第4話「変人・鹿野山先生」

〈なるほど、青春だな〉

〈からかうなよ、先生〉


 校舎の最上階の外れにある教室にて、俺と鹿野山かのやま先生は手話で話していた。〈ことばとこころの教室〉という名の、特別支援学級——ざっくりといえば、障害を持つ生徒たちが集まって勉強をする場だ。


 鹿野山先生は常にいるわけではなく、週に一回やってくる。世にも珍しい障害児専門のカウンセラーだ。手話をよどみなく扱えることから、どこの学校からでも引っ張りだこになっているというのが本人の弁である。


狼山ろうやまはその子が気になっているのか?〉

〈まあ、少しは。気にならないっていえば、嘘になる〉

〈回りくどいな。それではモテないぞ。思春期の男っていうのは大概がモテたいって願望を持っているもんだ〉

〈心理学的に?〉

〈いや、俺の経験談〉


 俺は鹿野山先生を細目で睨んだ。カウンセラーのくせにフランクで、気取ったところがない。そういうところが気に入っているところもあるが。


〈いいじゃないか、音楽を通じて仲良くなる。漫画ならよくあるぞ〉

〈漫画じゃないよ。それに、人を好きになったってしょうがないじゃないか〉

〈どうしてだ?〉

〈……言わせないでくれよ〉


 鹿野山先生は眉を寄せて、椅子にもたれかかった。


〈あのな、狼山〉

〈わかってるよ。障害のことなんか気にするなっていうんだろ〉

〈違うな。俺が言っているのは、お前の心の持ちようの問題だってこと。話を聞いてみれば、その子はお前と話すためにメモ帳を持ってきたんだろ。だったら、それなりに気があるってことになるんじゃないのか。そのことをプラスに考えたらどうか、ってこと〉


 反論しようとして――両手を下ろす。


 鹿野山先生が続ける。


〈狼山、お前ぐらいの年頃になると人を好きになるってのは当然の話だ。相手のことを気にして、恥ずかしくなって、どうしたらいいのか迷ったりするのは当然だ。でも、お前はそれを障害のことと結びつけている〉

〈それの何が悪いのさ。当たり前だろ〉

〈そう、確かに当たり前かもしれない。でもな、狼山。それだと障害のある人間は恋をしてはいけないのかってことになるぞ〉

〈…………〉

〈まあ、せっかくの機会なんだ。卒業だなんだで離れてしまう前に、きちんと恋愛ってやつを知っておいた方がいい。自分の心についてもな〉

〈知って、どうするのさ〉

〈知ってから、考えろ〉


 立ち上がり、俺の肩を叩く。それから他の障害のある生徒たちに話しかけていった。


 俺はここでも一人でいることが多い。手話で話せる生徒はいるけれど、俺に積極的に話しかけようとはしていない。俺もまた、自分から話しかけてはいない。そのことで気を揉んでいる教師がいることも、俺は知っていた。


 寂しいのか、寂しくないのかっていえば寂しくない。だって中途半端に関係を築いてもしょうがないじゃないか。


 だから人に話しかけない。


 それが良くないかどうかは――俺が決めることだろう。

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