4.Dead loss

セギヌス、ベータ街、A-30-502。

あの今にも崩れそうな廃墟っぽいアパート。

「くせぇ!!!! お前等いい加減にしろ!!!!」

「そら臭いわ、下水道におってんもん。S.Rのルートが下水道やってんから。でもそれを教えたんはラオシューさんやんか」

「っていうか、性懲りもなくまた来やがって! 金なしに用はねぇ!」

「ええやんか、どうせ俺等を追ってる奴等がラオシューさんに俺等の居場所の情報を売ってくれって言うてくるやろ。俺等の居場所がわかっとったら、ラオシューさんの情報として金が入るんやろ?」

「居場所って、まさか、お前等、ここに居座る気か!?」

「んー、どうやろ。帰る場所ないねん」

「知るか! 出て行きやがれ! お前等の居場所を教えたら、ここが戦場になる! 迷惑な話だ! 汚い臭い体でソファに座るなぁーーーー!!!!」

「うるさいのぉ。ええやんか、どうせ元々汚いし、臭いやろ、このソファ」

「そこは俺の寝床なんだ!!!!!」

「今日はミラクの街へ行かないんですか?」

シンバがそう尋ねると、

「そうやそうや、情報屋が何しとんねん、仕事に行け」

と、パインがうるさく言うラオシューを追い出したくて、そう言った。

「今日はイヴなんだよ! 賛美歌聞きながら仕事なんかできるか!」

「イヴ?」

シンバが首を傾げ、パインを見る。

「祭りや。明日、大聖堂の復活祭が始まるんや。ほんで今夜が前夜祭で、ミサで歌われる歌がラオシューさんの嫌いな賛美歌。聖歌っちゅう奴や。今夜、その聖歌が、街中に響き渡るんや。まぁ、昼間も聖歌の練習で、そこらへんで聴くけどな。そやけど、もうそんな時季やねんなぁ」

「ふぅん。お祭り、僕も行ってみたい!」

「お前なぁ、仮にも俺等は追われとる身やで」

「追われてるとお祭りは行っちゃいけないの?」

「そんな事あらへんけど」

「何か他にする事でもあるの?」

「暇やでぇ、明日もあさっても、ずぅーっと暇」

「ずっとここに居座る気じゃねぇだろうな」

ラオシューがパインをギロリと睨みながら言った。

「・・・・・・ここにおってもうるさいから、祭りでも見に行こか」

「やったぁ!」

シンバは子供のように、はしゃぎ喜ぶ。

「その前に、シャワー浴びて、洗濯して、少し休む。ええな、祭りはそれからや」

「うん!」

「っていうか、勝手にシャワー使うな! 洗濯もやめろ! 水を使うな、水を!」

ラオシューがうるさく言って来るが、パインは無視して、浴室へと向かった――。



シャワーを浴びた後、シンバは床で眠ってしまっていたようだ。

目を覚ますと、汚いバスタオルがかけられている。

ラオシューがかけてくれたのか、それとも、シンバが眠るまで起きていたパインがかけてくれたのか。

借りたラオシューの服はシンバにはブカブカで、まるでピエロ。

洗濯した物は、ある程度、乾いている。

パインも壁を背に、座った姿勢で、目を閉じている。まだ眠っているのだろう。

シンバはむくっと起き上がる。ソファではラオシューが口を大きく開け、鼾をかきながら、眠っている。チクタクと時計の音は聞こえるが、乱雑した部屋のどこに時計があるのか、見当もつかない。壁にかけられている訳でもない。

――僕はS.Rで戦ったんだよね・・・・・・。

全部、夢のような気がして、シンバは眠る前の出来事を振り返り思い出す。

「起きたんか?」

パインの声。

「うん。パインも起きたんだね」

「ほな、行くか」

「どこへ?」

「祭り」

パインは立ち上がり、伸びをしながら、乾いた洗濯物に手を伸ばす。

「生乾きのもあるけど、まぁ、ええよな。お前も着替えろ」

「もう夜だよ?」

「アホ、祭りは夜が一番盛り上っとるんや」

「でも、時計が見当たらないからわからないけど、多分、凄い夜中だよ?」

「前夜祭に時間は関係ないねんって。行けばわかる」

「へぇ、そうなんだぁ」

シンバは着替えながら、

「ねぇ、お祭りって盛り上るってくらいだから、人が沢山いるの? おにいちゃんも来てるかもしれないよね?」

と、笑顔で、パインに聞いてみる。

「そうか、お前、おにいちゃんって奴、探すねんなぁ。はぁ、俺、これからどないしょう。これから壊れん限りの人生、何しようかなぁ。参ったなぁ」



そして、二人はセギヌスを出て、ミラクへとやって来た。

時計は夜中の2時を過ぎている。だが、沢山の人が集まり、賑わっている。

「うわぁ、一杯人がいるねぇ。みんな人間? それともD.Pかなぁ? 見て見てパイン! 大聖堂の人達、なんか絵の描いた丸いの持ってるよぉ! なんだろう、あれ」

「お前、はしゃぎようが女子供みたいな奴やなぁ。連れとる俺のが恥ずかしなる」

「ねぇ、あの丸いのみんなに配ってるみたいだよ」

「あれは卵や。イースターエッグ」

パインがそう言った時、シンバの目の前に大聖堂のスカーフを巻いた女性が現れ、

「はい」

と、卵を差し出して来た。

「イースターエッグは、あなたの願いをかければ、魂が宿り、逢えなくなった人とも、いつか出逢えます」

女性は、そう言って微笑む。

「・・・・・・逢えなくなった人とも? それ本当?」

「ええ、本当です」

にこりと笑う女性。

「くれるの? 僕に?」

「ええ、大事に願いをかけてあげて下さいね」

「ありがとう!」

シンバは卵を受け取った。

「シープ! シープ!」

「はい、只今参ります」

女性はシープと呼ばれ、行ってしまった。

シンバは卵をパインに見せながら、

「へへへ、もらっちゃった。いいでしょ。これでおにいちゃんに出逢える!」

と、無垢な笑顔で言った。パインは溜息。

「あほ、縁起でもない。イースターエッグっちゅうんは、死んだ奴が生まれ変わって、また逢えたらええなぁ言うもんなんやで。お前のおにいちゃん、死んでしもたんかい」

「えええええええええええええ!? そうなの!? 僕、返して来るよ!」

シンバは急いで、さっきのシープと言う女性を探すが、見当たらない。

「どうしよう、どうしよう」

動揺してしまい、卵を持っていた手に力が入ってしまったらしく、割ってしまった。カラフルな卵の破片が落ちる。

「ぎゃあああああ!!!! 割れたぁぁぁぁ!!!!」

もうそれは大事のように、シンバはパニック状態で、悲鳴を上げた。

少し遠くで、その様子を眺めているパインは、もう大爆笑ものである。

シンバは、混雑し合い、行き交う人々の中、なんとか卵の欠片を拾い集め、再び、シープを探す。だが、見つからない。それでもシープと同じ大聖堂のスカーフを巻いた女の子が、沢山の卵の入った籠を持って、立っているのを見つけた。

「あの! あの、これ、割れちゃったんだけど、割れちゃったからいらないとか言うんじゃなくて、あの、その、これ、やっぱりいらないから、返す! ごめんなさい!」

シンバは、そう言って、立っている女の子に、割れた卵の破片を差し出した。

女の子は無表情で立っている。

「・・・・・・怒ってるんですか?」

女の子は無表情のまま、反応しない。

だが、瞳にはシンバが映っている。

その瞳は不思議な色を放っている。まるで深い森を硝子玉に封じ込めたような色。

グリーンブラックの美しい瞳――。

シンバは、彼女の瞳に吸い込まれる錯覚に陥り、お互い、見つめ合ったまま――。

行き成り、シンバの耳元で、

「一目惚れでっか、シンバはん」

一気にムード打ち壊しのセリフが囁かれる。

「ち、違うよ! 何言ってるんだよ! パイン!」

「なんや、テレる事あらへん。お、よぅ見たら、ほんまにべっぴんさんやないか」

そう言ったパインにも、女の子は顔色変えず、無表情のままである。

「アカン、ええか、シンバ。女は顔より愛嬌や。こんな笑わん女、可愛いない!」

女の子は無表情で、じっと一点を見つめ続けている。

「なんや、怒りもせぇへんなぁ。生きとるか?」

「パインの失礼過ぎる態度に怒り過ぎてるんだよ!」

「なんでシンバが怒っとんねん」

「パインが失礼過ぎるからだろ!」

「俺のどこが失礼やっちゅうねん、めちゃめちゃ常識人やがな、あれ、ここは常識D.P言うた方が正解?」

「そんなのどっちでもいいよ!」

シンバとパインの言い合いを目の前にしても、女の子はぼんやりと立っているだけ。

「この女、なんや、ちょっと、変ちゃうか?」

パインは、女の子の顔の前で手を広げ、振ってみるが、女の子は目を瞑る訳でもなく、やはり無表情のまま、動こうとはしない。

「全く反応してないね」

シンバがそう言った時、大聖堂の前にあるクリスタルの像が、誰かとぶつかり、倒れた。

ガシャーーーーン・・・・・・

クリスタルの割れる音。

驚き悲鳴を上げる人々。

破片で怪我を負う者。

そして、

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

さっき迄、何をしても無表情で、只、立っていただけの彼女が、悲鳴をあげた。

「な、なに? どうしたの?」

自分の髪を毟るように、手で掴み、座り込む彼女にシンバも一緒に座り込み、彼女の顔を覗き込む。そんなシンバに気付いた彼女が、いきなり、シンバの肩にしがみつき、

「助けて」

そう言った。

パインは彼女が落とした籠と卵を拾っていると、大聖堂の人達に突き飛ばされ、シンバも彼女から引き離された。

「いやぁ、触らないでぇ、お願い、離してぇ、」

無力なのをわかっているのか、暴れる事はなく、只、今にも泣き出しそうな震えた小さな声で、そう言っている彼女を容赦なく、引き摺りながら連れて行こうとする。

「待てよ! 嫌がってるじゃないか! やめろよ!」

シンバがそう吠えると、辺りはシンと静まり、シンバから人々は離れて、何が起こるのかと興味丸出しで皆、見ている。

すると牧師らしき人が、

「御心配有難う御座います。でも御心配は無用です。この子の発作なんです。皆様も御心配なさらないで下さい。大丈夫ですから。大丈夫ですから」

何が大丈夫なのか、二度もそう言った後、優しい笑みを見せた。

彼女は引き摺られるまま、大聖堂の中へ入って行く。牧師も後へ続こうと、大聖堂へ向かった時、

「待てや」

と、パインが、牧師に、籠を渡した。

籠の中には割れた卵などがめちゃめちゃに入っている。

「あの女が落とした卵や。拾った者を突き飛ばしといて、礼もなく、この女に集りくさりよって、おかしいやないか。なんで割れたクリスタルよりも、この女に集ったんや? この女が発作起こしとるっちゅうのがわかるっちゅう事は、発作は今までにもあったっちゅう事やろ? なら発作起こった場合の扱いにも慣れとるやろ。そんな焦って大勢で集るんはおかしないか? 確かこのクリスタルは世界的財産の一つやなかったか? それを無視か? 有り得んやろ」

パインの質問に、牧師は一瞬だけ、優しい笑みを崩したが、直ぐに、

「世界的財産よりも、彼女の命が大事ですから。彼女の命は、皆様と同じ、神が与えてくれた大切な命。それは生を宿すという奇跡です。世界的財産はあくまでも世界的財産。彼女の発作は早めに処置しなければ、命が危ないのです。ですから、彼女を助ける為に、世界的財産よりも彼女に集ったんですよ」

そう言った。

「・・・・・・大聖堂らしい答えやな」

パインがそう言うと、牧師はペコリと頭を下げ、

「では、祭りの続きをお楽しみ下さい」

と、大聖堂の中へ入って行った。

皆、ざわざわと騒ぎ出し、立ち尽くすシンバとパインに、これ以上は何も起こらなさそうだと感じ、再び、祭りを楽しみ始める。

「嘘くさいな。なにもかも。クリスタルの像も本物かどうかもわからん。まぁ俺等には関係ないけどな」

「パイン」

「ん?」

「依頼だよ」

「依頼?」

「あの子、僕にしがみついて、助けてって言ったんだ」

「・・・・・・へぇ、そら面白い。その依頼、受けましょか」

パインは関係ができたと、二ヤリと笑い、そう言った。



大聖堂の扉を開けると、そこは礼拝堂。

復活祭のせいか、いつもは数人程、真正面の十字架に祈りを捧げている者がいるのだが、誰もいない。

皆、外で祭りを楽しんでいるからだ。

「・・・・・・なんや? 礼拝堂しかあらへん」

そう、扉を開けると広い礼拝堂。そこは外へ通じる扉はあるものの、他の部屋に行く扉はない。

「大聖堂って外から見たら、凄く広くて大きく感じたけど、狭かったんだね」

「あほ、そんな事あるかい! ほな、あの女も牧師も、他の大聖堂の連中、どこ行ったんや。ここに入って行ったやんけ」

「そうだよね。隠れてるのかなぁ」

「お、ええ事言うなぁ、シンバ。隠し通路か、隠し扉、探してみよか」

シンバは頷く。そして二人で、床や壁など、怪しそうな場所を手探りで探し始める。

「早よせな、人来るからな」

言いながら、パインはパイプオルガンを調べている。

シンバは本棚に並ぶ聖書を調べる。

「あ、この本、なんか分厚すぎる! 怪しい!」

そう呟いて、その本を取ろうとした時、

「何かお捜しですか?」

と、背後でそう声が聞こえ、シンバはビクッとして振り向くと、あの卵をくれたシープというシスターが微笑んで立っている。

パインの姿はどこにもない。

「あ、あの、僕・・・・・・」

なんて答えていいかわからず、左手で帽子を押さえ、俯くシンバ。

「まぁ! あなた、Dead Personでしたの?」

シープは驚いた声で、そう言った。シンバは今更だが、左手を急いで後ろへ隠した。

シープはそんなシンバにクスッと笑う。

「隠さなくてもよろしいんですのよ。台座の下に隠れている者も出てきて下さい」

そう言われ、出てきたのはパイン。咄嗟に台座の下に潜り込んだようだ。

「隠し扉をお捜しなんじゃなくて? 外から見て、大きな建物ですのに、中に入ると意外と狭いんですねと、皆さんおっしゃるんですのよ」

シープは言いながら、ステンドグラスではない、外の景色が見える窓まで歩いて行き、

「まぁ! イースターエッグを持った子供達がはしゃいでますわ。でも去年も同じ子供達が同じように喜んでいましたわ。これは毎年、繰り返し同じ風景を映す窓硝子ですの」

意味不明な事を言った。

シンバもパインも眉間に皺を寄せると、ふふふと怪しい笑いをしながら、ネックレストップの十字架を外し、窓の淵に嵌め込んだ。

それがキーなのだろう、窓硝子の淵に電流のような物が流れ出し、微かな電波の音が聞こえたかと思うと、パカッと窓が開いた。

「これは窓ではなく、外の景色の映像が流れているだけの扉ですの。もうお分かりでしょうが、Peaceの者のみが貰えるこの十字架のペンダントが鍵になっているんですのよ。あなた達、この扉を探していたのでしょう?」

そう言うだけ言うと、ふふふと笑い、シープは大聖堂の外へ出て行こうとする。

「待てや」

パインの言葉に、シープは外へ出る扉を開ける前に、立ち止まった。

「なんでこんな事を俺等に教えるんや?」

「自分の利益にならない事に協力するように見えますか?」

「なんやと?」

「ボランティアはここの仕事だけで充分でしょう? 私は自分の利益になると思ったから、あなた達に教えた迄の事。ですから勘違いなさらないで下さい」

「僕達の味方じゃないの!?」

シンバがそう言うと、シープはにっこり笑い、

「また、御逢いしましょう」

そう言って、外へ出て行った。

「・・・・・・トラップかもな」

パインはシンバを見て、そう言った。

「罠とわかってても僕は行く!」

シンバは隠し扉の中へ入っていく。それに続いてパインも入る。

長めの薄暗い通路。明るい場所に着いた所で、道は十字に別れている。

北へ行けば、薄暗い通路への戻り道。

シンバは真っ直ぐ、このまま南へと向かおうとして、ゴンっという音を辺りに響かせ、額を思いっきりぶつけた。

「びっくりしたぁ。ここに透明の厚い硝子があるんだぁ」

シンバは額をぶつけた拍子に落とした帽子を拾いながら言った。

「この硝子もPeaceの連中が持つ十字架で開くんとちゃうか」

「うん、そうかも。あ、こっちは硝子がないよ」

シンバは十字路の東へと向かい走る。

「また走って硝子にぶつかるなよ。割ったら偉い騒ぎになるで、おい」

言いながら、パインも走る。

やがて、幾つものドアがある場所へと来ていた。

ひとつ、ひとつ、ドアを開け、慎重に調べて行く。

そして、ある部屋を開けた時、シンバは「あっ」と小さな声を上げ、中へと入って行った。

「どないしたんや」

「ほら、これ見て」

それは外にあったクリスタルの像。

「直したのかなぁ?」

「あほか。それより周りも見てみぃ? 有名な絵画もでかい宝石も揃っとるがな。つまりやな、外にあったクリスタルの像は偽物っちゅう事や。ああいうのを惜しみなく外にさらして、信頼感でも買おうっちゅう気なんかなぁと思っとったけど、こういう事やったとはなぁ。通りで割れても無視する訳や。それにしても、この部屋に鍵もかけてへんってどういうこっちゃ。誰かが鍵をかけ忘れたんかなぁ」

「ねぇ、この像の下に書いてあるのって、読める?」

「うん? ああ、The races of the world should live in peace」

「どういう意味?」

「・・・・・・世界の全ての民族は平和に暮らすべきである」

「どういう意味?」

「どういう意味て、だからそういう意味や」

「そういうって?」

「言うたままやがな」

「わかんない」

「だから皆が争いなどなく、穏やかに過ごして行く事だと、そう言うとんねや」

「それって正しい事?」

「え?」

「それって良い事?」

「うーん・・・・・・」

パインはシンバの問いに考え込む。

良い事なのだろうが、それが絶対に良い事なのかどうなのか――。

「僕ね、Peaceの鐘の音が聞こえたら祈るように言われたんだ。祈りは願いなんだ。僕の願いは人間になる事なんだ。でもそれって平和な事? なんだか違うと思う。僕は僕だけの為に祈ってるから。きっとみんなそうなんじゃないかな。大聖堂に祈りを捧げる者はみんな、自分の事をお願いに来てるんじゃないかな。それって世界の全てとか、全然関係ない事なんじゃないかな。だったらいつになったら平和になるのかな・・・・・・」

「そうやなぁ、願いが皆一緒にならな、平和なんて来んやろなぁ。それにしてもお前、ほんま、面白いなぁ。そんなん考えるの、D.Pでも人間でも、お前だけやで」

「それって良い事?」

シンバがさっきと同じ問いをしたので、パインは笑いながら、

「ええ事や!」

と、シンバの帽子を深く被せ、帽子の上から、思いっきり撫でた。

シンバも悪戯っぽく笑う。

「シンバ、ここからもう出た方がええなぁ。長居は無用や」

シンバは頷き、ローカに出て、またひとつ、ひとつ、慎重に部屋を調べて行く。

ガチャっと開けては閉め、開けては閉め――。

ガチャっと開けて、シンバとパインは驚くモノを目にする。

鎖で繋がれた傷だらけの大きな体格のD.P。

座り込んで、俯いているが、その身長はパインでさえ、見上げる程あるだろう。

横幅も大きく、腕などはシンバくらい余裕の太さがありそうだ。

シンバが腕と足首に繋がれた鎖を何とかしようとして、パインが止めた。

無理に引き千切ると高圧電流が流れる仕組みになっており、シンバ諸共、このD.Pもぶっ壊れるだろう。

いや、もう壊れているのか、ピクリとも動かない。

目も半分だけ開いているが、虚ろだ。

反応もない。

額には〝Zeus〟と刻まれている。

まるで化け物が飼いならされているかのように、見た目以外、大人しい。

パインは壊れているのだと、シンバに言い聞かせ、その部屋を後にした。

そして、また幾つもの部屋を調べて行く。

中には、人の気配のある部屋も幾つかあった。

そして有力な情報を耳にする。

『まさか外のクリスタルの割れる音で催眠が解けるとはな』

『全くです。しかし硝子の割れる音だけで正気には戻らない筈では?』

『恐らく復活祭に来ている誰かが、あの場面で、クリスタルの像のThe races of the world should live in peaceの文句を口に出して言った者がいたのではないでしょうか。それが、たまたまベルカの耳に入った。あれだけの騒々しい中、有り得ない事ではないでしょう。偶然が重なり催眠が解けたと考えるべきですね』

『で、ベルカは?』

『まだ催眠はかけていません。とりあえず、奥の部屋に鍵をかけ閉じ込めてありますよ』

そのローカの奥の部屋は鍵がかかっている。

間違いなく、ここに閉じ込められていると踏んだパインは、ドアを蹴飛ばし、打ち壊した。

バキィっと物凄い音が響いた。

「あかん。誰か直ぐに来よるで」

シンバとパインは部屋の中に駆け込むと、そこには目をパチクリさせ、驚いた表情の女の子が座っている。

「あなた達は――」

そう言いかけた女の子の腕を持ち、直ぐにクローゼットの中に潜り込むシンバ。

パインはソファの影に身を隠す。

「あの――」

「しぃっ! 静かにしてて?」

シンバがそう言うと、女の子は頷いた。

直ぐに大聖堂の者達が大勢、駆けつけて来た。

「ベルカがいない! ベルカが逃げたぞ!」

大声で、そう言うなり、皆、部屋から飛び出して行った。

パインがソファの影から顔を出し、シンバと女の子もクローゼットから出て来た。

「あの・・・・・・、あなた達は・・・・・・?」

「助けに来たよ」

シンバが笑顔で、そう言うと、女の子は困った顔をした。

「私が助けてなんて言ったから・・・・・・? ですよね・・・・・・?」

シンバが頷くと、女の子は頭を下げ、謝り出した。

「ごめんなさい。私があんな事を言ったばかりに。ご迷惑をおかけしてしまって。ここまで来るのに、酷い目にあいませんでした? お怪我はありませんか?」

「怪我? あはは、そんなの全然心配しなくていいよ。全然大丈夫だから」

「そう、俺等はDead Personやから」

シンバとパインは、手の甲を見せた。

「・・・・・・Dead Person」

女の子は二人の手の甲を見て、呟いた。

「とりあえず、ここから脱出や」

ベルカが外へ逃げたと思ったせいか、手薄になり、シンバとパインは、女の子を連れ、隠し扉の礼拝堂まで、逃げ延びたつもりでいた。しかし、そこには神父が待ち構えていた。

「やはり、外にはまだ逃げてませんでしたか。それにベルカ以外の誰かの仕業だと最初から私にはわかっていました。ドアが内からではなく、外から壊されていましたからね。それにベルカ自身が逃げるにしては、大胆な行動過ぎる。それよりも、あなた達はPeaceの者じゃないですね、その事に驚きですよ。私は内部の犯行だと思っていましたからね。どうやって隠し扉の鍵を手に入れたのですか?」

シンバとパインは何も答えない。

「では質問を変えましょう。ベルカをどこへ連れて行こうというのですか?」

これまた、シンバとパインは何も答えない。

「わかりました。ならば、その娘を置いて立ち去りなさい。さすれば、私も神に仕える身です、許してさしあげましょう、しかし、ベルカを連れ出すと言うのなら、神の処罰を受けてもらう迄です」

「神の処罰? 面白いやないか」

パインは、そう言って、拳をグッ握り、構える。

シンバも背中の剣を抜き、構える。

「ゼウスよ、我がPeaceに祈り、命ずる。我がPeaceに逆らう者に神の裁きを与えん」

まるで呪文のように、神父がそう言うと、シンバとパインの背後の隠し通路から、ゆっくりと現れたのは、あの〝Zeus〟と額に刻まれていたD.P。

シンバはベルカを思いっきり突き飛ばす。ベルカは遠くに転がるが、バトル範囲から離れ、安全な場所に座り込む。

その間、パインは、ゼウスの気を引き、先制攻撃に出ている。

先程は目も虚ろで、生気さえ全くなかったD.Pが今は目を爛々と光らせ、嬉しそうに、シンバとパインに向かって暴れている。

両腕、両足に繋がれた鎖も、気にならないのか、ブンブンと振り上げて、このままでは大聖堂自体が壊れそうだ。

フーッ、フーッと息を荒くし、涎をダラダラ流し、狂笑しながら、戦闘する事でしか動けないマシーンのよう――。

そして、それを当たり前のように見ている神父。

初めてゼウスを目にした時に感じた〝化け物が飼いならされているかのよう〟という思いは、当たりだったようだ。

そう、これがD.Pなのだと、人間は死者を生者と絶対に扱わない。

生きているからこそ、動ける今が楽しく思い、狂った顔になるのだ!

なのに死者と名付けられただけで、どうして生者として扱ってはくれない?

どんなに役に立っても、役立たずなのだ。

役立たずだとわかったら、損をしたと捨てられるだけ。

それは生きた者じゃないから?

死者だから?

Dead Personだから?

「くそったれがぁ!!!! シンバ、一気に片付けるで!!!!」

コクンと力強く頷くシンバ。

――僕達はそんなに強くないんだ。

――僕達は痛さはわからないけど、痛さを感じてるんだ。

――僕達は役に立たなきゃ許されない存在じゃないんだ。

――僕達はみんなと同じ生きているんだ!

――だから僕達は笑ったり、泣いたりするんだよ!!!!

シンバの剣に流れる電流が柄の部分で途切れる。

ゼウスの首がゴロンと転がり、巨体はジジジッという電流音を残し、動かなくなった。

パインの言われるままに動いたシンバの剣は、ゼウスの首を落とす事となり、勝利したものの、当たり前だが気分は晴れない。

俯くシンバの足元、ポタポタと床に落とす涙。

パインは、帽子をシンバに深く被らせ、頭をポンポンと叩くと、

「ええ加減にさらせや、あんな戦闘マシーンみたいなん創りくさりやがって。監禁状態にして、D.Pの心壊して、飼いならして、何がしたいんや! そんな事までせなアカンのか! 何が平和や、何がPeaceや、何が神や!」

そう吠えた。

神父は、吠えられた事よりも、ゼウスを壊された事に、驚きを隠せないでいる。

シンバは腕で涙を拭き、もう泣かないと、勇ましい表情で、顔を上げる。

「お、お、おま、お前達、あのゼウスを倒すとは一体何者なんだ!?」

「僕達はDead Person。彼女は僕達が連れて行く」

シンバがそう言いながら、パインと一緒に、手の甲を見せる。

「D.Pだと!? 馬鹿な! お前達、誰の命令でこんな事をしているんだ!?」

「さぁなぁ、誰の命令やろな。神に祈って、お告げでも聞いてみればええやん」

シンバとパインは、ベルカを連れ、大聖堂から出た。

外は復活祭で盛り上っている為、その騒ぎに紛れ、うまくミラクから離れられた。

そのままセギヌス、ベータ街、A-30-502、ラオシューがいる、あのアパートに戻った。

「人の家に女連れ込むなーーーーっ!!!!!!!!」

当然の如く、ラオシューは怒鳴った。

「ごめんね、汚い所だけど」

「シンバっ! お前、人の家を汚いとはどういう事なんだ!? ああ!?」

「あ、あの、ごめんなさい、本当にごめんなさい。折角、助けて頂いたのに、申し訳ないんだけど、やっぱり私、Peaceに戻ります」

「ええええええ!? なんで? やっぱり汚いから?」

そう言ったシンバの胸ぐらを掴み、片腕だけで首を締め上げるラオシュー。

「その前にやなぁ、催眠にかけられとった事情やら、助けて言うた意味やら、教えてもらおうか。俺等は助けて言うた言葉に従ごうたんや。聞く権利はあるやろ」

パインは言いながら、ソファに座った。

「私の名はベルカ。大聖堂Peaceは表向きは平和を愛する聖域。裏では、世界中の金持ちや権力者達が居座り、世界統一の支配者の椅子を狙う者の場所。Peaceは世界中にあり、世界中の民に愛されるよう、毎日、平和を祈っています。私はその表向きだけを信じ、大切なエステルを渡してしまったんです」

「エステル?」

シンバが首を傾げ、聞いた。

「宝石です。ブルーの奇麗な石」

「なんや、金持ちが宝石くらい、買えばええやろ」

パインがそう言うと、ベルカは首を振った。

「エステルは宝石だけど、宝石の価値がある訳ではないんです。エステルは鍵だから」

「鍵? どこの鍵?」

またシンバが首を傾げ、聞く。

「それは言えません。ごめんなさい。私、あなた達に助けてもらった癖に、信じてないから。あなた達の事、信じられないの。本当にごめんなさい」

「ええよ、言える事だけで。今迄、酷い目に合おうて来たんや。そう簡単には他人は信じられへんやろ。でも、そのエステルっちゅうんが、どっかの鍵やって言うんやったら、もう開けられとるんちゃうか?」

「それは大丈夫。宝石は3つあって、その3つを合わせないと開けられないの。それに3つ集ったとしても開けられないの」

「3つを合わせないと開けられないし、3つ集っても開けられないの? わかった! 呪文がいるんだ! 呪文を知らないと開けられないんだ! でしょ?」

シンバが得意気に、そう言ったが、ベルカの返事は、

「呪文? あ、ああ、うん、そうね、そんな所かな」

と、当たりではなさそうだ。そして話は続く。

「宝石は青い色をした石エステルと、赤い色をした石イーと、無色の石エッグの3つなの。私はその3つが一緒にならないよう、2つは売ったの。そしてエステルを大聖堂に寄付して・・・・・・。でも大聖堂はエステルが、ある鍵である事を知っていて、私に催眠をかけ、全てを喋らそうとしたの。でもそれだけは催眠をかけられても、私は喋らなかった。だから他でも何も喋らないようにと、今度は思考を失うよう催眠をかけられたの」

「成る程なぁ。それにしてもエステルに、イーに、エッグ? 随分とバラバラな名前やなぁ。意味はあるんか?」

「ごめんなさい、それも言えません」

「しかし、やはり、あの大聖堂!!!! 裏で汚い事をしてると思ったんだ!!!!」

突然、ラオシューが怒った口調で言い出した。

「あいつ等の本性を暴いてやろうと、そのネタ欲しさに、俺はずっとミラクにいたんだが、全く尻尾を出さなかった」

「なんや、なんでPeaceが汚い事しとる思たんや?」

「そりゃお前、全て中立の立場にいる奴程、腹黒い者はいねぇだろうが! 何が全ての民族は平和に暮らすべきだ! 考えてみろ、あいつ等、治安のいい金持ちの住む場所にしか教会を建てやしねぇ。なのにストリートチルドレンなどに、わざとらしく優しさを見せ、あっちにいい顔、こっちにいい顔しやがってよぅ!」

「あっちにええ顔、こっちにええ顔って、ラオシューさんと同じやないか」

「俺は金さえくれればの話だ! 何の見返りも求めず、中立の立場にいるのは妙だろ。おかしいとは思っていたが、やはりなぁ」

ラオシューはPeaceに何かされたかの勢いで鼻息荒く、怒っている。

「兎に角、そういう話を聞いて、君をPeaceになんて戻せないよ」

シンバがそう言うと、

「でもエステルを置いたまま、私だけ大聖堂を出る訳には行かないから」

ベルカは俯いて、そう答えた。

それは、戻りたくはないけど戻らなきゃいけない、そう聞こえた。

「ほなら、そのエステルっちゅうんを俺等が君に戻したろ」

「え?」

ベルカはパインの台詞に驚いて顔を上げる。

「どうせ他にやる事もあらへん。君を大聖堂から連れ出したついでや」

「うん! エステル、取り戻して来てあげる!」

シンバも強く頷く。

「ちょ、ちょっと待って下さい。大聖堂に泥棒に入るんですか!?」

「何言うてんねん、泥棒はあっちやろ。俺等はそれを取り戻すんや」

「・・・・・・でも、そういう事されても、私にはお金がありません。あなた達に報酬を払う事ができません。だから――」

「いらんよ」

またパインの台詞にベルカは驚いて顔を上げる。

「僕もお金なんていらない。エステルは君の物なんだろ? それを君の手の中に戻すだけの事だから、報酬なんていらないよ」

そう言ったシンバに、ベルカは、

「ありがとう・・・・・・」

そう言った。その様子を黙って見ているのはラオシュー。

気に入らないようだ。それに気付いたパインは、ラオシューに、

「なぁ、ラオシューさん、俺等の事、色々と誰かに売るんはやめてほしいんや」

と言い出した。

「それはできねぇ話だ。金をくれる奴がお前等の情報を欲しがっていたら俺は売る。金儲けもしねぇお前等が、ここに居座るのが気に入らねぇ。出て行ってほしいんだがな!」

「Peaceの裏事情、教えたやんかぁ」

「何言ってやがる! お前等が勝手にここで話し出したんだろうが! お前等の話が聞こえて来て文句があるなら、ここを出て行って他で話せばいいだろうが!」

「そう言うと思った。ほな、これでどうやろ?」

パインはそう言うと、懐から、何か取り出し、それをラオシューに投げた。

「これは!」

ラオシューはそれを受け取って、声を上げる。それは大きなダイアモンド。

「大聖堂でな、なんや絵画やら宝石やら、クリスタルの像とかある部屋があってな、そこでな、ちょいもろて来たんや」

「えええええええええええ!? パイン、それ泥棒だよ! いつの間に!?」

シンバが驚いて、聞くと、

「お前を、あの部屋から先に出した時にな。一個くらいわからんやろ」

と、パインは笑いながら答えた。シンバは、いや、わかるよって突っ込みたくなる。

「よし、いいだろう、お前等の情報は売らない。だが、ここを貸した訳じゃねぇんだから、ここからは早めに出て行ってもらうからな!」

ラオシューは大きなダイアモンドを袖で磨きながら、そう言った。

「ほなら、先ずは大聖堂の内部の仕組み、知ってる限り、教えてもらおか」

パインがそう言うと、ベルカは頷いて話し始めた。

「先ず隠し扉の窓はPeaceの者が持ってるペンダントで開きます。でも私はペンダントは持っていません。でも窓の淵を銃などで撃ち抜けば、コンピューターが壊れて、扉は開く筈です。無理矢理に打ち破ったら、サイレンが鳴り響き、Peaceの者が集って来ますから気をつけて下さいね。通路などにある硝子張りの扉は角の4つにあるボタンから放出されたエネルギーで、硝子を張ってるんです。ですから、その角を4つ、銃で撃ち抜けば、硝子は消える筈です。でも、その硝子張りの部屋から、奥へは、私は行った事がないので、どうなってるのか、わからないんです・・・・・・」

その話を聞き、パインはシンバを見た。

「銃やと。俺、そんなん扱えんで」

「僕も扱えないし、持ってないよ」

その時、

「私なら、扱えるわ」

と、突然ディアが現れた!

「ディア!?」

「PPPの女!?どっから湧いて出た!?」

シンバとパインは、大声を上げ、驚く。

「なんだと!? PPP!? 俺だけは何もしてねぇぞ!!!!」

ラオシューは、そう吠えて、何故か両手を上げる。その両手にはダイアモンドはない。一体どこに隠したのだろう?

「シンバ、探したのよ。あれから私がスパイだってバレて大変だったの。なんとか逃げて来れたんだけど、でもD.Pに追われてて、困ってるのよ。お願い、助けてほしいの!」

「そんなアホな! なんでお前がスパイとバレたのに、俺等はまだ追われとるんや」

「それは・・・・・・それはきっとシンバ達も私の仲間と思われてるのよ。だから――」

「誰がそんな嘘信じるか! 大体、誰がお前の仲間や!」

パインはディアに怒鳴り、ディアは俯いてしまう。

「ディア、助けてほしいって、どうすればいいの?」

「アホか! こんな女の言う事、真に受けんなや!」

「でも僕はディアを助けたいよ。困ってるなら助けなきゃ」

「お前、この女にされた事、もう忘れたんか!? この女はなぁ、お前を売ったんやで? わかっとるか? この女は、お前を騙して、お前を壊そうとしたんや!」

「・・・・・・それでも僕はディアを助けたい」

そう言ったシンバをパインは冗談やろと苛立ちながらも、

「勝手にせぇ! このアホが!」

そう言った。

「シンバ、私、PPP本部に戻りたいの。でもD.Pに追われ、戻れないの。PPP本部まで、私の護衛をしてほしいの」

ディアがそう言うと、シンバは頷くが、パインはまた怒鳴り出した。

「あのなぁ、シンバ!!!! おかしいと思わんか? このセギヌスへ一人で入って来れて、ここまで一人で来て、それで何から護衛せぇ言うねん。この女はなぁ、お前より、かなり強い筈や。わかるやろ!!!! お前は騙されとんねん!!!!」

「なんでディアが騙すと思うの?」

「もうええわ、このアホが! おい、PPPの女、俺みたいな奴を騙すならええ。でもな、このアホを騙すような事はすんなや。コイツが傷つくような事があったら俺は許さへんで」

そう言ったパインに、ディアは黙っている。

「ディア、君の護衛をする前に、大聖堂に行かなきゃいけないんだ」

「ええ、話は聞こえたわ。銃なら私に任せて」

「手伝ってくれるの?」

「勿論よ。それで信用してもらえるなら!」

しかし、パインは嫌な顔をしたままだ。

Peaceの者も、ベルカを奪われて直ぐに、その犯人がまたPeaceに来るとは思ってもいないだろうと、油断してる隙にと、再び、Peaceに向かう事にする。

シンバと、パインと、ディアの3人で――。

もうすっかり日も昇っているが、それもこの時間帯に現れるとは思わないだろうと、こっちの計算の上。

ミラクの街は復活祭で人が溢れている。

大聖堂は立ち入り禁止となっているのは、恐らく、礼拝堂が、ゼウスとの戦闘で滅茶苦茶になったからだろう。

それは返って好都合だ。

祈りに来る信者達が中には入って来ないのだから。

3人は人の目を気にしながら、一人一人、扉を開けて、サッと中へ入る。

シンバ、ディアの順で入って、直ぐに不審者として、警備にあたっていた牧師に捕まるシンバ。だが、それを見たディアは一瞬で、牧師を気絶させた。

牧師の背後に素早く回り込み、後頭部を思い切り銃で叩いたのだ。

牧師は応援を呼ぶ間もなく、悲鳴さえ上げれず、倒れる。

「あなた、本当にD.Pなの!?」

「そうだよ」

ディアは簡単にとっ捕まるシンバに、眉間に皺を寄せ、睨み、溜息。そんなディアに、

「偉い強いでんなぁ、それで何から護衛せぇと?」

と、パインが言った。

「ちょっと! あなたも中に入って来たなら、直ぐに助けたらどう?」

「俺がここに入った時には既に、その牧師は倒れとったもんでね」

「来るのが遅いのよ」

「別にええやないか、強い誰かさんがおんねんから。なんでも一人でできるやろ」

「・・・・・・何が言いたいわけ?」

「いーーーーや。別に」

パインとディアは仲良くできないものなのかと、シンバは頭を悩ませる。

そしてディアは、あの隠し扉である窓の淵を銃で撃ち抜いた。

すると窓の映像が消え、扉が開いた。

奥へと入り、そして十字路の硝子張り。

ディアは角4つにあるボタンを銃で撃ち抜く。すると、ヴォンッという音と共に硝子は消えた。何度か、その硝子張りに出会い、ディアが活躍する。

ディアの銃の腕前はなかなかのものだ。

だが、次に出会った硝子張りの扉の角には何もない。淵もない。

「今迄が普通の硝子じゃないんだもの、これも普通じゃないわ。きっとどこかにコンピューター室があって、そこでこの硝子を張ってるんじゃないかしら?」

ディアの言葉に頷き、コンピューター室を探す。

一旦、十字路に戻り、西へと向かってみる。地下への階段を見つけ、進んで行くと、メインコンピューター室に着いた。

だが、コンピューターを管理している人はぐっすりと眠っている。

「うわぁ、僕達が通って来た所、全部、映ってるよ」

幾つものモニターに映る大聖堂内部。

「運が良かったのね。居眠りしててくれた御蔭で、簡単に忍び込めたんだわ」

「・・・・・・居眠りなぁ」

パインは納得いかなそうに、そう言って、飲みかけのコーヒーの入ったカップを手に取る。

「あなた、いちいち私に突っ掛かるのね。私が気に入らないのはいいとして、居眠りじゃなかったら何だって言うのかしら!」

「別にぃ。只、居眠りにしたら、こんだけ声出して喋っとんのに、全く起きへんなぁって思とるだけや」

「疲れてるんじゃないの? 人間はD.Pと違って生きてるんだから疲れるものなのよ」

「D.Pかて疲れるんやけどなぁ。いつまでD.Pを差別する時代遅れの人間が、この世に居座り続けるんやろなぁ」

「時代遅れですって!? 差別なんてしてないわよ! 本当の事言った迄だわ!」

「何がホンマの事やねん。こっちはD.Pかて疲れる言うてるだけやんか! 言うとくけどなぁ、あんたもPPPやったら、PPPとして、もっと現場を見たらどうやねん。そんなやからPPPはろくな調査もせんと、直ぐに悪い事はD.Pのせいにすりゃええだけのアホばっかりが集るんや! こういう物事を把握できん足手纏いがおるとホンマ疲れるわ」

「なんですって!!!! あなたと一緒にいる私の方が疲れるわよ!!!!」

「もっと仲良くしようよ! 起きちゃうし!」

シンバがそう言って、二人の間に入り、言い合いを中断した。

パインとディアは、ムッとした表情で、二人、そっぽ向く。

――僕が一番疲れるんですけど・・・・・・。

ディアはコンピューターをいじり出す。

「硝子張りを解除できるのは5秒。私はここで映像を見ながら、シンバ達が硝子の前に立ったら硝子を解除するわ」

シンバとパインは硝子張りの所まで戻る。

何ヶ所か、同じ硝子張りの場所があったが、全てクリア。

「なぁ、シンバ、おかしいと思わんか?」

「なにが?」

「復活祭で殆んどのPeaceの者が外に出回っとるとしても、余りにも人がおらん。コンピューターを管理しとる奴等も眠っとったし」

その余りにも人がいない大聖堂内部の奥の部屋で、神父を見つける。

「貴様等はベルカを連れ出した奴等ではないか!」

「忘れ物取りに来たんや。エステルっちゅう宝石を出してもらおか」

パインがそう言うと、神父は後ろへ下がり、テーブルの上にあるスイッチを一生懸命押している。

「誰か助けでも呼ぼうって言うの? だとしたら無駄だよ。僕達の仲間がメインコンピューターにいるんだ。この建物の全ての電力いじってるんだよ。だからそのスイッチも只のボタンにすぎない」

神父は悔しそうに、恨めしそうに、物凄い顔で、シンバとパインを睨んでいる。

「ようわからんけどやなぁ、エステルは3つ揃わな意味ないらしいやないか。それも3つ揃っても呪文か何かが必要みたいやないか。そんな小難しい条件、簡単に揃う訳ないやろ。ええやんか、返したれよ。大聖堂Peaceはそれなりの地位を手に入れとるやろ。大聖堂Peaceの前に平伏す者は世の中に沢山おるやないか。それだけでええやないか。充分やろ。他に何を望む必要があんねん。おっさん、今、何歳やねん。長生きしても、俺等D.Pと違い、短い人生やろ。もっと楽しんだ方がええんとちゃうか?」

「そうだよ、もっと楽しく生きた方がいいよ。もっと楽になりなよ」

シンバがそう言うと、

「楽・・・・・・に・・・・・・?」

と、神父は不可思議そうに聞き返した。

「うん! 楽に。もっと良い事をして、気持ちも楽に生きた方が楽しいよ。悪い事すると気持ちが楽じゃないでしょう? だからベルカにエステルを返してあげてよ。そしたら少しはきっと楽になるから」

楽になりたい、そう思ったのか、もしくは、逃げられないと観念したのか、または、ここは一旦引いた方が利口だと考えたのか、神父はブルーの宝石エステルをシンバに渡した。

その様子をメインコンピューターのモニターで見ているディアは、ふぅんと頷きながら、

「良い事と悪い事の区別は気持ちにあるって事かしら・・・・・・?」

と、自分に問い掛けを呟いていた。

再び、シンバとパインとディアが、3人、揃ったのは十字路。

任務完了という感じで足取りも軽い3人。

「これでシンバの好きなベルカちゃんが喜んでくれるやろか」

「え? シンバ、あの女の子の事、好きだったの?」

「ち、違うよ!」

「初めて会おうた時、二人で見つめ合おうててんで」

「シンバったら、意外にマセてんのねぇ!」

――なんでこういう時ばかり、この二人は意見が合ってんだろう・・・・・・。

「違うって言ってるだろ! ベルカが僕を見てたのは、催眠をかけられてて、ぼんやりしてただけ! 僕がベルカを見てたのは・・・・・・それは・・・・・・ベルカの瞳が凄く奇麗だったから・・・・・・」

「それって恋の始まりって事よ」

「そやろ? シンバ、初恋やもんなぁ?」

「違うって言ってるだろ! もういいよ!」

隠し扉を出て、3人を待ち構えていたのは――。

「お待ちしていましたわ、エステルを」

シープは二ヤリと笑い、そう言った。

「君は、僕にイースターの卵くれたシスター・・・・・・」

「やっぱりな、そういう事か。隠し扉の仕掛け教えたり、怪しいと思ったんや。俺等がベルカを連れ出せたんも、こうやってエステルを持って来れたんも、結構簡単やったんは、お前の仕業やな? コンピューター室で眠っとった奴がおったんやけど、お前がやった事なんやろ? 他でもコーヒーに睡眠薬入れて眠らせとる奴がおるんちゃうんか?」

「あら、意外と自惚れ屋さんではないようですね。自分達だけの力と思わない辺りが素敵ですわ。睡眠薬入りのコーヒーは、皆さん美味しいって言って飲んで下さったんですのよ」

「・・・・・・お前、何者や」

「見ての通り、大聖堂のシスターですわ。ですから私がエステルを盗み出す事は出来ませんの。私の任務はPeaceにいる事ですから、足がついてバレた時、ここにいられなくなりますから。さぁ、エステルを渡して下さい」

「やめとけ。俺等を誰やと思っとるんや。俺等はDead Personやで」

パインがそう言って、シンバと二人、手の甲を見せる。

シープはフッと笑い、

「だから、なんなんですの?」

と、近付いて来た。

「お、おい、女やからって手加減せぇへんで!」

そう言ったパインの目の前で、シープは、ニッコリ微笑んだかと思うと、胸ぐらを持ち、パインを投げた! シープよりも大きなパインが吹っ飛ぶ。

この礼拝堂に並んでいる椅子がパインにぶつかり、壊れる。

「手加減してくれてるんですか? それとも手加減した方がよろしいかしら?」

「・・・・・・嘘やろ」

吹っ飛んだ自分が信じられず、パインは起き上がって、思わず、そう呟いた。

チラっとシンバを見るシープの目に、シンバはビクッとし、剣を抜くが、

「武器を持つD.Pなんて初めて見ましたわ。D.Pが武器を持っても、役に立たないんじゃなくて?」

と、シープは笑いながら、シンバに近付いて来る。そして、剣の刃を掴んだ!

「う・・・・・・動かない・・・・・・!?」

剣がシープに掴まれてピクリとも動かない。

「このまま刃を折ってさしあげましょうか?」

そのシープの背後を狙ったパインの攻撃もサッと交わされ、シンバは剣ごと、投げられる。

その衝撃は離れた壁に打つかり、その壁を壊す程。

「大変。あんまり遊んでたら、礼拝堂を壊して大事になりそうですわ。人も集まって来て、エステルも手に入らなくなりそう。ここは一気に片付けさせて頂きます」

「動かないで!」

ディアが銃をシープに構え、そう言ったが、シープの動きは素早いなんてものじゃなく、銃で狙える訳がない。バンバン撃っても、床や壁に穴をあけるだけ。

「撃つなーーーーっ! 俺等に当たる!!!!」

パインにそう言われ、ディアは銃を下ろす。

だが、パインもシンバもシープに一撃も与えられない。パインですら、やられっぱなし。

――この子、強い!

――凄いスピードとパワー。

――このままじゃヤラレる!

「さぁ、一気に壊しにかかりますわよ」

シープの楽し気な口調で言った余裕の台詞に、

「ちょっと待ったぁ!!!!」

と、シンバがシープの動きを止めた。

「なんですの? 今更逃げれなくてよ?」

攻撃を止めたシープに、シンバはエステルを差し出す。だが、シープはエステルを直ぐには、受け取らずに、黙ってシンバの手の中のエステルを見つめている。

「これ、渡すから」

そう言ったシンバの手の中から、シープはエステルを受け取り、

「D.Pは壊れる迄、御主人様の命令を聞くものですのよ。壊れる前に降参するなんて、どういうつもりかしら? あなた達の御主人様は誰なのかしら? 興味深いわ。あなたなの?」

そう言って、ディアを見た。しかし、ディアは黙っている。

「まぁいいですわ。あなた達が誰の命令を受けて、エステルを手にしようとも、私には関係のない事ですし、私は私の任務を果たすだけ。それではエステルは戴いて行きます」

エステルはシープの手に渡ってしまった――。

まだパインも壊れる前で良かったものの、ベルカにどう説明しようかとシンバは悩む。

3人、ラオシューのアパートに戻ると、部屋が奇麗に片付いている。

「私、報酬払えないし、待ってるだけしかできないから、その待ってる間、少しでも役に立ちたくて、部屋を掃除したの」

ラオシューは綺麗になった部屋に喜んでいるが、シンバとパインは苦笑い状態。

「あ、あのね、ベルカ?」

「はい?」

さて、役に立てなかった事を、どうやって説明しようか――。

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