第5話 雪風の願い

 いつも立ち寄る公園に背もたれのない長椅子がある。

 秘密の場所というわけではないが、学校帰りに立ち寄り、座っては何も考えず空を眺めていることが多い。

 ある意味、子供のころからのルーチンであるが、目立つ場所でもないということもあり、今では雪風ちゃんとこっそり雑談をする場所にもなっていた。いま、隣には雪風ちゃんが人ひとり分のスペースを開け座っている。

 偶然あったのではない、彼女にラインで呼び出されたのだ。

 お互い言葉はない。

 時間だけが流れゆくのを感じている。

 それはそれで心地が良いと感じるのは、となりに雪風ちゃんがいるからなのだろう、そんなことを考えると口元が緩んだ。

 しばらくして雪風ちゃんは「コホン」とわざとらしく咳をすると、そっと身を乗り出し僕の顔を覗き込んだ。


「君に聞きたいことがあります!」


 僕の心はざわついた。

 雪風ちゃんは友達のつもりでも、僕にとっては好きな女の子なのだ。

 何気ない挙動の一つで当然のようにトキめいてしまう。僕のそんな思いも知らず、雪風ちゃんは腕が触れそうな距離まで擦り寄り、辺りを伺いながら小声で言った。


「山田君のことなんだけど」

「山田?」


 なんだろう、心の中で一握りほどの何かが抜け落ちた気がした。

 嫉妬かなと思いつつ、それを表情に出さないように気を配る自分に違和感をおぼえた。


「このまえ山田君が彼女と駅前を歩いているのを見かけたんだけど、あれってデートだよね」

「あぁ、まあ、デートみたいな? かな……」

「なにそれ?」


 雪風ちゃんは笑い、何度もうなずきながら話を続ける。


「あの二人いい感じだったからさ、他人の目を気にしないっていうか、堂々としているというか、今まではどちらかっていうと他人の目をはばかってきたように見えたから驚いちゃって」

「そっそう? それは、どんな心境の変化なのかなァ……」と、動揺しながら僕は誤魔化した。なぜならば、その状況について大いに心当たりがあったからだ。

 それは夢を現実にするという枕カバーの奇跡に違いない、しかも山田はこの奇跡を得るために言葉にはできないほどの恥ずかしい努力をしたのだ。当然の結果を得たということなのだろう。なぜなら、む、む、む、夢精まで……したのだから。


「そして次は暗井君」

「えぇ!」


 思わず動揺して声がもれた。

 雪風ちゃんは怪しそうな表情で僕を見ている。


「君、わたしに何か隠してない?」

「えぇっと……」

「暗井君はある女の子と並んで歩いてたのよね、しかも楽しげに……」


 僕は思った。これも枕カバーの効能なのかハッピーペンの奇跡なのか、どちらにせよ暗井が自力でどうにかできることではない、それは確かだと思った。


「これってハッピーペンの奇跡? まだペンをもってるの? ねぇねぇ」


 雪風ちゃんは興奮し、ぐっと顔を近づけてきた。

 近い! 近い! と思いながら視線は雪風ちゃんの唇に釘付けとなっていた。それは生々しく性的に見え、そう感じた瞬間金縛りとなり頭中が真っ白となった。

 これはこれで魔法のようだと思ったほどである。

 惚れた者のかなしさか、無自覚な色香にあてられたのか、渋々ではあるが僕は奇跡のカラクリを説明することにした。

 ペンは使い切って存在しないこと、さらに送られてきた枕カバーとその考えられるリスク、さらに山田と暗井で実験したことなど、知っていること全て雪風ちゃんに教えた。嘘はつきたくなかったというのもある。


「山田君と暗井君、なるほど、そっか、んー、じゃ次は私が試してみようっかなぁ」

「ちょっとまってください!」

「なぜ敬語?!」

「いやいやいや」

「山田君たちは問題なかったのでしょう?」

「それは、そうだけど……」

「ならいいじゃない」

 

 雪風ちゃんは僕の手を両手で握り枕カバーをねだった。

 好きな女の子に見つめられ手まで握られたら、それはもう、どうしょうもない、僕はうなだれるように首を縦にふるしかなかった。


 それから数日がたち校内で見る雪風ちゃんの雰囲気が変わった。

 気持に余裕があるというのか、大人びた空気を感じるのだ。この日を境に雪風ちゃんの視線を感じるようにもなった。いったいどんな夢を見たのだろう? 

 そんなことを考えていたとき雪風ちゃんからラインが届いた。


「ありがとう、枕カバー返すから帰りにあの場所で待ってて」

「わかった」


 その後、僕は我慢できず夢の内容を聞いてみた。

 

「恥ずかしくて言えないよ」


 なにこの返事、恥ずかしくて言えないって……どんな夢、いや、どんな辱めを受けたというのだ。

 動揺している僕に、雪風ちゃんから意味深なラインがさらに届く。


「自分ではなんか行動できなくて 私はいちど失敗してるから 誰かに背中を押してほしいのかも」


 僕はトークの意味がわからず、しばらく考えこんでいた。

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