第6話「再び、鹿野山先生と」

〈なるほど〉と鹿野山かのやま先生は言った。


〈ことばとこころの教室〉にて、俺と先生は机を挟んで向かい合っていた。先生の手元には複数の書類が広げられている。生徒の悩み事や課題などを書き記して、今後の指導に活かしていくというものだ。


〈音楽はどう映るか、か。面白いことを聞いてくるな〉

〈なんていうか、答えに迷った〉

〈そりゃ困るよな。音楽は目に見えない。でも、感覚としてはわかる。その感覚を言葉にするのって難しいもんだ〉


 先生は足を組み、〈それにしても〉


〈その子、やっぱりお前に気があるんじゃないのか〉

〈どうなんだろう。先生はどう思う?〉

〈俺に聞かれても困る……と言いたいところだが、悩める生徒のため、及ばずながら力を貸そうじゃないか〉


 そう言うと先生はA4の白紙の中心に何かを書き込んだ。円の中に文字があって、(太鼓)とある。そして(太鼓)の左右にもひとつずつ円を書き、中に(狼山ろうやま)と(犬塚)の文字を入れた。


〈まず、お前は太鼓を通してその犬塚って生徒と知り合った〉


(狼山)と(犬塚)とを線でつなぐ。


〈犬塚って子は前にダンス部に所属していた〉


(犬塚)の斜め上に円と、(ダンス部)と書く。


〈でも、何かしらあってダンス部を辞めた。次には言ったのがお前のいる和太鼓部。お前の和太鼓を見たことがあり、今はペアを組んでいる〉


 さらさらとよどみなく続ける。


〈そしてお前は犬塚のことが気になる。違うか?〉

〈……違わない〉


 先生は(狼山)の下に、(犬塚への恋心)と書いた。ストレート。


〈もし、お前が犬塚と良好な関係を築きたいと思うなら、何が問題になる?〉

〈俺の障害のこと〉

〈それはどうしてだ?〉

〈犬塚の話がいつもわかるとは限らないし。話すのも得意じゃないし。彼女がなんか困っていても、力になれるかどうかわからない。とにかく、自信がないんだ〉

〈なぜだ?〉

〈中学の時にひどい目に遭ったから〉


 先生は俺の名前の下に、(障害)(コンプレックス)(過去の出来事)と書いていった。


〈小学校と中学校は、別の区だったんだよな〉

〈うん、顔も名前も知らない生徒ばかりだった。いつも場違いみたいな気持ちだった。いじめっぽい扱いを受けたこともあったけれど、平気なふりをしていた〉

〈まあ、よそ者が排他的な扱いを受けることはよくあることだ。そして今もその経験を引きずることもよくある〉


 先生はポールペンで用紙を叩いた。


〈しかし、似ているな。お前と犬塚って子〉

〈似てるのかな?〉

〈状況だけで見ればな。男と女という決定的な違いこそはあるが、浮いているってことに変わりはないんじゃないのか〉


 そうだろうか。


〈お前はまだピンとこないかもしれないが、年頃の女の子が退部するってのはけっこうな事件だ。周りからなんやかんやと言われるし、変な目で見られたりもする。中途半端な時期に入部するのだって、けっこうな勇気がいるもんだ。話を聞く限り、その子はそういう目で見られるのが平気ではないようだからな〉

〈確かに……〉


 先生は俺に用紙を渡してきた。


〈あとは自分で考えて書いてみな。新しい情報が出てくる度に書き込んで、考えて、また書くんだ。自分のことも含めてな。そうやって自分と人とを客観視できるといい〉

〈……はあ〉

〈なんでそんなことをするのかわからないってツラだな。まあ、いい。でもほどほどにしておけよ。やり過ぎると分析魔って言われたりするからな〉

〈先生のこと?〉

〈いっちょ前な口をききやがって。じゃあ、俺は行くからな〉


 先生は教室から出——俺は用紙を見下ろした。


 俺と六歌とが似ている。果たしてそうなのだろうか。それがわかったとして何が解決するのか、わからない。


 紙に書けば解決するような、単純なことじゃないのに。

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