第5話 この出会いは偶然ではない?
あれから何日がすぎただろうか。
雪風ちゃんに笑顔が戻った。
山田は彼女とうまくやってるようである。
暗井は、念願の嫁を手に入れたとフィギアの画像を見せてきた。
それでいいのかとツッコミはしなかったけど、本人が納得しているなら文句はない。僕はそう思うようにしている。
――これでよかったのだと。
結局、ペンの効果を僕自身体験することなく終わってしまったが。それを使い切ったからと言って、死神に魂を奪われることもなく毎日を平穏に過ごしているのだから、それでいいのだろう。
そんなことを考えていた時、正門前で雪風ちゃんが立っているのが見えた。
誰かを待っているようだが、モブの僕には関係のない、そう思うと何やら悲しい気分になった。
さらに僕は雪風ちゃんの脇を通り過ぎながら大きく息を吸い込んだ。
なにも臭わなかった……。
僕は恥ずかしさを感じた。
何をやっているのかと、その行為を激しく後悔した。
その時ハッと気づく、そう、僕は体のいい言い訳をしているが、本心では後悔していたのだ。これまでの全てを後悔しているのだと。
自分のために使わなかったことに後悔し、他人のために使ったことを後悔している。ビビッて行動に起こせなかったことに後悔している。
これで終わったなんて思いたくない!
思わず拳に力が入り顔が強張った。
きっと阿修羅の表情だったにちがいない。
「ねぇ! 君……」
僕は呼び止められ阿修羅顔のまま振り向いた。
雪風ちゃんが腕をのばしこちらを見ていた。
何が起こったのか理解できなかった。
人違いだと思ったがそうではない、それどころか雪風ちゃん自身驚いた表情で僕を見ていた。
「なにその顔……便秘?」
「えっ顔?」
「そうそう、その阿修羅顔……」
「阿修……」
僕はしばらく両手で顔を抱え、その後、人生最大の失態を見せていることに気づいた。
「うわわわぁぁ!」
瞬間湯沸かし器が熱暴走しているのではないかと、そう錯覚させるほどの熱を顔に感じた。着火したら爆発しそうだと思うほどだ。
「ゆ、ゆ、雪風ちゃん! な、なんでぇ!」
「えっと……」
僕は雪風ちゃんと初めて目を合わせていた。
心を絡め取られ、そのまま吸い込まれそうだと思ったとき、僕は目をそらしていた。
「おもしろい人だね!」と雪風ちゃんは笑う。
このままではという意識があったのか、僕は勇気を絞り出して雪風ちゃんと視線を合わせた。
「なにカ、よう、デス、か」
噛み噛みな言葉に思わず逃げ出したいという衝動が襲う。
その一部始終を見ていた雪風ちゃんは、ニヤリと笑いながら僕の前に立った。
「君はピュアだね!」
「ピュア!?」
この一言でジャブを複数回食らったような気がした。
何もかもが突然で、頭の中は真っ白になっていた。
これは夢? 雪風ちゃんは僕に会うためにここにいたってこと?
まぎれもなく本物がそこにいる。
恋愛補正の影響か、雪風ちゃんの見せる表情が、仕草、言葉、全てが輝き愛くるしく思えた。
僕は恥ずかしさのあまり、彼女を直視できずうつむいていた。
そのときである。自分の履いているくたびれた靴が目に入った。
まるで今の自分の姿のようだと思えてならなかった。
――ああ、無性に恥ずかしい。
『おしゃれは足元から』とは良く言ったものだと現実逃避する自分が見え隠れする。
そんな沈黙を両断するかのように、雪風ちゃんは口を開き僕はハッと顔を上げた。
「実は、聞きたいことがあって君を待ってたんだよね」
「聞きたいコト?」
「うんうん」
雪風ちゃんは壁に寄りかかり空を見上げた。
「何日か前に暗井君と山田君が話してたのが聞こえたんだけど」
「暗井と山田?」
「うん、ハッピーペンで名前を書くと運が上向きハッピーな気分になれるとかなんとか」
「あっ……」
「いろいろな例を挙げて検証しててさ、どう見てもオカルトなのに真剣な顔でね」
「あの……」
「君は持ってるんでしょ?」
「えっと……」
「三回使えて後一回分のこってるって」
僕は一瞬にして血の気が引くのを感じた。
まさか雪風ちゃんの口から、ハッピーペンの話が飛び出すとは思わなかったからだ。
わからない、いったいどうなっているんだ……。
暗井と山田から僕の話が出たのか? 立ち尽くす僕を前に、雪風ちゃんは思いつめたように話を続ける。
「もしかして……そう、もしかしてだけど……そのペンで私の名前を書いた?」
「えっ!」
僕はギクリとした。
どう答えていいのかわからなかった。
なぜ? と答える間もなく雪風ちゃんは迫り、人差し指で僕をさす。
「暗井君と山田君が話していた運が上向いてくるみたいな話、なんか実感してるんだよね」
僕の視線はゆっくりと下へ、落ちてゆく……。
「わたしってウワサになってたから知ってると思うけど、まあ、いろいろあったから……。けど、今はそれがウソのように、そう、楽になってるんだよね……運が向いてきたというより、負の感情が浄化されたような変な感覚、ある日、突然スコーンって感じかなぁ。でも、それが普通かと言われればちょっと違うような、こんなの今までなかったし実際に不自然でしょ。そう感じていたときに偶然ハッピーペンの話を耳にして、もしこれが人為的なら、そうなのかもって……」
指を左右に揺らし、クルクル回し、雪風ちゃんは体験談からくる疑問を話した。
僕は何も答えられず、真っ赤な顔して聞くしかできなかった。
誰が見てもカッコ悪い姿だと想像できた。そんな僕は雪風ちゃんの目にどう映っているのだろう。
いっそのこと、言ってしまった方がよかったのか「そう、君に使ったんだよ」って、けどそんなこと言えはしない。言えば「なぜ?」となるし、まるで見返りを求めているみたいにも聞こえる。
これは僕が私的に、ただ雪風ちゃんの苦しむ姿がいやで名を書いたことなのだから……。
そんな心中知ってか知らずか、雪風ちゃんはひるがえり僕に問う。
「なぜなの?」
えっ、なんかもう使ったことになってる?
心拍数が跳ね上がった。
これが女の直感というものなのか、すべて見透かされ、もう、どんなウソも通用しない気がした。
どうしよう、どうすれば、僕は何か言わねばとドギマギしていると「君はわかりやすいね!」と、雪風ちゃんは笑いながらこぼした。
その一言で僕は全身をつらぬかれる。
「君を見ていたら、なんか全部わかっちゃった」
さらに雪風ちゃんは笑みを見せながら「キミはやさしい人だね」と付け加えた。うれしいやら恥ずかしいやらで僕の頭は真っ白になってしまう……。
「わたし、こっちの方向なんだけど君は?」
「同じ方向デス」
「じゃあ、途中まで一緒に帰らない?」
僕はコクっとうなずき、男気に満ちた雪風ちゃんの後に続いた。
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