第2話 知られざる効果

 僕はハッピーペンで友達である山田の名を書いた。

 山田にペンの話をしたところ「試したいんだったら俺の名を書け」と笑いながら言ってきたのだ。

 素性の知れないペンだし、もしかしたら死ぬかもしれないと忠告すると、山田は「漫画の見すぎ」と僕を馬鹿にした。

 言われて見ればそうだ。名を書いただけで死ぬとは、たしかに漫画の見過ぎである……。

 僕はどうなっても知らないぞと念を押し、山田の見ている前で名を書き記した。


『禍々しく蠢くインクは、名という形を与えられると赤色に輝き、黒く濁り、すうっと消えて見えなくなる』


 想像を絶する現象を前にし、僕は山田と顔を見合わせていた。


「なぁ、これヤバくない?」

「いまさら後悔しても遅いよ」

「いや、後悔というか……後味がわるいんだよな」

「まあ、ハッピーはともかく、だからといって死ぬなんてのも有り得ないし……とりあえず様子をみてみようよ」

「そうだな……」


 数日ほど観察したが山田に変化は無い。

 体調も万全でストレスなく毎日を過ごしているという。

 それどころか運が上向いている実感は『まあまあ』あるとのこと。

 それをパッピーというのならそうなのかもしれない。だけど何というのか、もしそうならば、この結果はあまりにも地味ではないだろうか……。

 僕はどこかで、どぎつい何かを期待していたのだ。

 病気は気からというが、幸せというのも案外ポジティブ思考の積み重ねなのかなと、山田を見ながら考えていた。


 それから、さらに数日が過ぎた時、悶々とする僕を白目にした出来事がおきてしまった。

 山田に彼女ができたのである。

 決して美人ではなく並み以下の子であったが、山田は笑みを浮かべてこう言った。


「ありがとう! 今、俺はハッピーな気分だよ!」


 ついにこの男からハッピーな言葉が飛びだしてしまった。

 本来ならば女にまったく縁もゆかりも無い男であり、僕にとって、ある意味、同士と言える存在であった。なのに山田はその思いをあっさりと裏切り、出来たての彼女を見せつけてくるのだ。

 これはペンの影響か偶然か、それを確認しようにも本人は分からないと言った。本人曰く、まったく偶然の出会であり、努力した結果でもないとのこと。

 だが、事情を知る者ならばペンの効果だと考えるだろう。


「チクショウめ!」という思いを前に、僕はいつしか有り得ないから、有ってほしいと考えるようになっていた。

 いやいや、まずは冷静になろう。

 これは本物か? 

 本物と考えていいのか?

 自分が前のめりになっているだけではないのか?

 そう言い聞かせながら僕はペンを取り出した。

 インクはあと二回分。

 ドクロのキャップを取り外し、不気味にうねるペン先を見ながら口元は笑っていた。

 これが本物ならば書くべきである。もちろん自分の名前をだ。

 ほっこりとした気分が僕を包み込む。

 脳裏には片思いの雪風ちゃんの姿が浮かび上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る