「カーロードって?」

と、シンバが首を傾げた。

「車専用道路や。つまり車やないとPPP本部には行かれへんって訳や。良かったなぁ、シンバ、俺等は車ないから、どうしようもない。一人で帰ってもらお」

「車くらい用意しないさいよ! 何でも屋でしょ!」

「誰が何でも屋や! ミラクのPPPに頼って本部でもどこでも勝手に行けや! 大体やなぁ、車がない事くらいわかるやろ! 何べんもミラクに行くにも電車やタクシー使ってんねから!」

「車あるけど使わないだけのケチな奴なのかと思ったのよ!」

「誰がケチや! せやったらタクシーとかのが高く付くやろ!!」

「あんたの喋り方がもうケチくさいし、胡散臭い」

「アホぬかせ! 喋り方っちゅうなら、お前こそ高飛車やし、胡散臭いのは、お前の専門特許やろが!」

「高飛車!? 私はあなたと違って上品なだけよ! てゆうか、私のどこが胡散臭いのよ!!?」

「ちょっと二人共、口喧嘩ストーーップ!!!! ベルカは?」

シンバはベルカがいない事に気が付き、パインとディアに、そう尋ねたが、二人共、首を振る。ラオシューはまだ眠っている。

「まさか一人でPeaceに戻ったんじゃ!?」

シンバは急いで外へ飛び出した。ベルカを追ってPeaceに行こうとしたのだ。

だがベルカはまだセギヌスの街中にいた。ベルカを見つける事が出来て、行き違いにならなくて良かったと安心したものの、ベルカは柄の悪い連中に絡まれている。

ベルカの他に女性がいる。どうやら、ベルカはその女性を庇っているようだ。

「ベルカ!」

シンバが駆けつけると、ベルカは安心したように、

「シンバ、来てくれたんですね」

と、ホッとした笑みを浮かべ、言った。

「へぇ、王子様登場って訳か」

「ベルカに何をした!」

「まだ何もしちゃいねぇよ。っていうか、これからだし」

そう言って、連中は、ベルカの手を掴み、自分達の方へ引きずり込もうとしている。ベルカは精一杯の力で抵抗して嫌がっている。

「ベルカを離せ!」

「うるさいガキだな、お前から始末してほしいのか? 黙ってみてろよ、クソガキが!」

そう言った男が、シンバを突き飛ばし、シンバは後ろにいた誰かにぶつかった。

「シンバじゃないか、何してるんだ? パインはどうした?」

ぶつかった人は、ぶつかったにも関わらず、ビクともせず、そう言ったので、シンバは驚いて、振り向くと、そこにはヴォルフの姿。

「ヴォルフさん! ウォルクさんも、ロボさんも、ランさんも! どうしたの?」

「こっちがどうしたんだって聞いてんだよ。こういう連中とまともに接してんのか? ホントお前ってば、D.Pの癖に、やってらんないねぇ」

そう言いながら、ウォルクは連中の一人を殴り飛ばした。そいつは砂煙を巻き上げながら、遠くに転がる。他の連中も、ベルカを離し、ズザーっと退き、

「こいつ等、D.Pだ」

そう口々に言うと、逃げて行った。

だが、殴られた一人が、血を吐いたと思ったら、ゆっくり起き上がり、その手にはナイフが持たれ、

「この野郎・・・・・・ぶっ壊してやるぁぁぁぁ!!!!」

と、勢い良く走って来た。

ランが素早い動きで、ナイフを持った手を蹴り上げると、ナイフは宙を舞う。

ロボが、大きな体で威嚇し、男を抱き上げ、地に叩き落とす。

地で仰向けになり、倒れて動かなくなった男を、冷めた目で見下ろしながら、

「殺したのか?」

ヴォルフが尋ねる。

「・・・・・・No」

ロボは首を振る。男は気絶しているだけのようだ。

「そうか。手加減のできるD.Pで、こいつも運がいい。打ち所まではわからないが」

ヴォルフの冷めた口調は、相変わらずだ。

「シンバちゃん、その子の護衛なの?」

ランが、そう言って、ベルカとシンバを見る。

「ううん、そういう訳じゃないんだけど・・・・・・でも僕がベルカを守れたら良かったんだけど、でも、全然、守れないや・・・・・・」

俯くシンバに、ヴォルフはフッと笑い、帽子の被ったシンバの頭を、ポンポンと軽く叩き、

「頑張れよ」

そう言って、ガンショップに入って行った。Riviveの組織に戻ったのだろうか――?

「あ、あの、助けて頂いて、有難う御座いました」

ベルカが庇っていたであろう女性が、シンバに頭を下げ、そう言って来た。

「僕は何もしてないよ。ベルカの知り合い?」

「ううん、恐い人達に絡まれてたから助けてあげなきゃって思って。この街は女性の方一人だと危険ですよ。早く帰った方がよろしいですよ?」

ベルカがそう言うと、女性は、俯いて、涙をポロポロと落とした。

「ど、どうなさったんですか? どこかお怪我でも!?」

ベルカが女性の肩を持ち、そう聞くが、女性は泣き止まない。

そして――

「娘が、娘が誘拐されたんです、セギヌスの粗大ゴミ置き場にあるタイヤが沢山ある所に金を持って来いと言われたんです」

女性は、やっとの思いで、そう言ったかと思うと、泣き崩れた。

「その話、詳しく聞かせて下さい」

ディアがPPPのバッジを見せ、現れた。

「シンバ、なかなか戻って来ないんだもん、私をあのパインとか言うムカつくD.Pと二人にしないでくれる?」

「ラ、ラオシューさんもいたから、大丈夫かなーって思ったんだけど」

苦笑いで、シンバはディアに、そう言った後、

「ベルカ、ラオシューさんの所に一人で戻れる? 僕はこの女の人の娘さんを助けてくるからさ」

ベルカにそう言った。

「ホント? 私は一人で戻れるから心配しないで? シンバも無理しないでね?」

と、ベルカはラオシューのアパートに戻って行った。

「PPPに連絡は?」

ディアが女性に聞く。

「いいえ、PPPには連絡するな、連絡すれば娘の命はないと言われたもので」

「そう、なら直ぐにPPPに連絡を」

「え?」

「ハッキリ言います、誘拐犯は金を手に入れても、娘さんを殺す可能性が高いです。娘さんに顔を見られてるでしょうし。そして誘拐に成功すれば、また同じ過ちを繰り返します。そうなる前に犯人を捕まえる事が大事なんです。PPPに応援を頼みましょう」

「あの、PPPに応援を頼めば、娘の命は助かるんですよね?」

「それは何とも言えませんが、娘さんの命は諦めた方がいいと思います。被害をなるべく小さくする為に、多少の犠牲はつきものです」

「そんな! 私は娘さえ助かればいいんです、娘を、娘を助けて下さい!」

女性はディアに泣き縋るが、ディアは平常心の装いで、銃に弾を入れながら、

「私は粗大ゴミ置き場に向かいます、PPPに連絡、お願いしますね」

非情な台詞を吐く。

「僕が助けるよ!」

突然シンバがそう言って、

「ここを真っ直ぐ行くと、ベータ街に出て、直ぐにわかると思うけど、崩れたアパートがあるから、そこの502号室で待ってて下さい。そこにベルカもいますから。僕、娘さんを必ず助けて来るから」

と、笑顔で泣き崩れている女性に言う。

「ちょっとシンバ! 何言ってるの? 無理よ! 相手はプロかもしれないのよ。PPPに応援を頼んだ方が利口よ!」

「犯人を捕まえれば、ディアの手柄になる?」

「・・・・・・それは」

ディアは黙った。

「誘拐された子も助けて、犯人も捕まえればいい」

「そんなの無理よ! 悪いけど、娘さんは諦めてもらうしかないわ」

「無理じゃないかもしれないよ? やってみなきゃ何もわからないよ。どうせ最悪な結果になるなら、やるだけやってみようよ」

「シンバ、あなたの考えは無謀って言うのよ! 最悪な結果が更に最悪な事になったらどうするの!?」

「その時はその時だよ!」

シンバは、そう言うと、粗大ゴミ置き場へと走り出した。

「ちょ、ちょっとシンバ、勝手に現場を荒らされちゃ困るのよーーーっ! シンバ、待ちなさいよ、ちょっとぉーーーーっ!」

ディアもシンバを追いかけ、粗大ゴミ置き場へと向かう。

セギヌスの街の一番北、山奥への道の途中、粗大ゴミ置き場がある。

その場所から更に奥へと進むと、タイヤが山積みになった場所があり、その中央には、小さな小屋があった。

その小屋の中から女の子の泣き声が聞こえる。

タイヤの凹みに溜まった雨水に集る小さな虫を手で払いながら、二人、影に隠れ、小屋を見ている。

「ここまで来てしまったけど、どうする気?」

「どうするって、勿論、行って、女の子を返してもらって、自首するように説得するよ」

「・・・・・・やっぱり応援頼みましょ」

ディアは来た道を引き返そうとする。

「なんで!」

「なんでって、シンバって、本当に馬鹿! 説得して、はい、そうですかって言う事聞いてくれれば、PPPなんて必要ないのよ! それ位わかるでしょ!」

「わかんない。どうして無理に傷付け合う必要があるの? 誰も傷付かない方法がある筈だよ」

「誰も傷付かない方法なんてないのよ! 誰かを傷つけなきゃ生きてはいけないのよ!」

ディアは怒りに任せ、大声で吠えた。

「D.Pにはわからないだろうけど、痛いって気持ちは耐えられない痛さがあるの! それから逃げる為に、人は、自分以外の誰かを傷つけ、痛さを回避しながら生きて行くのよ! 痛さを感じるから痛いのが嫌なの! でも痛さから回避してたら、痛さに鈍くなるの! だから他人を傷つけて痛さを確認して生きている事を感じるの! D.Pにはわからない事よ! あなたみたいに綺麗事ばかり言うか、もしくは痛さがないから、平気で相手も容赦なく傷つけるか! まだ人間の方が痛さを知ってる分、思いやりがあるわ! あなたみたいに綺麗事だけしかなくて、結局、何もできませんでしたって、それがどれだけ傷付く事かわかるの!?」

ディアのその怒鳴り声で、シンバ達は見つかり、縄でキツく縛られ、二人、小屋に連れ込まれた・・・・・・。

シンバはD.P用の電気が流れる手錠をされる

「ごめん・・・・・・」

感情を抑えられない自分がマヌケ過ぎると、ディアは誰になく謝り、情けなさ過ぎて、今にも泣きそうになる。

女の子も縄で縛られ、しくしくと泣いている。

「金持って来いって言ったのに、D.P雇いやがって!」

男は、シンバを見て、唾と一緒に、そう台詞を吐き捨てた。

「でも間抜けなD.Pだぜ。俺達にアッサリ掴まりやがった」

「油断するな! D.Pは主人の命令が絶対だ。壊れる迄、忠実に向かって来る」

男は3人。ナイフを持っているのが2人。銃を持っているのが1人。

――どうしようか。

女の子は泣き続けている。

ディアは歌をうたい出した。

その歌は、シンバには何の歌かわからないが、女の子の涙を止めた。

そして、女の子はディアを見て、ニッコリ笑い、一緒に歌い出した。

それは、とても簡単な歌詞で、とても優しいリズムで、とても短い歌で、恐らく誰でもわかる童謡なのだろう。

「うるせぇ! 静かにしやがれ!」

男のその台詞に、女の子は再び泣き始める。

「相手は子供なのよ! 子供をこんな目に合わせて、それでもあなた達は人間なの!?」

吠えるディアに、男は頭に来たのか、蹴りを入れて来た。

「ディアに何するんだ! やめろよ!」

シンバがそう吠えると、男達は顔を見合わせ、二ヤリと笑う。

「面白ぇD.Pだなぁ。他人の痛みは自分の痛みと思えって、主人に教わったか? へへへ、おい、女を痛めつけてやれ」

男達は頷き、ディアに手を伸ばす――。

「触らないでよ! やめなさい! 私にこんな事をして、あなた達、どうなるかわかってるの!?」

ディアは足をバタバタして暴れるが、手が縛られている為、うまく身動きがとれない。

「Dead Personさんよぉ、人間にはな、痛めつけるって言っても、気持ちいい事もあるんだぜぇ? そこでよぉーく見てるんだな」

男達は笑いながら、ディアを抑えつける。

「やめろ! やめろよ! ディアに手を出すな! だったら僕を壊せばいいだろ! 僕を壊せ!」

「お前も後で壊してやるから、まぁ、今はお楽しみを見てろって!」

「やめてぇっ!!!! やめてよぉ!!!!」

ディアが暴れている。

「頼むから・・・・・・やめてくれ・・・・・・」

シンバは、俯く。その俯いた顔を無理矢理、上へとあげられ、

「いいからシッカリ見てろって!」

と、男は笑う。

シンバの中で悲しみと悔しさと怒りと、まだわからない何かが一気に生まれる。

痛さをわかっていても、相手を傷つける事、それは一体何故――?

「いやぁぁぁぁーーーーっ!!!! きゃぁぁぁぁーーーーっ!!!!」

ディアが悲鳴を上げ、シンバが感情に任せ、手錠を思いっきり引き千切った瞬間、電流がシンバを襲うが、手錠を一気に壊したので、シンバの体に流れた電流は直ぐに止まり、壊れる程に感電する迄もなかったが、シンバは痺れてうまく動けない。だが、

「なぁーんや、もっと遅う来たら良かったなぁ」

と、パインが現れた。

「もっと早く来なさいよっ!!!!」

ディアが怒鳴る。

「まだ仲間がいやがったか!」

男達はそう言って、パインを襲うが、あっさりパインにやられる。

3人共、いとも簡単に、縄で縛られ、吊るし上げられた。

動けるようになったシンバが女の子の縄を解く。そして、パインが

「ママの所に帰ろか」

と、女の子を肩車した。しっかりとパインの頭にしがみつき、頷く女の子。

「パインはヒーローみたいだね、いつも僕を助けてくれる」

「お前は猪突猛進やな。誰かを助けに行く前に俺に言いに来ればええねん。したら、感電せんで済んだやろ」

「でも、どうして、この子のお母さんは、自分で何とかしようとしてたんだろう? 誘拐された事をSurviveに依頼すれば良かったのに」

「金がないんやろ」

「金?」

「極悪人退治は誘拐犯が請求した額より高額や。そんな金ないんやろ」

「・・・・・・」

黙るシンバに、

「ちょっと! どうでもいいけど私の縄もさっさと解きなさいよ!」

ディアが叫んだ。ごめんごめんと、急いで縄を解くシンバ。

「お前はそのままPPPに帰れや。シンバ、俺は先に帰って、この子を母親に返しとくで。ついでに、こいつ等がここで吊るされとる事もPPPに連絡しとく」

シンバはコクンと頷く。

「ちょっと待ちなさい! そいつ等は私が通報するから!」

ディアがそう吠えるが、パインは無視して行ってしまう。

「もう! 手首痛い! あいつ等、きつく縛ってくれた御蔭で、青くなっちゃったじゃない! 折角の手柄はパァになるし!」

ディアはブツブツ文句を言いながら、溜息を吐く。

「本当は女の子が助かって良かったって思ってる癖に」

「何よソレ」

「本当は、ディア、凄い優しい癖にって言ったんだよ」

ディアはプイッと横を向き、

「何言ってるの、馬鹿じゃない! 帰るわよ!」

と、小屋を出た。

誘拐事件は一件落着したが、シンバ達が帰る所と言えば、ラオシューのアパートしかなく、そこにはヴォルフ達がいて、何やら、皆、難しい顔をしていた――。

「シンバちゃん、おかえりなさい」

ランが笑顔で、シンバを出迎える。

「みんな、どうしたの?」

「シンバ、勇士ペルセウスの絵、覚えとるか?」

パインに聞かれ、シンバはコクンと頷く。

「覚えてるよ、パインと始めての仕事した時の絵でしょ?」

「そや。あの時の依頼はな、支配人の命と、勇士ペルセウスの絵を手に入れろ言う事やったんやけど、やっぱりヴォルフ等も同じ依頼やったそうや」

パインがそう言うと、ヴォルフが話し始めた。

「俺達はS.Rを潰したが、あそこは本拠地ではないだろうと、俺達は先ず逃げた奴を追っていたつもりだったが、逆に追われいた」

「どういう事?」

シンバが首を傾げる。

「俺は依頼通り、勇士ペルセウスの絵を渡した。だが、奴等は絵がほしかったんじゃない。勇士ペルセウスの絵の額についている宝石を手に入れたかったんだ。俺は絵だけでいいと思い、その宝石は自分の懐に入れた。いつか売ろうと考えていたが、すっかり忘れ、ずっと懐に入れたままだった。そして俺達は追われる身となっていた。その宝石の名は〝イー〟と言っていたな」

「イー!?」

シンバは声を上げる。でも驚いたのは、この話を聞いていたベルカも一緒だろう。

「そのイーは、今も持ってるの?」

シンバの問いに、ヴォルフは首を振る。

「いや、PPPのホークという男に持って行かれた。そいつはD.Pの極印なしにD.P以上の強さだった。この俺達相手に、手や足を簡単に壊しやがった。直る程度で済んだのが幸いだ――」

「ヴォルフさん達が壊されたの!? だってヴォルフさん達って、普通のD.Pより、うんと強いのに!? パインくらい強いのに!? まるでPeaceのシープって女性みたいだね、そのPPPのホークって人!」

シンバのその台詞に、Peaceのシープ?と眉間に皺を寄せ、ヴォルフはパインを見る。

パインは苦笑いしながら、頭を掻いた。

「兎に角、俺達は、あの宝石はなんだったのか調べようと、さっきRiviveに乗り込んだんだが――」

「まだデタラメな話が続くのかしら?」

突然、ディアがそう言った。

「そんなデタラメな作り話に時間とってる暇はないんだけど! シンバ、早くPPP本部に連れて行ってもらいたいんだけど?」

「デタラメって、どういう意味よ! 私達がどうして作り話しなきゃいけないのよ! おばさん、一体誰なのよ!」

ランがディアに食って掛かる。

「おばさん!? D.Pにおばさん呼ばわりされたくないわ! 私はPPPのディアよ! ホークは私の相棒よ。彼はね、ドジで、間抜けで、いつもビクビクしてて、恐がりで、私の後ろに隠れているような奴なのよ! だから、あなた達の話がデタラメだってわかるの!」

ディアは鼻息荒く、怒っている。

「パイン、お前、PPPと手を組んだのか?」

ヴォルフが、パインを見て、問う。

「冗談やろ。その話はシンバにしてくれや」

パインがそう答えると、皆、シンバを見た。

「え、あ、えっと、だからさ、その、ホークって人はいい人なんだろ?」

シンバは皆から視線を離し、ディアを見る。

「そうよ、当たり前よ」

頷くディア。すると、ウォルクが、

「シンバ、てめぇ、俺達とそのPPPの女と、どっちを信じるんだよ!?」

と、睨む。シンバが返事に困っていると、

「はっ! やってらんないねぇ!」

と、口癖の台詞を吐かれた。

「で、でもホークさんがいい人ならさ、事情を話して、イーを返してもらって、ついでにディアをPPP本部に戻せるし、全部解決だよ」

「そうね、ホークが、そのイーっていう宝石を持ってるとは思えないけど、デタラメな話で時間が勿体ないし、PPP本部へ早く行きましょ!」

ディアはホークへの絶対的な信頼感がある為、強気な態度である。

「シンバちゃん、全部解決とか言ってるけど、解決なんてしないんじゃない? だって、シンバちゃん、このおばさんに騙されてるのよ」

ランがそう言うと、パインが頷いた。

「そやろ? よう言うてくれた! 俺も何べんも言うてんねん。ロボもそう思うやろ?」

「・・・・・・Yes」

ロボもそう思うらしい・・・・・・。

「ハァ!? あなた達の方が騙してるじゃない! ホークはいい奴なんだから! 小さな虫一匹殺せない優しい奴なんだから! それを勝手な作り話で、悪者にしたてあげて! 絶対許せない!」

と、ディアは激怒りだ。

「PPP本部へ行くなら、俺達の車、使っていい。車はバカラstationビルの駐車場だ。だが、カーロードはPPPが検問してるぞ。何やら、大聖堂のシスターが誘拐されたらしいぜ?」

ヴォルフはそう言って、ベルカを見る。

「つまり俺等は誘拐犯っちゅう事か」

パインがそう言うと、ベルカは、

「ごめんなさい・・・・・・」

と、本当にすまなそうに謝った。

「ベルカが謝る事やない」

「パイン、車はベージュのフィアットだ」

ヴォルフはパインに、車のキーを投げた。

「お前等はこれからどこ行くねん」

キーを受け取り、尋ねる。

「S.RとState PPPとの関連なるものを探そうと思ってね」

「State PPPって、国家も絡んどるっちゅうんか!?」

「まだ何もわからない。宝石の謎はお前達に任せるよ」

ヴォルフはそう言うと、部屋から出て行く。

「じゃあ、ごきげんよう、パインちゃん、シンバちゃん」

ランが手を振り、そして、皆、行ってしまった――。

「良かったぁ。俺の家がD.Pの溜まり場になるんじゃねぇかと心配したぜ」

ラオシューが安堵の溜息を吐く。

そして、ディアをPPP本部に送り届ける為に、先ず検問に引っ掛からないよう変装をする事になった。

パインはサングラスに髭をつける。

「まるでチンピラね」

ディアがパインにそう言った。

シンバは帽子をとり、ロングのウィッグを着け、女の子に化ける。

「シンバ、とっても可愛いわ」

ベルカにそう言われ、シンバは恥ずかしくて俯く。

ディアはポニーテールの髪を下ろし、唇の斜め下に大きめの黒子をつけ、厚めに化粧をする。唇は真っ赤なローズ。

「ディア、すっごい美人だよ!」

シンバがそう言うと、ディアはふふふんと得意げに微笑む。

「化ける女は恐ろしい」

「なんですって!?」

「いや、お前とは言うとらんよ」

そしてベルカは、髪がショートなので、服装を男の子っぽく、ブカブカのジーンズを履き、シンバのキャップ帽をかぶった。

「少年って感じだね」

シンバがそう言うと、

「うふふ、シンバって感じ?」

と、ベルカは笑う。

「僕?」

「ん、シンバに変装したみたい」

「帽子が僕のだからだよ」

「ちゅうか、色気もクソもないなぁ」

パインがそう言うと、

「あんたは一言多いのよ!もう黙ってなさい!」

と、ディアがパインを指差して言った。

準備が整った所で、バカラへ向かう。



バカラstationビルの駐車場――。

「あれや、あの車や」

「きったないフィアットねぇ。洗車してないんじゃないの?」

ディアが嫌な顔でそう言うと、

「文句言うなら、PPP本部に一人で行ったらええやろ」

と、パインに言われ、

「あ、色がベージュだから汚いのが目立つだけだったわ、実際はそんなに汚れてないみたいね、うふふ」

ディアは笑って誤魔化す。

そしてベルカと一緒に、ディアは後ろの座席に乗り込んだ。

「パインって車の運転もできるんだね! 僕も運転してみたいな!」

「ん? ああ、そうやな、また今度な」

「本当!? 今度、僕が運転してもいいの!?」

「それよりシンバ」

「ん?」

「覚悟、しとけや?」

「覚悟?」

「ああ。PPPはお前が思うとる程、甘くない。あの女を舐めるなっちゅう事や」

パインはそう言うと、車に乗り込んだ。

シンバも車へ乗り込む。

車は駐車場を出て、バカラの街を走る。

やがてカーロードに入った。

長いアスファルトの道路が続く――。

「うわぁ、見て、海よ」

ベルカが嬉しそうに言った。

シンバは振り向いてベルカを見る。

ベルカのグリーンブラックの瞳が、海を映し出し、キラキラしている。

ベルカはシンバの視線に気付き、前を向いた。

目が合い、ドキっとするシンバと、ニコっと微笑むベルカ。

シンバは照れくさくなって、直ぐに前を向いた。

「ねぇ、ベルカ、ドロップ食べる?」

ディアのその台詞に、シンバはまた振り向く。

まだ色気より食い気らしい。

「食べる食べる!」

「シンバの分はないわよ。私とベルカの分しかないの!」

「え~」

「え~じゃないの! こういうのは女の子に譲るものでしょ!」

ディアにそう言われ、シンバは頬を膨らます。

「ディアさん、私はいいですから、シンバにあげて下さい」

「何言ってるの、ベルカ! こういうのは数がない時は女が優先なの! そういうのシンバにも教えてあげなきゃ駄目よ。だからシンバにあげなくていいの!」

ディアはそう言うと、ベルカの口に、ドロップを放り込んだ。

シンバは、ムゥっと頬を膨らまし、前を向く。

「ねぇ、第一検問よ、あんた免許どうする気よ?」

「そんな心配必要ない。それより俺はお前が叫び出さんか心配や」

そしてパインは窓を開け、PPPに免許を見せた。

PPPは免許を見た後、助手席のシンバ、後座席のディアとベルカを見て、

「どちらへ行くんですか?」

そう尋ねて来た。

「あ、ああ、PPP本部へな」

「PPP本部に!?」

「ディアっちゅう奴がおるんや。俺等、そいつの友達でな、なんや車で来て言われてなぁ。なんやろうなぁ、何の用があって呼んだんやろうなぁ、お前が来いっちゅうねん、なぁ?」

「ディア捜査官とお知り合いなんですか!?」

「捜査官!? あ、ああ、そうや」

「それは失礼致しました、お通り下さい」

第一検問クリア。

「ちょっと誰が友達よ! あんたみたいなのが友達なんて私の品性が疑われるじゃない!」

ディアは怒る。

「お前、捜査官なんか。ペーペーかと思っとった」

「驚いた? こう見えても、いろんな事件、解決して来たのよ。PPPに入って、まだ1年も経ってないけど、ホークと組んで、捜査官になる迄はあっという間だったわ」

ディアは自慢そうに話した。

「PPPも大した事あらへんなぁ。ちゅうか、もうアカンのやろなぁ」

「どういう意味よ!!!!」

そして第二検問――。

パインは窓を開ける。

「どうもスイマセンねぇ。免許証、拝見しますぅ」

ペコペコと何度もお辞儀しながら、男はそう言った。

「検問はまだあるんですか?」

パインが免許証を渡し、聞く。

「はい、後一ヶ所ありますぅ」

「なんかあったんスか?」

「いいえぇ、我々は人々の為、働いてるだけですよぉ。この先、カーブがありますので、スピードは落として下さい。では、お気をつけて!」

男は愛想良く、ニコニコしながら、敬礼し、そう言った。

車は窓を閉め、再び走り出す――。

「今のがホークよ」

「今のが? ヴォルフ等が言うとった感じと大分ちゃうなぁ」

「当たり前よ! ホーク程、人のいい奴はいないわよ! あのD.P達が嘘ついてるのよ!」

「何の目的でヴォルフ等がわざわざ嘘言いに来んねん」

「知らないわよ!」

だが、シンバは思い出していた。

――あのホークさんって人・・・・・・どっかで・・・・・・

――そうだ、思い出した!

――確か犬の情報を知る為に、ラオシューさんのお酒を取りに行った時だ!

――美術館の支配人が殺されて、PPPが調査してたんだ。

――その時にいたのが、あのホークって人だ!

「僕、あのホークって人、知って・・・・・・」

シンバは知ってると言う言葉を途中で飲み込んだ。

――僕の知ってるホークって人はディアが思っている人じゃない。

――もっと恐くて、偉そうで、なんか嫌な感じの人だった・・・・・・。

「どうしたの? シンバ? ホークがどうかした?」

ディアがそう尋ねたが、シンバは振り向いて、苦笑いしながら、

「なんでもない」

と、答えた。

――僕の勘違いかもしれない・・・・・・。



「ホークさん、どちらへ?」

車に乗ろうとするホークに、男が聞いた。

「どちらへ? 追うんだよ」

「追う? 何をです? 誘拐犯はまだ見つかってないんですよ?」

「そんなもの捕まえたも同然だ。ベージュのフィアットに発信機をつけといたからな」

「はぁ? ベージュのフィアットって、さっきの車ですよね? 何か怪しかったですか?」

「だからお前等はいつまでたってもPPPの出来損ないの駒なんだよ。偽造免許証に、付け髭とグラサン。そんなもので俺の目が誤魔化せると思ってんのか。ついでに言うと、〝なにかあったんですか〟そう言う奴程、怪しい。今時、ドラマでもそんな台詞出て来ねぇよ」

ホークはそう言って、車に乗り込んだ。

ベージュのフィアットを追う為に――。



シンバ達は第三検問もクリアし、PPP本部に無事、到着できると思っていた。

しかしPPP本部の建物が見え始めた時、背後でチャキッという音が聞こえ、シンバが振り向くと、ディアが銃を構えていた。

「ディア?」

「シンバ、手を上げなさい。このままPPP本部迄、運転は続けて!」

シンバは手を上げ、パインは無言で運転を続ける。

ベルカはスヤスヤと眠っている。

「安心して。彼女には乱暴はしないわ。睡眠薬入りドロップで眠らせたから、当分は目が醒めないし。D.Pにも効く睡眠薬だったからシンバにはあげれなかったの。だって流石にドロップ舐めた後にグッスリ眠られたら、何かしたとバレちゃうでしょ? パイン! しっかり運転しなさい! スピード落ちてるわよ! 妙な真似したら、頭、撃ち抜くわよ! D.Pでも、この至近距離なら、間違いなく壊れるわ!」

ディアは言いながら、パインの後頭部に銃口を押し付ける。

パインはこうなる事を予測していたのだろうか、平然として、運転を続けている。

――パインが僕に言った覚悟しておけって意味はこういう事だったの?

「ディア? どうしてこんな事するの? なんか違うよ」

「何が違うの?」

「だって、ディアは僕に助けてって言ったよね? だから助けてあげようと思った。ディアの助けってこういう事だったの? なんか違う!」

「・・・・・・黙りなさい、シンバ。私語は慎んでもらうわ」

ディアの睨む瞳が、鋭くて、シンバは何も言えなくなる。

――なんか違う。

――わかんないけど、絶対に違う!

――だけどわかる事は、ディアは本気だ。

PPP本部に着き、車が止まると、ディアはシンバの両手を手錠に嵌め、パインにも両手を上げさせ、錠を嵌めた。

「美術館の支配人殺し、大聖堂Peaceのシスター誘拐、及び窃盗で逮捕します」

「身に覚えのない事ばっかやな。一番わからんのは窃盗や。窃盗ってなんや」

「盗みよ」

「誰が意味聞いとんねん! 俺等が何を盗んだって言うんや!」

「あら、私はこの目でハッキリ見てるわよ、あなた達がPeaceに宝石を盗みに入る所を」

どうやらディアはエステルの事を言っているようだ。

「アホか、お前は! それやったら、お前も共犯やろ! それに結局Peaceの者にとられたんや! 悪くて未遂やろ。それになぁ、殺しは俺等やない」

「ウルサイわね。取り調べは本部に入ってから始めるわ。大人しく車から下りて。妙な事は考えない事ね、その手錠はD.P用で、無理矢理、手錠を外そうなんて事したら、強烈な電流が流れるようになってるから」

シンバとパインは、言われるまま車から下りた。すると、一台のPPPの車が、目の前で止まり、中からホークが出て来た。

「あれぇ? ディアさぁん、どうしたんですかぁ?」

「あら、ホーク。あなたこそ、検問はいいの?」

「はい、少し疲れたから休もうと思って本部に戻って来たんですよぉ。もしかして、その手錠かけられてる二人は誘拐犯ですかぁ!?」

「ええ。これ、付け髭なのよ、こっちの女の子も実は男。下手な変装よね」

「いやぁ、流石ディアさんですねぇ。ぼく、変装なんて全然わからなかったですよぉ。凄いなぁ、ディアさんはぁ」

「そうやろか」

いきなりパインが口を挟む。

「え?」

きょとんとするホーク。

「なによ!」

兎に角、パインには怒っているディア。

「変装なんて全然わからんかった割には、直ぐにディアやとよぉわかったやないか」

確かにディアも、いつもとは違う化粧をして、下手な変装をしている。

「どういう意味よ!」

ディアがパインに怒鳴るが、パインはホークを見ている。

ホークも、パインに冷めた表情を見せ、それは、ヘラヘラ笑っているホークとは別人の顔で、冷たく、鋭く――。

「ねぇ、ホーク?」

と、ディアがくるりとホークを見た時には、ホークはにこやかにヘラヘラと笑っている。

「ぼくはディアさんならわかるんです。ディアさんがどんな格好に変装してもディアさんだけはわかります。だって、ディアさんはぼくの憧れで、尊敬する人だから!」

頭を掻きながら、俯いて、照れているように、そう言ったホークに、ディアも、

「もぅ! ホークったら!」

と、満更でもなさそうに笑っている。

「・・・・・・天然か?」

ホークに対してのパインの素朴な疑問。

そして、シンバとパインはPPP本部に連れ込まれ、行き成り牢屋に放り込まれた。

「なんでやねぇぇぇぇん!!!! 取り調べはどないしてぇぇぇぇん!!!!」

隣の牢屋でパインの叫ぶ声が聞こえ、シンバは、溜息を吐き、ベッドに腰を下ろす。

パイプで出来た硬いベッドと剥き出しのトイレと、裸電球が揺れてる部屋。

「どう考えても俺等は無実やぁぁぁぁ!!!! 出せやコラァァァァァ!!!!」

パインは吠え続ける。

シンバは、セギヌスの粗大ゴミ置き場での誘拐事件を思い出していた。

――泣いていた、あの女の子・・・・・・

――ディアが歌をうたったら、泣き止んで笑ったんだっけ・・・・・・

――どんな歌だっけか?

――確か・・・・・・

シンバは、記憶に残っている歌の部分を口ずさんでみる。

簡単な歌詞で、優しいリズムで、短い歌――。

繰り返し繰り返し――。

パインにも、シンバの歌声が聞こえて来た。

「何歌っとんねん、こんな時にあいつ!」

パインは吠えるのを止め、ベッドにゴロンと横になった。怒っていた顔も、シンバのめちゃめちゃな音程に、おかしくなり、笑ってしまっている。

「あほぅ! シンバァ! そこ全然ちゃうでぇ!」

と、パイン迄、歌い出す。

「パインも知ってる歌なんだねぇ。この歌、みんな知ってるの?」

「子供の遊び歌やからなぁ」

カツカツカツと近付いて来る足音が聞こえ、見ると、ディアが立っている。

「随分と楽しそうね、歌なんかうたっちゃって」

「御蔭様で」

パインが嫌味で、そう答えた。

「ひとつ、報告しといてあげようと思って。ホークに宝石の事、聞いてあげたけど、やっぱり知らないそうよ。PPPにホークって名前の人は一人しかいないし、やっぱりあのD.P達が嘘ついてたのね」

「ディア、ベルカは?」

シンバが、檻に掴まり、そう聞くと、

「檻から手を離しなさい!」

そう怒られ、直ぐに檻から手を離す。

「檻に数秒掴まっていると高圧電流が流れるから、気をつけなさい。ベルカの心配はいらないわ。明日、無事にPeaceに帰すから」

「駄目だ! Peaceはベルカに催眠をかけて酷い事するから駄目だ!」

「そんな事心配するよりも、この状況を考えて、自分の心配をしたらどう? 近い内、壊されるのよ、あなた達」

「なんでやねん! 俺等が何したっちゅうねん!」

「何もしてなくても、D.Pってだけで犯罪なのよ。死者は死者らしくなりなさい」

ディアはそう言うと、行ってしまった――。

「クソッタレがぁ!!!!」

パインはそう吠えると、ベッドを叩き壊した。

――D.Pってだけで犯罪・・・・・・

――なら僕達はどうして創られたの・・・・・・?

――でもディア・・・・・・

――だったら何故、高圧電流が流れるって教えてくれたの・・・・・・?

――どうせ壊されるなら今直ぐ壊れてもいいんじゃない・・・・・・?

――本当は優しい癖に・・・・・・

――どうして君はそんなに僕達を(D.Pを)嫌うの・・・・・・?

その夜、牢屋の鍵を持ったベルカがシンバ達の前に現れた。

「今、開けますから」

「あほぅ! そんなんしたら、お前まで共犯や。大体、そんな鍵、どっから手に入れたんや? それにお前はPeaceに戻されるんやで。俺等の事はええから、今の内にはよ逃げた方がええ」

「そうだよ、ベルカ! パインの言う通りにして? 僕達なら大丈夫、なんとかなるから」

だが、ベルカは二人に首を振る。

「鍵は後でそっと戻しておきますから大丈夫です。お二人こそ、私の心配なんてなさらないで逃げて下さい。Peaceから助けて頂いた事、私、忘れません。今度は私が助ける番ですから!」

――どうしてベルカはこんなに優しいんだろう。

――人間だから?

――だったら、ディアだって優しい筈。

――だって人間だから・・・・・・。

牢屋の鍵はベルカによって、開いた――。

「ここの牢屋を出入りできるのは、あそこの扉一つです、そして見張りが二人いますが、眠っています。寝てたからポケットからここの鍵を勝手に貸してもらってきました。この牢屋から抜け出せる者はいないと思って安心してらっしゃるんですね。逃げるなら今です!」

「いいや、今は逃げん。逃げる時はベルカも一緒や」

「うん! ベルカも一緒だよ!」

そう言ったパインとシンバに、ベルカは首を振る。

「私がいなくなったら大騒ぎになります、私は明日、Peaceに連れ戻される身ですから」

「ほなら、そのPeaceに連れ戻す役目、俺等がしたらええねん」

「え?」

パインの台詞に、首を傾げるベルカ。

「ここの見張りは二人? 調度ええやないか」

パインは二ヤリと笑って、そう言った。

扉を出て、眠っている二人を襲う。

勿論、殺しはしないが、当分はお休みしてもらう。

服を脱がし、自分達が着ている服と交換。

そして自分達が入っていた牢屋に入れる。

気がついて、大声で吠えても、パインも吠えていたのだ、当分は怪しまれない。

シンバとパインの胸元でPPPのバッヂ光っている。

シンバは自分の赤い帽子を仕舞い、別の帽子を被る。

勿論、パインも手に入れた帽子を深く被る。

シンバが背負っていた剣は、そのまま背負って、更にその上に服を着て、中へ隠した。

「それにしても小柄な奴と大柄な奴が見張りで良かったな、服のサイズ、それなりにピッタリや」

「本当だよね。サイズ合わなかったら怪しまれるもんね」

「明日、ベルカを乗せ、Peaceに向かう車は俺が運転する。そんで、そのままズラかる!」

「うまくいくといいね」

パインとシンバの会話に、ベルカは、

「私の為に、罪を重ねるのは、やっぱり・・・・・・」

と、俯いてしまった。

「何言うてんねん、ベルカの為だけやない。俺等がここから抜け出したいだけや。そのついでにベルカも連れ出すんや。あんまり深く考えんでええ。なんや、これがええ事なんか悪い事なんか、ようわからんようになってくる。とりあえず今は逃げる事だけ考えるんや」

「うん! パインの言う通りだよ! ベルカは、元いた場所に戻って、少し眠った方がいいよ。明日、一緒に逃げれる事だけを考えてさ!」

ベルカは、なんて言っていいのか、わからず、コクリと頷くと、行ってしまった。

パインとシンバは、牢屋へ通じる扉の前で、一応、見張りらしく立つ。

「静かだね」

「事件でも起きて、PPPの連中、出動しとんのちゃうか?」

「僕達以外の誰かがベルカをPeaceに連れ戻す事にならないかなぁ?」

「大丈夫やろ、そんな送り届けるだけの面倒な仕事、好んで自らやろうって奴はおらんやろ。ここの見張りさせられとるくらいやで? 多分、そういう雑用は俺等にまわってくる」

「そっか」

その時、ディアが、目の前を通りがかり、

「お喋りも結構だけど、あいつ等どう? 大人しいみたいだけど?」

と、声をかけてきた。パインもシンバも深く帽子を被る。

「今の所、異常なしです!」

パインがそう答えると、シンバも、

「なしです!」

と、答え、二人、ディアに敬礼をする。ディアの背後には、ホークがいる。

「・・・・・・あれぇ? なんかどっかで逢いませんでしたかぁ?」

と、ホークはパインとシンバの顔を覗き込んで来る。

「何言ってるの、同じPPPで同じ職場だもの、幾らPPP本部が広くて、人も多いからって、逢ってるに決まってるじゃないの」

「いやぁ、そうじゃなくて、ぼくはこの人達をPPP本部以外で見た事あるような・・・・・・」

その時、牢屋で叫び声が聞こえた。どうやら目覚めたようだ。

「おい! お前、見て来い!」

パインがシンバにそう命令し、シンバは、

「はい!」

と、牢屋へ駆けて行く。

「まだ吠えてるの? あの馬鹿!」

――誰が馬鹿やねん! お前がアホやろ!

と、思いつつ、パインは、

「ここは我々にお任せ下さい!」

と、敬礼をする。

「そうね、私達はいつ事件があるかわからないから、少し仮眠でもとって休みましょ」

ディアはホークを連れ、行こうとするが、ホークは何度も振り返り、パインを見ている。

ディアとホークがいなくなり、パインはホッとする。

「しっかし、あの男、態と勘がええんか、天然なんか、今一つかめんなぁ」

シンバは、牢屋の前で、

「ごめんね? でもさ、明日になれば、きっと誰か気がついて出してくれるから、それまで我慢して?」

と、妙な説得をしていた――。

次の日、計算通りと言うべきか、思った通りと言うべきか、PPPの車で、ベルカをミラクの大聖堂に送り届けるよう命令を受け、Peaceに向かう事となる。

「安全運転で、気をつけて送ってあげてね?」

ディアがそう言って、車の後ろのドアを開け、ベルカを乗せ、見送る。シンバとパインは敬礼をする。その時、

「ディアさぁん、見送りですかぁ?」

と、ホークが来た。厄介な奴が来たとパインが舌打つ。

「ディアさぁん、ぼくわかったんですぅ」

「なにが?」

「ほらぁ、この二人、どっかで逢ったような気がするって言ったでしょぉ? 似てるんですよぉ、昨日、捕らえたD.Pの二人に」

そう言われると、パインもシンバも車に乗り込めないで、冷や汗タラタラである。

「まさかぁ」

ディアは、そう言って笑う。

「そうですよねぇ、まさかですよねぇ、流石に脱出なんて考えられないですよねぇ、有り得ない話ですよねぇ、あの牢屋から逃げ出すなんて不可能ですよねぇ、でも折角ですから、どれだけ似てるか、深く被った帽子、とってもらいませんかぁ? 絶対に似てるって、ディアさん、笑いますからぁ」

ホークはそう言って笑ったが、

「・・・・・・そうよ、どうして帽子、そんなに深く被ってるのよ、二人共」

と、ディアは怪しみ出した。

更にその時!

「大変だぁ、牢屋のD.PがPPPの見張りの者と入れ代ってるぞぉ!!!!」

と、本部から大声が聞こえた。完璧バレた。

「まさか! あなた達、シンバとパインなの!?」

「ええ!? そうなんですかぁ? 流石ディアさぁん! よく見破りましたねぇ!」

ホークが、そう言ってディアを誉めてる内に、シンバとパインは車に乗り込んだ!

「飛ばすからな! しっかり掴まっとけや!」

パインがそう言って、車が乱暴に動き出し、猛スピードで、その場を離れる。

左右に揺れながら、きゃっと小さな悲鳴を上げるベルカ。

何台ものPPPの車が追って来る。

ディアとホークの乗った車が近付いて来る。

「撃つわ」

ディアがそう言って、銃に弾を詰める。

「はい。って、え? 撃つってヤバイですよ、それは! シスターも乗ってるんですよ」

「バカね、タイヤよ」

「あ、タイヤですかぁ、でも今撃ったら、スリップしませんかねぇ、凄いスピード出てますしぃ。車、なるべく近づけますからぁ、タイミング考えて下さいねぇ」

ホークがそう言った途端、車はどんどん接近する。

カーブの多いハイウェイで他のPPPの車はモタモタしている中、ホークの運転する車だけはピッタリと追跡している。

有り得ない程の凄まじい大接戦――。

人間とは思えない神業の運転技術とでも言うべきか。

ディアが銃で狙う事も考え、振動さえ、車に感じさせない。

今、ディアの指が動く!

その小さな動きさえ、視界に入ってるのか、ホークが叫んだ!

「駄目だ! まだ引き金ひいたら! カーブがある!」

だが、遅い!

銃口から火がふく!

急ブレーキをかけるホーク。

その所為で、ディアは後頭部をぶつけ、座席にバウンドする程、体を叩き付けられ、気絶する。

シンバ達が乗っていた車はクルクル回転し、そのままカーブのガードレールを突き抜け、海へと落ちて行く――。

「だからタイミング考えろっつったろ!!!!」

感情丸出しで、怒鳴るが、ディアは気絶したまま。

ホークは怒りをどこにぶつけていいのかわからず、

「くそぉーーーーっ!!!!」

と、吠え、クラクションを叩いた。

プォーーーーーーーーーーーーーーッ

鳴り止まないクラクション――。

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