第3話 寄生虫
日を跨ぎ僕はボーとしながら学校へ向っていた。
じつは興奮して眠れなかったのだ。
悩んだ末、まだ自分の名は書いてはいなかった。考えれば考えるほど余計なことを考えてしまうのだ。
何故インクは三回までなのか、自分の名を書くだけならば一回分で十分だし、それで終わる話である。まさか使い切ったら命を取るのか?
何の代償もなく利益だけを得られるものなのか?
この期に及んで僕は疑心暗鬼に捕らわれ、朝日の中、なんら晴れることなく悶々としていたのだ。
しばらく歩いていると、後ろから聞き覚えのある声で呼び止められる。
振り向くと、そこには幼馴染の陰キャラ『暗井』が息も絶え絶えに立っていた。
ズボンはしわくちゃ、腰からシャツが飛び出し、フケまみれの髪の隙間からギョロリとした目がにらんでいた。
この男、将来の希望は自宅警備員と真顔で言うほどのつわもので『働いたら負け』と会社勤めは原則拒否している男である。
家が近くということで、ずっと腐れ縁のように付き合いだけはあった。
僕は、暗井から漂う異臭に顔を歪ませながら風上に位置をかえた。
「なに? この前借りたゲーム? まだ終わってないんだけど……」
「ちがう、ちがう、そんなんじゃないよぉ」
「え? じゃ?」
「やっ、山田から聞いたんだけど、あいつ、彼女ができたって言うんだょ」
「あぁ……」
「それってハッピーペンというアイテムの効果って言うんだょ」
「え!?」
「もってんだよねそれ」
「えっと……」
「次は僕の名をかいてほしいんだょ」
「いや、その……」
「たのむよぅ、もう、こんな陰キャラでいるのはいやなんだ。そのアイテムで僕をすくってほしんだょ~ 生まれ変わりたいんだょ~」
「……」
「ねぇ、聞いてるぅ?」
僕は思う、なんて浅ましい男だと……。
「そのペン、三人の名前を書けるんだよね。だったら次は僕の名前を書いてくれよぉぉ~」
生まれた瞬間からこの時まで、常に楽な選択をしてきた男に努力という選択は無い。この期に及んでまだ楽な方法で自分を甘やかすのは当然の成り行きなのだろう。
僕はしばらく考え込んだ。
この状況、友達同士による貸し借りで終わらせるのはもったいないな。ここは何らかの見返りを取るべきではないだろうか。
いや、まてまてよく考えろ、この無能からどんな見返を引き出せるというのか。
基本、お人好しだから何かあれば差し出すだろう。だが、他人に何かを与えるだけの能力も人望もないのだ。
迷う僕の顔色を見て否定的だと察したのか、暗井はその場でジャンピング土下座で嘆願した。
何度もアスファルトに頭を叩きつけ、泣きながら僕の名を連呼した。
まさに死に物狂いであった。
まあ、暗井の言うとおりインクは一人分余っている。
勢いに押されたこともあり、まあいいかと彼の目の前で名を書いた。
『禍々しく蠢くインクは、名という形を与えられると赤色に輝き、黒く濁り、すうっと消えて見えなくなった』
ペンが見せたギミックは山田の時と同じである。
それを見た暗井は神の御業だと感動し、両腕を掲げながら万歳三唱でその場を締めくくった。
それから数日が経ち、暗井は僕のクラスに押しかけ神妙な表情で言う。
「何も変わらないんだけど……」
「しるか!」
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