エピローグ
『あなたは悲しいひと。愛というベクトルが、剣にしか注がれていない――いいえ、違うわね。きっと、その剣でしか愛する誰かを得られないのでしょう?』
かつて、伴侶だった女に言われた言葉だった。
確かに、実に的を射た指摘だと思う。
妻であるシュリエを本当の意味で愛したことはなかったし、興味があったのはその剣技だけ。のちに生まれた俺の子も、目や口など顔のパーツが俺と似ていようとも、対して興味がなかったのも事実。
俺は、幼い頃から欲しいものがあった。
ただそれだけが欲しかった。他に望むものなどありはしない。
突き詰めていってしまえば、剣は、それを得るための手段でしかない。
俺が欲しいもの。
それはどんなに手を伸ばしても届かない、天上の存在。
果たしてそれが存在するのか、しないのか。夢物語の創作なのか、あるいは誰かが見聞きした事象なのか。
総じて、俺は神と呼ばれる
それが夢だったのか、あるいは英雄譚か。神話か。
どこかで見知った神に恋をした
欲しい。あれが欲しい。俺のモノにしたい。
だから強くなりたかった。そういう歪な家系に生まれたから、強く在らねば欲しいものは得られないと知っているが故に。
「界理・シャフリーヴァル――それが実在するのかはわからないが、それを抱くためだけに俺は強さを求めていた。ユースティスのやり方は不服だが、都合が良かった。優秀な妻を娶り、自らの糧をつくる。
しかし、ああ……こういう気はしていたのだよ。俺とシュリエの血が入っているのだ。出来損ないのはずがない」
地に倒れ、仰臥したのなんていつぶりだろうか。
空を仰ぎ見たことなんて、生涯でどれだけ経験しただろうか。
ああ、こんなにも。
敗北は甘く、苦しく燃えるように滾るモノなのか。
「ああ、勝ちたかった。ああ、勝利が欲しかった。ああ、俺は負けたのだと、認めたくなかった」
これで俺はもう、天上に届かない。あれを抱くことは、できない。
「負けたら終わりかよ。ふざけんな、そんなの俺は認めねえぞ」
視界の隅で、シュリエに似た息子が、苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めていた。
「負けを経験したからこそ、強くなりたいと渇望できる。俺はいつもあんたに負かされて、次こそはと立ち上がった。たったの一度転んだくらいで、情けねえ声出してんじゃねえぞ」
そう吐き捨てた息子は、深く息を吸い込んで、刀を俺に向けた。
「俺の勝ちだ。きょうから俺が、ユースティス――異論は?」
「……。殺さないのか、俺を」
「死んださ。不敗神話のあんたを負かしたんだ。もうおまえは、死んでるよ」
「不敗神話、か。――誰がそんなイタい二つ名を」
「イタくて悪かったな」
清涼な風が頬を撫で、傷口を冷やした。噛み締めた血の味は、火に焼べられたかのように熱く、どこか憧憬を想起させた。
血の味。
はじめてのことばかりだ。
だから、だろうか。
こう思えて、ならなかったのは。
「……俺はまだ、強くなれるのか」
「ここで終わりじゃない。引きこもってねえで外に出ろ。そしたらその界理とやらにも会えるやもしれない」
ああ、そうかもしれないな。いや、そうだといいな。
つぶやいて、俺は目を閉じた。
まったく、どこが俺に似ているだ。
おまえそっくりだよ、シュリエ。
「よく成り仰せた。おまえは自慢の息子だよ」
殺すこと叶わなかったが、ああ。これもまた、一つの結末。
ありだと思う。
こういうのも、まあ……いいんじゃないか。
****
それから、俺と親父の
「お久しぶりでございます、ユウリ様。壮健そうで何よりです」
「……へ?」
阿鼻叫喚、地獄の玄関前。
胸に飛び込んできたマナフを抱き留めて、次の瞬間、絶句した。
顔を上げたマナフの顔がどろりと崩れ、その奥から、雪の純白をまとった婚約者――マグノリア・アイザックが姿をあらわした。
「は、え……マナフが、マグノリア……? え?」
「ふふ、ふふふ。かーいいですね、かーいいです。その顔が見たかったんです。今、必死に記憶を遡って考えているのでしょう? いったい全体どうなっているのか。
いったいいつから入れ替わっていたのか? いいえ、そもそも最初からそうだったのではないか?
ふふ、たくさんたくさん悩んでくださいね。わたしのこと、たくさん考えてくださいね。思考がショートしてもわたしのこと、考えていてくださいね?」
爆発しそうになる脳内。すりすりと身を寄せてくるマグノリアに抱き締められながら、俺は呆と空を眺めていた。
確かに、今となって思い返してみれば、不自然な点は多かった。
口調であったり、妙に馴れなれしくなったり。
ライラが怖がったり。ブラディも恐れていたり。たまに何を考えているのかわからなくなる時もあったりして――
「あ、あ、あ」
「壊れちゃえ、ユウリ様♡」
かわいらしく、おねだりするように傷口をツンツンつつくマグノリア。
指に付着した血を舐めたりと、久々に会った婚約者は相変わらずぶっ飛んでいた。
……いや、久々ではないのか?
もしかして、夜呼び出した時も、実はマナフじゃなくて――
と、嫌な想像が広がりはじめたその時。
屋敷から、聞き慣れた足音が響いた――
「ユウリ様っ――!!」
「シャロっ!?」
十段以上もある大階段を勢いよく跳んでスカートを翻すシャロ。
マグノリアを引き剥がし、慌ててその体を受け止めた。
胸に飛び込んできた、ちいさな体。
使用人服に身を包む彼女を、深く身体の奥底に刻みつけるように強く抱きしめた。
「シャロ、シャロ……! 会いたかった、会いたかった……!」
「わたしもです、ユウリ様……! ずっと、会いたかった……!」
潤んだ藍色の瞳が、有無も言わず吸い込まれるように接近した。
唇に触れるやわらかな感触。
鼻先がふれあい、繊細な睫毛が短く揺れた。
もう、二度と離さない。
何があってもシャロだけは、俺が守る。
「なに、この状況。最後の最後で全部持っていって……まさかのサブヒロインに降格? 許さない。おにい、殺す」
「愚兄に婚約者を寝盗られた僕。周囲の女を籠絡し、兄の前で婚約者を寝盗り返す。今更謝られても遅い。おまえのハーレムメンバーは全員孕み済み」
「これから忙しくなりそうですね。――マグノリア様、ご無礼をお許しください。これからもユウリ様にお仕えする所存でございます」
「ええ、わたしもユウリ様の奴隷ですから。みんなで彼を支えましょう、ね? ライラも、それでいいでしょう?」
「……ハイ」
数々の視線を浴びながら、たっぷり数十秒口付けを交わし、ゆっくりと離す。
視界いっぱいに、顔を紅潮させたシャロが映る。
長いまつ毛が揺れ、目元からこぼれ落ちた涙があごを伝って、彼女は微笑みを湛えた。
「これからも、よろしくお願いしますね――ユウリ様」
外れスキルを引いて追放された俺、望んだモノを手繰り寄せる超絶スキルの覚醒によって気がつくとマフィアの首領になっていた。 肩メロン社長 @shionsion1226
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます