3.Dead lock

「はぁ、はぁ、はぁ、なんでパイン迄ついて来るかなぁ」

「ちょっと走っただけで息あがっとる未完成のD.Pなんて、お前くらいやで。そんな奴ほっとける訳ないやろ。大体なぁ、お前、なんやねん、何がしたいねん。これから寝る場所もあらへん。Surviveに戻られへんぞ」

工場跡地に、身を隠し、二人、小声で話し始める。

「僕は戻る気はないもん。おにいちゃん探しに行くから」

「そう簡単に探せるかぁ! お前の事、Surviveの奴等は壊しにかかる筈や。お前、どうすんねん、おにいちゃん探す前にスクラップやで」

「・・・・・・そっか。どうしよう」

「どうしようやあらへん。それはこっちのセリフや。俺かて、どうしたらええねん。俺迄Surviveに戻られへん。あの女がPPPやって、なんか俺迄、言うたらアカンみたいな感じして、何も言わず出てきてしもうたし」

そう言ったパインに、シンバは嬉しくてニコニコ笑う。

「なんやねん」

「ううん、やっぱりパイン、優しいんだって思って」

「はぁ?」

「僕の事も心配してついて来てくれたんでしょ?」

「アホ! そんなんちゃうわ」

シンバから見て、パインが照れているように思えて、シンバは笑ってしまう。

「ねぇ、ディアはSurviveに居座るのかな?」

「ディア?」

「さっきの女の人の事」

「ああ、あのPPPの女か。もうとっくに逃げとるやろ」

「そうだよね、じゃあさ、今から僕がスパイじゃないってわかってもらったらどうかな?」

「どうやってやねん。今更、弁解の余地なしやって! 大体、お前、ハーンさんの前で、自分がスパイやって言うたやんか。今更スパイやないって言うても、じゃあ、どうしてあの時はスパイだと言ったんだ?って言われたら、どうすんねん」

「うん、でもハーンさんより偉い人に、僕がスパイじゃないって認めてもらえばいいんだよ。余り状況を知らない人になら、なんとでも誤魔化せられると思わない? そういうの苦手だけど、パインなら得意そうだし」

「どういうこっちゃ。大体、Surviveのトップはハーンさんであって、それ以上の上はおらん。知っとるやろ」

「Surviveの組織の中ではハーンさんがトップであっても、ハーンさんより上の人はどこかにいる筈だよ」

そう言ったシンバに、パインは、眉間に皺を寄せ、考える。

「僕ね、思うんだけど、トップはD.Pじゃないよ。人間だよ」

「なんやと!?」

「だって、誰かの命令で動くのがD.Pだって、そう言ったのはパインだよ。じゃあさ、D.Pの上にD.Pが立つ事は有り得ないと思うんだ。それにね、Reviveと対立してるみたいだけど、仕事が同じでしょ、それって、D.Pの数を減らそうとしての事じゃないかな?」

「数を減らす?」

「うん。D.Pは強いから人間の手で壊すのって大変なんだと思うんだ。だったらD.P同士、戦わせた方が早いでしょ? 壊れたD.Pは沢山いるってパイン言ってたし」

「・・・・・・ほんまなんか」

「ううん、本当か、どうかはわからないよ。僕が思っただけの事だから。でもハーンさんがD.Pなのが確かなら、ハーンさんは誰かの命令を聞いてるんじゃないかなぁ」

パインは俯いて、黙り込む。

「パイン?」

「ショックや」

「え?」

「俺、疑いもせず、命令聞いて、仕事して来たんや。いや、できん仕事もあった。躊躇って、Reviveの連中に仕事とられて、悔しい思うて、でもやっぱり性に合わんなぁ思うて。でも、認められたくて、頑張ったつもりやった」

「・・・・・・うん」

「死者でも、俺はここにおるって思う存在を認めてもらいたかったのに、今更なんやねん。結局、俺等は人間の言う事しか聞けず、やっぱり人間がおらな、俺等は生きられへんのか。人間の支配下で、死者と言われ続けられるだけの存在なんか。やっぱりそんな為に生み出されたんか。だったらスクラッップになった方がええ」

「どうして?」

シンバの問い掛けに、何がどうしてなんだと思うが、何も言う気になれず、俯いたまま。

「まだこれからなのに?」

「・・・・・・なにが?」

「これから僕達D.Pが生きる世界に変わるよ?」

「・・・・・・何言うてんねん」

「だって僕は生きてるもん。でも生きてるとか死んでるとか、僕にとって、どうでもいいんだ。僕は生きてるから、それ以上の何でもないから、どうでもいい。でも僕はとても窮屈に感じた。この工場跡地にいる時より、外の世界はとても窮屈。パインもそう思わない?」

パインは顔を上げ、シンバを見た。

「・・・・・・お前」

「僕と一緒に変えようよ、この世界! 人間とかD.Pとか、拘り過ぎなんだよ。だってD.Pだって人間だって、生きたいと思ってるから、生きてるんでしょ?」

シンバは、笑顔で、そう言うが、パインはすぐに俯いた。

――アホが。

――光に満ちた顔しやがって。

「パイン?」

「簡単に言いやがって! 俺等二人で何ができるっちゅうねん」

「できる! できないと思うからできないんだ! やってみなくちゃ何もわからないもん! 死んでると思ったら負けだよ? 誰が何を言っても、生きてるんだって自分が思わなきゃ!」

「・・・・・・自信過剰」

「だってパインがいるもん」

「俺?」

「僕ひとりじゃ何も出来ないけど、ふたりなら何か一つでも大きな障害を飛べそうじゃない? 沢山の障害を考えないで、目の前の事、一つ一つ飛んでみようよ!」

「シンバ」

「ん?」

「お前、ほんま、おもろい奴やなぁ」

顔を上げたパインの表情は笑顔だった。

「ここでずっと隠れとる訳にもいかんし、守りに徹するより、ここは攻撃に出た方がええかもな。まず、組織の上ってのを調べてみよか。世界、変えるなら、世の中しきっとる奴に願い出るもんなんやろし。そういやぁ、昇進したD.Pは組織を出て、どこへ行くんや?」

「わかんない事はラオシューさんに聞いてみない?」

「そうやな」

シンバとパインは、周りを気にしながら、工場跡地を出て、ミラクへと向かう。

シンバはこれから背負った剣を使う事になるのかなと本の少しの不安を感じている。

自分の身を守る盾のような使い方しかできないかもしれない、それでも剣を抜く覚悟はできていた――。



ミラクの街。

多くの人が行き交う。

ラオシューは直ぐに見つかったが、ラオシューの方から、

「よぉ、もう少し早くお前等に会いたかったぜ、そしたら、お前等の情報売れたのによ」

そう言って来た。

「Surviveの連中が血眼になって、お前等探してるぜ? 一体何やらかしたんだ?」

「・・・・・・囲まれとる」

パインがそう呟く。するとラオシューが、

「セギヌスって街は知ってるだろう? 廃墟同然のナッカルよりひでぇ街だ。セギヌス、ベータ街、A-30-502。俺が住んでるアパートの住所だ。俺に会いに来たから、この街に来たんだろう? 俺の情報がほしいなら、そこへ来い。但し、金がたんまりあるならな」

小声で、独り言のように、ソッポを向いたまま、そう言った。

そして、すぐに人込みへと消えて行く。

パインもシンバも、何食わぬ顔で歩き出し、人気のない場所を探し始める。

「ええか、シンバ、この街はPPPが多い。せやから、そう簡単に揉め事を起こす引き金を引く訳がない。でもな、人気がなくなったら、あいつ等は俺等を襲って来る。その時は、お前、自分の剣をとれ。ええな?」

シンバはコクンと頷いた。

「セギヌスに行く前に片付けな、俺等の後をつけられても面倒やからな」

パインの言う通り、裏路地の人気がない場所で、姿を現すSurviveの連中。

その数、数十人。

「おい、パインを逃がす事になっても、あのガキだけは壊して首持っていかねぇと」

誰かがそう言った声が聞こえ、シンバは脅えた表情になり、縋るように自分の剣を抜いた。

「アホか、お前等は。俺がお前等相手に逃げると思うんか。お前等が俺相手に逃げるの間違いやろ」

パインのそのセリフに、ガチガチのシンバの表情が少し和らいだ。

パインの戦闘能力は、Surviveの中でも、ずば抜けていた。

それは、皆、わかっている。だから、こんな大勢で、かかるしかないのだ。

だが、他にもわかっている事はある。パインは今迄、人を殺したり、D.Pを壊したりした事はないという事だ。つまり、壊される事はないだろうと、誰もが思っている。

向って来る連中を蹴散らすパイン。致命的な場所は絶対に狙わない為、何度でも起き上がるD.P達。

剣は抜いたものの、背後に回られ、サウンドバック状態のシンバ。

仕舞いには大事な剣を取られ、仰向けに倒れているシンバの首目掛けて、

「自分の武器で死んでしまえ!」

と、剣が高く掲げられた。

シンバの瞳に映る輝く剣。

剣の柄の先端に光る二匹の獅子の紋章。

獅子の紋章を目に焼き付けたまま、落ちて来る刃に目を閉じた。

ザシュッ――・・・・・・

シンとして、シンバは目を開ける。

ジ・・・・・・ジジジ・・・・・・

剣を持った腕事、シンバの横に落とされている。なくなった腕に電流がジジジと音をたてている。

「お前等が俺等を壊す言うなら、俺もそのつもりや。壊されんと思って甘い考えで俺等を狙っとるんやったら、やめとけや。壊されるんは俺等やない。お前等や」

両腕をなくしたD.Pは後退りし、他のD.Pもパインとシンバから一歩引く。

シンバは起き上がり、急いで剣を拾うが、剣を持っている腕が、なかなか剣の柄を離してくれない。

痛さを感じないD.Pだからこそ、壊れる恐さが余りない。だが、人間にもよくあるが、死ぬとどうなるのだろう?と思う恐怖心という感情が、D.Pにもある。

壊れるとどうなるのだろう?

今の自分はどこへ行くのだろう?

無になるとは存在そのものがなくなるのだろうか?

やはり、そんな気持ちからか、一人が逃げると、皆、追いかけるように、いなくなった。

「またすぐに来るで。あいつ等は俺等を捕まえるよう命令されとる。一時の気持ちに惑わされても、またすぐに命令通り、俺等を追って来る。急いでここを離れよか」

パインは言いながら、落ちているシンバの帽子を拾い、パンパンと叩くと、それをシンバに被せ、頭をポンポンと軽く叩く。

「偉かったな、ちゃんと戦えたやないか」

「戦えてないよ。突っ立ってただけだよ。蹴られ殴られした上に、剣はとられちゃうし」

「それでもお前は逃げんかった。最初のバトルにしては上出来や。お前、強うなるで」

「本当? でもそれは痛くないから、逃げないだけだよ。痛かったら・・・・・・」

「そうやない。壊される恐怖心に、お前は目を閉じただけやった。悲鳴も足掻く事もせんかった。お前は強うなる。恐怖心に逃げる事せず、受け止める覚悟とそれなりの勇気もある。お前は俺よりも、ずっと強い。これからもっと強うなるやろな」

誉めてくれるパインに、何もできなかったけど、得意気な表情になるシンバ。

「さぁ、追っ手が来る前にセギヌスに急ごか!」

シンバはコクンと頷いた。

シンバとパインは、そこからバスに乗り、ミラクstationからトレインに乗った。

セギヌスにstationはない為、バカラという街で一旦下車。そこからタクシーを使ったが、セギヌス迄は乗せてくれない。

何故なら、セギヌスは治安が悪い為、誰も寄り付かない。

タクシーなど、セギヌスで走ろうものなら、鴨にされるだけである。

シンバとパインは途中から歩いて、やっとセギヌスに到着した。

「なぁ、シンバ、お前、金持っとる?」

「ううん」

「参ったなぁ。給料日前やったしなぁ。俺もあんまり持ってないんや」

パインは言いながら、シンバを見ると、いきなり、シンバが前のめりに倒れた。

ナイフを持った男に蹴られたのだ。男はナイフをパインに近づけて、

「うへへへへへへ」

と、不気味に笑っている。

「金出せ」

そう言われ、パインは溜息。男は、

「金出せぇ!!!!」

パインに顔を近づけ、吠えた。パインは男が咥えている煙草を取ると、逆さにし、また口に戻した。

「うわっち! あちっ!」

男は煙草を吐き出し、飛び上がる。

「人間がD.Pに喧嘩売ったらアカンで」

言いながら、さり気無く、D.Pの極印を見せるパイン。だが、

「ぶっ壊してやるらぁぁぁぁ!!!!」

「これやから、イカれた野郎は嫌なんや」

パインは溜息をついて、ナイフで向かって来る男に軽く相手をしたつもりだったが、力の加減がわかり辛く、男はボロ雑巾のようになった。

「せやから、最初の唇にヤケドした時点でやめときゃ良かったんや」

全く、その通りである。

ここは、こういう連中が多い。

凄い強面の男達が、パインとシンバをジロジロ見ている。

いつでも何かしら因縁をつけて来る勢いだ。

「あらん、いい男じゃなぁい? 私と遊んでかなぁい?」

目の下は浅黒く、顔色と言うか、肌色が悪く、露出狂な女性が、パインに絡む。

「すまんな、急いどんねや」

「うん、もぉ、そんな事言わずに・・・・・・。あら? あらあらあら、可愛い坊やねぇん。坊やはおねえさんと遊んでくれるわよねぇん?」

今度はパインの後ろにいたシンバを相手にする。

「何して遊ぶの?」

きょとんとしながら、間抜けた事を聞くシンバ。

「うん、もぉ、わかってるく・せ・に!」

シンバにとびっきりのウィンクと投げキッスをするが、シンバは、

「全然わかんないんだけど」

と、更に拍子抜けする態度。

「シンバ、行くで。薬漬けの女、いちいち相手にすんな」

パインがシンバを呼ぶ。

シンバは急いでパインを追いかけた。

「あ!」

シンバが突然声を上げ、指を差す。パインはシンバが差したガンショップを見ると、ヴォルフが出て来た。ウォルク、ラン、ロボも続けて出て来る。

「おい、ヴォルフやないか」

「パイン!? と、そのガキ。何故お前達がこんな所にいるんだ?」

「そういうお前等こそ・・・・・・あぁ、成る程な、そういう事なんやなぁ」

「何がそういう事だ?」

「このガンショップの奥がRiviveの組織っちゅう訳や。ガンなんか扱う訳ないもんなぁ、D.Pが!」

「何の事だ」

「はっはーん、冷静装ってトボけるつもりやな? 心配せんでもPPPにRiviveの組織の場所なんて言わへんて!」

そう言ってニヤニヤするパインに、ヴォルフは鼻で笑った。

「今更Surviveの連中がRiviveの組織の場所など興味もないだろう? SurviveにいながらRiviveに引き抜かれたD.Pはかなりいる。お互いの組織の場所を知っていながら、それをバラす事などしない、それが暗黙の了解となっているんだ」

「それは引き抜かれた連中やろう? 俺は引き抜かれとらんからなぁ、暗黙の了解もクソもあらへん。それに今更言うなら隠す事もあらへんがな。俺とお前の仲やないか」

更にニヤニヤしながら言うパイン。

「・・・・・・悪いが、もうお前の相手をするのも終わりだ」

「ん?」

「お前のふざけたその顔も、頭も、態度も、これで見納めかと思うと、ますますふざけた野郎だと、改めて思わされるぜ!」

「失礼なやっちゃなぁ。どういう意味やねん!」

「パインは全体的にふざけてるって事だと思うよ?」

真顔で、そう言ったシンバのオデコをぺシッと叩き、

「あほ! お前のがふざけとるやろ!」

と、突っ込みを入れるパイン。

そんなパインとシンバを見て、クスクス笑いながら、

「私達はRiviveから昇進したの。だから、もうつまんない仕事はしないのよ。パインちゃんとはこれでバイバイね」

ランがそう言った。

「パインちゃん言うな言うとるやろ」

「ねぇ! SurviveのD.P達が昇進したら行く所と同じ所に行くの?」

シンバがそう聞くと、

「どういう質問してんだよ、やってらんないねぇ。誰がお前等のような下等な考えしかできない奴等と一緒の所に行くんだ? 行く訳ないだろ」

ウォルクがそう言って、舌打ちをした。

「時間だ、行くぞ」

ヴォルフが、そう言い、パインの横を通り過ぎ、擦れ違う瞬間、

「頑張れや」

パインがそう言った。すると、

「お前もな」

ヴォルフは、そう返した。

お互い、振り向かず、行ってしまう二人に、シンバは、ヴォルフの背中について行く、ウォルク、ラン、ロボ、4人を見ながら、少し遠ざかったパインの背を追いかけた。

そして、場所はセギヌス、ベータ街、A-30に来ていた。

目の前の今にも崩れそうな廃墟っぽいアパート。

「ここの502やったなぁ? ちゅうか、ここ住めるんか?」

中に入ってみるが、壁は罅だらけの落書きだらけ、酔っ払いとドラッグ中毒者が、ふらついている。これでは外にいるのと、余り変わらない。

5階に辿り着き、502と書かれたドアを見つける。

シンバはドアノブを回すが、回らない。

「あれ? もっと力いれてみる?」

「あほ、壊したらアカンから無茶すんな。引っ張ってみ?」

しかし、引っ張っても無理である。

「押してみ?」

引いても押しても駄目。

呼び鈴らしきものもない。

「ラオシューさん? おる?」

パインはそう言いながら、ドアをノックしてみる。すると、

「パインか? 来たのか。そこのドアは錆付いて開かねぇんだ。隣の503から入って、窓からこっちへ来い」

と、ラオシューの声が聞こえた。

「503から? なんちゅー非常識な!」

パインは、そう言いながら、503のドアを開ける。

「きゃぁ!」

503の部屋には裸の女性と男性がベッドの上にいた。

「ははっ、お楽しみのとこ、偉いすんませんなぁ、ちょっと通らせてもらうで」

「ねぇ、なんで服着てないの?」

「ええから、シンバは早よ通れ!」

何故か、厳しい口調で、パインに言われ、シンバは通り過ぎる。

「すんまへんなぁ。ごゆっくり続きしてな? ほな、また!」

笑顔で、パインは手を振りながら、通り過ぎ、窓を通って、隣の502へと辿り着いた。

「いらっしゃい」

ラオシューがにこやかに迎える。

「503、人が住んどるなら住んどる言うてくれな、ノックもせんと開けてしまったさかい、悪い事したやろ」

「ねぇ、どうして、あの人達、服着てなかったの?」

「ああ、誰かいたのか? まぁそういう時もある」

「ねぇ、どうして服着てなかったの?」

「どういう時やねん! 全く、なんちゅう所に住んどるんや」

「ねぇ、どうして服着てなかったの?」

「それより、よくドア壊して入って来なかったな」

「誰がラオシューさんの物を壊すかいな。弁償せぇ言われて、ぼったくられるの目にみえとるっちゅうねん」

「ねぇ、どうして服着てなかったの?」

「うるさいわ! お前は思春期の興味津々か!!!!」

パインが、そう怒鳴ったので、シンバは、あの裸の二人がいなくても、聞いてはいけないのかと唇を尖らせた。

「で? お前達、一体何をやらかしてSurviveの連中に追われてるんだ?」

ラオシューに、そう聞かれ、パインは今の状況に置かれている事態を話した。

「ほぉ、お前、本当にD.Pだとしたら面白いな」

パインの話を聞いて、ラオシューはシンバをまじまじ見つめ、そう言った。そして、

「正直に答えろ、お前、人間だろ?」

怪しげに笑いながら、そう尋ねる。

「僕はアンドロイドだよ?」

「嘘つけ。お前、帽子とってみろ、身長、いくつだ?」

「身長?」

「ああ、それにな、お前、その瞳の色、ヘーゼルだな。D.Pはブラウンと決められてるんだ。お前のような瞳の色のD.Pがいる筈がない」

「ふぅん。でも僕はアンドロイドだよ」

「まだ言うか! こうなったら、面の皮、ひっぺがして血と肉で覆われてるか確かめてみるか? ん?」

「いいけど、そんな事して、元に戻せるの?」

脅し文句もシンバには通用しないと知ったのか、ラオシューは苦笑い。

「こうなったら、病院に行って、コイツを診てもらってだなぁ」

「ラオシューさん、シンバはD.Pやねん。俺はコイツがそう言うなら、それを信じる。前も言うたけど、コイツはアホやけど、嘘つくような奴ちゃうねん」

パインが、シンバと一緒に仕事を始めたのは昨日。

それでもパインはシンバに惹かれる何かを感じていた。

もしもシンバが人間でも、それでもいいと思える程に――。

「そうか、パイン、お前がそこまで、このガキを思うなら、それでいいだろう。シンバと言ったな? お前も、ここまで信用されてんだ、裏切るような真似はするな?」

ラオシューにそう言われ、シンバは、パインを見上げ、コクンと頷いた。

「裏切らないよ。だって僕は本当にアンドロイドだもん。僕を創ってくれたおにいちゃんは僕に生きる事を教えてくれた。確かに僕はパインみたいに強くないし、よくわからない事ばかりだけど、おにいちゃんが強くなりたいなら努力して強くなれって言って、僕に剣を教えてくれたんだ」

「・・・・・・おにいちゃん?」

ラオシューが眉間に皺を寄せ、聞いた。

「うん、僕を創ってくれたおにいちゃん」

そう言ったシンバの背にある剣を、ラオシューはいきなり抜き取った。

「おい、この紋章・・・・・・」

剣の柄の先の裏にある二匹の獅子が向かい合った紋章。

「なんかわかったんか?」

パインがそう聞くと、ラオシューは、

「いや、大した金になる事じゃねぇ。お前も知ってるだろう事だ。それでも聞きてぇなら、教えてやってもいいが、幾ら出す?」

そう言って、パインを見た。

「ほな、聞かん」

「ああ、その方が利口だ。だが、この紋章とシンバと言う名に何か引っかかる記憶がある。思い出せねぇなぁ。思い出せたら、偉い金額になりそうなんだがなぁ」

「よぉ言うわ。思い出せんっちゅう事は大した情報やないっちゅう事やがな」

「まぁ、思い出せねぇんじゃあ、しょうがねぇ。そろそろ仕事の情報提供と行くか。お前等、組織から追われてんだろ?なら、組織の上に話を付けに行くって考えなら・・・・・・」

ラオシューは言いながら、テーブルの上にあるゴチャゴチャしたモノを全て落とし、そのがら空きになったテーブルの上に地図を広げた。

「ここが今俺達がいるセギヌス。そして――」

ラオシューの指が、地図の上の大陸を北に走る。そして陸の中のポッカリ空いた場所で指は止まった。

「湖?」

パインがそう聞くと、ラオシューは二ヤリと笑い、

「幾ら出す?」

そう尋ねた。パインは考えて、

「これでどうやろ?」

と、指を一本出した。するとラオシューは更に二ヤッと笑い、

「いいだろう」

そう頷いて、地図を見る。

「この湖には、人工島がある。D.Pが昇進したら、皆、ここへ行く。見た目は何もない無人島だが、島の地下に組織がある。S.Rと名乗っている闇組織がな。この組織に入るには、昇進した者のみがもらえる何かがないと入れねぇ」

「何かってなぁに?」

シンバが首を傾げて、可愛らしい仕草で聞くが、ラオシューは首を振る。

「わからねぇ。簡単に鍵となるものか、それとも、昇進したD.Pそのものの登録かもしれねぇ」

「ほな、その何かを偽造するっちゅうんは無理やなぁ」

「ああ。でも潜り込む手はある。この大陸には街がある。一番大きな街はミラク。お前等の組織Surviveがあるナッカル、そしてここセギヌス。他の街も、まぁ、ここセギヌスよりは治安のいい街が沢山ある。そしてこの大きな大陸の上にある様々な街を繋いでいるモノがある。人間もD.Pも、生きている者全てが必要とするものだからな」

「・・・・・・なんやろ?」

「水だよ」

シンバがそう答えると、ラオシューは、

「正解」

そう言った。

「水は誰もが使うんだ。この大陸では、使った水は浄水されて海へと流される。それはS.Rも同じ大陸上にある以上同じ事。上水道がある限り、下水道はある。この街のマンホールを使うなら、北へ向かえば、やがてS.Rの組織に辿り着くだろうよ」

「成る程な。ほな行こか、シンバ」

「おい、パイン、金!」

行こうとするパインをラオシューは引き止めた。

「ああ、そうやったな、ほい」

パインはへラッと笑い、ラオシューに1ギルドコインを一枚、手渡した。

「なんだ、これは?」

「金や」

「見ればわかる。そうじゃねぇだろ!」

「心配あらへん。正真正銘の本物の1ギルや」

「だからそうじゃねぇだろ! 足りなさ過ぎだろ!」

「なんでや? ラオシューさん、これでええ言うたやないか」

パインはそう言って、指を一本立てた。

「た、単位が違うだろう!」

「単位迄の話しとらんがな。俺が指一本出した時は1ギルや」

「馬鹿言うんじゃねぇ!!!!」

「ほな、出世払いで」

「出世払いって、今迄Surviveに居ながら、全く昇進の気配のねぇお前が、どう出世するって言うんだ!? しかも今は組織に追われる身になってんじゃねぇか!」

「それもそやな。ほな、俺が出世するように祈っとって」

「あ! 待ちやがれ! こら! パイン!?」

パインとシンバは5階の窓から飛び降りた。

パインの真似をして飛び降りたのはいいが、着地に失敗するシンバ。

それを笑うパイン。

そんな二人に、

「二度とお前等に情報はやらねぇからなぁーーーーっ!!!!」

と、窓から吠えるラオシュー。

パインは、またと言う風に、ラオシューに手を降り、シンバとマンホールを探しに走った。

アスファルトにある丸い蓋のようなマンホールの入り口。

そこから下水道に降りる。

ザーっと言う水が流れる音と暗さと頭にツンと来る臭い。

「こんなとこ、ずっといたら、おかしくなるよ」

「人間なら有り得んやろうな。でも俺等は大丈夫や」

「アンドロイドだから? そういうもん? 人間とそんなに変わらないのに?」

そう言ったシンバに、パインは笑う。

「下水道で迷ったD.Pが気がおかしくなって壊れたって笑い話やで」

「・・・・・・そういうもん?」

シンバとパインは北へと向かう。

行き止まりになりながらも、何度も道を変え、なんとか体がギリギリ入るような水の通り道の小さなトンネルも、水に潜って、無理矢理、奥へと進む。

服が濡れるだけなら兎も角、臭いに堪えれなくなりそう。

途中、途中でマンホールの蓋を見つけて、外へ出てみる。

Surviveの連中が、どこにいるかわからないが、まさか下水にシンバとパインがいるなどと思いも寄らないだろう。

身を隠しながら移動するには調度いいが、この状況にどこまで耐えれるだろうか。

S.Rに向かい始めて、二日が経過していた。

外に出た時に、パン屋の裏口で、捨てられたパンを食べたりして、空腹を凌いで来たが、こんな生活がいつまで続くのだろうと、シンバは恐くなっていた。

まさか、下水道でずっと暮らすんじゃないかと思う程だ。

そんな馬鹿な不安が過ぎる程、歩き疲れた時、目の前を影が通った。

「あ、ウォルクさんだ」

シンバの、その声に、ウォルクは振り向いた。

「こんなとこで何しとんねん、お前」

「てめぇらこそ何してんだ。偶然出会えるような場所じゃねぇだろ」

「僕達はS.Rって所に行って、偉い人に会って、僕がアンドロイドだってわかってもらって、パインがSurviveに戻れるようにするんだ。絶対にこんな所に住んだりしようとしてる訳じゃないんだ!」

「下水道に住むって、どっから出て来た話やねん」

「兎に角S.Rに向かっている途中なんだよ」

シンバがそう言うと、ウォルクが、

「厳重な警備の中に忍び込めるのか? お前みたいなクソガキが」

そう言った。

「なんや、お前、S.Rに詳しいみたいやないか?」

その時、

「Prepare oneself for death」

そう呟きながら、ロボが現れた。その後ろから、

「何言ってるのよ、元々、私達死者でしょ。死なんか覚悟してどうするのよ」

ランが、ロボの背中を叩きながら、そう言って現れた。

「なんやなんや、お前等、勢ぞろいか?」

「あら、パインちゃん」

「パインちゃん言うな言うてるやろ!」

「ごめんなさいね、パインちゃんに構ってる暇はないわ」

「だからパインちゃん言うな言うてるやろ!」

「ちょっとウォルク? ロボも! 戻らないの? 私はやっぱり戻るわ。だってこのまま逃げ切れる訳ないもの。だったら壊れる迄――」

壊れる迄――、なんなのだろう?

しかし、ランはその後のセリフを言わず、黙ってしまう。だが、女はいざとなれば、強い。

それはD.Pも同じなのだろう、ウォルクやロボは俯いたままだが、ランは顔をあげた。

「行くわよ! ウォルク! ロボ!」

ロボはランを見る。ランは微笑みながら、

「Are you ready?」

ロボに問い掛ける。

「・・・・・・OK!」

ロボは頷き、そう答えた。

シンバは何て言っているのか、わからず、首を傾げる。

「ウォルク! あんたはどうするの!?」

ウォルクはランを無視するように、まだ俯いたまま。

「・・・・・・そう。仕方ないわね」

「おいおいおい、お前等、一体なんやねん。ヴォルフはどないしたんや」

「戦ってるわ」

「戦っとる? 誰とどこでや?」

「S.Rで。S.Rとよ――」

ランは、そう言ってパインを見る。

「私達は昇進してS.Rという組織に呼ばれたの。でもそこで待っていたのは、D.Pではなく、人間だった。私達は人間の為に働く事を命じられたの。ヴォルフは人間を殺しても、人間を守る事はしないと反抗したら、奴等は、〝D.Pが生まれ、長い月日が過ぎた。そろそろお前のような回線がイカレたD.Pが現れても仕方ないだろう。死者は生者に逆らえないとインプットした新しいソフトを脳にインストールできないのなら、必要ないD.Pだ。壊してしまえ。強くて言いなりのD.P、いや、ペットはまだまだいるのだから〟そう笑いながら言って来たわ。そして私達を壊そうと、S.RのD.P達が向かって来たの」

「ねぇ、S.RはSurviveとRiviveの組織で昇進したD.Pが集ってるの?」

シンバが、そう聞くと、ランは頷いた。

「まさかSurviveのD.Pも昇進したらS.Rに入ってるとは思わなかったわ。だったら何故、私達は対立してたの? そう思うものね。でも、それは、増えたD.Pを減らすのは、D.P同士戦わせるのが手っ取り早いから。そうする事によって、弱いD.Pは壊れ、自然と強いD.Pだけが残る。昇進とは、仕事を忠実にこなせるD.PだけをS.Rに集める事。結局、私達は人間の言いなりに生きて来ていたって訳よ。今更よね――」

「で、ヴォルフは、俺は壊れる迄戦うから、お前等は逃げろと言うたって訳か」

パインがそう言うと、ランも、ロボも、ウォルクも顔を上げ、パインを見た。

「あいつの事や、お前等を逃がす為に、偉そうに、そう言うたんやろなぁ思うただけや」

3人の視線に、パインはヘラヘラ笑いながら、そう答える。

「その通りよ。通気口から下水道を通って、私達はヴォルフの言う通りに逃げて来たの」

「命令は忠実に従う、流石D.Pやなぁ」

「パインちゃん! 茶化さないでよ!」

「でもヴォルフさんを助けに戻るんだよね? 僕もその方がいいと思う」

シンバがそう言うと、ウォルクはシンバを睨みつけ、

「今更戻って、何の助けになる? オレ達3人の力で助けられると思うか? オレ達よりもずっと先に昇進したD.Pがウジャウジャいやがる場所に戻ってどうするんだ? それにヴォルフは逃げろと言ったんだ。それ以上の考えはオレにはできない。オレはこれでも優秀なD.Pなんでね!」

そう言った。

「お前にとってヴォルフは御主人様だったって訳か。優秀なD.Pのお前は、ヴォルフの命令は絶対って訳なんやな? でもな、御主人様を守るのも優秀なD.Pの仕事ちゃうんか?」

パインのそのセリフに、ウォルクは何も言い返せない。だが、S.Rへ向かう気もないようだ。

「ウォルクはウォルクのしたいようにしたらいいわ。私とロボはS.Rに戻るから。逃げたって、捕まって、壊されるなら、こっちから仕掛けてやるわよ。それでねぇ、パインちゃん、こんな所で会ったのも何かの縁だしぃ、私達に協力してくれないかしらぁ」

急に、甘える声を出し、ランはパインに近付く。

「アホ。お前等の話聞いて、S.Rに向かうのはやめにしようか考えとるんや。協力なんかするかい!」

「そんなぁ、意地悪言わないでよぉ。シンバちゃんも、その背中の剣を抜いて、戦ってほしいな。ランちゃん、キスしてあげてもいいわよぉ」

「気持ち悪い声出して、気分悪うなる事言うな、ボケ!」

行く気なしのパインに、

「ねぇ、パイン、依頼だよ? 受けないの?」

シンバはそう言った。

「は?」

「僕達はD.Pだろ? 困った者を助ける為に僕達はいるんだ。これはD.Pとしての依頼なんだよ。だって、そういう生き方ってかっこいいでしょ?」

ニッコリ笑って、左手の甲の極印を見せながら、そう言ったシンバに、パインは、一瞬、目を丸くするが、直ぐにフッと鼻で笑う。

――初めてアンドロイドやなくて、D.P言いよった。

――D.Pって意味を新しく作りあげよる気か?

――コイツ、成長しとるなぁ。

パインは頷く。

「ええやろ。その依頼、引き受けたろ」

ランは喜び、飛び跳ね、パインとシンバに抱きつき、二人の頬にキスをする。

「じゃあ、私とロボは先に行くから! 必ず来てね! 助けに来てくれるの待ってるから!」

そう言いながら、ウィンクして、ランは行ってしまった。

ウォルクは、ランとロボとは正反対の方向へ歩いて行く。

「ウォルクさん!」

シンバの声に、もう振り向く事もない。

「ウォルクさぁん!!!! 僕達Dead Personだって、生きてるって証明してやろうよぉ」

「なんや、お前、S.Rの連中に、生きてるって証明したる為に、ランの依頼受けたんか。悔しさから来た、只の負けず嫌いなだけか?」

「違うよ」

「ん?」

「僕は只、壊されたくないから」

「は? だったらS.Rに行ったらアカンやろ。行ったら壊されに行くようなもんやで」

「僕がじゃないよ。ヴォルフさんの事だよ」

「・・・・・・」

「ヴォルフさんの事、壊されたくないから、だから戦うんだ」

「・・・・・・お前、ええ奴やなぁ」

「え?」

「いいや、なんでもない、ほな、行こか」

シンバはウォルクが戻って来るんじゃないかと、何度も振り向きながら、先へと進む。

マンホールが開けっ放しで、光が差し込んでいる。

そこから外に出ると、辺りは木々が生い茂る林の中。そこから暫く歩くと、湖が見え始める。その湖の中央に浮かぶ島。

そして、辺りが開け、木々がなくなった広い場所に着いた。

「おい、通気口の網が開いとる。ランとロボがこっから入って行ったんやろ」

言いながら、パインは通気口に入り、匍匐しながら、前進して行く。シンバも後に続く。

そんなに狭い訳ではない。だが、高さが余りない。横幅は両手を広げても大丈夫な程、結構あるのだが。

その為、匍匐するようになる。

地下の空気入れ替えの為の通気口だけあって、迷う事はなくS.Rであろう組織に辿り着いた。その道のりも、思った程、遠くはなかった。

「てか、ここトイレやんけ」

そう、通気口から出た場所はトイレ。

「でもS.R内部に侵入成功だね」

「ほな、お偉いさん探して、詳しい事情聞いてみよか」

「うん、そうだね!」

しかし、トイレから出た途端に、S.RのD.Pに行き成り襲われる。

「この分やと、ヴォルフ、まだどっかで暴れとるな。せやから警戒されまくりで、俺等も急激にバトル開始やがな」

「でもヴォルフさんが無事って事だから良かったよ」

シンバはそう言って、剣を抜く。

「あほ、まともに戦っとる暇ないで! 適当に相手して、逃げるんや」

折角やる気満々で剣を抜いたのにと、シンバは唇を尖らせながらも逃げる。

パインは逃げながら、S.R内部の設計を頭に入れて行く。

目の前に大きな体格のD.Pが立ち塞がる。

走る勢いのまま、パンチでも喰らわすのだろうと思ったが、パインの足は、そのD.Pの前で止まり、

「・・・・・・ゴルビ?」

そう呟いた。

「あ、ゴルビって、確か、工場跡地で倒れていた僕を運んでくれた人だっけ?」

パインは何も答えず、只、ゴルビを見ている。

「・・・・・・お久し振りですね、パインさん」

「あ、ああ、久し振りやな」

「・・・・・・あなたが昇進してS.Rに来るという報告は受けていません。従って、不法侵入者として、あなたを壊さなければなりません」

「見逃してくれへんのか」

「見逃す? あなたのような出来損ないのD.Pを見逃せと? ここで壊された方があなた自身の為でもありますよ。ガラクタはガラクタに戻った方がいい、リサイクルされ、再び何か役に立つモノに生まれて来れる可能性もありますからね」

「ゴルビ、お前、随分と口数多なったな」

「いつまでも変わらないアナタとは違う!」

そう言ったゴルビは体を捻り、思いっきりパインを殴り飛ばした。

壁にぶち当たり、その壁が破壊される。パインはそのまま、パラパラと砕け落ちる壁の破片と共に、床に落ち、座り込む。

「行き成り何するんだ! パインとは友達だったんだろ!?」

そう言ったシンバを見据え、

「友達? そんなものがD.Pに必要なのか? お前達みたいな出来損ないのガラクタと一緒のD.Pだと思うと情けなくなる。D.Pの始末はD.Pで片付けるのみ!」

ゴルビはそう言って、シンバへ向かって来る。シンバは一歩後ろへ下がりながらも、剣を構えた。

「なんだソレは? 剣なんかでどうする気だ? そんなものでS.RのD.Pとまともに戦えると思っているのか? 人間が扱う武器など、邪魔なだけだ。そんなものでは掠り傷も負わせられない」

「僕は戦う為に剣なんか抜かない。これは傷付ける道具じゃない。守る道具だ! 僕はパインを守る為に剣を抜いたんだ!」

シンバの言葉に、パインは顔を上げる。

今、パインの目に映るシンバの精一杯の攻撃。どの攻撃も全てゴルビには効かない。弾き返され、受け止められ、交わされ、その度にカウンターで弄ばれながら攻撃を喰らうシンバ。それでもゴルビの力加減の半分も出されていないのに、シンバにとっては、かなりのダメージ。だけど、何度も立ち上がるシンバ。

痛さがない分、何度でも起き上がれるものの、限界を感じる。

視界が薄暗くなって来ているのは、どこかの回路がおかしくなってきているのだろうか?

諦めない。でも、このまま動かなくなってしまいそうだと、シンバが感じた瞬間、大きな体のゴルビが遠くに吹っ飛んだ。

「只の図体がデカイだけが取り得のD.Pに苦戦するなんて、それでここによく侵入できたもんだぜ。これだからSurviveの奴は世話がかかる。やってらんないね」

「ウォルクさん・・・・・・?」

シンバの目の前に、ウォルクの姿。

ゴルビを吹っ飛ばしたのは、ウォルクだったのだ。

「構えろ、来る!」

「え」

「仮にもパインの相棒だった奴だ、取り得は図体の他にもあるだろうよ。やられる前に一気に壊しにかかるぞ!」

「うん!ありがとう!ウォルクさん!」

「勘違いするなよ、お前等を助けに戻った訳じゃねぇ」

「わかってるよ。ついでだろ?」

そう言った生意気なシンバに、ウォルクはフッと笑い、

「上等だ。理解できてんなら、足手纏いにだけはなるな、シンバ」

そう言った。

初めて名前を呼ばれ、シンバは、少しだけパインの傍にいる自分を認めてもらえたような気がした。

ゴルビが襲い掛かって来る!

パインは崩れた壁に寄り掛かったまま、座り込み、シンバを見ている。

ゴルビ相手に、あたふたする格好悪いシンバと当たり前のように活躍するウォルクだが、パインの目には大活躍しているシンバに映っている。

ウォルクは余裕のバトル。素早い動きでシンバの傍に来て、耳元で、

「いいか、剣をその位置に置いて、そのまま立ってろ」

そう囁き、再び、ゴルビの胸倉に入って至近距離の攻撃を始めた。

言われたまま、剣を構え、何が起こるのかわからず、只、ドキドキしながら立っているシンバ。ウォルクの攻撃で、ゴルビの大きな体が180度回転し、振り向き様に、シンバの剣に胸を貫かれる。

ジジジッと嫌な電流音と共に、ゴルビは動かなくなった。

「とどめ、決めたじゃねぇか。やるときゃやるってか」

ウォルクはそう言って、シンバの肩を叩いたが、とどめを刺したのは、ウォルク自身だ。

シンバの剣でとどめを刺すように計算されただけ。

呆然とするシンバ。直ぐに我に返るが、ウォルクの姿はない。

先へと進んだのだろう。

シンバはゴルビの胸元から剣を抜き取る。

剣を通して、微かな電流を感じる。

振り向くと、座り込んだまま、シンバを見ているパインと目が合った。

シンバは駆け寄り、

「・・・・・・パイン、行こう?」

と、手を伸ばす。

その手を見て、パインは黙ったまま動かない。

「ずっとここにいても、また新たに敵が現れるだけだよ。行こう?」

「・・・・・・なんで壊したんや」

「・・・・・・パインを壊されたくなかったから」

「俺がゴルビ程度にやられる訳ないやろ」

「うん、でもパインは手を出さないと思ったから。パインが出来ない事は僕がやればいいじゃない。完璧に何でも出来る必要なんてないよ。大丈夫、僕は変わらないから。きっとずっと出来損ないだよ」

シンバは、言いながら、D.Pの極印の入った左手を、更にパインに向けて差し出す。

パインは暫くその手を見つめ、そして、同じD.Pの極印のある左手を出すと、シンバの、その手を握って立ち上がった。

「アホ言うな。俺に出来ん事なんかあらへんわ!」

「うん、だよね」

「まぁ、なんや、ちょっとはあるけどやな」

「僕なら一杯あるけどね」

「そん時は俺がやればええ。お前が出来ん事は俺がしたるよ」

そう言って、パインは歩き出す。

そのパインの背中にシンバはニッコリ笑い、

「うん!だよね!」

と、元気一杯頷いた。

それから、あちこち組織の中を走り回るが、倒れているD.Pばかり。

恐らく、ヴォルフ、ウォルク、ラン、ロボが、壊したD.P達だろう。

奥へと進み、ある部屋を勢い良く開けると、そこに全員集合していた。

だが、戦闘中。

S.RのD.P2体と苦戦中のようだ。

「よぉ、ヴォルフ、随分と暴れたんやなぁ」

「馬鹿が。この状況を見て言え」

「・・・・・・よぉ、ヴォルフ、随分と暴れとるなぁ」

「現在進行形にすればいいってもんじゃない。悪いが、そいつを頼む」

そのD.P2体の内、1体を頼まれ、パインは、

「御安い御用や」

と、戦闘に加わった。

シンバも剣を構える。

流石S.RのD.P。パワーもスピードも完璧に戦闘マシーンとして生まれたようなもの。

最終決戦かのような勢いがある。

だが、パワーもスピードも、その点では、パインとヴォルフも極上物。

1対1となれば、こちらに勝ち目がある。なんせ、プラスアルファがついているのだ。

それが出来損ないだとしても。

やがて電池でも切れたかのように、D.P2体が動かなくなり、戦闘は幕を閉じた――。

ヴォルフはパインにカードを投げ、パインはそれをキャッチする。

「ここの出入り口キーだ」

「ああ、これで外に簡単に出ろってか? 帰りは狭い通気口は利用せんでええっちゅう訳やな? お前、腕、大丈夫なんか?」

さっきの戦闘でヴォルフの腕はイカれてしまったようだ。

「心配ない。この程度なら、自動回復で、その内直る」

「ほな良かった。で、S.Rのお偉いさんはどこにおるんや?」

ヴォルフは首を振る。

「逃げたっちゅう訳か」

「だが、D.Pは世界中にいる。俺達がいたReviveも世界中にある。Surviveという組織もな。だとしたら、S.Rという組織も他にもあるだろう。ここはこの程度の設備。本部って訳でもなさそうだ」

「追いかけるんか?」

「ああ」

「執念深い男やのぅ。追いかけて、掴まえて、殺すんか?」

「話のわからない奴ならな」

「もうほっとけばええんちゃうか?その内、案外、謝って来るかもよ?」

「相変わらずふざけた野郎だな。人間が俺達D.Pに頭を下げる訳がない。俺達D.Pの方が上だとわからぬのなら、皆殺しにするまでだ」

そのパインとヴォルフの会話に、

「人間とか、D.Pとかって、そんなに重要かなぁ?」

と、シンバが入る。

「その人が人間でも、D.Pでも誰なのかって事が大事なような気がする」

「誰なのか・・・・・・?」

ヴォルフは口の中で、そう呟き、シンバを睨み見る。

「だって、人間とD.Pに上も下もないと思う。あるなら、僕達が分け隔てない世界を創ればいいよ。困ってるなら、D.Pだろうが、人間だろうが、犬だろうが、助けてあげて、僕達も助けてもらって、みんなでありがとうって笑えばいいよ! それがいいと思わない?」

と、シンバは、みんなを見回し、笑顔で言う。

ヴォルフは眉間に皺を寄せる。

「笑うって、幸せな事だから、みんなが笑うといいと思う。そういう世界がいいよ。それでね、好きな人だけが傍にいればいいと思うんだ。好きな人が笑って、傍にいてくれる。よくない?」

そんな事を言うシンバに、ヴォルフの怖い顔が少し緩み、バカな考えだと思いながらも、フッと笑みが溢れ、

「それは・・・・・・なかなかいい世界だ」

自分でも、まさかの台詞を言っていた。

「コイツ、結構、大物やろ?」

と、パインは笑いながら、ヴォルフの耳元で、そう囁いた。

ヴォルフの表情は柔らかく微笑んでいる。

ウォルクもランもロボも、そんな見た事もないヴォルフに少し驚きながらも、いつもより穏やかな雰囲気に安堵する。

今迄Reviveという組織にいたが、もうそこへは戻れない。

ましてや、その組織の上位のS.Rを、例え、本部でなくとも、その一組織を潰してしまったようなものだ。

つまり、この状況はDead lock、行き詰まったも同然。

だが、ヴォルフなら、この状況、Dead lockを打開できるだろうと、皆、思い、信じている。

そして、ヴォルフが、その部屋を出ようとして、振り向いて、シンバとパインを見る。

「パイン、と、そのガキ・・・・・・、シンバと言ったな。借りは必ず返す」

「ああ」

パインが、そう頷くと、ヴォルフは部屋を出て行った。

その後に続くウォルク、ラン、ロボ――。

「借り?」

シンバがパインに尋ねると、

「アイツなりの有難う言う意味や」

そう教えてくれた。

そして、ヴォルフがくれたカードキーを使って入った部屋には、透明のカプセルだけがあった。

そのカプセルに入ると、地下の組織から島の上へとワープし、その場所から湖を渡る橋が現れ、それを渡り終えると、橋は消えてなくなった。

「おもろい仕掛けやなぁ」

「もう一回乗りたい!」

「お前、ほんまガキやなぁ」

「パインだって乗りたい癖に」

「お前と一緒にすんな」

「これからどうする?」

「そやな、休みたいしな、ラオシューさんとこ戻ろか」

行き詰まったのはヴォルフ達だけではない、パインも同じ――。

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