第4話 寄生虫まかり通る
「わすれられない……」
山田はそういった。
どんな夢を見たのかと聞いたら「恥ずかしくてとても言えないよ……」と締まりのない顔で答え、枕カバーの入った紙袋をそっとわたしてきた。
どうやらいい夢を見たようだ。
ひとりの男をここまで腑抜けにしてしまうとは、なんと恐ろしい枕だと今更だが思ってしまう。次は僕がこれをためすのか? そう思うと期待と不安でいっぱいになりそうであった。
考えてみれば、雪風ちゃんの写真もなければ、録音した肉声もない。このまま強行するには資料が足りなすぎるのではないか、そう考えると不安が勝ってしまうのを感じるのだ。
こうして悶々と悩む僕は、聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り向くと、そこには幼馴染の陰キャラ『暗井』が息も絶え絶えに立っていた。
身なりは整い髪もきちんと整えられている。この一か月であのフケまみれのギョロ目がこうも別人となるとは驚きだ。だが相変わらず『働いたら負け』という信念は曲げてはいないようで、掲げたスローガンは健在だった。そんな彼が慌てふためきこう切り出した。
「聞いたよ! さらなる神器のはなし、夢を実現する魔法の枕カバーをもってるんだって?」
「……」
「僕をスルーするなんでひどいよぉ」
「いや、その……」
「ぜひ、僕におこぼれをぉ! どうか!」
「この枕カバーはちょっと特殊で……」
「山田のやつ枕を使って夢精したらしんだ!」
「え? 夢精!?」
「お前も毎晩その枕で夢精してんだろう! 知ってんだぞー!」
「まだ使ってねーよ!」
山田の奴、そんなはずかしー夢をみたのか、たしかにこれは人には言えないよな……。
僕は片手で顎をまさぐりながら考えた。
見た夢って実現するんだよな、そう書かれてあるんだし……夢精するような内容ってことは……つまり……。
僕は2人が絡み合っている所を妄想した。
禁断のシーンに思わず赤面する。
あの表情の秘密はそれか、なに持ち主を差し置いて絶頂むかえてんだ。
妄想を遮るように暗井が口をはさむ。
「ぼくは、この機に人生大逆転したいんだよ!」
「いや、お前ハッピーペンのとき、念願のフィギアを購入してよろこんでなかったか? 俺の嫁だーって」
「物言わぬ人形には限界があるんだよ!」
「では聞くが、明確に誰と付き合いたいという確信めいたものはあるのか? ないのだろう。漠然と枕を使って犬と交尾する夢なんて見たらどうするんだ」
「ある! 確信ならあるんだ!」
「え?」
暗井は照れるようにある女生徒の話をはじめた。
「ハッピーペンを使ってすぐ、僕の主催する文化研究会に初の女の子が入ったんだょ」
「文化研究会? あぁフィギアとかアニメのクラブのことか」
「その子が超絶可愛いだょ」
「ほう、そのかわい子ちゃんがなんだって?」
「考えられるかい、キモオタしかいない同好会に単身乗り込んできたんだょ」
「たしかにすごいな……他に漫研とかなかったのかな?」
「ないおー」
「つまり一択ってわけか」
「まあ、そうなんだけど、普通は躊躇するよね、部員は僕だけだし同好会だし」
「うん、まあ、男のぼくでもためらうかも」
「でっ、彼女に怖くなかったのかって聞いてみたらこう答えたんだよ」
『わたくし、腐ってますので……』
「うはー! プロフェッショナルだぁぁ! これって間違いなくハッピーペンの奇跡だよね! まさしく運命の出会いなのだぁぁ!」
「えぇぇぇ?」
そう言うと彼はひるがえり、またもジャンピング土下座を見せ何度も頭部をアスファルトにぶつけ嘆願した。
「まあ、たしかに奇跡というなら、フィギアではなくこの子の存在なのかなぁ……」
僕は暗井の気迫に押されたのか「どうなってもしらないからな」と忠告し持っていた紙袋を渡した。
暗井は何度も頷き、ニヤニヤと笑みを浮かべながら紙袋の中をのぞき込んでいた。
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