NEW NPC⑤




女性はもしかするとゲームを始めて間もないのではないかと新久は思う。 明らかにボスに立ち向かうセオリーを無視していた。 もちろん人により攻略法は違ってくるのは当然だ。


―――だけど、相手の攻撃に対する反応は悪くないんだよね。


ゲームにおいて重要なことに反応速度がある。 女性は攻撃の予備動作を見て反応する素振りを見せていた。 だが実際に見える攻撃とゲームとしての攻撃範囲は違う。 

そこに気付いていないためか、ほとんど避け切れてはいないのだが。 相変わらず攻撃を食らっては薬を飲みといったごり押しを続け数十分、ようやく彼女は勝つことができたようだ。


―――・・・あ、いつの間にか勝ってる。


あまりにも戦闘が長過ぎて呆けていた。 弱点さえ付けば攻略も容易いというのに。


「や、やった・・・! 勝ったぁー!!」


彼女は相当喜んでいた。 こんなにも時間をかけて勝つとなるとさぞかし嬉しいだろう。 負けてしまえば使った薬も全て無駄になってしまうのだから当然だ。 新久も見ていたこともあり嬉しく思った。


―――頑張ったな。

―――って、一応僕を助けてくれるっていう設定だっけ?


倒れたボスを避けるようにして彼女は新久に近付いてきた。


「姫様、お待たせ!」


そう言って新久を眺めている。 当然、まだ動くことはできない。


「あ、そうか。 えっと・・・? これでいいのかな」


まず薬を飲ませてくれようとしたが新久は飲むことはできず、結局飲み薬のはずのそれを頭から振りかけられることになった。 だがそれでも一応効果があるのか身体が徐々に軽くなっていく。


「遅くなってごめんね。 じゃあここから出ようか」


姫である新久を抱え、ここから離れようとしたその時だった。


「・・・あーッ!」


―――どうした!?


突然の高い声に新久でも流石に驚いた。 久々に大きく感情が動いた気がする。


「どうしよう、下の階に忘れ物をした・・・。 豪華な装備を置きっぱなしだ・・・!」


―――それは勿体ないな。


「敵が武器を落としたから拾おうとしたんだけど、バッグが満タンで入り切らなかったんだよね・・・。 それでバッグの中を整頓したきり、そのままだった・・・」


彼女はある決意をしたようだ。


「姫様、ごめん! 外へ出る前に、一緒に取りに戻ってもいい?」


―――え、今から?

―――一緒に?


「ごめんね、ありがとう!」


―――いや、何も返事はしていないんだけど・・・。


新久は話すことができないため強制的に手を引かれ連れていかれた。 彼女は来た道を戻っていく。 彼女の背中を見ながら新久は思った。


―――ボスのエリアから出ることは可能なのか。

―――いや、そんなことよりも気が付かなかったことがある。

―――僕は表情すらも変えることができないんだ。

―――姫は確かやられて苦しんでいる姿だったから、弱った表情のままなんだろうな・・・。


表情ですらも伝えることができないとなると流石に不便だと感じた。 考えているうちに下の階へと着く。 所持品が多くなり過ぎると極端に行動速度に制限がかかる。 

そのためにボス戦の前に戦利品を床置きすることは珍しくはない。 だが一人でそれをやることはほとんどない。 地面に置いたアイテムは、誰かが管理していないと一定時間の経過で消滅してしまうためだ。 その時間はかなり長く設定してあるが、ボス戦にかかった時間も相当に長い。 完全に消えてしまっていてもおかしくなかった。


「えっと・・・。 あ、あったー! 見つかってよかった!」


ただそんな新久の心配は不要で、案外早く見つかり新久も一安心した。 だが喜んでいる彼女の背後から迫る大きな影。 それが新久の視界に入った。


―――・・・何だ?

―――もしかして、敵!?


それは彼女が倒したであろうはずの敵だった。 敵を倒したらクエストは完了するが、また復活する仕様になっている。 敵はそのまま距離を詰め彼女を背後から襲おうとした。


―――まッ、マズい!

―――何とかしてかわさないと!


座り込む新久は何とか立ち上がり知らせようとした。 だがそんな緊急事態でも身体は思い通りに動いてくれない。 もちろんNPCである姫が戦闘に協力なんてしてくれないことは分かっている。 

分かってはいるが、新久自身は本来人間なのだ。


―――あぁ、もうッ!

―――せめて声を出してでも気付かせないと!

―――でも、僕には声が・・・。


せめて口を開こうとする。 それすらも今の自分の身体は許してくれなかった。 それでも必死に彼女を助ける方法を考えた。


―――・・・最悪、彼女を突き飛ばして怪我をさせてでも!

―――その方が被害が少ないはず。

―――だからお願い!

―――僕の身体、動いて・・・ッ!


そう強く思った瞬間、フッと身体が軽くなった気がした。


―――・・・え?


前に進もうとしていた新久の身体は思い通りに前へと重心がかかった。 両手も動き彼女のもとへと足が動く。


―――今なら動ける!


目の前にいる彼女を勢いで突き飛ばした。 既に敵が攻撃モーションに入っていたため考える余裕はなかった。 そして、彼女が大きくよろけた瞬間、敵の大振りの剣が新久の眼前を空振っていた。



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